第2話
アサメシティの隅に、ひっそりと建てられたシンプルな一軒家。
その一室の小窓に、早朝から自己主張している日の光の放流が注ぎ込まれる。
この後、普通に身支度を整え、食事というエネルギーを摂取し、各自の作業に没頭し、スキマ時間に娯楽を楽しみ、夜に眠る。
これが、極健康的な生活の典型的なパターンである。
外から聞こえてくる鳥ポケモンの囀り。
その部屋に備え付けてある小型ベットの上で眠っている、一人の男。
彼は少し大きめの白衣を着込んでおり、黒に限りなく近い茶髪、顔面偏差値も60台後半いっているであろう整えられたパーツ配分。
ここまで言えば、ごく普通の優男だろうが、近くの机に置いてある、多くの書類と、それをはるかに超える容量でその上に存在している
……………………………烏龍茶のティーパック達が、見事にそのイメージを崩壊させている。
机の上にある資料は数々のポケモンに関する資料や写真、小綺麗な文字で綴られたメモ帳………………………
これを見てわかるだろうが、ベットの上で現在進行形で眠っている男は、研究者だ。
人間に関わりの深い_________________古代文明で崇められていた種族や、現代の文明発達において大いに深い繋がりを持っているポケモンに関して研究を続けている。
そして、机の一角に置かれているティーパックの数々………………………これらは、見る人が見れば色んな意味で驚愕する光景だろうと思われる。
まず、ティーパック達の中に入っている茶葉…………………………これらは、世界的に有名な品種から、滅多に手に入らない希少な銘柄が空気と3:1の比率で閉じ込められている。
鉄観音や水仙、色種の、最高ランクとされている特級から最低ランクの9級まで一通り揃えてあり、そこから収穫した季節ごとに細かく分けて収納されているのだ。
それだけではない。
『試作品』と書かれたティーパックも数種類見られる。この男は、自身で独自の調合もしている様だ。
部屋の壁際を見ると、いくつかの棚が並べられている。
その上には、数種類の急須、紅茶用ティーカップ、何種類もの茶器が収納されていた。
烏龍茶は、茶葉の種類ごとに茶器も変えて注ぐことが重要なのである。
茶器の焼き方によって茶葉との相性もあるのだ。この違いだけで味が大きく変動してしまう為、しっかりと分ける事は重要であると言える。
閑話休題とするとして、
そんな烏龍茶に、もはや怨念を超えそうな程の『執念』を持っているそんな研究者。
彼の名前は、ヒュウガ。
普段は先程の通り、人間とポケモンの関わりについての研究、調査を本業にしている。
母親はポケモントレーナー、父親は彼と同じく研究者………と言っても、ポケモンの生態専門なのだが。
しかし、その両親は一年前に他界してしまっている。葬式などは全て、ヒュウガが会場設置から後片付けまで一人で行った。
それから一年がたった今、両親の所有していた家を現在の拠点地として研究を続けている。実はこの日から、カロス地方にて本格的な活動を開始する。
彼は元々この地方出身なのだが、研究者として活動し始めたのは、二年前の18歳の時だった。
彼は一年間イッシュやカントー、アローラで調査していた。
しかし、両親の訃報を聞き、葬式や遺産問題、遺品整理などの作業で半年を過ごす事になってしまったのである。
それらは予想以上に早く片付いたのだが、両親の家がかなりの間放置されていたため、もはや空き家同然となっていた。
その修繕に残りの半年を使ってしまい、その時は調査をする事が出来なかった。
しかし、そんな様々な事に翻弄されていたヒュウガには、ある楽しみがあった。
アサメタウン唯一のカフェ、『フローラ』でゆっくりと烏龍茶を堪能することだ。
本来その店は紅茶を主流にして営業している。
しかし、彼の両親とも付き合いが長い店な為、彼限定で烏龍茶を提供して貰っているのだ。
「……………もう、朝ですか」
彼が目を覚ました。ベットからゆっくりと体を起こすと、そのまま洗面台に向かって歩いていった。
そこには、小さな鏡と歯ブラシ入れ、
そして茶色のクリームが置かれていた。
彼は、そのクリームを手に取るとそれを顔中にぬりたくった。正直、あまり良い光景ではない。おぞましいくらいである。
