第11話
「博士!さっきの大技、私も使ってみたいです!!!」
激しいバトルの後、博士の部屋に戻ったエリカ達はヒュウガが予め入れておいた烏龍茶の茶器を片手に博士がバトルの最後に出した一撃について話していた。
「済まないね………………僕が持っているのはあの1個だけなんだ」
博士が困った顔でそう返すと、エリカは露骨に落ち込んで顔を伏せていた。
プラターヌ博士は、調査の為アローラに訪れた際にZワザを放つのに必要なZリングを島キングに授かったのだと言う。
流石においそれとあげるわけにはいかないだろう。
その道具は島の守り神が直々に素材を渡し、島キング、クイーンが加工して作っている物故に、神聖視されているのだ。
「Zワザは、Zクリスタルというポケモンの覚えている技のタイプに対応したものを装着した後に特定のZポーズを取って初めて撃てるものなんだ。トレーナーとポケモンの気力、体力全てを引き出すから1回の勝負に1度が限界と言われているよ」
エリカが今の話をイマイチ理解しきれていない事を察したヒュウガは補足説明に入る。
「つまり、Zワザは2つの道具が無ければ出せない上に、威力は絶大ですが一度限りという事ですよ」
「え、ああ、そういう事ね!」
何とか飲み込めたエリカは、いつか撃てるようになってやる。と、決意した上で、もう一つの件に探りを入れる。
「ええっと、それは分かりました! …………………………それで、ケースの中は…………………?」
博士は見透していたかのような笑顔だ。
そのまま机に置いてあったケースを持ち上げる。
「そうだったね、この中に入っているのはなんと!ジョウト地方の最初のポケモン達だよ!!!」
そう言って、ケースを開けると、その中にあった3つのボールを全て開けた。
草タイプの『チコリータ』、水タイプの『ワニノコ』、炎タイプの『ヒノアラシ』がその場に勢いよく登場した。
「前はカントー地方のポケモン達が居たんだけど、今は居ないんだ。つい最近入れ替わるようにしてジョウト地方から来たばかりなんだよ」
当然のごとく、エリカは期待の目で博士を見つめている。
いい加減その意味を理解した博士は彼女の質問を先取りした。
「……………つまりは、君たちにこの子達を連れて行ってほしいんだ」
待ってました!
そう言わんばかりの特大の笑顔を咲かせるエリカはさておき、もう一人はグッと堪えて確認の疑問を投げる。
「いいんですか?」
博士はその裏をしっかりと見破っている。
「勿論だとも!是非、この子達を育ててほしい!!」
許可が降りたところで、エリカが先手を打った。目にも止まらぬスピードでポケモン達に近づく。そして、先程からどれにしようかとあれこれ考えていた1匹のポケモンの前に立つ。
「よろしくね………………『ヒノアラシ』!」
あまりの速さに、呆れ顔だったヒュウガは気を取り直す。そして、彼自身もポケモンを選ぶ。
「では……………『チコリータ』、よろしくお願いしますね」
各自のポケモンを選んだ理由としては、エリカは直感以外の何物でもない。
ヒュウガは、現在の自分の手持ちのタイプを鑑みて草タイプのチコリータを選んだ。
それぞれの選択が終わったところで、博士は立ち上がると、掛け時計をチラリと見た。
それは丁度、お茶の時間である事を告げている。
「少し待っててくれるかい?お茶を入れてくるよ」
そうと聞いてヒュウガが黙っている訳もなく、即時にそれを担おうとする。が、博士も譲らない。
「では、私が…………………」
「いやぁ、今ここで入れてもらったからね!今度はそのお返しという事で………」
このやり取りによって、紅茶VS烏龍茶の構図の完成となった。
メラメラと燃えるような、それでいて冷たい闘志と執念が、二人の間にはごっちゃになって存在している。
更に言うと、板挟みになっているエリカは凄く気まずそうだ。
ちなみに彼女の場合、紅茶でも烏龍茶でも美味しいなら種類はあまり気にしない。
「………ならば、こちらは水仙を………」
「こっちはカロスのとある王家に伝わるストレートティーで……………」
いつの間にか論点が茶葉の質やいれ方にズレているが、エリカにとってはその論争が煩くなってきた。
もし第三者がその場にいたら、慄いて一目散に逃げ去る程の膨れあがった怒気の存在に、哀れな茶飲料クラスタ2人は不幸な事に気づくことが出来なかった。
