3.たべものをおいていく
雨の日の帰り道、友達と別れた直後に、ぼくはそいつに出会った。
道端に置かれた段ボールの中で、まだ小さなポチエナが震えていた。野生で出会ったときの気性の荒さは影もなく、ぼろきれに包まれて、今にも消えてしまいそうな声で鳴いていた。よく見れば、段ボールには黒いマジックで「拾ってください」と書いてある。このポチエナは、捨てられたのだ。それも、体の大きさから考えると、生まれてすぐに捨てられたらしい。酷いことをする人もいるものだ。
雨は止む気配もなく降り続けている。このまま放っておけば間違いなく凍え死んでしまうだろう。そうでなくとも、何も食べなければ餓死してしまう。どうにかしてあげたいけれど、連れて帰ろうにも、父も母もポケモンは苦手だ。連れて帰ったら間違いなくどやされる。どうしたものだろうか。
連れて帰る
見捨てる
→食べ物を置いていく
保健所に連絡する
ぼくは給食のときに残したパンを、箱の中に入れておいた。何が食べられるかはわからないけれど、ポチエナは雑食だという話を聞いたことがあった。大した足しにはならないかもしれないが、これで少しの間は飢え死にすることはないだろう。
それからぼくは傘を箱の上にかぶさるように置いて、急いで家に帰った。ランドセルを傘代わりにしても、雨は容赦なく全身を濡らしていった。
家に帰るころにはすっかりずぶ濡れだった。居間で出迎えてくれた母に怪しまれて、咄嗟に風で傘が飛ばされてしまったと嘘をついた。「風邪をひくから着替えてきなさい」と言う母に心の中でごめんなさいを告げつつ、濡れた服を着替えて洗濯機に入れた。嘘をつくのは心が痛む。嘘をついてはいけないと教え込まれた恩恵というべきか、はたまた弊害というべきか。それでも今回は、自分ではない誰かを守るためについた嘘だ。そう言い聞かせて、替えの服を着た。
その夜、夢を見た。
傘の下でうずくまるポチエナの夢だ。ぼくが置いてきたパンのかけらに鼻を寄せ、すんすんと匂いを嗅いだ。それから、パンの端を小さくかじり取って咀嚼した。二口、三口と食べ進めるが、パンは一向に減らなかった。今思えば、生まれたばかりでもパンを食べることはできたのだろうか。乳や流動食の方が食べやすかっただろうか。
どこかで獣の吠え声が聞こえてきたところで、恐ろしくなって目が覚めた。
雨は上がり、すがすがしい朝だった。しかし直前に見た夢のせいで、最悪の目覚めだった。朝食もろくに喉を通らず、何とか食べ切ったものの母に心配された。
もしも夢が現実になっていたらと思うと、学校へ向かう足取りは自然と重くなった。
件の段ボール箱の前を通りかかったとき、嫌な臭いが鼻を突いた。同時に、ぼくが置いていった傘がボロボロになっているのを見て、嫌な予感がした。
恐る恐る近づいたぼくは、思わずしりもちをついてしまった。
死んでいる。それも、見るも無残に引き裂かれた状態で。
おいていったパンの匂いにつられて、野良のポケモンがやってきたのだろう。そしてパンを奪った挙句、抵抗しようとしたポチエナを――
想像しただけで胃がひっくり返りそうだった。足に力が入らず、歩くことさえままならなかった。これまで遭遇した出来事の中で、間違いなく最悪の部類だった。
ぼくがパンを置いていったせいで、ポチエナは殺された。その事実が、ぼくの胸を深く、深く抉った。