Chapter3 時空のさけび
第5話 短い休暇
 当初のペラップの予想に反して、探検隊ビクトリーズの活躍は目覚ましいものであった。フレイとゴロウは精力的に困ったポケモンたちの依頼を引き受け、"不思議のダンジョン"へ果敢に挑んでいたのだ。はたから見ればいかにも感心といったところだが、実際のところ彼らは今現在、仕事の他にやることがなかったのである。それはそれとして、探険には疲労がつきもので。
「まだ来ねぇの?」
 朝礼が終わって、フレイがなんでもないような調子で他のレガリアの所持者の消息についてゴロウに訊く。
「僕以外は皆プクリンギルドから遠いところに住んでるからね。時間がかかるのも仕方ない」
 ぼんやりとゴロウは答えた。冷静というべきか能天気すぎるというべきか。普段の表情の分かりにくさがどこかプクリンっぽいなとフレイは感じた。
「オマエたち」
 周りのギルドメンバーがせっせと作業に取り掛かるなか、手もち無沙汰な二匹のもとへ、ペラップが飛んできた。どうせお小言だろうと、フレイが面倒そうに応えた。
「あーはいはい、はやく仕事に行くから」
「なんだその態度。せっかく休暇をやろうと思ったのに」
「休んでいいのか?」
 今度はてのひらを返したように顔を輝かせる。露骨さもここまで行くと清々しいもので、ペラップは特に怒ることもなく頷いた。
「うむ、さいきん頑張っていたからな。それに、新入りは多少優しくしないと逃げるし……」
 後半は二匹の聞こえないほどの呟きに抑えて、伝えるべきことは伝えたとばかりに親方の部屋へ戻っていった。フレイとゴロウはどうしたものかと岩だらけの天井を仰ぐ。
 ちょっと間が空いて、ゴロウが口を開いた。
「そうだ、トレジャータウンに行ってみない?」
「トレジャータウン?」
「探険をサポートする施設もあれば一般のポケモンがよく利用する商店もある、小ぢんまりしてるけど賑やかな町……って聞いてる」
「なるほど。面白そうだ」
 フレイは記憶喪失のために、ポケモンとその世界に関する知識が少ないと同時に大きな興味を持っていたから、ゴロウの提案にも気楽に乗った。
「じゃあ、ついてきて」



 ギルドの険しい階段を降りた先の十字路を、探険に行く方向とは真逆に二匹が歩いていく。フレイとゴロウが出会う前日の嵐が過ぎ去って以来、相変わらず天気は爽やかな晴れが続いているが、今日は雲が多い。
「おお……!」
 青と白の入り混じる空の遥か下、トレジャータウンに一歩踏み込んだフレイが感嘆の声を上げた。
 奇天烈なのはプクリンのギルドだけかと思えば、並ぶ建物はどれも店主である己を造形したものばかりで、これが一般的なのかとフレイは不思議に思いつつ、あちこちを見やる。
「賑やかだなぁ」
「ギルドも近いし、ポケモンが集まりやすいのかも」
「お前はここ、来たことある?」
「逃げてきたときにちょっと。あの日は夜だったけど」
「ん、逃げてきた?」
「護衛という名の監視を引き剥がすためにね」
 そんな立ち話をしている二匹に、横から聞き覚えのある声がかかった。
「ありゃ、フレイ君にゴロウ君じゃないでげすか。どうしたんでげす?」
 声は近付いて、フレイの横に並んだ。見ると、もこもこした顔つきと茶色の体毛、なによりその出っ歯が特徴的なポケモン、ビッパだった。彼は新米のフレイたちの先輩の一匹であり、ギルド周りの扱いについて何かと世話を焼いていた。特に縦割り的な姿勢を求めることはなかったが、二匹はそれを弁えたうえでビッパを先達として接していたので、お互いの関係はギルドの中でも特に良好なものだった。
「ビッパさん。僕たち急な休みをもらってしまって、なんとなく散歩でもと」
 さっきの話を聞かれていなかったかしらと少々ヒヤヒヤしながら、ゴロウは丁寧に答えた。
「健康的でげすねぇ。なら、ついでにあっしが町の案内でもしましょうか?」
 ゴロウのささやかな心配など気にすることもなく、ビッパが親切にそう申し出る。フレイはもちろんゴロウも詳しい街の内容を知っているわけではなかったので、せっかくだからとお願いすることにした。
「頼むぜ、センパイ」
「うっ……うっ、あっし、かわいい後輩に恵まれて幸せっす」
 フレイが「センパイ」というと妙な威圧感があるなと思いながらも口には出さず、涙もろいビッパをなだめて歩き出す。ビッパも落ち着きを取り戻すと、四足の姿勢をこころなししゃきっとさせて、目に映る建物を請け負ったとおり逐一紹介していくことにした。
 手始めは、彼らのすぐ右側に建っていた。一つ目の幽霊のような見た目をしたポケモンがじっと番に立っている不気味な店。
