外伝
七日目
 七夕と言うイベントが町中を占める中、エミリーはタマムシシティの一角にあるコテージで頭を悩ませている。頭を悩ませているというより、悩まされているという方が正しいだろう。
 彼女の周囲では頭に短冊を飾り付けているポケモン、ジラーチがケラケラと楽しそうに笑いながら飛び回りどこからかテレポートさせたお菓子やらをエミリーが再び元の場所に戻すのいたちごっこが繰り返されていた。
 話を聞いたときは割の良い仕事だと思っていたが蓋を開けてみればそんなことはない。なまじ強い力を持ちながら無邪気さを兼ね合わせたポケモンは悪意を持ち合わせたポケモンよりタチが悪い。
「ジラーチ、今日で七日目なのですから大人しくしていてください。テレポートで物を盗まないで、私の寿命が削れるんですよ」
 迷惑そうに話しかけるエミリーのことなどお構いなしに今度はジラーチ本体が消えてしまい、疲れた目を揉み解して外に出るとエルフーンに掴まりタマムシの空を翔る。
 それほど遠くない場所にあるスーパーの屋上で日向ぼっこしているジラーチを見つけたエミリーは一先ず無事なことに胸を撫で下ろし、眠ってくれているなら幸いにと近くに腰を下ろした。
『苦労しておるようじゃな、エミリー君』
「……オーキド博士、割に合わないです。ジラーチを狙う者から守りながら、体調管理を請け負い、近くで観察しつ、ジラーチの機嫌を損ねないよう無事また眠りにつかせる。最後の難易度、高いです」
『本当は正式な図鑑所有者たちに頼もうとしたのだが、彼らはいまセキエイリーグに挑戦中でな。アララギ博士も強く推薦した君の手腕、今までの様子を見る限り信頼できる。もう少し頼むよ』
「しかし博士。ジラーチにある3つの短冊、これを使ってはいけないとのことですが……やはり、ゼロサムだからですか」
 誰かの幸せが叶うならば、誰かの幸せが叶わない。ジラーチは願いを叶えるポケモンではなく願いを集めるポケモン、大きな願いを兼ねるほどに多くの人が不幸になる。
 約1000年単位の文献に姿を現すジラーチ、それらほぼすべてで例外なく、ときには時代の権力者が、ときにはたまたま見つけた旅人が、自分の幸せを願いジラーチの短冊に願いを綴る。
 願いが大きければ大きいほど、その少しあとの文献では破滅的な災害などが記録されていた。ジラーチとの直接的な因果関係は証明されていないが無視できない相関関係。
 故にジラーチは護らなければならない。そして願いを出来るだけ叶えないようにしなければならない。行き過ぎた願いの果てに待つのは破滅だけである。
 だからこそホウエンで眠っていたジラーチを誰よりも早く確保し、人もポケモンも多くホウエン地方から離れているここカントーのタマムシシティで何事もなく七日が過ぎるのをただ黙って待つ。
 ウェアラブルコンピュータから空中に映し出されたスクリーンに映るオーキド博士はエミリーの問いに頷き、傍らのパソコンを操作しながら過去の文献を画面に映し出した。
『これは3000年前、現在イッシュ地方と呼ばれる場所で発生した大洪水の資料じゃ。そして同じく3000年前、ジラーチが現れ王朝に巨万の富をもたらしたと言われる資料。その他、見事なまでに天変地異の前にはジラーチありじゃ』
「可愛げのある願いならまだしも、大人の汚れた欲望塗れの願いは純粋なジラーチには汚染物質でしかない。もしかしたら後に起こる災害はそんなジラーチが抱え込んだ、悲しみの発露なのかもしれませんね」
『おや、君がそんなロマンチストなことを言うとは思わなかったよ』
「博士、私だって女です。偶にはロマンチシズムに浸りたいときもあります。そして今、浸りたい思いは……」
 ロマンを感じていたエミリーが横を見ると先ほどまで眠っていたジラーチの姿がなく、一件隣のビルの屋上で遊んでいた子どもたちとポケモンを宙に浮かせて大はしゃぎしている姿が見えた。
