Chapter3 時空のさけび
第7話 新しい仲間とか
「や……やっと、着いた!」
 太陽がちょうど大地の真上に昇る頃、日中でもどことない異様さを漂わせるプクリンギルドの天幕の前。快活そうなチコリータが、海辺から吹くちょっぴり冷たい風に、頭の大きな一枚葉を揺らしながら歓声を上げた。彼女の首元には、木製のきれいで細長い小箱が、その両端に空いた穴に紐を通してかけられていた。
「遠かった……遠かった」
 かたわらに立つキモリも感慨深そうに呟いた。こちらは左手を包帯でぐるぐる巻いていた。
「でもこの建物、門が閉まってるわね。今日はお休みなのかしら」
「ううん。たぶん見張り番を置いているんだ。あそこの金網から、足形を判別しているんじゃないかな」
 言って、キモリが一見落とし穴にも見えるその金網を指差した。
 なるほどと相槌を打ったチコリータは勇ましく見張り台に歩み寄って、さっそく小さな足を網に乗せた。
「にゃーっ!?」
 想像だにしなかった体全体に巡っていくこそばゆさに、甲高い悲鳴が陽気な空に響いた。



 時を同じくしてギルドの地下二階。弟子たちにあてがわれた寮の一番奥の部屋で、フレイがパチリと目を覚ました。といっても右目は開かず、視界は左目の分が確保されているのみであった。
 起きて早々に覚えたのは激しい空腹だった。我知らず食べ物を探そうとすると、待ってましたと言わんばかりに果物と木の実の詰まったバスケットが差し出された。
「やっと起きた。はいこれ、昨日と今朝のごはん」
「お、おう。ありがとうなゴロウ……って昨日?」
 眠気が僅かに消えない様子でフレイが訊ねる。ゴロウはゆっくり首肯した。
「ルリリを探しに行ったことは覚えてる?」
「ああ。それで確か、見つけて、さらった奴にオキュウをすえてやったんだった」
「そうそう」
 お灸がどんなものか想像つかない調子で、フレイは思い出したことを簡単に語った。特に記憶に齟齬もないのでゴロウは肯定するが、彼が本当に聞きたかったのは事の顛末ではなかった。
「体調も良いみたいだし、とりあえず後遺症もないようで安心した。それで一つ、こっちも質問があるんだけど」
「どうした?そんなに改まって」
 目覚め直後のぼんやりした気分を乗り越えたフレイは、バスケットの中から大きなリンゴを取って食べ始める。スリープと相対していたときとはまるで違って、いつも以上に気が抜けていた。
 対するゴロウは、ごくりと生唾を呑んだ。むろん食欲ではなく、緊張ゆえである。
「なぜ君が……」
「失礼する」
 問いかけたところで、部屋に別の声が下方から響いてきたかと思うと、まもなく床がもこもこと盛り上がりその主が姿を現した。土と似た焦げた茶色の体と淡いピンクのくちばし(のようなもの)を持ったカタチが三匹で一つのまとまりを成しているポケモン、ギルドのメンバーのダグトリオだった。
 話を中断されたことは一旦置いて、ゴロウはダグトリオに向き直り、フレイも食事の手を止める。
「キミたちに客だ。そして彼らも弟子入りするらしい、私たちのギルドにな」
「では、以上。フレイくん、しっかり休養を取りたまえよ」
 ギルド内の依頼掲示板の更新を任されている彼は、職人肌らしく手短に事を伝えるとふたたび地中に潜って仕事に戻っていった。
 ダグトリオの残した盛り土を眺めていたのも束の間、二匹は顔を見合わせた。
「「来た!」」


 ゴロウの質問は後回しになり、フレイが二食分をきっかり平らげて一息ついていると。
「入るぞ」
 平生と変わらず歌うような調子でペラップが部屋へやって来た。彼の後ろにはダグトリオが知らせた"来客"が控えていた。
「まったく、二日も休むなんて。まぁ、結果的に依頼にあったおたずね者を懲らしめたからいいんだけどサ」
「それはそうと、新しい弟子たちだよ。オマエたちのチームに参加したいというから連れてきてやったぞ」