「こちら、トレジャータウンに入ってすぐの所にあるのがヨマワル銀行でげす」
「銀行って、お金を預けたり引き出したりする場所だよな?」
 記憶、というよりは知識の確認にビッパは頷く。
「そうでげす。"不思議のダンジョン"は危険がいっぱいだから、万が一やられてお金を失くすことのないよう、あらかじめ預けておくんでげす」
「ふむふむ」
「お金は大事だからね」
 銀行の主のヨマワルと軽い挨拶を交わして、一向は中央の広場に歩を進める。まばらに生える樹木と野花の間を行きながら、ビッパが今度は左手の奥に見える施設を顎で示した。
「あっちにあるのはガラガラ道場とラッキーのお世話屋でげす。道場はそのまま道場なんでげすが、今はお休みしてるみたいでげすよ」
「お世話屋はポケモンのタマゴの孵化を手伝ってくれるんでげすが、今のあっしらにはあんまり関係ないでげすね」
 フレイは道場の休業にがっかりし、ゴロウはお世話屋の説明にどこかすっぱい顔をした。
 そんな様子に気付いているのかいないのか、ビッパは次なる建物に向けて先頭を歩く。
 その店の主は例えようのない姿をしており、黄色と黒の縞模様を描く毛むくじゃらの中に赤く鋭い目が光っていた。
「エレキブルさん、こんにちはでげす」
「ビッパ、何か忘れ物か?」
「いえいえ、新しい弟子二匹にお店の紹介をしにきたんでげすよ」
「ああ、この前話していた新米か」
 エレキブルと呼ばれたポケモンはフレイとゴロウを交互に見て、快活に笑った。見た目の恐ろしさに似合わず気さくな性格の持ち主らしい。
「俺はエレキブル。技の連結ってのを専門にしている」
「連結?」
 フレイの頭に疑問符が浮かぶ。
「ざっくばらんに言えば、戦闘をよりスマートに行うためのアタマの整理だ」
「ほう!」
「ただ、今は装置が故障中でな。少なくとも今日は閉店だ」
 テンションが面白いように落ちていったフレイにすまんと謝りながら、エレキブルは気を取り直して言った。
「また来い。そのときはサービスしてやる」
「……うん。ありがとな、おっちゃん」
 なぜ戦うことに関してとても熱心なのか。やり取りを聞きながら、ゴロウは首を傾げた。血の気が多いから……と説明をつけても、ふだんの彼は気の良い性格で、こと"不思議のダンジョン"で敵対する野生ポケモンに対しても容赦はしないけれど残忍ではなかった。
 あえて当てはめるならば、焦っているという印象が近からずも遠からずのように思えたが、ここでも何に対して焦っているのかという壁にぶつかる。
 思考の渦に陥るなかで、それとは関係ないことをふと思い出した。
「そういえば、ビッパさん。時間は大丈夫?」
「あっ」
 三匹は揃って天を見上げる。太陽ののぼりは緩やかながら着実に一日の仕事をこなしつつある。ビッパは慌てて視線を戻し、トレジャーバッグの中身をざっと確認して、フレイとゴロウに頭を下げた。
「あっし、依頼を受けていたのをすっかり忘れてたでげす。申し訳ないけど、案内はここまでということで」
「気をつけて」
「またギルドでな!」
「はいー!」
 遠ざかるビッパの後姿を見送って、二匹はなんとなく振り出しに戻った気分になる。道の奥を見れば、陽にきらめく穏やかな流れの小川に、丸太を継ぎ合わせた簡単な橋が架かっていた。
「もうちょっと見てみようか」
「そうだな」
 互いに頷いて、二匹は橋を渡ろうとした。ところへ、熟れた真っ赤なリンゴがころころと足元に転がって、フレイの足元で止まった。拾い上げると、青く丸い体を弾ませて向かってくるポケモンが目に映った。その後ろを、似たような容姿ではあるが別のポケモンが追いかけてくる。
「すみません。そのリンゴ、落としちゃって」
「ああ、これか。ほい、どうぞ」
 小声で話しかける小さな頭(体?)の上に、フレイは優しく落とし物を置いてやった。
 その瞬間、頭を全力で叩かれたような目眩が彼の意識にほとばしった。
「!?」
 ひどい歪みが彼を襲う。真っ暗になった目の前にありえないほどの情報の波が押し寄せ、混濁したサイケな色合いが寄せては返してくる。なんらかの形を保っていたのであろうそれらは混ざり合っているために、元の形状を判別することもできなかった。
 急なショックにフレイは自我を保つことを諦めかけた。訳も分からないまま何かに潰されてしまうのだと。しかし、結果は違った。
 彼を押し流さんとした混沌めく色と音は、突然、嘘みたいに白く輝く神々しい炎に焼き払われ、ただ一つ、これが掴むべきものだとばかりに、ある景色と声が与えられた。