「早くこの災害から逃げ出したいという思いです」
『今日で最後だ、頑張ってくれ。まあ君の疲弊具合から察するに余りあるし、報酬はもう少し上乗せさせてもらう。それに、どうも感づかれた節もあることじゃしな』
「やれやれ、七日目になって気付くとは相手もずぼらなのか察しが良いのか。仕事が増えて私は億劫です。では、そんな仕事に私は戻ります」
 通信を切ったエミリーは溜め息をつくと昼寝をしていたエルフーンを起こすと軽く放り投げ、その足に掴まると隣のビルへと向かう。浮かばせるだけではなく子どもやポケモンが消えたり現れたりで、既に大混乱していた。

 自由奔放に遊び回るジラーチを捕まえて叱り、消えてしまった子どもやポケモンを探しては連れ戻し、ジラーチに対して怒り心頭の大人達に謝罪し、エミリーは街角のベンチにぐったりと座り込む。
 最初の二日ほどは寝惚けていたせいかそれほど活発でなかったジラーチだがここに来て相当にヤンチャになってきた。1000年前は多少の悪戯に大らかな人が多かったのかもしれないが、現代社会はそれほど寛容ではない。
 疲れ切ったエミリーが先ほどまで横に座っていたジラーチに目を向けると既にその姿がなく、辟易した表情を浮かべながら周囲を見渡すとゴミ箱やポストを浮かせては振り回し迷惑をかけるポケモンの姿が1つ。
「いい加減に、少し落ち着きなさい」
 飛び回るジラーチを掴んだエミリーは次の瞬間に足元の感覚が消え去るのを感じ、視界が変わると同時に重量法則に従って彼女の身体が斜めに傾きながら落下していく。
 下を見るとそこには一面に水溜りがあり、垂直に飛び込む姿勢を整えるより早く着水したエミリーは大きな水柱を作った。水から顔を出した直後にホイッスルの音が響き、彼女の表情がさらに辟易に彩られる。
「そこの女の子! 危ないから飛び込まないように! と言うか君、服着たままじゃないか。そもそもそこから出て来たんだ!」
「……ちょっとしたアクシデントです。入場料は払いますし、直ぐに出ていくので勘弁してください」
 プールサイドからよじ登ったエミリーはケラケラ笑いながら頭の上に飛びついてきたジラーチをプールにぶん投げたくなる衝動を抑えながら、上着の水を絞る。
「ふっふっふ、予想通りプールに現れたわね。エミリー」
「面倒臭い時に限って面倒臭いことが重なると言いますが。何でこんな時に」
 振り返る気もなかったが無視するともっと面倒臭いことを知っているエミリーは最早辟易と言う感情を通り越した何かを感じながらも、振り返ってみればそこには濃紺職の水着を来た女性が1人溌剌とした笑みを向けて来ていた。
「ハーハッハッハ、今日は暑いからねプールに現れると思っていたわ! この最強のサイキッカーであるエクセルの未来予知に狂いはない!」
「少なくともそれは未来予知ではなく、ただの未来予想です。正直、今日は忙しいので帰ってくれませんか」
「だが断る! ん、何やら変わったポケモンを連れているのね。えーっと確か……思い出したジラーチだ! うっそ珍しい、インスタ映えするわね一枚ショット!」
「ちょ、今は本当に面倒が増えるから止め――」
「残念でしたー、既にお気に入りがついてまーす」
 嬉しそうにエクセルがスマートフォンの画面を見せるとそこにはどう見てもジラーチよりエミリーにフォーカスを当てた写真が写し出されており、既に何人かの目に留まったらしくお気に入りがカウントされていた。
 嫌な予感が最高潮になったエミリーは服の水を強く絞りプールの出口に向かうがエクセルが遮り、不敵に笑う彼女の鳩尾に正面からエミリーの容赦のない拳が突き刺さる。
「ひでぶ!? な、何で殴るのよ……」