今まさに論争が最大までヒートアップしきる次の瞬間、耐えかねたエリカは遂に大爆発を起こした。
「……………だ っ た ら 、二 つ と も 入 れ て く れ ば い い じ ゃ ん ! ! ! ! ! 」
噂では、研究所と正反対の地区にまでそのビックサウンドが響き渡ったらしい。
「 「すみませんでした」 」
「まったく、少しは落ち着いてよ!」
研究所の一室では、大の男2人が1人の少女に頭を下げているという余りにも情けない光景が広がっていた。
怒りをぶちまけた後、ヒュウガとプラターヌ博士はひっそりと各自の推しを入れていたそうだ。
このままでは色々と気まずい。
そう感じた博士が、茶とは何の関係もない話題を振った。
「確か、エリカ君はショウヨウシティに行くんだっけ?」
今までずっと不機嫌そうな顔をしていたエリカが、すぐに表情を明るくする。
「………はい!」
暗い空気が幾ばくか薄まった。博士(とヒュウガ)は胸をなで下ろす。あのような場で茶が美味く飲める訳が無い。
この雰囲気を維持するために、次に話したのは、ヒュウガだ。
「確かそこのジムは、岩タイプ中心なのですが大丈夫ですよね?」
「うっ……………… だ、大丈夫だよ………………」
大丈夫ではないですね。
大丈夫じゃないね。
異なる茶飲料クラスタコンビがシンクロした瞬間だった。
実際、エリカには新しくヒノアラシが仲間に加わった。しかし、彼女のポケモンの3匹中2匹が攻撃面で半減され、防御面では大打撃を負うという初っ端から不利な状態である。
唯一弱点を付けるのが草タイプのハリマロンのみというのも、不安を募らせる。
「本当に大丈夫だって! 速攻を仕掛ければ………………」
「エリカ、岩タイプの真髄は高い耐久です。速攻はかなり難しいかと」
現実という刃を突き刺された音がした気がする。
今度こそ、スピードガールは沈黙した。
すっかり頭を抱えてしまっている彼女に、ヒュウガは助け舟を出す。
「仕方ないですね、また一緒に考えてあげますから。顔を上げてください」
「ヒュウガ……………………!」
彼女が顔を上げた。そして、感謝の気持ちを込め、強く縦に首を振った。
少しは自分でも考えられる様になって欲しいが、今はまだ難しい。最初は誰もが通る道である。焦らずとも、ゆっくりと覚えていけばそれでいい。工芸茶が花開いていくように…………………
と、茶について触れた事で、ついさっきまで頭の隅に追い込まれていたある目的を思い出した。
そして当然、烏龍茶中毒者は、自らの欲望に従った。
「ちょっと、買い出し(茶葉補充)に行ってきます」
「色々とありがとうございました!!!」
「いやいや、こちらこそ悪かったね」
カロスの西_________ショウヨウシティの方向に続くゲートの前で、エリカとヒュウガは、博士との別れの挨拶をしていた。
「ヒュウガ、あの子達の記録も取ってくれたら嬉しいな」
「分かりました、今度は鉄観音を………………」
「こちらはミルクティーを…………………」
また論争が勃発しかけたので、エリカは2人に威圧を掛ける。
男2人は口を閉じ、静かになった所で話を元に戻す。
「またこの街に来て欲しいな」
「………………もちろんです!まだここでのジム戦はしていませんから!!」
「エリカ、もう行きますよ」
既にゲートの中に入ろうとしているヒュウガに呼ばれ、急いで走っていった。その途中で、博士の方を振り向いた。
「…………………では!行ってきます!!!」
そして、また前に進む。今度は振り返ることは無かった。
ゲート内
「そういえばエリカ、私が購入したミアレガレットが1個も食べていないのにも関わらず、ごっそり減っていたのですが………………」
今、明らかに体が跳ねたのをヒュウガは見逃さなかった。容疑者は冷や汗を流し、黙秘している。
「…………………………」
「…………………………」
この沈黙に耐えきれなくなったエリカは、何とか誤魔化そうとするも、
「…………あーーーっ! あんな所にポケモンがっ! ほら早く!見に行こうよ!!!」
「人の物を食べる時は許可を取る、常識ですよ?」
「……………………ごめんなさい」
…………………………………効果は無かったようだ。