第19話
晴天の空の元、締め切られた岩場の戦場で厳しい戦闘を繰り広げている二人のトレーナー。一人はジムリーダー、一人はチャレンジャー。戦況としては、彼らの3対3のシングルバトルにて、既に一体が倒れている。
ジムリーダーザクロの一体目、イワークは空中を飛び回るピジョンを岩タイプ特有の連続攻撃で撃墜した。が、ピジョンの相手の耐久を下げる『にらみつける』と鋼タイプの攻撃技『はがねのつばさ』による技のコラボレーションで、大きなダメージを受けている。そして、エリカのハリマロンが二番手として戦闘に登場した。
「今度は、こちらから攻めさせてもらうよ」
小さな相手に対して、周りの地形を変形させながら迫り来るイワーク。その破片がフィールド全体に拡散される。螺旋回転による突進攻撃は、技程の火力は無いが、ハリマロンにとっては侮れない。としても、エリカ達にとっては回避するのにさほど苦労を要さない。ピジョンにも迫る速度で岩蛇を迎え撃つ。
お互いの間には、僅かばかりの距離しか残されていない。あわやはね飛ばされるかと思った矢先、突然ハリマロンが左に大きく逸れる。
「そのまま、〜〜〜〜〜〜!!!」
イワークの発する衝撃音で、鮮明に聞き取れなかったが、ハリマロンの次の行動を警戒したザクロはすぐに安全策をとらせる。
「距離を取って『すなあらし』!」
唐突な指示にも対応する所は、流石ジムリーダーのポケモンと言うべきだ。その次には巨体に似つかぬ動きで、ハリマロンから離れ、長い尻尾で地面を力強く叩く。その衝撃は、周りの砂や小石を大きく巻き込み一つの竜巻を作り出す。やがて、フィールドの三分の一を埋め尽くすほどの規模にと発展、ハリマロンを中に取り込まんとジワジワと迫り来る。
しかし、この様な状況をエリカ達は既に攻略済みだ。ハリマロンと支持前だと言うのに、準備が整っているようだ。エリカもその嵐に掻き消されない様に大声で叫ぶ。
「竜巻に向かって『ころがる』攻撃!!!」
体を丸め、激しい砂の竜巻に単身で突撃を開始する。その内、体が巻き込まれ空中へと飛び立つ。そんな哀れにも見える緑色の球体を、竜巻は呆気なく取り込んでしまう。この時点で、ザクロは勝利を予感したのか、口元が上向きに曲がっている。その『すなあらし』は、イワーク自身が砕いた岩の破片も多く含んでいる。それが速度をぐんぐん増して、360度から喰らい尽くす。それこそ、余程耐久が無ければこれを耐えきることは厳しい。ピジョン辺りがこれに巻き込まれたら一瞬だっただろう。ザクロが確信の笑みを浮かべるのもよく理解できる状態だ。実際、ハリマロンの方も安くはない代償を払っている。
だが、恩恵を受けるのはイワークのみであろうか?
更に規模も威力も増した竜巻の中で、それ以上のスピードで周回を繰り返す『緑色の弾丸』。今、解き放たれる。
「ハリマロン、発射だよ!!!」
バッティングセンターで使われる機械では、ボールを加速させて豪速球を投げ込む。今回は、『すなあらし』を機械とすれば、ハリマロンは……………高速のストレートボール。
全てを貫いて、迫り来る送球はいとも容易くイワークに突き刺さる。相性上、大したダメージは与えられていない。が、思い切りぶっ飛ばされた巨体が岩場に押し倒される。何百kgものポケモンが倒れれば、膨大な砂煙が起きるのは当然と言える。ジム全部を包み込み、視界を遮る。ここで、エリカがまた指示を飛ばすが、やはりザクロは聞き取ることは叶わなかった。
「イワーク、薙ぎ払え!」
尻尾だけでも十分な表面積を有しているイワークにとって、霧払いする事は造作もない。
大きく右から左に空気を切り裂き、視界を明瞭にする。見えたのは、既に退避したエリカとハリマロン、はじめと比べてより足場の不安定な岩場。ここでザクロはやっと気づいた。イワークに起こっている異変。そして、エリカの二回にも及ぶ指示の真意に。
・・・・・
「………ッ!? 体に付いている物を振り落とせッ!!!」
