第二章
第10話




プラターヌ博士に誘われて、エリカとヒュウガが訪れた先は、彼の研究の拠点である。

周りが木々に囲まれており、ミアレシティの雰囲気とは少し違うものを醸し出している場所に位置している『ポケモン研究所』。

そこに入ってみれば、数多くの設備がそこかしこに配置され、その他の研究者がそれぞれの調査を行っている。


「こっちに来てくれるかい?」


そう言いつつ、階段を上がっていく博士の後に続く2人が見たのは、一つの小さな部屋の中に多くの紅茶の茶葉やティーカップ等が置かれている光景だった。

窓からはこの研究所で研究しているポケモン達が広い庭で思いのままにくつろいでいるのが見える。

既視感を覚えつつも、ヒュウガは確信する。

博士もまた、茶に魅入られた者(同類)だと。


彼もまた、紅茶の茶葉を種類別に分けて収納していたり、ポット等も吟味している程の……………紅茶中毒者だった。





流石に今は、博士もその紅茶部屋をスルーして、もう一つの部屋に入った。


「わぁ………………」


エリカが感嘆の声を漏らす。

その部屋は、本や資料で満タンになっている本棚が幾つか壁際に置かれており、窓側には小さなウッドデスク。その上には小さな植木鉢が飾られている。

そこで日光を全身に浴びているのは、小さな蕾のつけた植物だった。

そして、何よりも良かったのはホコリ等が被ってなく非常に清潔感が強く居心地のよい部屋だったという事である。


エリカ達はそれに驚きを隠せなかった。

その理由は、自らの少し前までの生活習慣にあった。


エリカの場合、部屋はトレーナー誌や服などが散乱しており、お世辞にも女の子の部屋とは思えない程に酷い状態になっている。本人は片付けようと試みたことがあるらしいが、ほんの数日で元の状態に戻るという。


もう少し努力した方がいい。


一方、ヒュウガの部屋は相変わらず、烏龍茶関連と研究資料の倉庫となっている。エリカ程ではないが、収拾がつかないことになっているから始末におえない。


閑話休題という言葉を置いておこう。


博士は、その小さなデスクの引き出しから少し大きめのケースを取り出した。それは、エリカにとって見覚えのあるものだった。


「博士、それって………………?」


彼女が聞いた所で、プラターヌ博士は確認の意味を込めて返す。


「ああ、このケースの事だね?」

「やっぱり………………ポケモン?」


そのケースはエリカが旅に出た………………と言ってもまだそんなに経っていないが、初めてのパートナーを選んだ時に見たものと同じものだった。案の定、エリカは目をヤミラミのように輝かせて博士を見つめている。その意味を察したらしく、その解答を伝える。


「……………そう! この中に入っているのは、初心者が選ぶ3匹のポケモン達さ!」


エリカの目の光が更に強まった。もう彼女自身が『フラッシュ』を使えそうな程である。

しかし、博士はそんな彼女にこう聞いてきた。


「気になるかい?」

「ええ、ものすごく!」

「とても?」

「もちのロンですっ!!」

「本当に?」

「イエス! アイアム!!!」


と、長い問答が終わったところでこのようなパターンにありがちな提案をした。


「なら……………………、僕とバトルしてくれるかい?」

「…………………え?」


その一部始終を見ていた、と思われていたヒュウガは、またしても専門店について思考し続けていた。

つまり、ほぼ上の空状態で問答など全く我関せずだったという訳である。

そんな事はどうでもいいとして、博士とエリカは研究所の広大な庭に移動し始めていた。



その事にやっと気づいた彼は、急いで階段を降りていくが、足を滑らせかけたのは誰も知らない。






多くのポケモン達が遊んでいた庭の端には、特設のバトルフィールドが整備されているのを見たエリカは、博士への評価を1段上に上げた。

流石カロスの有名な研究家、やることが違う。


「いいだろう? バトル時の調査も同時に行えるように作ったんだ!」

「ほえ〜凄いですね!」


実に純粋な感想を述べたエリカの前に、新たな壁が立ちはだかろうとしていた。


「じゃあ、始めようか。使用ポケモンは1体ずつでいいかな?」

「もちろんです!」



博士はズボンのポケットから、一つのボールを取り出した。そして、そこから出てくるのは、元気な声を上げて勇ましく登場した小さなサメの様なポケモンだった。


「頼むよ、フカマル!」


りくザメポケモンの『フカマル』は、主に砂漠の中に生息している。元々は熱帯地域に住んでいた為、地熱によって温まった洞穴で眠るという習性を持ち、獲物が近づくとそこから勢いよく飛び出して噛みつき攻撃を仕掛ける。

