第一部
清き流れと共に





イッシュ地方 ヒウンシティ ポケモンセンター内






「なあ、聞いたことがあるか?『清流と共に存在する軍師』とかいうトレーナーの噂」










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今は夏、それもまだまだ始まったばかりのある日、ポケモンセンターで涼んでいた時にふと聞こえてきたその言葉。

あたり一面コンクリートビルという名の木々に囲まれ、地面の殆どがアスファルトで覆われているせいで、その熱を掴んで離さない。そんな都会のジャングルとも言える、このヒウンシティで、最近現れた凄腕トレーナーの噂は聞いたことがあったが、『呼び名』についてはよく知らなかった。

この街では、至るところにバトルフィールドが設置されている。なぜなら、このイッシュ地方において一番の都市だ。各地から訪れる観光客はもちろん、仕事帰りのサラリーマン等も息抜きの為にバトルをするのが定番となっている。と言っても、人口密度の大きい所で突然バトルを繰り広げられると周囲に被害が及んでしまう。そのため、所々にフィールドを作り、それ以外の場所ではバトルを禁止しているのだ。


そんなバトルに飢えている内の一人であるカズマは、隣から聞こえてくるその会話に耳を澄ましていた。

「『清流と………………………』何?」

「『清流と共に存在する軍師』! ったく、しっかり聞いとけよ!」

「ごめんごめん、よく聞き取れなくて」

「少しは真面目に聞いてくれよ!何度言い直させれば気が済むんだ!?」

「だからごめんって、それで?何でそのトレーナーはそう呼ばれているのさ」

「あぁ、何でもそいつは相手の行動を読み、まるで詰将棋をするかの様なバトル運びで相手を追い詰める所からそういう名が付いたらしいぜ」


『なかなかの曲者』

カズマが、話を聞いて思った第一印象がそれだった。そのトレーナーが『軍師』と呼ばれるのも納得できた。だが……………………………


「じゃあ、もう一つの『清流と共に』は?」


彼は、自身のもう一つの疑問を代わりに聞いてくれたもう一人に心の中で感謝を送った。



「………それについてだが、聞いて驚くなよ?」

「ハハッ、これまでに何度やばい勝負を見てきてると思うのさ?ちょっとやそっとじゃ驚かないよ」

「………………………その軍師には、何故かボールに入れないで連れ歩いている1匹のポケモンがいるんだが、そいつの名前から呼ばれているらしいんだ。」

「ふぅん、それでそのポケモンがどうかしたの?」

「話を進めるなよ!ちゃんと話すから!…………………………いいか?これまでに聞いた噂によると、軍師とそのポケモンにバトルを挑んだトレーナーは、その殆どが有名な大会や、このヒウンで名を知られている奴らだった。そんな奴らが、全員戦意喪失した顔でポケモンセンターに回復しに来ていたんだぜ?」

そこまで強いとは、一体どんなポケモンを連れているのだろうか?

カズマは、そのトレーナーと是非ともバトルしたいと思っていた。

「そのポケモンは、種族は分かってるのかい?」

「いいや、残念ながら俺も知らない………………」


これ以上は聞いても情報は得られない。
そう思い、座っていた椅子から反動をつけて立つと、出口に向かって進みかけたその時、
さっきまでカズマが盗み聞きしていた内一人が、とんでもないことを言い放った。

「ただ、一つだけ分かっていることがあるんだが、そのポケモンは…………………………………………………………………………まだ進化出来るはずなのに”進化すらしていない”らしいんだ」





…………………………………………………………………………………………………………今、なんて言った?










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確か、この辺だったはずだ

ポケモンセンターをケンタロス並の速度で飛び出したカズマは、同じセンターにいた2人組の話に出てきていた小さな公園に来ていた。そこによく『軍師』が出没するらしい。なかなか見つかりにくい場所にあったため、何度か道を戻りながらやっとの思いでこの公園を見つけたのだが、



「いないじゃないか………………………」



どうやら、今日は来ていないようだ。どこかに隠れて見えないという可能性も考えたが、こんな、遊具もなくただベンチがポツンと置いてあるだけの所で隠れるなんて無理な話である。そもそも、『軍師』の目撃情報に、「黒色のスラックスに白色のTシャツ、そして上に青色のジャケットを重ねている」という、その呼び名にお世辞にも似合ってない服装をしている情報があった。それでは、仮に隠れていたとしても見つからない筈がないのである。


