よんまいめ
柔らかくてひんやりした土の中を、したづみポケモンのツチニンが掘り進んでいました。
土の中はほとんど真っ暗ですが、ツチニンは目がほとんど見えないのであまり関係がありません。
触覚で前を探りながら土を掘っていきます。
そして木の根っこにぶつかったら、尖った口で木の根っこから栄養を吸い取るのです。
掘り進むうちに、何かやわらかいものに触角が触れました。木の根っことは違った感触でした。何度か触覚でつついていると、
「くすぐったいなあ」
目の前の何かが喋りました。喋る植物なんて、ポケモン以外に聞いたことがありません。
尖った口で目の前の何かをつつこうとすると、
「やめた方がいいよ。ボクの体には毒があるからね」
目の前の何かが言いました。ただでさえ真っ暗な中で、ほとんど見えない目では前に誰がいるのか分かりません。でも、話ができるポケモンだということだけは分かりました。
「君は誰だい?」
ツチニンは尋ねました。
「難しい質問だね」
目の前の誰かは答えました。
「ボクが誰か、それはボクにもよく分からないんだ」
「人間にはなんて呼ばれているの?」
「さあ。人間と顔を合わせたことはないからね」
「いつもそうして土の中にいるの?」
「太陽が昇っている間だけ。月が出たら、草の種をまきに行くんだ」
「月が出たかどうか、分かるの?」
「頭のはっぱだけは地面の上に出しているからね」
「外はどんな感じなの?」
「緑がいっぱいの森の中だよ。ポケモンもたくさんいる」
「どんなポケモンがいるの?」
「虫ポケモンも、草ポケモンも、鳥ポケモンもいるよ」
それからしばらく、ツチニンは目の前の誰かに質問を重ねました。ちゃんとした答えが返ってくることもあれば、曖昧な答えしか返ってこないこともありました。
「どうして、君は質問ばかりするんだい?」
ずっとツチニンの質問に答え続けていた目の前の誰かが、今度はツチニンに尋ねました。
ツチニンはよく見えない目を閉じて、静かに言いました。
「僕はね、ずっと土の中にいるんだ。
外のことも、君のこともよく分からない。
だから、誰かに出会ったらたくさん質問をして、
地面の上に出る前にいろいろ知っておこうと思ったんだ」
「知らないことがあった方が、ワクワクしないかい?」
目の前のポケモンに尋ねられて、ツチニンは少しの間考えました。確かにそうかもしれないとも思いました。でも、それはツチニンの答えではありませんでした。
ツチニンは言いました。
「地面の上にはね、いろんな危険が待っているって誰かが言っていたんだ。
僕たちが地上に出るのは進化する直前なんだけど、
進化する前に他のポケモンに食べられたり、
人間に捕まえられたり、
君が忠告してくれたみたいに、
ポケモンや植物の毒にやられてしまったりして、
進化できるのはほんのわずかなんだって。
知らないことに出会って戸惑っていたら、
僕はすぐに死んでしまうんじゃないかと心配なんだ。
だから、土の中にいる間にできるだけたくさんのことを知りたいんだ」
「ふーん」
目の前の誰かは、短く応えただけでした。
しばらくの間、お互いに言葉を発しませんでした。
ツチニンも、ツチニンの目の前にいる誰かも、相手が言ったことについて考えていました。
納得できる部分があって。
でも、違うのではないかと思う部分や、どうしても譲れない部分もあって。
考えれば考えるほど、自分が本当に正しいのかどうかが分からなくなってきました。
ツチニンのお腹がぐうと鳴りました。土の中を動き回ったわけでもないのに、ものすごくおなかがすいていました。
「そろそろ帰るよ。何か食べないと、地面の上に出る前に死んでしまうからね」
ツチニンは目の前の誰かにお別れを告げて、元来た道を戻っていきました。
「またいつでもおいでよ。上のことを教えてあげる」
ツチニンの背中に向かって、ツチニンと一緒に話をしていた誰かが言いました。
ツチニンは振り返って、よく見えない穴の向こうにいる誰かに手を振りました。
二匹が出会ってから、随分と時間が経ちました。
季節は夏。森に立っている一本の木の幹に、しのびポケモンのテッカニンに進化したツチニンが止まっていました。
結局、テッカニンになった今も、ツチニンの時に地上のことを教えてくれた誰かには会えませんでした。でも、テッカニンはその誰かにとても感謝していました。ツチニンの頃にもらった助言が、土の上に出てから何度も彼を救ったのです。
テッカニンの視界の先で、地面から生えた五枚のはっぱが風に揺られていました。
そのはっぱが土の中で出会った誰かのものであることに、テッカニンになったツチニンが気付くことはありませんでした。