ゴミ拾いとアイツ
俺は祭りが嫌いだ。大勢の人が集まって、そこまではいい。帰っていった後、祭りが行われた場所はゴミ捨て場と化す。当然といえば当然だが、俺は祭りが行われるたびイライラしていた。屋台で買った食べ物の包み紙や飲み物の紙コップ。いたるところで配られているパンフレットやチラシ。屋台の食品の梱包袋。あらゆるものが人間によって捨てられ、あらゆる場所を汚していく。俺はそういうゴミを拾って、仮設のゴミ箱へと放り込んでいく。俺は清掃員ではないが、清掃員だけに任せるのは理不尽だと思う。
俺は綺麗好きというわけではない。部屋は結構散らかっているし、片付けるのも気が向いた時、それも三か月に一回くらいでしかない。だが、公共の場が汚れるのは無性に腹が立つ。矛盾しているとよく言われるが、俺も自分がひねくれていることは重々承知だ。
新学期早々、俺の通う大学で、俺のきらいな祭りがやってきた。何故こんな時期に、と思ったが、新入生歓迎を目的としているらしい。これとは別に文化祭もあるというのだからたまったものじゃない。入学直後のサークル勧誘の時も、何枚ものビラがレンガ敷の地面にいくつも転がっていた。清掃員ではないが、俺は捨てられたゴミどもを拾ってゴミ箱に捨てていく。周りからの視線など気にならなかった。手伝えとも言わなかった。ただ、道端に捨てていくなとだけ言いたかった。自分一人くらいポイ捨てしてもいいか、などと考える奴は、それこそ五万といる。少なくとも、一人二人ではない。そんな人間がたくさんいるから、ポイ捨てされるゴミの量も増えるのだ。
そして祭り当日。模擬店が所狭しと立ち並び、食べ物目当ての人が大勢並んでいる。呼び込みの人間も歩き回っており、通り抜けるのも一苦労だ。
「チュロスはいかがですか〜」
「ラスク安いよ〜」
「お兄さん、餃子食べていきません?」
俺自身も何度も勧誘を受けた。が、俺は見向きもしない。大きめのヘッドホンを付け、音楽を聴いたふりをしながら、勧誘をやり過ごしていく。学内にはパンの自販機もあるので、食事はそれで済ませばいい。
人でごった返す大学構内は、案の定ゴミだらけだった。模擬店は全て食品を扱っていて、紙コップ、紙皿、包み紙、割りばし、爪楊枝などが目立った。調理する人間はビニル手袋着用が義務付けられていたためか、使い手を失ったビニル手袋も多く見られた。また、模擬店が祭りに先立って販売していた前売り券も時々転がっている。もったいないとは思うが、誰かの払った金で自分が何かを食べようとは思わない。
この大学の祭りには、『環境要員』なる役職が各クラスから一人ずつに割り振られる。模擬店のゴミ出しや仮設ゴミ箱の管理、校内のゴミ拾いなどをやらされる、いわば祭り限定の清掃員だ。俺は俺のクラスの環境要員になっていた。
仮設のゴミ捨て場から漂ってきたと思われる大きめのゴミ袋を片手に、俺は人の波をかいくぐって歩く。捨てられたゴミを拾って、ゴミ袋に詰めていく。二時間も歩けば、大きめのゴミ袋もいっぱいになった。
「……」
ゴミ捨て場のゴミを集める『環境本部』なるものが、この祭りには存在した。そこの受付に、いっぱいになったゴミ袋を無言で差し出す。何か聞かれた時のために、ヘッドホンは外してある。
「すみませんが、環境要員の方ですか?」
「そうですが」
「可燃ごみはあちらになります」
受付に示された方向に、カラーコーンとポールで仕切られた場所がある。そこへ持って行けということなのだろう。
「……」
軽く会釈をして、ゴミ置き場に持っていたゴミ袋を持っていく。ゴミ置き場の手前の方に袋を置こうとして――持っていた袋が消えた。
「は?」
目を瞬いてよく見ると、俺の持っていたゴミ袋を、緑色のゴミ袋に似た何かが持っている。そいつは俺が結んだ口をほどき、大きな口を開いて――中のゴミを食い始めた。
それはあっという間だった。俺が二時間かけて集めたゴミを、こいつはほんの数十秒で平らげたのだから。
ゴミ袋みたいなそいつは、今食ったゴミだけでは飽き足らないのか、俺の方をじっと見てくる。確か、ヤブクロンといっただろうか。
「……もう無いンだが」
俺がそういうと、そいつは明らかに不満そうな顔で何か言っている。同時に、何とも言えない悪臭が漂い始める。ヤブクロンは機嫌が悪いと、悪臭を放つと誰かが言っていたのを思い出す。
「わ、わかった、わかったから、その<ruby><rb>臭</rb><rp>(</rp><rt>にお</rt><rp>)</rp></ruby>いをなんとかしろ!」
俺が怒鳴ると、そいつはシュンとして縮こまった。ちょっと言い過ぎたかなと思った。