「貴方が余計ないことするからです。と言うかひょっとして貴方ジラーチを狙う連中の仲間なんじゃないですか」
「酷い……私はただ最強のサイキッカーは私だと愛しい愛しい貴方に思い知らせたいとあばっ!?」
 倒れているエクセルの頭に右足が落ちて来た。
「私はレズの気はないんです。明日になら面倒なことも聞いてあげますので今日はさっさと帰らッ!?」
 咄嗟に近くを飛んでいたジラーチと蹲るエクセルの手を取ったエミリーの姿が忽然と消え去り、先ほどまで彼女たちがいた場所に炎の弾丸が着弾すると激しい爆発が巻き起こる。
 悲鳴が響き渡り少し離れた場所へテレポートしたエミリー達を取り囲むようにプールのフェンスを乗り越えて来た男達が駆け寄り、円形に陣を組むとその中から2人の男が前へと躍り出た。
 1人は小太りで恰幅の良い恰好でこの暑い日にも関わらず長袖を着た男。もう1人はいくら夏とは言えプールでなければ変質者呼ばわりされても可笑しくない上半身半裸の筋肉男。
「嫌ねぇ、何よこの暑苦しいデブと黒いゴーリキー」
「デブではありません。恰幅が良いと言いなさい! 私はマグマ団の幹部ことホムラさん。ご安心を、危害を加えるつもりは基本的にありませんからして」
「ウハハ、俺はゴーリキーでも構わんがな! ウシオ、アクア団の幹部だ。危害は加えないが、そのジラーチはこちらに渡してモラおう」
「貴方がインスタに載せるから見つかったじゃないですか。さて回答ですが、渡すつもりはありません。欲しければ力ずくでどうぞ。あと1つ言うなら、既に危害加えられてますよ」
「私のせい……かぁ。OK、なら私もやってやろうじゃない。丁度2対2、マルチバトルには持ってこいよ。私の全力でイかせてあげる!」
「1人で戦いたいところですが、言っても聞きそうにありませんね。ちゃんと仕事はしてくださいよ」
 全員が一斉にモンスターボールを構えると全員適度な距離まで遠退き、エミリーとエクセル、ホムラとウシオのマルチバトルが開始する。
 投げ放たれたボールから出てきたのは透明な人型のポケモン、ウツロイド。同時に隣のエクセルが投げたボールからはライチュウ。対面からはバクーダとサメハダーが中央へと姿を現す。
 さらにホムラとウシオがそれぞれ構えを取るとキーストーンが光り輝き、眩い光に包まれた2匹が空を破ると姿が若干変化していた。メガ進化、戦闘における強化。
 ホウエン地方はカロス地方と並びメガ進化のメッカとしていられているためか、その地方にはメガ進化使いが多い。ホムラとウシオも例に漏れず、メガ進化の使い手である。
 敵の圧倒的強化を前にしてもエミリーは相変わらずの無表情、エクセルに関しても先ほどからやる気満々の不敵な笑顔は崩れない。
「オウオウ、なんでぇあのライチュウ? 尻尾がまるでサーフボード見てエだ。ハハ!、仲良くなれそうな気がするぜ!」
「まさかアローラ地方に伝わるリージョンフォルムと言うやつですか。このホムラさんでも見たのは初めてですが、なぁに大した問題ではありません。問題はもう片方、あれは見たことがありません」
「へぇーウルトラビーストを持ってるなんて流石は私のエミリー、そこに痺れる憧れるぅ!」
「知ってるんですか。あと、私は貴方のモノではありません。相手は強い、ウツロイドの弱点が知られていないうちに攻め――」
 直ぐに攻撃の指示を出そうとしたエミリーを腕で遮り、前に出たエクセルは指を振りながらキザったらしく舌を鳴らす。
 左手に嵌め込まれたリングを高く掲げると稲妻のような模様が刻まれた石から僅かながら放電現象が起こり、両手を前に出して交差させる。
「チッチッチ。悪いけどエミリー、先手必勝はこのエクセルが貰ったぁ! ゴーリキー野郎、早速で悪いが冥王星辺りまで吹っ飛びなぁ!」
