11.宇宙の空
空を飛んでいた。
闇の中だった。しかし、何も見えないわけではなかった。
周りには、そこかしこで何かが光っていた。
そこが「宇宙」と呼ばれる場所だと。周りで光っているものが「星」と呼ばれるものだと。ぼくの直感がそう告げていた。
火竜の姿では息が持たないはずなのに、不思議と苦しいとは感じなかった。
苦しいとは感じなかったけれど、この場所にふさわしい姿を取らなければならないと思った。
ぼくはずっと慣れ親しんできた火竜の姿をやめ、この場所でも生きていける生命体の姿を取った。
この姿なら、どこまででも飛んでいける。そんな気がした。けれど、飛んでいこうとは思わなかった。
目を向けた先に、青い青い星があったのだ。
なぜだかその青い青い星から離れたくはなかった。
それが、ぼくの生きていた星だった。
それが、ぼくがあちこち飛び回っていた星だった。
外側から見たのは初めてだったが、なぜだかそれがそうだと「わかった」。
ふと、体の奥で何かを感じた。遠くから、ものすごいスピードで何かがやってくる。
感じてすぐに、それはぼくの目の前に現れた。
それは、ぼくと同じ姿の生命体だった。ぼくとは違う、本物だ。確かめずとも「わかった」。
彼は無表情な顔でぼくを見つめながら、周りをびゅんびゅんと飛び回った。警戒されたのかと思ったが、そうではなかったらしい。彼はぼくに、手を差し伸べてきた。握手のつもりだろうか。ぼくの手が彼の手に触れた瞬間、彼は電撃に打たれたみたいにぶるりと震え上がった。恐る恐るぼくの手を握る。しっかりと、その感触を確かめるように。
しばらくして、彼は手を離した。どうやら彼は気づいたらしい。
「期待させてごめんよ。ぼくは君の仲間じゃないんだ」
無表情なままの彼に、ぼくは言った。彼が何を考えているのかはわからないけれど、ぼくには彼がどこか寂しそうに見えた。
ぼくの住んでいた星やその周りでは、彼と同じ生命体はほとんど確認されていないらしい。きっと、この広い広い
宇宙の中で、たった一人で飛んでいたのだろう。寂しくもなるはずだ。
「これからどうする?」
ぼくは尋ねた。彼は無表情のまま首を傾げた。
「また仲間を探して飛んでいくのかい? 偽物のぼくといっしょに来るかい?」
彼は何も言わなかった。随分と長い間、ぼくを見つめていた。
けれど、あるとき彼は顔をそむけた。ぼくが来たのとは反対側を、じっと見つめていた。
その方向に誰かがいる。ぼくにも「わかった」。彼と同じ姿をしているからなのだろうか。どこまで広がっているともわからないこの場所で、彼らは互いを感じあう術を身に着けていたのだろうか。今この姿になったばかりのぼくには、なぜなのかわからなかった。けれど、彼の視線の先には誰かがいる。それだけは確かだと「わかった」。
「行くんだね」
ぼくが言うと、彼はぼくの方を見て頷いた。無表情なままの顔が、少しだけ生き生きして見えた。
「Good luck」
ぼくは握りこぶしを彼に向けた。彼もまた、同じようにこぶしを握った。こぶしの先で軽く互いのこぶしを小突く。二つのこぶしの間で、聞こえない音と共に何かが弾けたような気がした。
彼はぼくに手を振って、背を向けた。次の瞬間には、彼の姿はもう見えなくなっていた。途方もないスピードで、遥か彼方まで飛んで行ったのだと「わかった」。もう、なぜ「わかった」のか、考えることはなかった。
ぼくの意識の先で、何かと何かが出会った。見たわけではない。ただ、そうだと「わかった」。それは彼とその仲間かもしれないし、別の誰かかもしれない。ぼくにはそれが誰なのかを判別する力までは備わっていなかった。けれど、誰でもよかった。誰かと誰かが出会ったのならば、それはとても素敵なことだからだ。
ぼくはまた、青い青い星の方を見た。ぼくの故郷がある星だ。今の姿にならなくても「わかった」のだから、それはぼくの中に刻まれた確かなことなのだろう。
いつまでもここにいるわけにはいかない。帰るべき場所へ、いかなければならない。
ぼくは空を蹴って、青い星へ向かってゆっくりと漂っていった。