第14話
日光も差し込まない暗闇の中で、圧倒的な存在感を放つ真紅と黄土の輝き。誰が見ても視認できる程の鋭利な敵意。それとまるで連動しているとも取れる日本刀の様な牙。
依頼主の女性は言っていた。
この洞窟には主が居る、と。
ヒュウガはこの雰囲気からして、今自分達の前に佇んているポケモン________オノノクスがその主であると確信を持っていた。エリカも何となくそれを察しているのか、すぐに自慢の瞬足でこちらにダッシュし、主へと向き直る。カズマの方は、一つのモンスターボールを構えて既に臨戦態勢を整えていた。先程の気さくな雰囲気が綺麗さっぱり消え去り、その目には大きな熱量を伴った闘志が映し出されている。一応最終進化系が相手とはいえ、三対一ならばまず問題ない。
と、そう簡単には行かないものである。
「ガアアアアッ!!!!!」
洞窟の主がエンカウント時とはまた違ったトーンで唸りを上げる。そのような行動を、ヒュウガは見た事があった。そう、彼の手持ちであるおおはしポケモンのドデカバシを仲間にした南国の島_________アローラ特有のそれとほぼ同一のものだ。
アローラの野生ポケモンは、仲間意識がほかと比べて強い為か、よく戦闘に『仲間を呼ぶ』ことがある。そうなると実質二対一の勝負になってしまう。所謂、数の利を取られてしまう要因と言えた。極一部のトレーナーは、言葉は汚いが最初の一体の体力をギリギリまで減らす、要は半殺しにし、仲間を呼ぶ現象を連鎖させるという行動を取っているらしい。何でも、仲間のチェーンが長く繋がるほどに、助太刀にくるポケモンの戦闘能力が高くなるとかならないとか……………
それはどうでもいい事だ。
通常仲間を呼ぶときは1匹だけというのが定例だった。今回も同じような構図になる、と思いたかった。
オノノクスの後ろから、黒い影が飛び出してきた。………………何匹も。
登場したのは、若干丸みを帯びた牙に緑色の頭巾を被った蜥蜴のようなシルエット。洞窟の主の進化前、オノンドだった。
それが、オノノクスの一声で総勢12匹集まった。鶴の一声とはよく言ったものだ。と、感心しかけたところで、ようやくヒュウガの脳も戦闘モードに入った。エリカが「こんな時に何考えてたの!?」と、言いたげな程に膨れていたのはさておいて。
………いや、そもそも貴方が大声を出さなければこんな事にはならなかったと思うのですが。
まず、今回のフィールド(洞窟)は天井およそ8m、周囲は縦15m、横20m程だろう。少々幅が広いため、ミジュマルの攻撃はまず効果が半減される。かと言って、ドデカバシを出そうものなら、低い天井が飛行を妨げる為に上空からの攻撃が仕掛けられない。単純な攻撃力でも向こうの方が勝っているのも理由の一つだ。
更に、相手はドラゴンポケモンである。
ドラゴンと言えば、多種多様な技にバランスの取れた能力、その中でずば抜けている火力。それに付け加えれば、大体のドラゴンタイプは、移動速度と攻撃力を同時にあげる十八番を備えている場合が殆どだ。当然、オノノクスもそれを覚える事は可能だ。それをされた瞬間、オノンドの大軍と同時に雪崩の如くこちらが押し切られるのは火を見るよりも明らかである。勢力を分断させる必要がある。
その上で、この洞窟でもある程度戦えるポケモンと言えば、今の状況では一匹しかいない。ある程度思考がまとまった所で、ヒュウガはエリカとカズマにこう伝えた。
「オノンド達の相手をお願いします」
その言葉を聞き取った二人は、敵軍に目を据える。戦いにおいて先に一撃を入れる事は流れを引き込むのと同意である。この戦闘の先陣を切ったのは、それに適しているエリカとハリマロンだった。小柄な体を活かし、突風の様にオノンドの群れに突っ込んでいく。対応が遅れたとは思えない程の速度で突進を仕掛けてくる。
衝突する寸前で、ハリマロンはその体をボールのように丸める。勢いをそのまま保った状態で。
「『ころがる』攻撃!!!」
向こうも相当の速度で接近していた為、通常よりも威力は増幅されている。
とてつもなく重い一撃を見舞うことに成功した。敵軍の何匹かはボーリングのピンさながらに吹き飛んでいったが、ダメージが浅かったのかその場で堪えている個体もいる。たった1度の攻撃で複数の相手をノックダウンさせるのは簡単ではない。技を出し終えたハリマロンに、逆襲と言わんばかりにその牙を緑色の光で覆う『ドラゴンクロー』で切り刻まんと襲い掛かる。その集団の進路を、小さな炎と吹き付ける風が妨げる。上にはピジョンが、羽ばたき続ける二つの翼で『かぜおこし』を繰り出している。横には、口から業火………とは、とても言えない小さな炎を連続で発射し続けているヒノアラシの姿。ピジョンの方はともかく、炎タイプであるヒノアラシの攻撃は、ドラゴンタイプであるオノンドには効果が薄い。だとしても、その技自体の熱量が軽減されるかと言ったらそうでもない。例え炎タイプ同士だったとしても、熱いものは熱いのだ。敵の軍勢は降り注ぐ突風と炎の弾丸に耐え忍ぶ様にその場で立ち止まる。
その時、突然にカズマがその口を開く。
「すまねぇが、ここは大人しくしてくれよ」
赤い稲妻が、薄暗い洞窟の中で横凪に駆け抜ける。
それを視認した次の瞬間、その場に留まっていたオノンド達がバタバタと地面に倒れ伏した。その体表には、刃物で切り付けられた傷跡が刻まれている。その側に居たのは、カズマの首に付けられているチョーカーに刻まれていたシルエット。赤い兜を被るまさに『全身凶器』という言葉が似合う武士。とうじんポケモンのキリキザンがその刀のような腕を低く構え、次の迎撃準備に入っていた。その目にはその主とは全く別のベクトルな冷たい闘志を映している。
「………今のはなに!? 速くてよく見えなかった!」
その一部始終があまり良く分からないが、ただ凄いという事だけを理解したエリカは目をキラキラと光らせる。
「これでも地元では結構名が通っていたからな、これ位はしねぇと!」
自信たっぷりに、カズマがドヤ顔を決めた、その時だった。彼らの耳に届いたのは、何か重量のある物が地面に倒れる様な重低音。
「えっ………?」
それは洞窟全体に木霊する。二人はギョッとした顔を貼り付ける。ゆっくりとその方向に振り向く。そこにあったのは……………
「………終わりましたか」
円錐状の突撃槍を思わせる巨大な毒針の腕と赤く光った目を持ち、黄色の体に黒い縞模様を纏った世の中のトレーナー全員が、『最も近寄りたくないポケモンは? 』と聞かれた場合、満場一致で答えるであろう__________どくばちポケモンのスピアー。それをいたわるように撫でているヒュウガ。そして、そこから少し離れた所に、先程まで圧倒的な存在感と敵意を放っていた洞窟の主、オノノクスが…………………
「こちらも、何とか方がつきました」
大量の切り傷を付けてうつ伏せている姿だった。