「何をしでかすか知らんがオウオウ面白い、受けて立ってやるぜえ!」
「これが私の全身! 全霊! 全開! クチバに鳴りやまぬ汽笛を破り、天翔ける雷鳴の波に乗れ! ライチュウ専用のZ技! ライトニングサーフライド!」
 エクセルから放たれた光がライチュウに集まると同時に眩いオーラが身体を纏う。虹色の輝きをその身に宿し雷の波に乗ったライチュウが一瞬にしてメガサメハダーの横を通り過ぎ、続くように稲妻の大波が容易く相手を連れ去った。
 完全に戦闘不能になったメガサメハダーが元の姿に戻り、激しい電撃の余波が横にいたメガバクーダにも及ぶ。僅かな稲妻に晒されただけにも拘らず全身が麻痺し、体が動かない。
 メガバクーダの後方に回り込んでいたウツロイドは相手の死角から数多の触手より放たれたパワージェムを喰わらせ、急所に当たったメガバクーダもその場に倒れると元の姿に戻り、余りに早過ぎる決着にホムラもウシオも一瞬何が起きたのか理解が遅れる。
 片や観客と化していたプールの客も何が起きたのか分からないが凄まじいライチュウの一撃に興奮鳴りやまぬ声援が送られた。
「ば、馬鹿な。このホムラさんが何もできず負けるなど……あぁ、リーダーマツブサのためにとジラーチを追っていたのにこの様とは! なんて、何て生意気なガールズでしょう!」
「オッホーウ! なんだぁ今のはスゲエじゃねえか! 今まで見て来たどんな攻撃よりも痺れたゼエ。とは言え、これでアオギリのアニキへ送る土産は諦めるしかネーなあ」
 意気消沈する2人を尻目にエクセルは褒めて欲しそうにエミリーにドヤ顔を決めて見せるがウツロイドを戻した彼女はそれを無視し、意気消沈する者が1人増えた。
「ゲンシグラードンとゲンシカイオーガの戦い。ホウエンが滅びかけ、多くのポケモンが傷ついた。だというのに、貴方達は懲りないのですか」
「説教ですか生意気ガール。このホムラさんは反省しているとも、だからこそジラーチに頼むという平和的方法で大地のポケモン達のために働こうとしたのですからして」
「ジラーチへの願い事は奇跡でも何でもありません。多くのポケモンが幸せになれば、下手をするとより多くの多くのポケモンが不幸になるんですよ」
「ヌオオそうなのか!? いくら海のポケモンが幸せになったとしても、他に不幸が増えちゃアー意味ねーなあ」
「第一、マルチバトルに勝ったのは私達だもんねー。ホラホラさっさとホウエンに帰った帰った。これから私とエミリーはプールの中で熱いスキンシップをうわらば!?」
 妄想に浸るエクセルの鳩尾にエミリーの拳がめり込み、再び蹲ったエクセルを見てライチュウは諦めたように首を横に振る。
 ウシオは話しても通じ難いと感じたのかエミリーはジラーチが願いを叶えることのリスクを手短にホムラに伝えると、過去の事実に思わずマクノシタの様な顔の額を汗が流れた。
「つまり、叶えられた願いに比例して願いが奪われる……と言うことであるのか」
「反省しているのなら、地道に失った分を築き上げてください。願いとは、夢とは、見せてもらう代物ではありません。一歩一歩と歩き続け、自分で手を伸ばして掴む物です」
「あームズかしい話しは良く分からんが、ヨーするにやりてえことがあんならテメェの手で成し遂げろってコったな」
「そうです。夢とは、理想とは、超越的な誰かの手を借りて実現しても価値が半減するものです。幸い、貴方達には時間があります。頑張ってください」

 アクア団とマグマ団が撤退し、プール施設への入場料を払い終わったエミリーはまだびしょ濡れだった服を乾かし終えると眠っているジラーチを膝に置いてベンチに座る。
 やたら気疲れが多く眠りかけていたエミリーだがどこかへ電話を掛けていたらしいエクセルが電話を切ると露骨に距離を近めに隣に座り、うたたねなんてした暁には何が起きるか分からないので気が抜けない。
