第15話
………オノンド達の方はエリカとカズマがどうにかしてくれるでしょう。なら、私は大将を討つ事だけに専念できますね。
単身で、敵軍の総大将と向き合うのは一人の研究者。その手には黒い表面に金色という高級感溢れるカラーリングのボール、ゴージャスボールが握られていた。洞窟の中でもしっかりと輝きを保っているそれは、上に高々と投げ込まれた。
「頼みますよ、スピアー」
黄色と黒と言う、『注意!危険!!』と誰もが想像するその色合いを持ったポケモンが、そのトレーナーの前に姿を現す。その二つ……………いや、三つの槍は全てオノノクスへと向けられていた。
「グルルルルルルルルルッッッ……………」
当然、敵の方も闘争心を顕にして唸り声を上げる。と、同時にその牙を大きく肥大化、かつシャープな物へと変形させて駆け出す。
「いきなり一撃必殺ですか………」
『ハサミギロチン』
その名から、その技の餌食になった者は一瞬で黄泉送りにされるであろう事は、想像に難くない。しかし、結論から言ってそれは不発に終わった。
その断罪の刃が首元に当たろうかというその刹那、黄色の騎士はその場から姿を消した。
「………ッ!?」
今さっきまで、そこに居た相手を見失ったオノノクスは当然辺りを見渡す。見えるのは凹凸の激しい岩肌ばかり。そこでようやく上を見上げた瞬間、目の前に二つの突貫槍。
「『ダブルニードル』!!!」
ヒュウガの指示が飛ぶ。槍が黄土色の鱗に覆われた体に目にも止まらぬ速度で斬り、突く。これらに時間の差は殆ど無かった。
たった数秒で、洞窟の主の体に無数の傷が刻まれた。しかし、体を捻り長い尾をスピアーに叩きつける。流石に攻撃途中で防ぐことは叶わなかった。地面で思い切りバウンスし、強制的に距離を取らされる。その一瞬の隙を見逃さない。洞窟の主は、激しく勇猛に舞い始める。ドラゴンポケモンの誇るアドバンテージの一つ『りゅうのまい』。これで攻撃力と速度が上昇する。元々スピアーは耐久力があまり高くない。寧ろ低い。そんな状態で威力の高まった攻撃を一撃でも受ければゲームセット。先程の様に一方的に攻撃する事も叶わなくなった。そんな事をすれば、途中で確実に返り討ちにされるのが関の山だ。
今の状態なら。
「『エレキネット』!」
スピアーの二本の腕、そして一際大きい下半身の毒針。計三本の槍先に、電気エネルギーが充填されていく。その間も、オノノクスは踊り続ける。方や身体能力、方や電気エネルギー。二つの数値が急上昇していく。
先に動いたのは、オノノクス。
動作を一瞬止めたかと思えば、スピアーに劣らないスピードで向かってくる。牙に竜としての力を纏わせたそれは、間違いなく致命傷となりうる。2匹の距離は、凡そ15m。既にその2分の1を詰められている。しかし、ヒュウガの目には、自身のパートナーとその相手しか見えない。猛スピードで移動しているはずのオノノクスのモーションすら、ハッキリと見て取れる。時間感覚が引き伸ばされる。このアクセル感は、研究者でありトレーナーである一人の男と黄色の騎士が唯一共有しているものだった。
そして、時は来る。
「………発射!!!」
三つの電撃がオノノクス目掛けて放たれる。黄金の残像を描きながら、真っ向から仕掛けるそのエネルギー弾。当たる、かと思われた瞬間。洞窟の主は今までの比ではない爆音を轟かせ、鋭利な牙でエレキネットを、文字通り『一刀両断』した。それも、三発同時に。
分断された弾丸達は、それぞれ別の方向へと飛び去っていく。それらを意にも介さず、そのまま体制を取り直し、残りの距離を詰める。ギリギリまで凝縮した一撃を防がれた騎士の首元に、獰猛な凶器が迫る。残り10cmの所で、世界が静止した。もちろん、世界中の時が一斉に止まった訳では無い。オノノクスの体がその場で固まったのだ。まるで彫刻のように、ピクリとも動かない。その石像が纏うのは黄土色の鱗を上書きする程の、眩い電撃だった。
数秒前に、切断されたはずの『エレキネット』
全てが繋がり、一つの巨大な捕獲網を構築する。
極限まで、一歩間違えれば一気に斬られていたであろう状態でエネルギーを溜めていたのは、決して威力を高める為ではない。威力も多少は上がっているが、真の目的は技範囲の拡大にあった。
本来、毒、虫タイプのスピアーが電気技である『エレキネット』を使用する場合にのしかかるデメリットがある。
それは、チャージ時間。電気タイプが持っている電気袋やエンジンを持たないスピアーはどうしても長く溜めなければならなかった。
それ故に同じ時間溜めた技でも専門のタイプとは、威力に雲泥の差が出てしまうのだ。
元々、ダメージ量には期待していない。必要だったのは、その追加効果。相手の『移動速度を減少させる』というものだ。
