第4話
アサメタウンからそれぞれの目的を抱えて共に旅をスタートしたエリカとヒュウガ。
片方は木にぶら下がっているミノムッチやトランセル、目の前を走り抜けるコラッタなど………………自由に生きているポケモンを自身の目に宝石でも埋め込んだのではないかと思わせる位輝いた目で見つめている。
もう片方は、真っ直ぐに前を見てさっさと通過しようとしている…………………ように見えたが、横目でポケモン達の様子を観察しながらメモ帳に書き込んでいる。
そんな調子で、木漏れ日注ぐ一番道路を抜け、一つ目の町、メイスイタウンに訪れた2人組。
そこは、建物の殆どがレンガ造りになっていて、町の中央には大きな噴水がそこに堂々と存在している。
日の光が反射して先程のエリカの好奇心を表しているかのように見えた。
その周りには、休憩用のテーブルと椅子が配置され、人やポケモン達が思い思いの時間を過ごしている。
「わぁ〜綺麗だねー! ここで休憩しよー!」
「そうしましょうか、席は空いてそうですか?」
「 うーん……… あっ! あそこの席が空いてるよ!」
そう言ってエリカが指さしたのは、噴水からは遠く離れているものの日当たりは良く休憩には丁度いい所だった。
そして、エリカ達がテーブルの席についたその時、ヒュウガの手には既に茶海と茶器が握られていた。
「えっ? いつの間にとりだしたの!?」
「何を言っているのですか、ついさっきですよ?」
エリカの視界にはずっとヒュウガが入っていた。しかし、気づいた時には烏龍茶セットを握っている状態になっていたのだ。
もはや魔術である。
「そうですね、今朝いれた保存用の烏龍茶がありますので、それでも飲みましょう」
二人分の茶器に、中身を注ごうとしたその時、シャッター音が響いた。
振り向くと、一人の女性が中央にある噴水に向かって首から下げているカメラを構えていた。そのまま、2回ほどシャッターを切ると先程から見つめているエリカとヒュウガの存在に気がついた。
女性は、こちらに早歩きで近づくと、決して大きい訳では無いが通りの良い声で話しかけてきた。
「そこの君たち! もしかして驚かせちゃった?」
「あ、いえ何の写真を撮ってるのかなって、見てただけです〜」
近くで見たらそれがかなりの美人だった為、少し焦りつつも、彼女の問いにエリカが思ったままに答える。思わず否定してしまっているものの、実際には驚いていた。
そんなやり取りを横から見ていたヒュウガが、その女性に見覚えがある事に気づいた。
自分の記憶からそれに該当するものがあるか掘り出しにかかった。
思いの外、早く情報が出てきたため、それが正しいかどうかを質問してみる。
「確か、貴方はこの先のハクダンの……………………」
それを聞いた彼女が、研究者の方を向いて質問に対する回答を出した。
「ええ、そうよ。私の名前はビオラ! 写真家兼この町の先にあるハクダンシティのジムリーダーを務めているわ!」
「やはりそうでしたか………」
この人ジムリーダーだったの!? とまた驚愕しているエリカを無視して話を進める。
「何をしにここに来たのですか?」
「実は、昨日カメラのフィルムが切れちゃって、この町のショップに買いに来ていたのよ」
「へぇ〜ここにはカメラショップがあるんだねー」
エリカが何とか会話に入ろうと相打ちを打っていると、ビオラがテーブルに置かれている茶海に気がついた。
「あら、これは何?」
エリカは、この疑問が出てきた時にヒュウガの目が一瞬光ったのを今度は見逃さなかった。案の定、彼の烏龍茶講座が開始された。
「これは烏龍茶ですよ」
「烏龍茶……………東から伝わったお茶の一種ね?」
ビオラが烏龍中毒者に同意を求めると、聞いていないことまで懇切丁寧に返した。
「ええ、この中に入っているのは色種という銘柄で爽やかな香りが特徴とされています。これは今朝その中にいれたものですが、冷めても旨みとその香りが損なわれないように空き時間に試行錯誤して調整した独自の煎り具合で香ばしさを引き出した茶葉を使ってある為、味の方は保証しますので宜しければ一緒にいかがですか?」
「そ、そうね………じゃあありがたく頂くわ…………………」
この時ビオラはもちろん、エリカ含む周りの人々は口をポカンと開けてヒュウガの方を見つめていたのだが、彼自体は全く気づいていない。救いようがないとはこの事である。
結局、ビオラを加えた3人で一つのテーブルを囲むこととなった。
茶器の中が空になりそうなところで、彼女はエリカに話を振ってきた。
「そういえば、エリカっていつ旅を始めたの?」
「えーと、今日です!」
「ポケモンは、どんな子を持っているの?」
「今は、博士から貰ったハリマロンしかいません!」
そこまで聞くと、ヒュウガはエリカにジム攻略のアドバイスを始めた。
「ビオラさんは虫タイプのポケモンを中心にしていますので、草タイプのハリマロンだけでは厳しい戦いになりますね」
虫は主に葉を生きる糧としている。虫タイプの攻撃は草タイプであるハリマロンに対してダメージが増加する。その一方で草タイプの攻撃では、虫タイプに大した有効打が与えられないという具合に、ハリマロンが不利になるのは火を見るよりも明らかである。
