10.深淵の空
空を飛んでいた。
どこかもわからない薄暗い場所を、風に吹かれるままに飛んでいた。
暑くも寒くもなかった。痛くも痒くもなかった。ただ風だけが、背中を押すように吹いては通り過ぎていく。
辺りには朽ち果てた石の建造物が立ち並んでいた。廃墟の街で見たものよりも数段大きく、荘厳な雰囲気を放っていた。かなり高い場所を飛んでいるはずなのに、建造物は更に上へ上へと続いていた。どこまで続いているのだろう。どこまで行っても、この建造物を上から見下ろすことはないんじゃないかと思い始めた。
急に辺りが暗くなった。元々暗かったのが、一段と暗さを増した。
驚いて上空を見たが、そこには何もいない。周りを見ても、それらしき生き物は見当たらない。
おどろおどろしい咆哮が、地の底からこだまする。ぼくは震え上がった。あの世とこの世の境目に棲むという、影龍ではなかろうか。そんなものに襲われたら、ひとたまりもない。ぼくはスピードを上げた。しかし、咆哮は辺りに反響して、距離がつかめない。そのうえ、ぼくがスピードを上げれば上げただけ、耳に届く咆哮は大きくなっていく。その振動と共に、何かが近づいているのを肌で感じた。
来る。
次の瞬間、ものすごい轟音が響いた。
ぼくの目には、足がない本来の姿をした影龍と、粉々に砕けて落ちていく石の塔が映っていた。一瞬何が起きたのかわからなかった。周りを見渡して、ようやく合点がいった。
影龍から逃げることに必死だったぼくは、周りの建造物が崩れ始めていたことに気づかなかった。影龍はぼくに降りかかった瓦礫を砕いていったのだ。
影龍はぼくに目もくれず、空へと昇っていった。
見れば、それまで周りにいなかったはずの生き物たちが、影龍を追って飛び上がっていった。翼を持つ者も、超能力や磁力で浮ける者も、本来は空を飛ぶ能力を持たない者でさえも。
きっとそうするべきなのだと思った。だから、ぼくは翼を広げて飛び立った。
生き物たちが少し透けている気もしたが、あまり気にはならなかった。
最初に感じた恐怖は、もう微塵もなかった。
影龍はどこまでも昇っていく。ぼくはそれを追いかける。
追いながら、思う。
ぼくの旅は、終わりを迎えようとしているのだろう、と。