第1話
何かと有名なカントー地方から、西に西に移動して始めて辿り着ける紅茶の聖地と言える地方がこの世界に存在する。
10年前に『とある組織』が伝説と謳われる存在を利用し、世界を粛清しようと目論んだ世界的に有名な事件の現場としても知られていたりもする。
………………………………皆さんはもちろんご存知だろう
そう、西洋文化の象徴とも言える『カロス地方』だ。
そこには、数多くの謎が隠されている。
それに伴い、昔の人間とポケモンの関係性を解く鍵となる場所が各地に残されている。
有名なのは、かつてその地方を滅ぼしかけた『最終兵器』や、ポケモンの進化という概念を覆した『メガ進化』などが挙げられる。
もちろん、その他の多くの謎で満ちているのだ。
それらは、まだ全部解明しきれていない。
まさに、真実を追い求める者達にとって夢のような場所の一つである。
だが、それだけではない。
冒頭で説明した通り、カロスは西洋文化の象徴である。
ファッションやグルメ、はたまたはトライポカロンなるほかの地方でいうところの『ポケモンコンテスト』のような競技も各地で催されている。
そして、カロスを語る上で欠かせないのが、
カフェだ。
そこは、人々が安らぎを求めて集まる憩いの場所。店ごとに特徴や出されるコーヒーの味が違う。一つとして同じものはない。十人十色ということわざを見事に体現している存在でもある。
つまり、静かな環境でティータイムを過ごす店とは正反対なカフェもあるという事だ。そんな店が、カロスの南に位置する小さな街…………………アサメタウンで営業している。
そのカフェ、名前を『フローラ』という。
それは、カロス語で『花』を意味しており、花のように店を訪れた人の人生を少しでも彩りたいという理由で付けたものらしい。
その店に入ると、その落ち着いた雰囲気に包まれる。内装は小さなテーブルが5つと、その上に小さな花瓶が置かれている。しかし、そんな雰囲気とは正反対に賑やかな声が聞こえてくる。その理由は、客の注文を受けている一人のエプロンを着けた少女にあった。
「すみません、ロズレイティーをお願いできます?」
「かしこまりました!……………お母さん!ロズレイティー一つだってー!」
…………………落ち着いた雰囲気を若干、いや大きく壊してはいるが、そんな少女を暖かい目で見ている客たちの様子から察するに、日常茶飯事の事なのだろう。
「エリカ! もう少し小さい声で注文を伝えてちょうだい!」
「お母さんだって、声大きいじゃない!」
そんな言い争いしつつも、しっかりと仕事をこなしているのはやはり日頃の慣れだろう。
注文からおよそ5分、テーブルには入れたてのロズレイティーとオマケのスコーンが置かれていた。
「……………うん、香りもよく茶葉の旨みが引き立てられている。ありがとね」
「どういたしまして!」
「褒められたのは私でしょう!?」
「私が冷めないうちに素早く運んだからだよ〜」
「もう、生意気な事言ってー!」
最初の落ち着いた雰囲気もなんのその、騒がしくなってきた店内に、新たな来店客が現れた。
「失礼します、お久しぶりですね」
その姿は、青いシャツに白衣を重ねた、無精髭の生やした色男。彼の名前は………………
「プラターヌ! 久しぶりね!」
カロスではその名を知らぬ者がいないほどの有名なポケモン博士、プラターヌ。彼は、カロスでポケモン研究所を構えており、新人トレーナーに最初のポケモンを託す役割も持っている。
「さあさあ、いつものセットでいいかしら?」
「あぁ、今日はそちらではなくてエリカ君に関してなんです」
「………折角来たんですからゆっくりして行けばいいのに」
「ははは、すみません。また今度来させて頂きます」
そんな会話をしている時間、およそ5分。
その間に、エリカが先ほどとは違う服装で姿を現した。
「博士!お待たせしました!!」
緑色のTシャツに橙色のショートパンツを身につけ、足には星のアップリケが左右に一つずつ付けられた水色のスニーカーを履いている。
髪も後ろで縛られており、所詮『ポニーテール』と言われる髪型にセットされていた。