 余計な小言を挟んで用件を述べると、ペラップは一歩下がって、翼で弟子となった二匹を前に押した。チコリータとキモリだった。
 チコリータはゴロウに微笑みかけ、ついで彼の隣に座ったフレイを不思議そうに見やった。一方のゴロウもチコリータに笑顔で応え、彼女のそばにおずおずと立っているキモリに首を傾げた。
「揉めたりするなよ、面倒だからね。さ、仕事仕事」
 彼らの事情を知らないペラップは既に面倒そうに言い残すと、すたすたと親方の部屋へと戻っていった。
 さて邪魔者がいなくなって、一番に口を開いたのはチコリータだった。
「久しぶり!ラ……」
「わー!わー!」
「な、なに急に?」
 名前を呼ぼうとしたところを、ゴロウが大声で遮った。おかしな対応にチコリータが困惑していると、ゴロウはいささか恥ずかしそうに咳払いをして弁解する。
「君はどうだか分からないけど、僕は一族公認で活動していないんだ。バレるとまずいから、本名も隠して欲しい」
「え、本名じゃなかったのか」
 彼の言葉にチコリータは納得したが、今度は別の箇所に飛び火した。フレイである。しまったと思っても後の祭り、仕方なくゴロウは頷いた。
「今まで黙っててごめん」
「いや、ゴロウって名前があんまり合ってたから、本当の名前があったことにびっくりしただけだぞ。ま、ともかく」
 話題が別の方向に逸れたまま始まらなくなりそうだったので、フレイが一旦話を仕切ることにした。
「まずは自己紹介しようぜ。積もる話はその後だ」
「そ、そうだね。お互いのことを知らなくちゃ」
 今まで話せずにいたキモリが同意する。ゴロウとチコリータも異論はなかった。すると誰から喋るのかということになるが、先送りを表明する視線が一巡してチコリータに集まった。溜め息をつきつつも、彼女は先発の役目を負った。
「私はエリザベト。リザって呼んで。ちなみに、レガリアの継承者よ」
 名乗ったリザは、首に備わった突起から蔓を伸ばして胸元の小箱を持ち上げた。どうやら小箱の中身が彼女のレガリアらしい。
「はい次」
「う、うん」
 今度はバトンを渡されたキモリが、深呼吸を挟んでフレイたちと向かい合った。
「ぼくの名前はディケル。えっと、継いでいる訳ではないんだけど、レガリアを預かってます」
 ディケルは包帯に巻かれた左手を二匹に見せた。フレイはただただ目を輝かせるばかりであったが、ゴロウは解せないという顔つきになっていた。
 しかし、疑問はあとで答えると先にフレイが決めていたから、ぶしつけに問いただすことはせず、代わりに自分の名乗りを済ませることにした。
「ご紹介どうも。僕はゴロウ。リザと同じく継承者だよ」
 この順番で来たため、必然的に最後の番はフレイとなった。少数ながら注目を浴びるという状況に慣れていないのか、なんだか照れていた。
「俺はフレイ。あー、元ニンゲンだ」
「「ニンゲン?」」
 リザとディケルの声が見事に重なった。言った手前説明した方がいいのだろうと思ったが、いかんせん本人がニンゲンについて具体的に覚えていなかった。ウンウン唸った結果、パートナーに助け舟を出してもらう。
「ゴ、ゴロウ」
「はいはい。ざっくばらんに言えば、ニンゲンは大昔にいた生き物って感じ。彼はその生まれ変わり……らしい」
「「「へえー」」」
 結局、彼の解説にフレイまで交ざって感心していた。


 全員の自己紹介が終わって、その間始終ウズウズしていたゴロウが単刀直入に切り出した。
「聞きたいことがある」
「いいわよ。可能な限り答えるわ」
 一同部屋の中央に座を占めて、頭を突き合わせる。ゴロウとリザがいわゆる当事者であるから、フレイとディケルはとりあえず二匹の会話を聞く側に回った。
「ティタニアはどうしたの?」
 その名前を耳にした途端、リザは暗い表情を浮かべ、小さな声で語った。
「あの子は……行方不明だって。あいつがそう言ってた」
「ゆくえふめい」
