第二章
第18話



太陽が、世界の全てを変えんばかりに光を放つ。植物は葉を全面に広げ、人々は一日の生活の始まりを感じる。今日は何をするにしても上手くいく様な絶好の天気。出かけるもよし、籠るのもよし、洗濯なんかも問題なく行えるだろう。

そんな日に、とある街で新たな戦いが繰り広げられようとしていた。












あれから、あっという間に二日が経った。その間も、自分だけでポケモン達の特訓も続け万全の状態で二つ目の壁を越えようとしている。普通ならここで緊張なりするものなのだが、エリカは違った。

「うわぁ、凄いね………」

以前に挑んだハクダンジムは、ジムリーダーが生粋の写真家だった為に、外観も内装も美術館をモチーフとしていた。今回の番人は、所謂『壁狂』。三度の飯よりも壁を登ることを好んでいる人物が仕切っている門なのだから、当然外見の時点でそれを表している。

「大きい……………!」

どこからか運んできたのか、と思わせる程にゴツゴツとした巨大な巨石。二重表現になってしまうのだが、自然にできた『地繋ぎの洞窟』に負けず劣らずのサイズなのだから仕方が無い。本当に建築物なのだろうか。その真ん中に重苦しい鉄製のドアが設置され、その上にリーグ公認の証と言える稲妻にモンスターボールをあしらったマークがその存在を主張している。

朝起きた時、若干肩が固まっていたエリカが思わず見入ってしまうほどであった。が、何時までもこうしては居られない。その門を、半は脚の力で強引に押し開ける。普通の女子は勿論、成人男性でも苦労するほどのそれを徐々に動かしていく。結果、三十秒もしない内に閉ざされていた門は内部の姿を現した。光は灯らず、辛うじて見えるのは大量の岩、岩、岩。

「失礼します!」

凛とした声を張り、岩場に自身の入場を響かせる。その声に木霊したかのように帰ってきたのは、つい二日前に聞いたばかりのものだった。

「………よく来たね、待っていたよ」

洞窟に、彩りが戻る。
天井に吊るされた幾つもの照明は、全体を照らし、見えなかった別の存在を露わにする。今まで見えていたのは、白いラインに囲まれた戦場___________バトルフィールド。

そしてその奥、トレーナーボックスに立っている褐色の細マッチョ。この岩場の番人。

「待っていたよ、エリカ」

ショウヨウジムリーダー、ザクロ。

多彩なスポーツマンであり、カロス屈指の岩タイプのエキスパート。その細身の体からは、前とは比べることすら出来ない特有の緊張感を発している。ピリピリと頬に伝うこの衝撃。それはかえって、スピードガールの闘争心に火を付ける。どれだけ走っても、消えることのない聖火の如き闘志が、芽吹き出す。

「よろしくお願いします!!!」

それが燃え移ったのか、ザクロの顔にも不敵な笑みが見え隠れする。そして、もう片方のトレーナーボックスに手招く。最早二人の間には最低限の言葉しか必要としない。相手が誰であろうと、自身の全身全霊で打ち勝つのみ。導かれるままに、ボックスへと足を踏み入れる。表情は少女らしからぬ真剣なものへと変貌し、拳は堅く握られていた。運命の時まで残り僅か。

「ルールは3対3でいいね?」

「………はい!」

ざっとルールを確認し終わった。それぞれの得物、モンスターボールを構える。戦場全体、余す所なく張り詰めた糸が断ち切られようとしている。

「じゃあ、始めようか! 私の一番手はコイツだ!」

ジムリーダーザクロの先鋒は、ジム、いや街全体を轟かせながら登場した。


「ゴオオォォォォォォォォォォォォ………!」


料理風に言うならば岩の田楽刺し、日常ツールで例えるならば岩のロープ、生物学的に言うならば………岩製の巨大アナコンダ。
いわへびポケモンのイワークが、その巨躯をうねらせる。エリカの方は、実際にイワークを見たことがなかった。それ故に、目を輝かせている。

イワークは属性としては、岩、地面タイプの複合であり、非常に弱点の多い組み合わせだ。しかし、それを補って余りある物理耐久力と巨大な体が最大の武器と言える。その一方で特殊耐久力は柔らかいのだが、エリカの手持ちに特殊で弱点属性を突けるポケモンはいない。ならば、ここはハリマロンから出すべきだろうが、そういう訳にもいかない。
エリカは、ハリマロンの他にピジョンとヒノアラシを所持している。ハリマロンが突破された瞬間、一気に戦況が傾くのは必至。岩タイプの防御力を削ぐことは大前提だ。その為に、エリカの考え抜いた道がそこに飛び立つ。

「ピジョン! お願い!!」

悠々と羽ばたくそのポケモンは、何メートルもあるイワークの面前まで高度を上げる。
どちらも熾烈な睨み合いを展開し始めた。
ノーマル、飛行タイプのピジョンの攻撃ではかすり傷一つ負うかも怪しい今の状況。だが、走るのにも頭を使わねばならない。先手を取るのは、エリカ。

「上から『でんこうせっか』!!!」

ピジョンは飛ぶ。イワークの上を過ぎ去り、更なる高みへと。このまま天井に激突しそうになる。可能な限り距離を取ったところで、重力に任せて急降下を始めた。相手もすぐに指示を飛ばした。

