たいせつなもの
ホウエン地方のとある町に、三人のきょうだいがいました。一番上がゴウ、真ん中がシュン、末っ子がユウといいました。
ゴウはとても力の強い子でした。力比べでは、他の二人に負けたことがありません。
シュンはとても足の速い子でした。かけっこは他の二人に負けたことがありません。
ユウはとても心の優しい子でした。ゴウとシュンにはどんなことにおいても負けてばかりでした。でも、二人の兄に負けないくらい、頑張り屋な子でした。
たまにケンカをすることもあったけれど、とても仲のいいきょうだいでした。そして、三人とも水ポケモンが大好きでした。
ある日ゴウが、釣りに行こうと言い出しました。シュンとユウは、もちろん賛成しました。それぞれが一匹ずつポケモンを捕まえて、育てようということになりました。
三人はそれぞれ違う釣り竿を持っていました。三人の父親が旅をしていた頃に手に入れた竿を、一本ずつもらったものでした。
ゴウはすごい釣り竿を持っていました。どんな大物も釣り上げられる、とても丈夫な竿でした。
シュンはいい釣り竿を持っていました。最新鋭とまではいかないものの、扱いやすい良い竿でした。
ユウはボロの釣り竿を持っていました。細長い木の棒に糸を括り付けただけの、みすぼらしい竿でした。
三人とも、父親からもらったそれぞれの竿を、大切に大切に使っていました。
三人はそれぞれ違う場所に行くことにしました。
ゴウはいにしえの古代都市、ルネシティへ釣りに行きました。そこギャラドスという、すごく凶暴だけれどとても強いポケモンが釣れると聞いたからでした。ゴウはすごい釣り竿で、半日とかからずにギャラドスを釣り上げました。
シュンは海の上に浮かぶ街、キナギタウンへ行きました。そこで、サメハダーという、かなり凶暴だけれどとても泳ぎの速いポケモンがいると聞いたからでした。シュンはいい釣り竿では釣れないはずのサメハダーを、半日かけてやっと釣り上げました。
ユウはお天気研究所のある、119番道路を流れる川へ釣りに行きました。ボロの釣り竿でつれるポケモンは限られているので、明確な目標はありません。でも、どうせなら兄たちとは離れた場所にしよう、何が釣れてもいいや、と思って選びました。
ユウはボロの釣り竿で――――なかなかポケモンを釣り上げることができませんでした。そもそもボロの釣り竿が使いにくいということもありましたが、何かがかかったと思って竿を引いても、すぐに逃げられてしまうのです。ユウは諦めずに糸を垂らし続けますが、一向に釣れる気配がありません。夕方に差し掛かって、ユウが諦めかけた時でした。
竿が突然強く引き始めました。それまでとは打って変わって、引きには手ごたえがあります。やっとのことで釣り上げたポケモンを見たユウは、あっと声をあげました。
ユウが釣り上げたのは、見るからにみすぼらしいポケモンでした。しかし、それだけではありません。体が薄い紫がかった色をしているのです。毒に侵されているのではないかと思って、ユウはバッグから毒消しを取り出して、釣り上げたポケモンの体全体に吹きかけますが、体の色は消えません。水が汚れているかもしれないということも考えましたが、見る限り川の水は綺麗に澄んでいます。ユウは急いで荷物を片付けると、釣り上げたポケモンを抱えて走りました。ここからだと、ポケモンセンターのあるヒマワキシティまでそう遠くはありません。
ポケモンセンターに駆け込んだユウを出迎えたのは、ジョーイさんではなく、ユウの兄のゴウとシュンでした。二人は、ユウの抱えているポケモンを見て笑いました。
どんなポケモンを釣り上げたかと思えば、誰も注目しないような醜いポケモンか。だったらまだ、コイキングの方がましだったかもなあ。あいつは進化すれば、ギャラドスっていう強いポケモンになるからな。
ゴウはギャラドスを、シュンはサメハダーをユウに見せましたが、自分が苦労して釣り上げたポケモンをバカにされてショックを受けたユウは、兄たちのポケモンを見ても何とも思いませんでした。その代わり、自分で釣り上げたこのポケモンを立派に育てて、兄たちを見返してやろうと誓いました。
そのポケモンの治療をお願いする時に、ジョーイさんは珍しいポケモンですね、とユウに言ってくれました。そのポケモンの治療は、すぐに終わりました。というよりも、どこも悪くなかったのです。そのポケモンはヒンバスということ、毒になどかかってはおらず、元々そういう体の色をしているのだということ、そしてこの体色は、普通とは違う色違いなのだということを、ジョーイさんはユウに教えてくれました。
大切にしてあげてね、とジョーイさんは笑顔で言ってくれました。ユウも笑顔で頷きました。