「あー、悪かった。きつく言い過ぎた。お詫びと言っちゃなんだけど、お前向きの仕事があるンだ。手伝ってくれるか?」
そいつは首をかしげていた。
「ついて来いよ」
俺はそいつに背を向けて、祭りの喧騒の中に戻っていく。何時の間に追いついたのか、そいつは俺の隣を嬉しそうに跳ねている。
「どうするんですか、そのポケモン」
受付に呼び止められた。大学内はポケモンを出してはいけませんというルールはなかったが、今日は祭りだ。悪臭を放つポケモンが歩き回っては、文句は言われても褒められはしないからだろう。
「あー、ゴミ拾いにつれていく。袋の節約にもなるし、ゴミはこいつが全部食ってくれる。そっちとしてはありがたいンじゃないですかね?」
「ですが、その臭いは……」
「なついてりゃ臭いなンて出さねーよ。つーか俺が出させねー。以上だ」
俺はそいつを引き連れて、ゴミ拾いを再開した。無論、ヘッドホンも忘れない。
そいつはとにかくよく食った。俺が拾ったゴミを、大きく開けたそいつの口に放り込んでやる。そいつはそのゴミを、実にうまそうに食べる。よほど機嫌がいいのか、悪臭のあの字も感じさせることはなかった。
「お前、腹は大丈夫なのか?」
食ってばかりで一向にギブアップする気配のないそいつに言ってやる。そいつは「何のこと?」とでも言いたげに体を傾ける。
「食いすぎてグロッキーになったりしてないのかってことだよ」
そいつはにこにこ笑って俺の周りを跳ね回った。「大丈夫だよ」とでも言いたいのだろうか。まあ、これだけ元気なら大丈夫だろう。
祭りが終わって人気が少なくなってからも、俺とそいつのゴミ拾いは続いた。むしろ、終わってからのほうが大変だった。今日は風が強かったからだろう。植え込みの陰などの狭い場所に、小さなゴミがたくさん引っかかっていた。そういうものにまでそいつは手を出そうとするから、俺は服を汚してまでゴミを引っ張り出してやらなきゃならない。
「ったく、何でこんなとこにまで」
悪態をつきながらも、一応拾ってやる。あたりはすっかり暗くなって、学生の姿はほとんど見られない。
そろそろいいか、と俺は思った。ゴミ拾いだけでこんなに疲れるとは思わなかった。
「よし、終わりにするぞ。ありがとな」
背中越しに言ってやる。そいつは満足そうに腹らしき場所をさすっていた。初めに見た時よりも、一回りも二回りも膨らんでいる気がした。
俺はそいつを置いて帰ろうとする。と、突然足が重くなった。何かがしがみついている。見てみると、深緑色のそいつだった。
「ンだよ。まだ食い足りねぇってのか?」
そいつは頭を左右に振る。そりゃそうだ。祭り一日分のゴミをぺろりと平らげやがったのだ。これ以上せがまれたところで、どうしようもない。
「連れてけってか?」
そいつは頭を縦に振った。あまりにも激しく動くもんだから、頭の結び目みたいな部分がプロペラみたいにぐるぐる回る。
「悪いが、お前をうちに置く気は……わかった、わかったから、頼むからその臭いを止めてくれ!」
そいつが初めに会った時の何倍もキツイ臭いを発し始めたので、俺は折れるしかなかった。この大学内で、食ったゴミを撒き散らされるわけにはいかない。
仕方なく、そいつの頭の結び目をひっつかんで、持って行けなかった。重い。一日分のゴミが詰め込まれているからか、とてつもなく重い。こいつの平均体重は31キログラムだったはずだが、それどころじゃない。今なら、カビゴンとでもいい勝負ができるのではないだろうか。
ヨタヨタと歩くそいつに合わせて、歩幅を小さくしてやる。今日は自転車で来ていたが、そいつを置いていくわけにもいかないので、押して帰ることにする。
あ、そうだと思い出す。明日の朝食用にパンを買っておかなくてはならない。俺は帰り道にあるスーパーに寄ることにする。
そいつはやはり俺について来ようとした。流石に店内に連れて言ったら、店員から苦情が来る。
「わりぃ、すぐ帰ってくるから、少しここで待っててくれ」
そいつはやはり俺の脚にしがみついて離れない。苦情覚悟で、連れていくしかないようだ。
「頼むから、臭いは勘弁してくれよ。お前がいくら嫌がったって、放り出されちまうからな」
俺はそいつに念を押して、スーパーの中に入ろうとする。丁度ガラの悪い男が数人、出入り口から出てくるところだった。キツイ煙草の臭いが鼻を衝く。俺が顔をしかめていると、そのうちの一人が、俺の足元をついてくるあいつに躓いてこける。
「ってーなー。誰だよ、こんな奴連れて歩いてるやつは!?」