「受け止めろ!」

岩蛇が防御体制を取る。この状態では、すぐにカウンターを飛ばされて、即脱落となってしまう。しかし、そう簡単には止まらない。

「そのまま『にらみつける』!!」

とてつもないスピードで迫り来る鋭い視線。いくら体が固くとも、心までもがそうとは限らない。ほんの一瞬だけ、イワークの動きが止まった。それとほぼ同じタイミングでピジョンが攻撃を当てることに成功した。甲高い破砕音が発生する。だが、体自体に目を向けてみると付いているのは浅い傷のみ。それ以上に相手の防御力を弱体化出来たのが何よりの戦果と言えた。

「やりますね………」

「ありがとうございます! だけど、まだまだ行きますよ!」

彼は、素直に賞賛を口にした。一連のあの動作、相手の顔に接近しつつ睨みつける事で、より一層恐怖心を煽ることが出来た。
ここまでは流石にエリカ自身も予期してなかったことだが。

「よーし、 ピジョン!『はがねのつばさ』だよ!!!」

名の通り、その翼を金属のように硬化させる。照明を反射し、輝きを放つそれは、イワークに向かって何度も打ち付けられた。振り子の様に近づいて切り裂き、また離れる何回も何回も何回も往復する。相手も、何とか捉えようとしたが、ピジョンの速度についていけない。すぐに視界から離れるそれに、ザクロが強襲する。

「イワーク! 全体に『いやなおと』だ!」

黒板を爪で引っ掻いた時のような不快音が、岩肌に反響し、あらゆる方向からエリカとピジョンを襲う。『いやなおと』は、効果としては対象の防御力を大幅に低下させるものだが、心身ともにもダメージが入る事も考えると地味に痛い技の一つだ。

ピジョンの動きが、僅かに鈍る。飛んでいる途中に、羽を使って音を遮ることは出来ない。それでも、止まらずに減速するだけで留めたのは幸運だ。そのままお返しと言わんばかりに翼を叩きつける。この一撃が効いたのか、グラッと体勢が大きく崩れた。その間を縫ってもう一度高度を取る。

「これで決めるよ!!!」

「………そう簡単には、行きませんよ?」

ザクロが、動く。
突然、とある異変が起きた。それが起きたのは天井付近。今まさにピジョンが向かおうとしている所に、最大の罠が仕掛けられていた。

「えっっ!!?」

フィールドにも大量の岩が散らばっていたが、天井には、それの何倍もの星屑のような岩の海。その一つ一つがピジョンの方に向けられていた。

「ピジョンッ! すぐに下に降りて!! 」

咄嗟の指示にも対応し、速度を落として降下し始める。それでも、遅かった。番人は宣言する。イワークの一吠えとともに、自身の一手を。

「『いわなだれ』!!!」

上で待ち構えていた弾の数々にとって下に降りていく鳥は、格好の的。大小混合で雨のように降り注ぐ岩石の弾幕は標的を的確に狙い済ましている。何度かは持ち前の飛行により避けることに成功した。しかし、物量の前には対処しきれず、一撃、二撃と立て続けに被弾してしまった。

「ピジョンッッッ!!!」

叫びは、届かない。
墜落する先は、イワークの目の前。その体の先端、長い岩の尾が反射光で輝いている。先程のピジョンの時と同じ、体の一部を硬化させる技の一種。

「『アイアンテール』!」

落ちてくる重力を乗算したその強烈な一撃は、大きくしなりながらピジョンの腹部に深く沈み込む。一度来た道を、後ろ向きに逆走、ゆっくりと落下してくる。もう飛ぶ力は残っていない。羽をもがれたイカロスは、虚しくも地面に這いつくばった。

「戦闘不能、ですね」

強い。
エリカは歯を噛み締める。ちょっとやそっとでは、超えることは出来ない。壁とは常に高く、大きい。小手先だけで突破程甘くはない狭き門。だが、そうであればある程に乗り越えた先に見える景色というものがある。それまでの道のりを、何処まで全力で駆け抜けられるか。そこに意義がある。スピードガールは、止まらない。否、止まろうとしない。まだ知らぬ世界を知る為に、足を動かす。

「………お疲れ様、ピジョン」

全力で戦ってくれた仲間を労り、ボールをかざす。数秒でデータ化されたピジョンを内部に収納したのを確認し、また相手へと体を向ける。

「さあ、次のポケモンは何だい?」

イワークの防御力は弱まっている。更に、岩と地面の複合に良く効く攻撃を持ち合わせているポケモンと言えば、一体のみ。自身の相棒は、ボール越しにやる気を主張する。

「さぁ、行くよ! ハリマロン!!」

ボールを高らかに打ち上げる。そこからきっちりと着地を決める、エリカの相棒、ハリマロン。

「いいでしょう、全力をもって迎え撃たせてもらいます!」

大量の障害物を載せた岩場の中心を挟み、小さなハリネズミと、その何十倍もの大きさを持つ岩蛇が相見える。



まだ、勝負は序章の途中でしかない。








織田秀吉 ( 2017/10/23(月) 17:12 )