ごまいめ
ある日の昼下がり。いもむしポケモンのキャタピーが、おなかをすかせて森の中をさまよっていました。他のキャタピーと比べて、明らかに小さいキャタピーでした。
キャタピーは主に木々の葉を食べて大きくなります。森にはたくさんのはっぱがあるので食べ物に困ることはないはずでした。
はっぱにもいろいろな種類がありました。おいしいものとあまりおいしくないものに、とてもたべられないくらいまずいもの。栄養価の高いものとそうでもないもの。おいしいはっぱや栄養価の高いはっぱはキャタピーだけでなく、同じ虫ポケモンのビードルやケムッソも寄って集って食べていくので、なかなか食べられません。
キャタピーは“べにつぼみ”という花も大好物です。これもキャタピーの間では取り合いになるくらい人気で、なかなか口にする機会は巡ってきません。
時々おいしいはっぱや好物のべにつぼみを巡ってケンカをすることもありましたが、体の小さいキャタピーはいつも負けてばかりで、なかなかいいものを口にすることはできませんでした。
周りの仲間たちはどんどん大きくなって、進化する者も現れ始めました。でも、小さいキャタピーはいつまでも小さいままでした。
ふと目を上げると、目の前には見るからにおいしそうな、艶のある五枚のはっぱが地面から生えていました。周りにあるどんなはっぱよりも、そのはっぱは輝いてみえました。小さなキャタピーは目を輝かせて、そのはっぱの一枚に飛びつきました。
「それはたべないほうがいいよ。体が痺れてしまうからね」
どこからか、可愛らしい声が聞こえました。キャタピーは辺りを見回しますが、自分以外のポケモンは見当たりません。
「どこにいるの?」
キャタピーは声の主に尋ねます。
「ここだよ。君の目の前さ」
同じ声がして、目の前のはっぱが生えている地面がもこもこと盛り上がって、紫色の頭と小さくて 真っ赤な二つの目が顔を出しました。
キャタピーは驚きました。今自分が食べようとしていたはっぱがまさかポケモンだなんて思ってもみなかったのです。
「食べるならこっちのほうがいいよ」
キャタピーの前にはっぱが一枚動いてきました。見た目はキャタピーが最初にかじろうとしたはっぱと同じに見えます。
恐る恐るかじると、何とも言えない深い味わいが口いっぱいに広がりました。キャタピーがそれまで食べたことのない味のはっぱでした。同時に、おなかが満たされて体中に力が湧いてくるのを感じました。
「これから毎日一口ずつ食べれば、すぐに大きくなれるよ」
「すごいや!みんなにも教えてあげなくちゃ」
喜び勇んで歩いて行こうとするキャタピーを、そのポケモンははっぱで引き留めました。
「やめておくれ」
そのポケモンはキャタピーに言いました。
「君一人がかじるだけならどうにか回復できるけど、君の仲間がこぞってボクのはっぱをかじりにきたら、ボクのはっぱが一晩で一枚なくなってしまうよ。そうしたら、君はまた今まで通り、いいものを食べられなくなってしまうよ」
キャタピーは残念そうに俯きました。自分と同じようにいいものを食べられなくて、なかなか進化できない仲間を思ってのことだったのですが、肝心のはっぱがなくなってしまったらどうしようもありません。
「今度から夜中に来ておくれ。ボクは太陽の光が苦手なんだ」
眠そうな声で言って、そのポケモンはまた地面に潜ってしまいました。
それから毎晩、キャタピーはそのポケモンの元を訪れました。そのポケモンは毎回、ふしぎなはっぱを一口だけかじらせてくれました。小さかったキャタピーはぐんぐん成長して、最初の頃とは見違えるほど大きくなりました。
キャタピーがそのポケモンに出会ってから十一日目の夜。この日キャタピーは、そのポケモンの元を訪れませんでした。
でも、そのポケモンはどうしてキャタピーが来ないのか分かっていました。
それからしばらくの間、キャタピーは来ませんでした。
そのポケモンは数日間、一人の夜を過ごしました。
キャタピーが来なくなってから十一日目の夜のことでした。
「こんばんは」
頭の上から聞こえる声で、そのポケモンは目を覚ましました。土から顔を出すと、そこにはちょうちょポケモンのバタフリーが一匹飛んでいました。この森にはバタフリーがたくさん住んでいますが、そのポケモンは目の前のバタフリーが誰なのか分かっていました。
「おめでとう。進化したんだね」
そのポケモンは自分の倍ほどの大きさになった、かつての小さなキャタピーを見上げて言いました。
「君のはっぱのおかげだよ。ありがとう」
小さかったキャタピーは地面に降りて、そのポケモンの頬にキスをしました。それから、「お礼に、何か手伝うことはないかな」
と尋ねました。
「ボクはね、毎晩森に植物の種をまいているんだ。それを手伝ってくれるかい?」
そのポケモンはどこからか小さな種をたくさん取り出して言いました。
バタフリーはその種を受け取って、どこかへ飛んでいきました。どこへ行くのか、そのポケモンは尋ねませんでした。
次の日も、そのまた次の日も、バタフリーはそのポケモンの元にやってきました。そして、種をもらってはいろいろなところにまいていきました。
バタフリーがもらった種は、バタフリーがキャタピーの時に食べたはっぱの種ではありませんでした。でも、その種から育ったはっぱは、おいしくて栄養がたっぷり詰まったはっぱでした。
この種のおかげで、草食ポケモンたちが食べ物に困ることはなくなりました。
そして、その森から緑が消えることはありませんでした。