「仕方ないな、出直すか…………………」


カズマが元来た道を戻ろうとしたその時、




「………………………………今日も暑いですね」





誰かが公園に入ってきた。

その姿は、先程得た情報通り『軍師とは思えない服装』をしていた。すらっと伸びた背筋に、心身ともに成熟してきた男子特有の落ち着いた雰囲気を纏ったそのトレーナーは、









「ここで休憩しますか?」






丸い体に丸い頭、その上に青く小さな耳が付いている。茶色い鼻にそばかすがチャームポイントとも言えるそれは、腹部に貝殻の形をした小刀を携えている。
しかし、イッシュのトレーナーならば誰もが見慣れている最初に貰える三匹の内の一匹であるそのポケモン___________________________________ 『ミジュマル』を、肩に乗せていた。






”ラッコポケモン”の『ミジュマル』は、イッシュ地方における最初に貰える3匹の内の1匹で、お腹に付いている『ホタチ』を取り外し、小刀として使うポケモンである。
それと同時に、二段階進化することの出来るポケモンで、一度進化すれば『フタチマル』になる。
そこから更に進化すると『ダイケンキ』というポケモンに姿を変え、その能力は飛躍的に上昇するのだが、今あのトレーナーの肩に乗って暑さにぐったりとしている個体は”進化していない”。
まだ進化出来るレベルにまで達していないのなら分かる。
だが、彼らが相手してきたであろうトレーナー達は、そんなレベルのポケモンでは太刀打ち出来ない程の強者ばかりである。つまり、あのトレーナーは、意図的にあのミジュマルを進化させていない事になる。

ならば、

「何故進化させないのか」

その理由を知りたくなるのは当然と言えた。



カズマが気づいた時には、彼の足はベンチでゆっくりとくつろいでいる『軍師』達の方へと向いていた。近づいてくる気配に、彼らも疑問の表情を浮かべながら振り向いた。
カズマは、ワンテンポ置いて、こう言った。









「俺と、バトルしてくれないか?」


























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公園付近 公用バトルフィールド



『軍師』は、向こうからすれば突然持ちかけられたバトルの申し入れを快く承諾した。一体、どのような戦い方をしてくるのだろうか、今のカズマの頭の中にはそんな好奇心しかなかった。右手に持っている一つのボールを強く握りしめて反対側を見る。トレーナーゾーンに入っている『軍師』は、ただ落ち着いた表情でそこに立ってた。そして、『軍師』の口が開いた。

「紹介が遅れました。私はモトオリと言う者です。私の肩に乗っているのは、パートナーの”シミズ”です」

それに応えるかのように、そのミジュマル________________シミズが、自身を誇るかの様にホタチを強く叩いた。シミズとは、恐らく『清い水』と書いてそう読むのだろうと、カズマは推測した。


「そちらの名前は?」

「俺は、カズマだ。カノコタウン出身のポケモントレーナー」

一通り、お互いの自己紹介が済んだその時、『軍師』____________モトオリの周りの空気が変わったのが、反対側にいたカズマにも分かった。柔らかく水のような雰囲気から一転、激しく流れ落ちる上流の様な冷たい物へと変貌していた。その変わり身に、カズマは一瞬恐怖を覚えたが、すぐに自身に喝を入れた。そして、握っていたボールを自分達が争う戦場目がけて、力強く投げ入れた。


「行け!キリキザン!」

ボールから出てきたそのポケモンは、全身が鋭い刃物で作られており、頭にも刃のついた赤い兜を被っている。
特に両腕と頭部の刃は鋭く、巨大な岩をも一刀両断する程だと言う。
そんな”とうじんポケモン”のキリキザンは、相手の方を見据え、鋭い闘気を放っていた。


今放っているその気迫は、普通のトレーナーとポケモンならば、その場で一瞬怯んでしまう程の圧力である。しかし、モトオリ達は平然とした表情でこちらを観察していた。

「…………………………そのキリキザン、よく育てられていますね」

「あぁ、俺の自慢のポケモンさ」

「………………シミズ、お願いします」


モトオリのその呼びかけに、シミズは元気に一鳴きして、その戦場に舞い降りた。


両者の準備が整った所で、モトオリの一言によって、勝負の鐘が鳴り響いた。

「先手は、そちらからどうぞ」

「ありがたく貰うぜ」

と、自信たっぷりに応えたカズマだが、まだ悩んでいる事があった。


あのミジュマルが、一体どんなバトルをしてくるのか


彼はそれを見たことがないので、最初にどう出るか決めかねていた。いきなり接近戦に持ち込み、勝負を決めるのか。それとも、堅実に相手の出方を見るのか。

たっぷり十秒弱、考えた後に、彼は大きな声でキリキザンに指示を飛ばした。



「キリキザン! ”サイコカッター” !!」

それを受けたキリキザンは、右腕に濃い紫色に光る念動力を纏った。それを、向こう側で構えている相手目掛けて勢いよく振り下ろす。それと同時に、腕に纏っていた念動力は実体化した刃となって、空気を切り裂きながらシミズに向かって襲いかかった。

