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険しい山の麓に、土地を切り開いて作られた小さな村があった。よく地震が起き、そのたびに落石による被害の出る村だった。でも、その村の人々は、そこでの生活をやめなかった。というよりも、ずっと暮らしてきたその場所を捨てるという考え自体、ここに住む者の中には無かったのだった。地震など自然災害は仕方のないものとして諦め、代わりにどんな災害が起きても大丈夫なように、家を頑丈に作り、非常食も常に蓄えてあった。
人々はそこに暮らしていたポケモンと仲良くやっていた。村にポケモンが訪れると、人々は暖かく出迎えた。腹を空かせた者には食料を分け与え、怪我を負った者には手当を施す。人間とポケモンはうまく共生しているように見えた。ある一匹を除いて。
ある日のこと。村人たちがそれぞれの仕事に勤しんでいると、険しい山の上から、一匹のポケモンが降りてきた。白い体毛に黒い顔、鎌のような角を持つ、四足歩行の美しいポケモンだった。そのポケモンを見るなり、村人たちの表情が強張った。
「死神だ」
「死神が来たぞ」
「早く家に隠れろ。地震が来るぞ」
村人たちはそのポケモンを見るなり口々に喚き立て、仕事道具を片付けると、急いで自分の家に入って扉を固く閉じた。子供も、親や他の大人たちに手を引かれて、安全な家の中へと連れ込んだ。ものの数秒で、家の外に残っている者はいなくなった。白いポケモンは、村人が皆家に閉じこもったのを見届けると、踵を返して何処かへ去って行った。
しばらくして、村を巨大な地震が襲った。落石や土砂が家に入ってこないように窓のない造りをした家なので、外で何が起こっているのかは誰にも分からなかった。ただ、ガラガラと雷でも落ちたのではないかと思われる音が、いつまでもいつまでも続いた。
音と揺れが収まって、村人たちは恐る恐る家の外へと顔を出した。
案の定、大小様々な岩があちこちに転がっていた。そして、崖に一番近い所にあった家が、岩の重みに耐えきれず崩れているのを見つけた。すぐに屈強な男たちが岩をどかせにかかる。力の弱い者もシャベルを使って、空の二輪台車に比較的軽い土砂を詰めていく。地震と落石は日常茶飯事なので解体作業はお手の物だったが、これらの災害が起こるたびに誰かが命を落としていくというのは心苦しいことであった。
「あの白いポケモンは、どうして“死神”って呼ばれているの?」
作業が終わって、亡くなった人の墓を作っている最中、一人の少女が近くにいた若い男に尋ねた。早くに両親を落石事故で失った、身寄りのない幼い少女だった。男は少し嫌そうな顔をしてから、少女に告げた。
「あいつが現れるたび、必ずと言っていいくらい地震が起こるんだ。そして誰かが命を落とす。だから、あいつは現れるたびに災害を起こして人の命を奪っていくと、みんなは考えているのさ。だから、あいつのことを“死神”って呼んで、他のポケモンには優しくしても、あいつにだけはできないんだよ」
「じゃあ、あの子にも優しくしてあげたら、災害を止めてくれるんじゃないの?」
「それが、そうもいかなかったんだ」
少女の問いに、男は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「初めは誰もがあのポケモンに優しかった。でも、あいつはここへ来るたびに地震を運んできたんだよ。優しくしてもこうなるのなら、優しくしなくても同じじゃないか。みんなそう考えているんだよ」
「ふーん」
男の話を聞いて、少女はうんうん頷いた。それから、
「あのポケモンは、『地震が起こるよ』って、教えてくれているだけじゃないかな」
とこぼした。それは素朴な疑問だった。男は困った顔をして、
「だといいんだけどな」
と言った。
村人たちは知らなかったが、この光景を崖の上から眺めて、この小さな会話を聞いている影があった。
また別の日、“死神”がまた、村に降りてきた。そして、今度は村人たちを見回して、ついて来いというように首を振って促した。村人たちはいつもと同じく家に閉じこもろうとする。だが、それを邪魔するように、“死神”は一つ一つの家の扉の前に立ちふさがる。村人たちは口々に「邪魔するな」だの「この村から出ていけ」だのといった罵声を飛ばした。そんなことで“死神”が怯むことはなかった。そのうち村人たちの中から、“死神”に石を投げる者が現れ始めた。一人、また一人と、地面に転がるかつては大岩だった小石を投げていく。それを“死神”は避けることなく受け続ける。傷だらけになっても動こうとしない“死神”にしばらく横薙ぎの石の雨を降らせた村人たちは、「このくらいにしておいてやる」と捨て台詞を吐いて、それぞれ自分の家へと逃げるように入っていった。
“死神”が村を見回すと、家の外に出ている者は誰一人いなかった。ただ一人を除いて。
それは、“死神”が「地震を教えてくれる」のではないかと言った少女だった。少女は傷ついた“死神”を見つめて、今にも泣きそうな顔をしている。“死神”は溜息を一つついてから、村人の石の雨で受けた傷など無かったかのように、しっかりとした足取りで少女のもとへと歩いていく。少女の泣きそうな顔が、不思議そうな顔に変わった。“死神”は、その赤い目で少女をじっと見つめた。しばらく見つめ合ってから、“死神”は少女が背に跨れるように腰を低く落とした。
「乗っていいの?」