「ジラーチって何でも願いを聞いてくれるって言うから私もお願いしたかったけど、誰かが不幸になる絡繰りがあるならそういうわけにもいかないわね」
「そういうことです。伝承では綺麗な部分だけが描かれていますが、そうではない。物事は全てそう、一面性だけを見てはいけません。色々な角度から、知ろうとすることが大事なんです」
「そうだね。ちなみに私の今の願いはね、エミリーと一緒にカフェで一緒にお茶することだよ」
 晴れやかな笑顔で言い切るエクセルだが既に殴られる準備なのか鳩尾らへんを右手でガードしており、そんな様子を視線だけで見たエミリーは小さく笑う。
「良いですよ」
「だよね、断られるってわか……え、良いの!」
「今日、少なからず貴方には助けられました。貴方が居なくてもいずれ彼らは来た。Z技、見事でした」
「いぎででよがっだあああ! チャンスを、チャンスをありがとうジラーチ様ぁ!」
 感極まり感涙するエクセルが寝ているジラーチに手を合わせ感謝すると寝ていたジラーチが目を覚まし、空へと舞い上がると西の空へ沈みゆく夕日に目を向けた。
 七日目が終わる。ジラーチの体が淡く白い仄かな光に包まれ始めるとエミリーの前まで迫り、今日まで守ってくれたことへの感謝に願いを叶えろと言わんばかりに頭の短冊をこれ見よがしに強調する。
 嬉しそうに願いを待つジラーチの純粋無垢な瞳にエミリーは少し視線を外すと首を横に振りその頭を軽く押し返す。願いはない。その意思表示だが、ジラーチは不思議そうに首を傾げる。
「願いはありませんよ。ジラーチ、貴方への願いは他の不幸を生み出します。もしかしたら違うかもしれませんが、そうでなくても、私は誰かに願いを恵んでもらおうなんて思いません」
「そんな悲しそうな顔しないのジラーチ。エミリーの願いはね、貴方が健やかに眠りについて、また1000年後に良い人と出会えるように……なんだよ。ほらぁエミリー恥ずかしがり屋さんだからさおぶぁ!?」
「誰が恥ずかしがり屋さんですか。ジラーチ、振り回されて正直うんざりすることもありましたが、楽しい七日間でした。私との思い出を忘れないでくださいね。おやすみなさい」
 不意打ちで鳩尾を強打されたエクセルが蹲る横でエミリーはジラーチに笑いかけ、泣きそうだったジラーチも笑顔になると再び空高く舞い上がり、背中の法衣がその体を包み込む。
 身体を覆っていた淡い光は結晶へと変化するとさらに眩い光を放ち、通りを歩いていた人達が一様に空を見上げる中、ホウエン地方の方角目掛けてまるで流れ星の如く外殻を燃やしながら飛び去った。
 見送ったエミリーが感傷に浸る間もなく腕のコンピュータが反応し、画面に『オーキド博士』と文字が映し出されると急いで応答する。
 アクア団とマグマ団に襲われたが問題なく処理したこと。ジラーチが光の繭に包まれて無事再度1000年の眠りについたこと。頼まれていた図鑑への観察データが正常にインプットされていること。
 今回の仕事はジラーチを護るためのものだが、同時にポケモン図鑑への情報収集も兼ねていた。USB経由でデータを伝送し、受け取ったことを確認したオーキドが満足そうに頷いた。
『ふむ、君の見解も加えてくれたのか、実に良い情報が手に入った。お礼と言うわけではないが、タマムシシティで豪華なホテルを予約しておいた。すぐにでも向かってくれて構わんよ』
「ありがとうございます。ですが先に横にいる彼女と食事をする約束になっていますので、それが終わりましたら向かうとしましょう」
『横? はて、君の隣に誰かいるのかね。こちらからは見えんが』
 左右を見渡すと先ほどまで蹲っていたはずのエクセルの姿がなく、まるで幻でも見ていたかのように気配すらなくなっていた。