この技は遠距離から放てるため、相手の出方を見るにはうってつけだった。相手の戦法も分からないで突っ込んでいっても、いいようにされるだけだ。そう考えたカズマは、最初に”サイコカッター”を指示したのだった。




それと同時に、モトオリも遠距離に対する対抗策を指示していた。



「”冷凍ビーム”で相殺してください」


シミズはそう言われると、両腕の間にエネルギーを瞬時に貯め、それを正面に放った。
放たれたその冷気の光線は、進路周りの地面を凍らせながら直進していく。そして、冷気と念動力が衝突すると、砂埃を撒き散らしながら爆発した。その爆風は、フィールド全体を吹き抜け、思わず目を瞑ってしまう程だった。しかし、カズマはここで次の一手を打っていた。


「”アイアンヘッド”だ!まっすぐ撃ち抜け!!」

ここで勝負のペースを握れば勝てる。そういう狙いを込めて、そこに佇む『闘人』に追撃を指示した。



キリキザンは、指示の通りまっすぐに距離を詰める。そして、通常よりも硬質化させた頭部の刃を突き出して、シミズに目掛けて突っ込んでいく。

モトオリはそれを見て、この状況における『好手』を打ち出した。




「”剣の舞”です」




その指示に、シミズは戦いの舞を踊り出した。本来ならばそれは、自身の攻撃力を高める技である。しかし、キリキザンはそれをさせる程甘くなく、勢いよく頭部を振り下ろした。

このまま攻撃が当たり、”剣の舞”は中断される。カズマはそう思っていた。







しかし、現実は予想を超える。



「今です!」

モトオリはシミズに向かって何かの合図を出した。それとほぼ同じタイミングで、キリキザンの攻撃は____________________









「なっ!? 当たってない………………………………………………………だと!?」








___________________宙を切った。


そして同じく相手が姿を消して戸惑っているキリキザンの横には、攻撃していた筈のシミズが、ホタチを構えてこちらに走り出していた。



「シミズ! ”シェルブレード” です! 」


腹部に携えているその小刀を手に持つと、蒼く輝く水の様なオーラを纏わせ、キリキザンの目の前でそれを振り上げる。更に、”剣の舞”で鋭さを増している為、より一層光輝いて見える。その水の刃は、キリキザンの体目掛けて斜めに斬りつけられた。あまりの衝撃だったために、『闘人』は元いた位置へと吹き飛ばされてしまった。



「まだ行けるか?」



カズマの一声に、キリキザンはダメージを堪えて立ち上がるが、その時彼はある事に気づいた。

「キリキザンの刃が、こぼれている?」


”シェルブレード”を受けた部分の刃が、所々欠けていた。キリキザンという種族は、進化する前から自分の刃を入念に研ぐ習性がある。それはもちろん、このキリキザンも例外ではない。これまでに鍛え上げてきた自慢の刃が、たった一撃でこの様な状態にされた。
そして、主導権を握ろうとしたが、逆に握られてしまった。この事実は、キリキザン本人はおろか、トレーナーのカズマの心に小さくない焦りを生み出した。その頬に、冷や汗が流れ落ちた。



次に、あの一撃を貰えば試合終了だ。



キリキザンの負ったダメージからそう判断したカズマは、更に焦っていく。このままでは負ける。そう自分を追い込んでいた彼は、勝負を決めるために速攻を仕掛ける。



「連続で”辻斬り”だ!」


キリキザンは、その両腕に黒いオーラを纏うと、シミズを切り裂きにかかった。その速度は、とてもではないが肉眼では追いつけない程だった。


・・・・・
「”剣の舞”で、受け流してください」


シミズはまた踊り始めた。ただ、こちらの攻撃に対して絶妙なタイミングを計り、捌いていく。負けじとキリキザンが攻撃を続けていく中、シミズはそれに落ち着いて対応している。だが、先程のダメージも響いたのかキリキザンの攻撃の手が一瞬緩んだ。モトオリはそれを見逃さなかった。