家に帰って、ポケモン図鑑でヒンバスを調べてみました。といっても、有名な博士が作ったハイテク機械ではありません。誰かが調べたポケモンの姿や生態を、誰かが書き記した分厚い本でした。
図鑑で見たヒンバスは、くすんだ小麦色をしていました。ユウが釣り上げたヒンバスは紫がかった色をしていたので、ジョーイさんが言っていたことが、一目で判りました。
それからというもの、ユウはそのヒンバスを大切に大切に育てました。技の練習を毎日欠かさずにやりました。バカにされた外見を少しでも良くしようと、七色のポロックもたくさん作ってあげました。ケンカやかけっこではゴウにもシュンにも勝てませんでしたが、料理の腕は二人にも引けを取りませんでした。
練習のおかげで、ヒンバスの打ち出す技は一段とキレを増しました。兄たちが使い終わって回ってきた技マシンで、次々にいろんな技を覚えていきました。ウロコのツヤは、ユウの作ったポロックのおかげか日に日に増していきました。
でも、いくら戦っても、ヒンバスは進化しません。ゴウの持つギャラドスはコイキングが、シュウの持つサメハダーはキバニアがそれぞれ進化した姿でした。しかも、二人の兄がどこからか拾ってきた石の力で、戦いの時だけではありますが、更なる進化を遂げるようになっていました。しかしヒンバスだけは進化の兆しすら見えません。兄たちとのバトルにも、負けてばかりでした。
それでも、ユウは諦めませんでした。技の練習も、ポロック作りも、それまで以上に頑張りました。そんなユウに、ヒンバスはとても懐いていました。ユウが頑張れば頑張っただけ、ヒンバスも頑張るのでした。
そして、ある日のこと。
練習を重ねてずいぶん強力になった水の波動を空中に打ち出し、その水流を冷凍ビームで凍らせたときでした。ヒンバスの体が震えながら、光を放ち始めたのです。小さかった魚の体は、見る見るうちに大きく、長くなっていきます。尾ヒレは優雅な扇のように。体の両側のヒレは頭から伸びる大きな腕のように。頭には、一つの大きなツノと、二つの触角のようなものが現れました。
光が収まった時、あのみすぼらしい姿の魚は何処にもいませんでした。代わりに、みすぼらしい竿で釣り上げたあのみすぼらしい姿からは想像もできないほど美しいポケモンが、じっとユウを見つめていたのです。
ユウはバッグから分厚いポケモン図鑑を取り出しました。目の前にいるポケモンには見覚えがあったのです。
ミロカロス。世界一美しいといわれるポケモン。でも、図鑑に載っているのとは色が違いました。図鑑では桃色の、瞳と頭から垂れるヒレは、淡い藤色。図鑑ではスカイブルーの尾は、黄金色。全身をなめらかに包むウロコは、太陽の光を浴びて七色に輝いて見えます。
ユウは飛び上がって喜びました。両手を差し出すと、ミロカロスは頭をユウの顔の前に持ってきます。ユウが撫でてやると、心地よさそうに目を細めて、顔をユウにこすりつけます。ミロカロスも、とても喜んでいるようでした。懸命に重ねてきた努力が、大きな実をつけた瞬間でした。
ユウのミロカロスを見て、ゴウとシュンはとても驚きました。自分たちがバカにしたポケモンが、こうも美しく変化しようとは、思ってもみなかったのです。
二人は口々に、自分のポケモンとミロカロスとを交換しようとユウに頼みました。でも、ユウはその頼みを断りました。
ユウは言いました。ゴウ兄さんのギャラドスは、力がとても強い。シュン兄さんのサメハダーは、泳ぐのがとても速い。兄さんたちの持っているポケモンはいいところを持っているんだから、大事にしてあげないと。それに、ゴウ兄さんはギャラドスと、シュン兄さんはサメハダーと、今まで関係を築いてきたでしょう?だから兄さんたちは、石の力でポケモンと繋がって、ギャラドスもサメハダーも、更なる力を手に入れたんだ。今ここで交換して、その関係を崩してしまっていいの?せっかく結んだ絆を、たった一度の欲望のために捨ててしまっていいの?
ユウの言葉に、ゴウもシュンも言い返せませんでした。ゴウにとってもシュンにとっても、釣り上げてここまで育ててきたポケモンは、他のどのポケモンにも代えることのできない、大切な相棒になっていたのですから。
それからというもの、ゴウはギャラドスを、シュンはサメハダーを、ユウはミロカロスを、大切に大切に育てました。三人は助け合い、時々競い合いながら、いつまでも仲良く暮らしました。
三人の暮らす家には、三本の釣り竿がありました。
一つは最新式の、一つは少し古い型の、そして、一つは見るからにみすぼらしい釣り竿でした。どれも使い込まれて今では古くなってしまいましたが、どれも丁寧に手入れがされていました。三人はこの三本の竿を、いつまでも大切に使い続けました。