オノノクスが『りゅうのまい』を積んでいる状態で、スピアーが立ち向かうにはその技を当てる必要がある。スピアーという種族の真髄は高速戦闘。そのスピードがあって初めて成り立つそれは、今の相手には通用しない。自身が相手よりも優位な状態である事が大前提だからだ。その為には相手の移動速度を抑えなければならない。『エレキネット』を撃ち込むタイミングが遅すぎても牙の餌食に、早すぎても足止めできる程のエネルギーが溜らずにそのまま突破される。つまり、ヒュウガは絶妙なタイミングで発射させたことになる。実を言うと、牙による切断は予め予想していた。その上で、スピアー自体はその範囲に重ならず、オノノクスに一瞬の隙を作らせる。相当シビアな勝ち筋を的確にモノにした研究者は、この瞬間を逃すはずもなかった。
「連続で『ダブルニードル』です!!!」
目の前にある的相手に、空振りをする筈も無い。比較的装甲の薄い中央目掛けて二本の槍を撃ち込んでいく。10、20、30……………それ以上視認することが叶わない。圧倒的手数で洞窟の主を押し戻していく。オノノクスも応戦しようともがくが、電気が体に残っている為か防御しきれていない。未まだ、双槍の猛攻は続く。相手の死角に対して正確な連続突きを浴びせる。そして、今までで一番重い一撃を繰り出し、距離を取る。その数秒後、スピアーが先程までいた場所を長い鞭のような緑色の尾『ドラゴンテール』が横凪に振るわれていた。あれを受けた瞬間、間違いなく戦闘不能になっていただろう。空振りしたその尾が地面に激突し、その辺りが木っ端微塵になった事がその考えの正しさを裏付ける。
勝負は、ここからだった。
オノノクスが残った電撃を振り払う。これで、『エレキネット』の影響がほぼ無くなった。当然、もう1度チャージする時間などはない。
ならば、道は一つ。
「スピアー! ………………決めますよ!」
ヒュウガの声に、騎士は応え、その槍を相手に定める。これから始まるであろう最後の攻防に向けて。
「ガアアアアアッッッッッ!!!!!」
咆哮が、洞窟に響く。
岩肌で反射し、木霊する。
音が全て消えた、その時、両者共に急接近する。巨大な刀と、二つの槍を携えて。
お互いの初撃が火花を散らす。が、単純な力を『りゅうのまい』でブーストしたオノノクスが双槍を押している。わざとその力に任せ、結合を解いたと思えば、持ち味である高速の槍裁きを展開する。一撃の威力で劣っている分、手数の多さで対抗する事で不利を覆す。刀が一太刀浴びせれば、片方で受け流し、ダメージを最小限に抑えるが、体中に切り傷が増えていく。そして、その倍以上の連撃を見舞う。槍が中心を狙えば、爪で受け止め、鋭い返し技を繰り出す。
双方の得物が雷光の様に煌めく。それ程の高速戦闘をこの2体は行っていた。気の遠くなるような一連の攻防を何度も、何度も、展開していく。
が、何事にも必ず終着点があるものだ。
勝負の場合ならば、片方が勝つか、引き分けるか。今回に限っては引き分けは有り得ない。俗に言う勝利の女神は、黄色の騎士と研究者に微笑んだようだ。
オノノクスが、上から強烈な一撃を撃ち下ろす。大地ごと騎士を真っ二つにする勢いで迫る刀。ヒュウガは、悟る。ここに自分達の勝機があるという事を。
「………来ますよ!!!」
この太刀は片方だけならば受け流せない。だが、両方ならば。双槍を交差させて迎え撃つ。二つの金属音が響く。大太刀が押し切らんばかりに力を込める。それを二つの槍が防ぐ。
それでも、オノノクスに軍配が上がる。騎士の細い体にじわりじわりと刃が迫る。ここで、状況が一変した。研究者の一言によって。
「ここですッ! 上にすり上げて下さい!!!」
最後の力を振り絞り、槍を上に高々と上げつつ、思い切り後退する。突然力の行き先を失ったオノノクスは、前のめりに体勢を崩す。
最大のチャンスが、ここにあった。
スピアーは、双槍に加えて下半身の大槍をも一纏めに構える。ヒュウガの指示を出すタイミングとこの後に続く渾身の攻撃を繰り出すのに、時間の差はほぼ無いも等しかった。
「『どくづき』、最大出力!!!!!」
そのまま、姿が歪んだかと思えば、それは残像と化す。本体は、その先に居た。
「ガッッッ……………………………」
三本の槍の先端が、見事に洞窟の主の中心を捉えながら。その体勢のまま、静止すること3秒。ゆっくりと、槍を体から抜き去り距離を取る。そのまま、ヒュウガの元へと戻り、振り返る。
「……………………」
大きな黄土色の巨躯を、スローモーションで動画を再生したのように前にのめりこむ。次の瞬間には、鈍い轟音を響かせながら、地面にうつ伏せていた。
相手が動かない事を入念に確認した後、今回の功労者の頭を優しく撫でる。丁寧に、労りながら。
「お疲れ様です、スピアー」
当の本人は、満面の笑みでこちらを見つめていた。とても満足げにしている。これからもよろしくお願いします。そんな感謝の言葉を、心の中にて追加する。ふと、2人の事が気になったので、後ろに首だけ振り返る。
倒れているオノンドの群れと、エリカとカズマ。残った2人の顔には、驚愕の表情を貼り付けていたが。
「………終わりましたか」
話しかけてみるが、どうも視線は自分達の後ろに伸びている。だから、今度は自身の状況を簡潔に説明する。
「こちらも、何とか方がつきました」
2人の表情が、更に強ばったのを見たが、特に気にすることでもなかったので、傷ついたスピアーの治療へとそのまま移行した。