「”シェルブレード”!!」


先程まで踊っていた所から一変、流れるようにオーラを纏わせたホタチで横薙に払った。
それを受けたキリキザンはまたしても吹き飛ばされた。


「キリキザンっ!!」


今の一撃は、キリキザンにとって致命傷にもなり得る程の威力だった。にも関わらず、ボロボロになった体に鞭打ち、キリキザンは立ち上がる。

もう後がないこの状況、カズマは一つの賭けに出た。




「行くぞ!”サイコカッター” だ!!」


キリキザンは再び念動力を纏い、刃としてシミズに放つ。それに対して、モトオリはシミズに相殺を命じた。

「”冷凍ビーム”です」

腕に冷気のエネルギーを集め、それを飛んでくる念動力に向けて発射した。それらが衝突すると、あたり一面に大爆発を起こし、フィールド全体が砂煙で覆われた。そして、それをつき向けてくる『闘人』の姿がそこにあった。



「今だっっ!!キリキザン!”ハサミギロチン”!!!」


キリキザンは、両腕にオーラを纏った。ただ、”辻斬り”や”サイコカッター”と違うのは、それらよりも細く長い『鋏』の刃を模している事だった。名前の通り、当たれば一部の特性を持つポケモンでもない限り戦闘不能に追い込まれる『一撃必殺』の威力を誇っている。カズマは、先程の爆発を起こし、その煙に紛れてこの技で勝負を決めるつもりなのだ。そして、とてつもない速度で距離を詰めたキリキザンは、腕を交差させる。そのままシミズを切り裂き、戦闘不能にする。カズマは、そう確信した。











「………………………………王手、ですね」



………………………………………………はずだった。


結末から言うと、ハサミギロチンはシミズに当たっていなかった。それどころか、いつの間にかキリキザンの後ろに回り込んでいるシミズの腕に、『有り得ないもの』が纏われているのを見た。


そうそれは________________________________














「”ハサミ、ギロチン”…………………………!」

ついさっきまでキリキザンが纏っていた一撃必殺の『鋏』が、シミズの両腕に構えられていた。本来ならば、ミジュマルが覚える筈のない技だが、その疑問の答えをモトオリが解説した。



「カズマさん、”まねっこ” という技をご存知ですか?」

「ッッ!!!」



”まねっこ”

そのバトルで最後に繰り出された技を一度だけ『真似て使う』事の出来る技。それはもちろん、自分の使うことの出来ない技でも、繰り出す事が出来る。しかし、この技は最後に繰り出された技しか使えない。もしこちらがその他の技を使っていたら、相性は今ひとつ以下となり、大きな効果を得ることが出来ずに反撃の機会を与えてしまう可能性もあった。

つまり、モトオリは、


・・・・
こちらが『一撃必殺』を繰り出すのを
・・・・・・・
既に読んでいたことになる。



そして、シミズの『付け焼き刃』はキリキザンを捉え、切り裂いた。それをモロに受けてしまった『闘人』は、ゆっくりとその場に倒れ伏した。




「私達の勝ちです」


モトオリは、静かに勝利宣言した。




「………………………負けた、のか」


結果は、紛れもなく完敗だった。向こうにほとんどダメージを与える事が出来なかった。
カズマはキリキザンをボールに戻しながら、小さく息を吐いた。



突然、モトオリがこちらに歩いてきた。彼の目の前で止まると、おもむろに手を差し伸べた。



「あなた方はとても強かった。また、勝負をしてくれませんか?」


伸ばされたその手を取り、モトオリをまっすぐに見据える。そして、深呼吸して自身を落ち着かせると、彼は一番の疑問を問いかけた。


「なあ、そのミジュマル、どうして進化させないんだ?」

その質問は、モトオリにとっては意外なものだった様だ。『軍師』は、少し間を置いてからこう答えた。

「進化させないと言うよりも、シミズ自身が進化せずに強くなりたい、そう望んでいるからです。進化したいかそうでないかは、私達トレーナーが決めるのではなく、ポケモン自身ですからね」

彼はそう言うと、静かに微笑んだ。周りの空気もいつの間にか、最初に出会った時に感じたものに戻っていた。

(『清流と共に存在する軍師』…………………………………………………か)

カズマは、目の前で微笑むそのトレーナーの実力、そしてその芯の強さをハッキリと認識した。その上で、彼は力強くこう宣言した。



「今度やる時は、必ず俺達が勝つ。また勝負しようぜ、『軍師』殿?」


それにモトオリは、苦笑しながらこう返してきた。


「ええ、もちろんですよ」



そう言って二人は、ガッシリと力強く握手に交わした。

そんな彼らを、いつの間にか真上に登っていた太陽が、その道を知るかのように照らしていた。





































■筆者メッセージ
筆者の織田秀吉です

今回は趣旨を変えてバトル小説を書いてみました。
図鑑説明の要素はほとんど無いですがご了承ください。
何か読んでて不自然な描写があったら教えて下さると幸いです
織田秀吉 ( 2017/08/05(土) 21:16 )