この時には、エリカ達による最後の段階は既に完了していた。後は、咲かせるだけ。エリカの秘策が、その全容を明らかにする。新たな突破口を開く為のカウントダウンが始まった。
「3、2、1……………点火!!!」
ハリマロンの腕が、イワークと同じような動作で薙ぎ払われる。その直後に見えたのは、にわかに信じられない様な光景だった。イワークの体から点々と光が発せられ、強まる。
主に体を構築する岩と岩の間、関節部分を中心的に埋め尽くす発光物の正体は、『小さなタネ』。次にザクロが見たのは、巨大なイワークが光に呑まれ、『すなあらし』以上の大爆発に巻き込まれる瞬間。色とりどりに花開く花火の数々。それを乗り越えて飛び込んでくるハリマロンの姿。二本の蔓を巻き付けて、太い一本の鞭へと変形させる。そのまま慣性諸々に身を任せて放った一撃は、岩蛇の頑丈な脳天を強烈に揺らした。そのまま、今度こそ動くこともなく巨躯を横たわせる事となる。これで、2対2のイーブンに持ち越された事になる。まだエリカの方が不利なのは変わってはいないのだが。
「まさか時間差で『タネばくだん』を放つとは………。 ならば、今度はこのポケモンですよ!」
散々エリカ達を苦しめたイワークをボールに戻し、間も開けずに二個目のボールを上に掲げる。出てきたのは、太古の時代に生息していたと言われている化石ポケモン。薄い水色にオーロラの様なベールを纏った首長竜、ツンドラポケモンのアマルス。氷、岩タイプでこれまた弱点の多い組み合わせなのだが、草タイプのハリマロンにとってはかなり厳しい相手と言える。ここは早めに決着を着けなければならない。
「速攻で決めるよ! 『タネばくだん』!!」
今度は真正面、ハリマロンの背中から発射された十数個のタネがアマルスに勢いよく飛んでいく。岩タイプのアマルスには効果的面だが、同じ手は二度も連続で通用しない。
「『こごえるかぜ』!」
アマルスの体から、ツンドラポケモンの名前に相応しい程の冷気が放出される。それはもう少しで着弾しそうだったタネ達を一瞬で凍りつかせる。当然、技は不発に終わった。これだけでは終わらない。残りの冷気は、見る見るうちにフィールドを氷でコーティングし始めた。岩場から、氷の戦場へと変わったこの場所は、アマルスの独壇場。
「『つるのムチ』で捕まえてッ!!!」
ハリマロンは素早く二本の蔓を伸ばし、アマルスを補足しようと迫る。足場が凍っている状態で、『ころがる』を使ってもスリップ、『タネばくだん』では先程の様に封じられるのみ。ならば、冷気の危険性を理解しつつも相手との距離を無事に詰めるべきだ。パートナーを信じての考えだったが、壁は時には予想を超える。
「アマルス、『がんせきふうじ』!」
蔓が残り数メートルに近づいた所で、結局それは叶わなかった。辺りの凍っていた岩が、防護壁となりその行く手を阻む。本来ならこの技は、岩を集めて相手の動きを封じ込める物。しかし、今の使い方は攻撃を防ぐ意味での『がんせきふうじ』。
「そのままハリマロンを捕らえろ!」
一度攻撃を防いだ壁は、瞬間で分解される。それらは、驚きのあまり動きが止まっていたハリマロン目掛けて飛び込んでいく。ようやく硬直が解けた時には、本来の用途による技によって行動を制限されてしまった。これこそ、袋のネズミの状況。
「『とっしん』攻撃!」
その岩の檻に向かって猛進するアマルスの体には、薄い冷気がまとわりついている。特性『フリーズスキン』による効果、ノーマルタイプの攻撃を全て氷タイプに変えるそれは、今そこでハリマロンに牙を剥いていた。
「岩の隙間から『タネばくだん』!」
僅かばかりの間から、数個のタネを投下する。次にはもう、檻は砕けハリマロンは弾き飛ばされてしまった。それと同時に、イワークを襲った色鮮やかな爆発が反動ダメージを負っていたアマルスに大打撃を与えた。
ハリマロンは既に目を回しているが、一方はそこそこの傷を負っただけで、まだ戦闘続行が可能である。これで、一体分ザクロがリードした。それだけではない。エリカの最後の一匹、それは相手にとって圧倒的に有利なポケモン。
「お疲れ様、ハリマロン。後は、任せて」