 妙な薄気味悪さを感じながらもエミリーは後日の連絡事項等をオーキド博士と打ち合わせると連絡を切り、一息ついたエミリーの両眼が何者かに後ろから覆い隠される。
「だーれだー」
「……どこにいたんですか。私の目を盗んで一瞬で姿を消すなんて、流石に驚きました」
「殴られ過ぎてお腹痛くなったからトイレまでテレポートしただけって女子に何言わせんのー!」
「不安がって損しました」
 ノリ突っ込み気味に繰り出されたエクセルの右手を軽く捻ってあしらい、約束は約束なのでエミリーはエクセル先導のもとタマムシシティのカフェへと向かう。
 普通のカフェだった。普通の食事だった。料理に変なものが盛られることもない。普段のエクセルの態度からは想像も出来ないほどに普通で、逆に普通過ぎてエミリーは若干面食らった。
 他愛のない会話が続く。エミリーがここまでついて来たのは本当にジラーチを護った件での礼もあるのだが、どうしても1つだけ気になることがあったからに他ならない。
 チーズケーキを食べ終えたエクセルが満足そうに紅茶を飲み切ったのを見計らい、カップを置いて単刀直入に問い掛ける。
「エクセル。貴方はウルトラビーストを知っていましたね、しかもパラサイトは割と最近になって出て来た存在です。何処で知り得たのです」
「それは簡単でしょう。私が持っているのはZクリスタル、つまりアローラ地方を巡ったってこと。そしてアローラ地方でウルトラビーストそのものは童話なんかにも出て来る存在。過去の事件を調べたりすれば、1匹2匹は写真もあるものよ」
「……私は貴方のことをド変態だとは思っていましたが、悪い人だとは思っていませんでした」
「酷くない!?」
「パラサイトは国際警察がウツロイドに命名した呼称。先ほど初めて出した単語、新聞などには載り得ない。もう一度聞きます。なぜ知っているのですか」
「釣られたピカー。まあ、隠すことでもないか。私国際警察。ほら、警察手帳」
 エクセルが懐から取り出した1つの警察手帳を開くと中には彼女の顔写真と階級が記載されている。ハンサムの手帳を見たことがあるエミリーは見間違えることはない。本物だ。
「貴方へ良く絡もうとするのは私の趣味……いえ、任務の一環なの」
「本音漏れましたね」
「ふふ、何を隠そうエモリア・クラウンのファンクラブにおける会員ナンバーシングル保持者だからね。任務で合法的且つ経費で会えるなんて、素晴らしい」
「経理部が知ったら物凄く憤りそうな経費の使い方かもしれませんね」
 読心術はエネルギーの消費がそこそこ激しく、更に自称とは言え最強を名乗るサイキッカーであるエクセルの心を読むことは容易なことではない。そもそも彼女は裏表無い人間性なのはエミリーとて十分知っている。
 杞憂であったことに一先ず胸を撫で下ろす。国際警察は好きではないし、エクセルと言う個人も正直ド変態だから深く関わりたくはないものの、明確な敵ではないことが判明しただけでもお茶に付き合った甲斐があった。
 何度かセクハラ紛いなスキンシップを受けては反撃してを繰り返し、心配していたようなこともなく普通に付き合いが終わる。
 別の仕事があると言って別れたエクセルを見送り、全ての仕事が終わったエミリーはオーキド博士が用意してくれたホテルにチェックインしてすぐ布団に倒れ込んだ。
 シャワーを浴びたいところだがそんな元気もない。全てが終わると溜まっていた疲れがどっと噴き出したかのように身体が重くなり、直ぐにエミリーの思考は眠りの中へと誘われる。
 長かった七日間、終了。

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■筆者メッセージ
遅れましたが七夕のお話を書きました。
月光 ( 2018/07/16(月) 03:33 )