タイプは地面、ドラゴンと攻撃に関しては非常に強い組み合わせとなっており、育てるトレーナーも一定数いるらしい。

エリカはもちろん自身のパートナーであるハリマロンを繰り出す。こっちも負けず劣らず気合い充分だ。




両者が出揃ったところで、エリカは速攻を仕掛ける。ハリマロンは既に突撃体制に入っている。しかし、博士は彼女達を平然として観察しているのが気にかかる。エリカは最初の指示を出した。


「『つるのムチ』!」


フカマルに、2本の蔓が襲いかかるが流石にそのまま受けることは無く、回避し続けている。連続で攻撃を続けるハリマロンは、動き回るフカマルを捉えきれずに焦っている様に見える。

博士とフカマルが反撃の一手に出た。


「今だフカマル!『りゅうのはどう』!!」


フカマルの口におよそ2mはあるであろう緑色の球体_____________ドラゴンエネルギーの集合体が作り出された。
それは弾丸と見間違うほどの速度で打ち出される。


「『ころがる』攻撃!!!」


体を丸くして物凄い勢いでエネルギー弾と衝突するハリマロン。力がどちらも結合していて競り合いが続く。

そのように見えたが、少しずつだがハリマロンが押し返してきている。本当に微々たるものだが威力が上がっているのが分かる。気がつけば回転数も最初とは別物に見える程急上昇していた。


『ころがる』の技としての性質、技が続いている間、その速度、威力を少しづつ底上げしていく効果が、ここで働いた。


そして、『ころがる』がエネルギー弾を粉砕した。ダムの堰が切れたかのように、威力が最大まで上昇しきったハリマロンが猛スピードでフカマルに接近する。


「かわすんだ!!」

「そのままいっちゃえーーーー!!!」


避けようとしたものの、行動に移す前にもう一つの弾丸がフカマルにクリーンヒットした。地面タイプには岩タイプの技である『ころがる』は今ひとつだが、強化されきった状態ではそれもあまり意味をなさない。エリカはガッツポーズを取った。






…………………が、彼女の目に映るのは直撃を受けた筈のフカマルが立ち上がっている姿だった。


「うそっ!?」

「このフカマルは、攻撃を受ける際に極限までダメージを抑える術が身についているんだ。………………とはいえ、それでもここまで深手を負うとはね」


博士の言葉通り、立ち上がっているが既に満身創痍の状態だった。ここで一撃入れれば間違いなく戦闘不能になるだろう。

ここで追撃を狙おうと、ハリマロンを見た時にエリカは、目を見開いた。

今まで攻撃していたハリマロンの方も大きいダメージを受けている。体中が何かで擦り付けられたような傷をつけていた。彼女は博士の方を向いた。


「なんで…………!?」


博士は言う。

「このフカマルは、通常とは違っていてね、『さめはだ』という体に触れたポケモンにダメージを与える特性を備えているんだ」


そう、先程の『ころがる』がフカマルに命中した時、威力が上がっている上に全身で攻撃している事で通常以上のダメージを受けていた。

例えば、
大根おろしを作る際、弱く狭い範囲で削るよりも、強く広い範囲でやった方が多く削れるのと同じ事だ。

追い打ちを掛けるように、『りゅうのはどう』と競り合っていた為に、疲労も尋常ではない程蓄積している。

その隙を見逃すはずもなく、博士はシャツの左腕の裾をまくる。そこにあるのは、凹凸の激しい白色の腕輪だった。


「僕も後がないからね、本気で行かせてもらうよ」


その直後、何やら奇妙なポーズを取り始めた。エリカにはそれが咆哮しているドラゴンの様に見えた。



取り終わった瞬間、博士から………………………


いや、白い腕輪から金色のオーラが現れ、フカマルを覆っていく。




博士とフカマルは、ゼンリョクの一撃を放つ。



「……………………『アルティメットドラゴンバーン』!!!!!」


フカマルの放った『りゅうのはどう』、それの何倍もの規模のエネルギーは、滝のようにハリマロンに接近し、押し流した。





ハリマロンは既に、地面にはうつ伏せで倒れていた。




「今のはZワザと呼ばれるものだよ。南国に伝承されている、ゼンリョクの一撃さ!」





博士がざっくり解説をするものの、何を言っているのかあまり頭に入ってこない。


何が起こったのか、まだ全部飲み込めていないエリカは、ただその場で唖然と立ち尽くすことしか出来なかった。











一方、

研究所内部 台所



庭から爆音が聞こえてくる。
その事からバトルの終わりを悟った彼はこう呟いた。


「2人とも元気ですね……………………」


エリカと博士がバトルしていた頃、ヒュウガは台所を借りてティータイムの準備をしていたそうな。






















織田秀吉 ( 2017/09/17(日) 16:53 )