「………どうやらクライミングも頂点にまで達しそうだね」
「でも、まだ勝負は着いていない。なら、まだ戦える!」
エリカの持つ最後の一体。これまでで一番思い切り投げたボール。そこから出てきた途端、小さい体からは想像がつかない熱気で辺りの氷を溶かす。背中からは闘志の炎が燃え上がり、陽炎を作り出す。かの和文化の土地、ジョウト地方の最初の三匹のうち一匹。ひねずみポケモンのヒノアラシが、氷のフィールドを塗り替える。
「今度は炎タイプ………。もちろん手加減はしませんよ」
「じゃあ、こちらから行きますよ! 『ひのこ』!!」
ヒノアラシの背中がより一層炎を大きく上げる。反撃の狼煙は、やがて形となった。口からは頭一個分のサイズの火球を発射する。一直線に放たれたそれは、行動を起こさせる前に美しい体に火傷跡を残す。氷タイプを合わせ持つアマルスにとっては、比較的炎技が効きやすい。『ひのこ』自体、消費するエネルギー量が少ない為に連射が利く。次々と向かってくる弾を躱しきれずに受けてしまう。アマルスという種族自体、スピードがある訳では無い。一方、ヒノアラシは体が小柄な分機動力も高い。
「とびっきり大きいの撃っちゃって!」
ここで、最初の何倍もの大きさを持つ火の玉を作り出した。スピードは変わらないままに放つ。こればかりは受けたくはないザクロも瞬時に対応する。
「『がんせきふうじ』で相殺しろ!」
規模の大きい攻撃は、威力が高い代わりに防御がしやすい。呆気なく複数の岩石によって押し潰された。行き場を失ったエネルギーは暴発し、煙幕を発する。それはほんの少しの間。それでも、ヒノアラシにとっては充分過ぎるほどの時間だった。
煙が薄まる瞬間、揺らめく影が一つ。それが見えた時には、迅雷の如く突撃してくるヒノアラシが手前にまで迫っていた。走る勢いをそのままにして、体を半回転。前足で地面をしっかりと捉え、突き放す。
「ヒノアラシ、『にどげり』!!!」
小さな足から、移動速度を加えた二連撃をアマルスの胴体に見舞う。格闘タイプの技は、岩、氷タイプには両方とも致命的。軽々とボックスまで飛ばされてきた。トレーナーに抱き抱えられたが、気を失いぐったりとしている。
「お疲れ様です。しっかりと、仕事もしてくれました」
なんてことのないごく普通の労いの言葉。だが、何故かエリカはそこが気になった。彼の言う仕事とは、一体………
胸騒ぎがする。それが気のせいであって欲しいと願いつつ、ヒノアラシを見つめる。至って普通、のようにも見えたが、見逃さなかった。
「………!?」
小さなその体が、フルフルと震えている。目を凝らさねば気にすることも無かったであろう微弱な変化。恐怖、緊張由来のものでは無い。
これは、状態異常の麻痺。
電気タイプの技『でんじは』
時折、その皮膚に走る電流からもその推測が裏付けされる。今までの状況から、犯人はアマルス。しかし、ヒノアラシとはある程度の距離を保っていたはず。………あの瞬間を除いては。
巨大火球による煙幕を盾にして『にどげり』をクリティカルヒットさせた時に、置き土産としてこの様なハンデを押し付けられたのだろう。この状態では、従来の移動速度が半減される。更に、その電流は時として動作を中断させてしまう。残り一体であるだけにそれは重くのしかかる。
「お見事! あなたは、私たちにとって有利なポケモンでここまで追い詰めた! 」
ここに来て、心の底から賞賛を表する。状況が状況なら、素直に喜べるのだが。彼は間を少し開けて、次の言葉を紡いだ。
「次が、私の出す最後の一体です。あなた達の全てを見せてください!」
取り出されたのは、ヒュウガのスピアーが入っているものと同じゴージャスボール。高級感溢れるそれからは、見ただけでそのトレーナーが中にいる者に対する思いが理解できる。長い指によって開閉スイッチが押された。
ゴツゴツとした肌に獰猛な犬歯。短い手に大きな頭。アマルスと同時期に栄えたと言われる太古の覇者の一族。
「出番ですよ! チゴラス!!」
最後の一騎打ちが、幕を上げる。