4.ほけんじょにれんらくする
雨の日の帰り道、友達と別れた直後に、ぼくはそいつに出会った。
道端に置かれた段ボールの中で、まだ小さなポチエナが震えていた。野生で出会ったときの気性の荒さは影もなく、ぼろきれに包まれて、今にも消えてしまいそうな声で鳴いていた。よく見れば、段ボールには黒いマジックで「拾ってください」と書いてある。このポチエナは、捨てられたのだ。それも、体の大きさから考えると、生まれてすぐに捨てられたらしい。酷いことをする人もいるものだ。
雨は止む気配もなく降り続けている。このまま放っておけば間違いなく凍え死んでしまうだろう。そうでなくとも、何も食べなければ餓死してしまう。どうにかしてあげたいけれど、連れて帰ろうにも、父も母もポケモンは苦手だ。連れて帰ったら間違いなくどやされる。どうしたものだろうか。
連れて帰る
見捨てる
食べ物を置いていく
→保健所に連絡する
ぼくはこの選択をするまでに、随分と時間がかかった。保健所に連絡すれば、確かに捨てポケモンは保護される。しかし、一定期間里親が見つからなかった場合、殺処分されるということを知っていたからだ。つまり少しの間は生き延びられるが、そこから先はどうなるかわからないということになる。
家までの道のりを走った。早く。迷って判断に遅れた分、早くしなければ。
家に着くとただいまも言わず、ぼくは荷物を放り出してタウンページを漁った。そして保健所の番号を見つけ、固定電話の受話器を握った。
二コール目で受話器を取る音がして、愛想のよさそうな声が聞こえた。
「はい、こちら〇〇市保健所です」
「捨てポケモンを見つけたので連絡しました」
ぼくはポチエナが捨てられていたこと、詳しい場所と、雨が降っているから早めに保護してほしいという旨をよどみなく伝えた。応対した職員は驚いた様子だったが、ぼくの話を最後まで聞いて、
「わかりました。ご協力ありがとうございます」
と言った。
「念のため、お名前とご連絡先を教えていただけますか?」
「はい、×××××です。電話は家のものですが、XXX-XXX-XXXXです」
「ありがとうございます。では、急いで向かいますね」
電話が切れてから、しばらく放心状態だった。しかし、これできっとポチエナは助かると思うと、胸の奥からじわじわと達成感が沸き上がってきた。
次の朝、ポチエナがいた場所へ行くと、もう段ボール箱もポチエナもいなくなっていた。きっと保健所の人が連れて行ったのだろう。ポチエナは今、どうしているだろうか。ちゃんとご飯をもらえているか。他のポケモンたちと仲良くできているだろうか。最初のうちはそんなことを思ったものだが、心配は日を追うごとに薄れ、やがて忘れてしまった。
本当にこれでよかったのかと、ぼくの中の良心が問うた。
本当にポチエナは幸せになれたのか。
保健所に確認に行っていない以上、ポチエナが生きているかどうかさえわからない。
そんな状況で、ぼくは納得してもよいのか。
無理だよ、とぼくはぼくの中の良心に言った。
保健所はぼくの家から随分と遠いところにあって、ぼくの足では往復するのに一日かかってしまう。それに確認しに行ったとて、死んでいましたでは
また失望するだけだ。
だったら、そうでない方法を選べばいい。良心が言った。
どうすればいいの? ぼくは尋ねた。
ヒントをあげよう。同じ選択をしたからといって、同じ結果になるとは限らないってことさ。良心が言った。そしてどこへともなく消え去って、もう何も言わなくなった。