『た……助けてっ!』
「……フレイ?ねぇ、フレイってば」
「っ!」
 ゴロウに呼びかけられて、フレイは急速に現実に引き戻された。すぐさま周囲を見渡してこの場が平和な町の一角であることを悟る。意識の内で垣間見た、荒涼とした大地はそこにはなかった。だが、助けを求めたものと似た声がした。
「あの、ありがとうございました。ルリリも、お礼」
「ありがとう!」
「おっ、おう」
 そういえば落ちたものを拾ってあげたのだったと、今の状況を再び理解してなんとか頷いて返す。
「さ、スリープさんに会いに行かなくちゃ」
「待ってよー、マリルお兄ちゃんっ」
 マリルとルリリと互いを呼び合ったポケモンたちは、フレイたちに会釈をして街道を離れていった。その後ろ姿を微笑ましそうに見送ったあとで、ゴロウがフレイの青ざめた顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
 返事をする前に、フレイは大袈裟に背をのけ反らせ何度か深呼吸した。息を整えたところで、ゴロウの閉じた瞳を見つめる。先ほどまでの気の抜けた様子が一切消えていた。
「……俺、未来が見えた、かもしれねぇ」
「んえ」
 予想外の言葉に、ゴロウの口から間抜けな声が出た。普通であればやはり冗談もいいところだが、いかんせんフレイはあらゆる面においてイレギュラーである。その真実は証明されていないにせよ、ゴロウはなんとなく彼を信じていた。
「どんな場面?」
 だから、この荒唐無稽な物言いも一概に否定することをしなかった。ゴロウ自身、ごくわずかな力とはいえ時を視るという芸当が"レガリア"の力によって出来てしまうという理由も含めて。
「ついさっき会った小さい方、えっと、ルリリって呼ばれてたか。そいつが『助けて!』って叫んでた。どっかの、山の頂上みたいな場所で……」
「ふむ」
 フレイのどちらかといえば曖昧な予知の中身を聞いて、ゴロウは俯きしばし考え込む。
「それが未来の事象だとすると、おそらく間近ではなくもうちょっと後に起きる出来事だろう。なんたって、場所が違うんだから」
「とにかく、あの子たちを追ってみよう」
「わ、わかった」
 二匹はトレジャータウンの散策を切り上げて、足早に広場に戻った。しかし、そこにマリルとルリリの姿はなかった。タウンの外、十字路に急いで抜けて辺りをくまなく探してみても、結果は同じだった。
「見失っちまった……」
「いや、まだ」
 落胆するフレイの横で、ゴロウは瞼をより強く閉じた。と同時に、彼のレガリアが呼応するように一層強く青い光をスカーフの下から放つ。
 瞳に映された風景、その輪郭がよりおぼろげににじみ始める。それ以外の変化は起こらず、間もなく風景のピントが再び合わさろうとしたとき、目の前に続く道に黒くて丸い影が現れた。
 数秒の集中が解かれて、ゴロウの視界が現在の空間に戻る。黒い影は消えていた。謎めいた動作をした彼に、フレイが慎重に声をかけた。
「どうしたんだ?」
「誰か来る」
「へ?」
 果たしてゴロウの言ったとおりになった。探険用の道路の遠くから、つい先ほど見たポケモンの姿がだんだん近づいてきたのだ。その正体はマリルだった。しかし、そこに共に居たルリリの姿はなかった。
「あ、あなた方はさっきの……」
 マリルは非常に焦っている様子で、フレイたちの存在に気付くと、彼らの元まで走ってきて、荒い呼吸も整わないうちに呼びかけた。
「あ、あの!」
「何かあったのか?」
 フレイに食い気味に問われて少し言い淀みながらも、意を決してマリルはこくりと首を縦に振った。
「は、はい。実は、スリープさんという方とルリリと一緒に、大事なものを探しに行ってたんですけど、二匹とはぐれてしまって……」
「お願いです。ルリリを助けてくださいっ!」
 ギルドの手続きを踏んでいないとはいえ、マリルの必死の頼みを聞き入れない理由など彼らにはまったくなかった。
「どこではぐれたか分かる?」
「トゲトゲ山の方だったと思います。そばまでボクが案内しますっ」
「よし」
 フレイは両の拳をがっちり合わせて、ゴロウはスカーフの端に付けた探険隊バッジの位置を整える。
 のんびりした短い休みは終わりをつげ、仕事の時間がやって来た。
「ビクトリーズ、出番だな」

■筆者メッセージ
この遅さだと永遠に終わらないのでものすごく巻いていますゆえに色々ヘンな所が出てきそうです。出ます。

多分続きます。
鈴索 ( 2020/03/01(日) 18:29 )