このクリームは、ヒュウガ自身が作った特製の烏龍茶クリームだった。
彼いわく、エイジングケアに最適なのだ、ということらしい。
水道水で顔に付いたクリームを洗い流した。その後、寝室のベットの近くにあった新しい白衣を着込んだ。
白衣には大きめのポケットが2つ付けられている。彼はボタンを留めずに、そのまま荷物確認に入った。
「………ティーパック、茶器、急須、茶海、ペン、メモ帳…………………………」
……………………最初に確認するものが烏龍茶関連だとしても、彼はれっきとした研究者である。『いっその事、烏龍茶の研究をしろよ』
というツッコミが来ても無駄である。
彼の場合、烏龍茶に関しては好物であり、趣味であり、宝だと言う扱いをしているのである。つまるところ、彼は薬物中毒ならぬ、
『烏龍茶中毒』なのだから。
「まずは、『フローラ』に挨拶しに行かねば」
荷物確認が終わったヒュウガは、そのバックを持ち、玄関に向かう。旅に出る前に、お世話になったカフェに挨拶をしに行くのだ。
家を出ると、太陽はこの街一帯を強く照らしつけている。辺りからヤヤコマ達の鳴き声が風と共に流れてくる。深く、深く、深呼吸をした彼は、そのままカフェの方を向いた。
彼の目に写ったのは、長年お世話になったカロスで有名な研究者と、一人の少女だった。彼らは会話をしていた。
「あれは…………………………」
一体、何を話しているのか。彼は、好奇心のままに彼らの方へと歩き出した。
といっても、元々の目的地だったため、そっちに行く予定だったのだが。
一際強い風が流れ込んできた。
会話をしていた研究者達も、ヒュウガの存在に気がついた。そして、研究者が挨拶の贈り物を送ってきた。
「久しぶりだね、ヒュウガ」
「お久しぶりです、プラターヌ博士」
「研究の方は進んでいるかい?」
「実はあまり芳しくないですね、今日から調査しに行くところでして、ここにはお世話になっているので挨拶しに来ました。」
青いシャツを着た上に白衣を纏った研究者、プラターヌ博士は、ポケモンの更なる進化について日々研究をしているのだが、それと同時にもう一つの仕事がある。
それは、10歳を迎えた新人トレーナーに最初のポケモンを渡すことだ。
各地方に3匹のポケモンのうち1匹を渡すという習慣は根強く残っている。地方ごとに渡されるポケモンは違う。
カロスの場合は、水ポケモンの『ケロマツ』、草ポケモンの『ハリマロン』、炎ポケモンの『フォッコ』から選べる。
博士の隣にいる自分にとって馴染みの深い少女は、今日から旅を始めるのだろう。
話しかけるタイミングを計っていた彼女が、途切れた瞬間に話しかけてきた。
「おはよー!ヒュウガ!」
「おはようございます。……………エリカ」
少女___________エリカとは、家族ぐるみで会う時によく世話をしていた。歳の差は大きく離れているが、友人としてカテゴライズしている。今もカフェに行く際に烏龍茶を運んで貰っている。
「私ね、旅に出ることにしたの!」
「おや、奇遇ですね。私も旅に出ようと思っていたんです。カロスの調査がまだでしたからね。つい昨日、準備が出来たのですよ」
「そうなんだ、私達同じだね!」
色々と話している時に、突然プラターヌ博士が横から話しかけてきた。
「ヒュウガ、ちょっといいかい?」
「………何でしょうか」
一体、何を言われるのかと振り向いてみれば、博士は突発的な提案をしてきたのだ。
「エリカの、初バトルの相手をしてくれないかい?」
………………流石にバトルの相手を引き受けてくれ、というのは予想してなかった。
「ヒュウガとバトルできるの!? よーし!手加減しないでよね!」
既に気合いが入っている彼女を見て、これは避けられないと確信したヒュウガは、彼女から距離をとると、バックから一つのボールを取り出した。
「ええ、勿論手加減はしませんよ?」
アサメタウンに、一陣の風が吹き込む。
この時、戦いの火蓋は切って落とされた。
(……………このままゆっくりと最後の烏龍茶が飲みたかったのですが……………仕方が無いですね…………………)
いいかげんにしろ、烏龍中毒者。