1.孤島の空
空を飛んでいた。
どことも知れない孤島の上空を、行ったり来たりしていた。
見上げれば、宝石をちりばめたような星たちが輝いていた。
一匹の竜が、隣を飛んでいた。竜は何も言わず、こちらを見ることもなかった。ぼくはただ、置いていかれないように隣を飛んでいた。
「どこへ行くの?」
「どうして行ったり来たりしているの?」
「何かを待っているの?」
何を尋ねても、竜は口を閉ざしたままだんまりを決め込んでいた。
水平線の向こうが、ぼんやりと明るくなり始めた。もうすぐ夜が明ける。
薄明りの中に、ぼくは透明な影を見た。と、隣を飛んでいた竜が、その影に向かって一直線に飛んでいった。
ぼくは竜を追いかけようとして、やめた。別に、誰かに咎められたわけではなかった。けれど、懸命に飛んでいく竜の背に、ついてくるなと言われた気がしたのだ。
竜は影の元に辿り着いた。影と竜が手を取り合い、頬を寄せ合う様を、ぼくは少し離れた場所から見ていた。ぼくの勘は正しかったのだろう。どう見ても、邪魔をしてはいけないように見えた。
太陽が水平線から顔を出した。だいだい色の光が、濃紺の空を染め上げていった。
竜と向かい合っていた影が、徐々に薄くなっていった。竜は少し寂しげに、影を見つめていた。影は朝日に向かって後退しながら、空へと昇っていった。太陽が完全に顔を出す頃には、影は朝焼けの空に溶けて消えていた。
影が完全に消え去った後、竜はぼくの方を振り向いた。
「Grazie!」
辛うじて聞き取れたのは、聞いたことのない言葉だった。どういう意味かは分からなかったけれど、ぼくは照れくさくなって目を逸らした。竜はにこりと笑って、孤島へと降りていった。ぼくはそれを追わなかった。竜に帰る場所があるように、ぼくにも帰る場所があった。そして、その場所はこの孤島ではなかった。ぼくが手を振ると、孤島に辿り着いた竜も、手を振り返してくれた。ぼくは孤島に背を向けて、朝日に向かって飛んでいった。