普通の少女がたったの5分でここまで身支度を終わらせるのは、早々ない。何か魔法かエスパーポケモンの力を借りたか位しか思いつかない。
だが、カフェ………つまり彼女の家にはエスパーポケモンやサイコキネシス等を使えるポケモンはいない。
そして、彼らの本業は店経営であって手品師でも無い。恐るべきスピードで身支度を済ませた。
そこまで彼女をつき動かしたのは…………………………………………当然。
「準備整いました!博士!私のポケモンはどこに!?」
今か今かと待ちわびていた日、ポケモントレーナーの資格を得られる日がやってきた事だろう。にこやかな笑顔で二人の前に現れた。
「何が準備整ったのよ、リュックはどうしたの!?」
「………あっ、いけない!博士、一分で戻ってくるので、待っててくださいね!」
エリカはそう言うと、先程降りてきた時以上のスピードで2階に上がっていった。
「全く、うちの子ったら……………」
そう言ってため息をつく母親に、プラターヌ博士はフォローを入れる。
「まあまあ、元気なのは何よりです」
そして、階段から超スピードで降りてきた………………が、足を滑らせて思いっ切り『転がる』を発動したエリカが現れた。
「いたた、やっちゃった……」
「何してるのよ。不安だわ……」
深いため息を付いている母親を他所にして、何事も無かったかのようにエリカは博士に詰め寄った。
「では、今度こそ準備が整いました!博士、よろしくお願いします!!!」
「うん、分かった。じゃあまずは、外に出てくれるかい?」
「はい!」
博士に促され、外に出てみると、木の葉が風に巻き込まれ、優雅に舞い始めている。それに合わせて鳥ポケモンの合唱が流れてくる。
そんな中、プラターヌ博士はバックから三つのモンスターボールを取り出した。
「じゃあ、始めようか」
そう言うと、彼はそのボールを全て上に投げた。そこから現れたのは、赤、緑、青色のポケモン達だった。
「わぁ……!」
エリカはすっかりメロメロ状態にされているようだが、あっという間に気を取り直して博士の話を聞く体制に入った。
「じゃあ、紹介しようか。まず最初に、右にいるポケモンは炎タイプの『フォッコ』だ」
狐のような体をしたフォッコは、呼ばれた途端に、後ろに下がって威嚇してきた。
「ははは…………真ん中にいるポケモンは水タイプの『ケロマツ』!」
蛙のような出で立ちをしたケロマツは、エリカの方を向いてジト目で見つめている。
「そして、最後は草タイプの『ハリマロン』!」
ハリネズミの姿をしている、ハリマロンは力強く胸を叩いてアピールしている。
「さて、エリカ君!君はどのポケモンを選ぶんだい?」
そう言われてから、一秒もしないうちに返答が返ってくる。
「ずっと前から考えていました。……………………………………ハリマロンで、お願いします!」
「分かった、よろしく頼むよ!」
「………はい!任せてください!!」
そう言って、先程のハリマロンのように強く胸を叩いて意思表示するエリカ。それを見たハリマロンは、唐突に彼女の胸に飛び込んできた。
「わっ、なになに!?」
思わずエリカがハリマロンを腕に抱き抱えていると…………………
「あったかい………」
抱き上げてわずか一秒、既に陥落してしまっている。
が、すぐに調子を取り戻した彼女は駆け出しのトレーナーらしい要求をしてきた。
「博士……私、バトルしてみたい!」
「す、済まないね。今日はこの達以外連れてきてないんだ」
博士は今回初心者用の三匹以外にポケモンを連れてきていなかった。流石に残りの二匹で戦うのもどうかと思っていた博士は冷や汗をかきながらやんわりと断った。
エリカは頬を膨らませるものの、気持ちを瞬時に切り替えていた。
「じゃあ、他に誰かいないかな………」
エリカが辺りを見渡すと、都合よくこちらに歩いてくる白衣姿のトレーナーらしき男性が現れた。見た目を簡単に言うと、かなりのイケメンである。
しかし、彼からは距離があるというのに何故か香ばしい香りが漂ってくる。
そう、『茶葉』の香りが。
「あれは……」
「あの人は……」
アサメタウンに、一際強い風が吹いた。
駆け出しトレーナー、エリカの旅はまだ始まっていない。