 ゴロウはリザの言葉を反芻する。隠す必要がないので開いていた橙色の瞳がすうっと細まった。
「でも、彼女のレガリアは君が持っているんだ」
 いきなり話の矛先を向けられたディケルは、しかし心の準備をしていたようで、リザに代わって訥々(とつとつ)と理由を述べた。
「直接渡してもらったんじゃないけれど、ぼくは、兄さんからこれを託されたんです。それと一緒に『エリザベトの元を訪ねろ』という置き手紙があって」
「私のところに来たってわけ」
 あとの言葉を引き取ったリザに、ディケルは頷いた。
「それで、私はあなたと同じ理由で、彼と共にこのプクリンギルドまで旅してきたの」
「ふむふむ」
 これらの説明を咀嚼しながら、ゴロウはもごもごと考え込む。三匹が彼の見解をじっと待つなか、やがて口を開いた。
「うん。さっぱり分からないや」
「分からないのかよ」
 フレイが呆れたように突っ込んだ。といっても、フレイ自身話の途中から内容が頭の右から左へとすっぽ抜けていた。
「だって全然情報が足りないんだもの。強いて言えることは、二つ。一つは、僕たちの仲間の一匹とディケル君のお兄さんが一緒に行動しているだろうってこと。お兄さんはディケル君をリザのところに行くよう指示しているし、彼にレガリアを持たせている時点でリザの目的も理解しているとしか思えないからね」
「もう一つは、ティタニアの行方不明とフレイ……君の存在は関係があるかもしれないってことくらいだ」
「えぇっ!?」
 これに心底から驚いたのはリザだった。友達がいなくなったことに赤の他人が関わっていると言われれば当然ではあった。フレイにしてもまったく合点がいかず、ぽかんとした顔になる。
「そいつはゴロウたちと同じレガリア……を持ってたヤツだろ?俺とは接点なんて持ちようがないと思うんだけど」
「ところがどっこい、君の右目が揺るがしようのない証拠なんだ」
「右目?」
 ディケルが疑問符を浮かべて、皆の視線がいま一度フレイの顔に集中する。フレイはいささか気まずそうになるが、指摘された右目は頑として動かなかった。
「覚えてないみたいだけど、昨日、君の右目が開いたんだ。普通ではありえない真っ白な輝きを帯びていた」
「……もし本当にそうだったら、彼女の瞳と同じね」
「えっと、要するに、俺はティタニアと同じ特徴を持ってるってことか?」
「大当たり。彼女の行方不明とフレイの元ニンゲンという謎めいた事情を考えたら、君とティタニアになんらかの関係があった可能性は高い」
「他に似たような目のポケモンは?」
「いないね」「いないわ」
「ほ、ほはぁ……」
 フレイは奇妙な溜め息を吐いた。観客席でぼうっとしていたらいきなり試合の場に投げ出されたような衝撃だった。心のどこかで放っていた自分は何者かという問いが、のそりと鎌首をもたげてきた。
「もしかしたら、君の方が案外、問題の中心にいるのかもね」
 ゴロウは冗談めかして締め括ったが、フレイは何も答えずに黙っていた。
「まぁ、まだまだ分からないことの方がいっぱいあるけど、なによりリザたちと合流できてよかった」
「それもそうね。あ、今後はビクトリーズとして一緒に活動させてもらうからね」
「よ、よろしくお願いします」
 リザは毅然とした態度のまま、ディケルは丁寧にお辞儀をする。
「こちらこそ。ほら、フレイも」
 ゴロウに促されて、物思いにふけっていたフレイも、己のことは脇に置くことにして、二匹の歓迎を優先した。
「リザ、ディケル。これからよろしくな」
「ええ」「うん!」
「来て早々、話し込んじゃって悪かったね。長旅、お疲れ様。ベッドも使っていいから今日はゆっくり休んで」
「ありがとう。でも、それより……」
 ディケルが言いにくそうにしていると、旅疲れの二匹のお腹がぐううと鳴った。
「……まずはごはんにしようかしら」

■筆者メッセージ
たぶん続きます。
鈴索 ( 2020/03/10(火) 16:20 )