ヒュウガが続ける。
「だから、虫に強い飛行タイプや炎タイプを仲間にすれば、幾らか有利になりますよ」
「そうなんだ……………」
横からビオラが今のエリカにとって非常に有益な情報を付け足してくれた。
「新しいポケモンを捕まえるなら、この先のハクダンの森に行くといいわ」
「ハクダンの森?」
「ほら、あそこよ」
彼女が指さしたのは、遠くに見えるハクダンシティと、メイスイタウンの間に広がる中規模の森林だった。木々が生い茂っているためそれより下の様子を見ることが出来ない。
「あそこなら新しいポケモンを捕まえられると思いますよ。どの道、ハクダンシティに行くにはあそこを通るしかありませんから丁度いいでしょう」
ヒュウガもそう促した所で、ビオラは何かを思い出した顔でいきなり立ち上がった。
「あっ!しまったわ、今日はジムにチャレンジャーが来るんだった!ゆっくりしてる場合じゃないわね、お茶ありがとうね!では、失礼するわ!」
そう言い終わると、森の方へと走り去っていった。残された2人はその様子をただ眺めていることしか出来なかった。
ここは、木々が生い茂るポケモンのシェアハウス、ハクダンの森。枝にはミノムッチがぶら下がり、道の端ではナゾノクサが埋まって光合成をしている。そんな平和に見える光景の中、エリカは目を光らせていた。
「ポケモンはどこかな〜っと!」
そんな様子の彼女に思わずため息を吐き出すヒュウガ。彼は相変わらずメモ帳に何かを書き込んでいる。そんな彼の目の前に、空から小鳥ポケモンの『ポッポ』が降りてきた。
「エリカ、ポケモンが居ましたよ」
「え? ………あ!」
ポッポはエリカ達がこちらを見ている事に気づき、羽を広げて威嚇している。ポケモンを確実にゲットするには、方法は一つである。
「まずは弱らせなくちゃね! ハリマロン!お願いっ!!!」
ボールから、勢いよくハリマロンが現れた。
しっかりと休んでいた為、体力も回復している。力を込めて背中の棘を鋭くし気合いも充分入っている。ポッポがハリマロンを見た瞬間、空に飛び上がる。それが何を意味するのかを察したエリカはすぐさま指示を出した。
「横に避けて!」
その直後、ポッポが自由落下の勢いを利用して『体当たり』攻撃を仕掛けてくる。ハリマロンは予め真横に移動していた為当たる事は無かったものの、ポッポはまたも空に飛び上がって行く。そして再び、ハリマロン目掛けて突撃してくる。
「もっかい避けて!」
今度も、攻撃が当たる寸前で回避出来た。そして、もう1度飛び上がる寸前でエリカとハリマロンは反撃を開始する。
「『つるのムチ』で捕まえてっ!!」
ハリマロンが2本の蔓でポッポの体を捕らえる。そして、そのまま地面に叩きつけた。
それでもポッポはすぐに起き上がり、空に逃げようと慌てているように見える。
「そこで『体当たり』!」
その瞬間、ハリマロンが素早く距離を詰め、強烈なタックルを決める。ポッポは数メートル先に吹き飛ばされ、地面にうつ伏せになって倒れている。
「よっし! 今だ!!!」
動けなくなっているポッポに向けて、エリカは全力でモンスターボールを投げる。それは見事に命中し、ポッポがボールの中に吸い込まれる。そして、そのボールが揺れ始めた。
1回目…………………………………
エリカは唾を飲み込む。
2回目…………………………………
ヒュウガがその様子をメモ帳に記録している。
そして、3回目………………………………………
カチッ
ボールから音が聞こえた。気がつけばいつの間にかそれは動きを止めていた。これが意味することは一つ。
「〜〜〜〜っ!! やったぁあああああ!!! ポッポ、ゲットだよ!!」
初めて捕獲が成功した喜びを、エリカは体を存分に使って喜びを表現した。両腕を上に上げ、思い切りジャンプをしている。ハリマロンも同じように大喜びしながら一緒になって飛び跳ねている。その顔は両方とも凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。
「おめでとうございます、初のポケモンゲットですね」
ヒュウガが祝福の言葉を投げかける。
と、同時に彼はエリカに烏龍茶の入った茶器を差し出していた。それを受け取ると、笑顔でこう返した。
「ありがとっ! …………………………所で、どうしてヒュウガはメモ帳に何かを書き込んでるの? さっきから烏龍茶を飲む時以外はずっと見つめてるけども……………」
いきなり予想もしてなかった質問に、ヒュウガの表情が若干強ばったのをエリカは見た。しかし、それからすぐに元の表情に戻ると、
「……………すみません、その答えは今答えたくありません」
それはすぐに知らなければいけないことでも無かったため、エリカはそれに頷いた。
そして、ハリマロンを頭に乗せて(一瞬その重さにグラっと来たが体制を整えた)再び歩き出し始めた。
そんな2人の後ろに、怪しい影が複数、息を潜めている……………………………
まだ、町への道のりは長い。
スピードガールと研究者の旅はまだまだ序盤に入ったばかりである。