少女は尋ねた。“死神”は静かに頷いて、急げというように少女に背を近づけた。少女が背に跨るのを確認してから、“死神”は風のように走り始めた。
どれくらい走っただろう。少女を乗せた“死神”は、少女の住んでいた集落の見える高台で足を止めた。少女の服は、あちらこちらから流れる“死神”の血でところどころ赤黒く汚れていた。だが、少女は自分の服が汚れたことなど気にしていなかった。“死神”の白い体毛も、自らの血と砂埃でひどくくすんでいた。少女は自分の服の袖を破ると、“死神”の傷口に巻いていった。驚いたような顔をする“死神”は、それでも彼女にされるままに身を任せていた。
数分後、やはりこの地域一帯には地震が起こった。それも、前回の比ではない、とてつもない大地震だった。大地が唸り声を上げ、あの日のように背後の山から岩が雪崩れ落ちてくる。少女と“死神”は、少女のいた村が岩雪崩に巻き込まれていく光景を静かに見つめていた。だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
ドン、と大砲を撃った時のような音が聞こえて、村の向こうに見える山が火を噴いた。吹きだした粘度の高い真っ赤な溶岩は、山肌を舐めるように滑り降りて、少女のいた村を飲み込んだ。少女の表情が、一瞬で絶望に塗りつぶされた。背を向けて走り出そうとする少女の服に、“死神”は噛みついて留めた。少女がいくら大声で喚いても、“死神”は放さなかった。今少女が戻っても、溶岩の熱にやられて死ぬだけだということを、“死神”は知っていた。自分を理解してくれたこの少女だけでも、死なせたくないと思ったからだった。
溶岩が通り過ぎた後、村があった場所は見るも無残に黒く焼け爛れていた。もう生きている人がいないのだと、分からないなりに理解したのだろう。少女は“死神”の首に抱き付いて、声をあげて泣いた。“死神”は静かに目を閉じて、少女が落ち着くのを待った。少女の暖かい涙が、“死神”の首のあたりを濡らす。その白い体毛を伝って滴る滴が、地面に黒い染みを作っていった。
しばらく泣き続けて疲れたのだろう、少女は場にぺたんと座り込むと、すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠ってしまった。“死神”は涙と土埃で汚れた少女の頬を優しく舐めた。
その後、少女を別の村に送り届けた“死神”は、少女の暮らす村の近くの森に住み着いて、その村の住人に災いを伝え続けた。少女が架け橋となってくれたおかげで、初めは疑心暗鬼だった村人も、徐々に“死神”が本当の死神ではないことを信じるようになっていった。
それからというもの、その村で自然災害による死者が出ることはなかったという。
*
これがあたしの話。あたしの種族は昔っから災いを呼ぶって言われていたけど、それは人間の誤解ってやつだよ。原理はよく分からないけど、あたしたちには災害の予兆を感じ取る力が備わっている。感じ取った予兆を伝えるために、人間の住む場所まで降りて行って伝えようとしていたのさ。まぁ、人間の理解できる言葉をあたしは話せなかったから、うまく伝わらなかったけどね。そんで、「死神」って呼ばれてた。頭の角が、死神の鎌みたいに見えたのかもしれないね。
でも、あの子はちゃんと理解してくれた。理解者が一人でもいてくれるってのは、やっぱり嬉しいことだね。できることなら、あそこにいたみんなと分かり合いたかった。他のポケモンとはうまくやっていたのに、あたしだけ仲間はずれみたいだったから……
あの子のおかげで、次の村ではうまく分かり合えた。人間があたしを差別するようなことはなくなったし、災害を伝えに行ったら、いつもありがとうって。何時でも来ていいとまで言われたんだ。災害と勘違いされちゃいけないから行かなかったけどね。
言っておくけど、あたしは死神なんてものじゃないよ。見方によって変わるのかもしれないけど、どちらかというと予言者の方が近いかな。死神ってのはさぁ――――
by No.359
アブソル
わざわいポケモン
・アブソルが 人前に 現れると 必ず 自身や 津波などの 災害が 起こったので 災いポケモン という 別名で 呼ばれた。
・自然災害を キャッチする 力を 持つ。険しい 山岳地帯に 生息し 滅多に 山の 麓には 降りて来ない。
・空や 大地の 変化を 敏感に 感じ 災害を 察知する 能力を 持つ。100年 生きる 長寿の ポケモン。
・災害の 予兆を 感じると 姿を 見せる ために 災いを 呼ぶ ポケモンと 誤解されていた。
・災害の 予感を 感じ取る。危険を 知らせる 時だけ 人前に 現れるという。
・ツノが 災いを 感知すると ウワサされ ねらわれたため 山奥に 姿を 消した。
・自然 災害の 予兆を キャッチする 力を 持つ。寿命は 100年を 超える。
・ツノで 察知した 災いを 人に 知らせようとして 山奥から 姿を 現す。
・災害を 予感する。危険を 知らせる 時だけ 人前に 現れるという。
・迷信が はびこる 昔 災いを もたらすと 忌み嫌われ 山の 奥へと 追いやられた。
・災いを もたらすと いわれるが 実際には おだやかな 性質。 災害の 危機を 人に 伝える。
・不吉なのは 見た目だけ。 田畑を 守ってくれたり 異変を 人に 告げてくれる ありがたい 存在。
・老人は わざわいポケモンと 呼び 忌み嫌うが 災害を 予知 する 力に 関心が 高まっている。
――――ポケモン図鑑より