終章 ぼくの空
空を飛んでいた。
真っ白な雲の絨毯の上を、行く当てもなく飛んでいた。
ぼくは何にでもなれた。そしてそれゆえに、何にもなれなかった。
ぼくには帰る場所さえなかった。
自己嫌悪に陥ったぼくの心にふと、これまで出会ってきたポケモンとの思い出が蘇った。
孤島に住まう竜は、かたわれ時に不可視の同胞と談笑していた。
草原に住まう炎馬は、親子で元気に駆け回っていた。
雨林に住まう狐は、家族を守りながら暮らしていた。
海原に住まうペンギンは、空を飛ぶ努力をしていた。
廃墟に住まう人形は、帰らぬ主人を待ち続けていた。
暴風域に住まう海龍は、迷い込んだ者を助けていた。
どこにも住んでいない人型は、多くの仲間と共に安住の地を探していた。
火山地帯に住まう者たちは、度重なる噴火をやり過ごしながら生きていた。
深淵に住まう影龍は、死者の魂を天へと送り届けていた。
宇宙に住まう生命体は、仲間を探して飛び回っていた。
みんな、それぞれの場所で順応して生きていた。
否、順応できる者だけが残っていくのだ。順応できない者は、淘汰されていくのだ。雨林で出会った火蜥蜴も、ぼくと出会っていなかったらあのまま死んでいたかもしれない。あるいは、別の誰かに縋って、生きていたかもしれない。
何にでもなれる自分は、何にもなれないと思っていた。しかし、それは違った。
何にでもなれるということは、どんな環境にも対応できるということだった。
何にでもなれるということは、何者になるか自分で選べるということだった。
この世界の全てが、ぼくの帰る場所だったのだ。
どこへ行ったっていい。どこへ帰ったっていい。何になったっていい。自分のままでいたっていい。それができるように、ぼくの身体はできていたのだ。
ぼくにはその自由が与えられていたのだ。
自由であるというのは、ぼくにとっては少し不自由に思えた。
帰る場所があれば、何も考えることなくその場所へ向かえばよかった。
けれど、その場所もいつなくなるか分からない。その場所が突然失われてしまうことだってあるだろう。
その点、ぼくは姿を変えればどこにだって順応できた。
それが、他のポケモンよりも優れている、とは思わなかった。生きる場所が分からなかったり、失ったりしたとして、それが死に直結するわけではない。新たな生きる場所、帰る場所を探し、そこに順応して生きる。そういう強さを、皆持っていた。ぼくもそういう力を持っていた、というだけのことだった。
生きているということは、それだけで自由であり、不自由なのだと知った。
今まで巡ってきた場所を、ひとつひとつ巡ってみようと思った。これまでに出会ったポケモン達を、ひとりひとり訪ねていきたいと思った。
どの場所も、今いる場所からはかなり離れていた。また「へんしん」して飛んでいかなければならない。どれくらい時間がかかるかもわからない。
けれど、不安はなかった。どの場所も、この空で繋がっている。どこへだって飛んでいける。そのことをぼくは知ることができたのだから。
穏やかな風が、頬を撫でていく。その風に乗って、どこかから火竜の吠え声が聞こえた気がした。