後ろから罵声が聞こえた。聞いたふりでも結構防音性の高いヘッドホンの向こうから、かなりの大音量で。どうやら酒に酔っているようだ。関わり合いになると面倒なので、俺は聞こえないふりをして店内へと足を進めようとする。が、大きな手でいきなり肩を掴まれた。ヘッドホンが引きはがされる。
「お前だよ。聞こえねぇのか、オイ」
「っせーな。こちとら今から買い物しようってンだよ。あんたらが足元見ずに勝手に躓くから悪いンだろうが」
俺の切り返しにぶち切れたのか、その男は「ちょっと来いや」と俺を引きずっていく。
あいつは敵意全開で男たちを睨んでいる。例の悪臭が、あたりに広がる。
「臭ぇ、なんだこいつ?」
「主人を取られて怒ってるってか?」
「ついてくんなよ、ゴミ野郎」
男の一人があいつを蹴り飛ばそうとする。俺は咄嗟に、肩を掴んでいた手を振り切って、あいつを蹴ろうとした男に体当たりをかます。口は悪いが、喧嘩なんてまともにしたことのないヒョロヒョロの体は、それでも男の体勢を少しだけ崩した。
「お前っ……覚悟はできてんだろうな」
体勢を立て直しながら、男は俺を睨む。俺はそいつを睨み返して、
「っせーンだよ。臭ぇのは、てめぇらの酒と煙草の匂いだってんだよ」
と叫んだ。その言葉が引き金だったらしい。
「こいつ……連れて行け」
体当たりを食らった男が言うと、再び俺の肩が掴まれる。そのまま俺は人気のない裏路地まで引きずられていく。
「さぁ、歯ぁ食いしばれ」
終わったな。このままぼこぼこにされて、病院送りになるんだろうか。なんて考えてると、腹に強い衝撃が走った。同時に、俺の体は数メートル吹っ飛ばされ、背中からアスファルトの地面に叩き付けられた。痛いなんてものじゃない。内臓が突き上げられるような感覚とともに、苦い液体が口に広がる。
ぼんやりする視界の向こうに、例の男たちが歩み寄って来るのが見える。その向こうからさす光の中に、小さな影が見えた。ゴミ袋のような形のシルエット、あいつだ。
あいつの口から、何かとてつもなくでかい球体が吐き出される。俺はすぐに分かった。それはあいつが今日一日に食ったゴミだった。確か、ダストシュートとかいう技だっただろうか?突然光が遮られたからか、男たちが振り返って、悲鳴を上げる。球体はしばらく空中を漂っていた。あいつが掲げていた腕を振り下ろすと、球体は意思を持ったかのように、逃げ惑う男たちの頭から降り注いで。
人気のない暗い路地で、“バクダン”が爆発した。
何かがぺちぺちと俺の頬を叩いている。ビニル袋に、何かやわらかいものを詰めたもので叩かれる感覚。目を開けると、あいつが俺の顔をのぞき込んでいた。どうやら、さっきの爆発で気を失っていたらしい。
ゆっくりと体を起こす。殴られた場所に激痛が走った。腹の中のものを戻しそうになるのを必死でこらえて立ち上がる。
例の男たちは、まだ近くに倒れていた。一応、持っていた携帯電話で救急車を呼んでおく。コールを済ませて、買い物を済ませにスーパーへ戻る。あいつには外で待っているように言っておいた。不満そうな顔をしていたが、男どもが起きたときに、こっちに来ないか見張っておいてくれと頼むと、そいつは渋々俺の自転車のところまで戻っていった。
買い物を手早く済ませて外に出ると、救急車のサイレンが聞こえた。俺は何食わぬ顔で自転車の鍵を外す。待っていてくれたそいつに「ありがとな」と告げて、結び目のようの部分を掴んで自転車の前かごに乗せる。あれだけのゴミを吐き出したせいか、大学で持ち上げようとした時と比べてずいぶん軽くなった。
路地の前では救急隊が倒れた男たちを救急車に運び込んでいた。救急車が去るまで隠れて待って、俺はその路地を覗いてみた。あいつが吐き出したゴミも、臭いも、きれいさっぱりなくなっていた。
「お前が片付けたのか?」
俺が尋ねると、そいつは「どうだ」と言わんばかりに得意げな顔をして見せた。
すっかり暗くなった帰り道を、自転車で走る。あいつの頭の結び目が、心地よさそうに風になびく。どこからか、何とも言えないいい香りが漂ってくるのがわかった。
「きれい好きなンだな、お前は」
俺が言うと、そいつはにっこり笑って頷いた。
No.568 ヤブクロン
ゴミ袋が 産業廃棄物と 化学変化を 起こした ことで ポケモンとして 生まれ変わった。
不衛生な 場所を 好む。ゲップのように 吐き出す ガスを 吸い込むと 一週間 寝込む。
更なる ゴミを 求めて ポイ捨てをする 人を 付け回す。いつも 毒ガスを 吐き出している。
俺は図鑑に書いてあるこの言葉に、いくつか付け加えたい。
心を 許した 者には 酷い臭いを 発しない。 綺麗好きで 人間が 捨てて行った ごみを 食べてくれる。