Re:つれてかえる
も
ど
っ
て
き
た
な
どうなっても知らないぞ。
雨の日の帰り道、友達と別れた直後に、ぼくはそいつに出会った。
道端に置かれた段ボールの中で、まだ小さなポチエナが震えていた。野生で出会ったときの気性の荒さは影もなく、ぼろきれに包まれて、今にも消えてしまいそうな声で鳴いていた。よく見れば、段ボールには黒いマジックで「拾ってください」と書いてある。このポチエナは、捨てられたのだ。それも、体の大きさから考えると、生まれてすぐに捨てられたらしい。酷いことをする人もいるものだ。
雨は止む気配もなく降り続けている。このまま放っておけば間違いなく凍え死んでしまうだろう。そうでなくとも、何も食べなければ餓死してしまう。どうにかしてあげたいけれど、連れて帰ろうにも、父も母もポケモンは苦手だ。連れて帰ったら間違いなくどやされる。どうしたものだろうか。
→連れて帰る
見捨てる
食べ物を置いていく
保健所に連絡する
ぼくは心を決めた。ぐしょ濡れの箱の中からぐしょ濡れのポチエナを抱え上げ、家に連れて帰ることにしたのだ。母に見つかればどやされるだろうが、それよりも目の前の命を見捨てることをぼく自身が許せなかった。
家に帰ってただいまを告げると、ぼくは洗面所に駆け込んだ。手を洗い、うがいをして、ドライヤーでポチエナを乾かした。ドライヤーの音は居間の母にも聞こえるだろうが、雨が降っているから、濡れた髪を乾かしていると思ってもらえるだろう。それからタオルを一枚拝借してポチエナを包み、リビングに向かった。
「この子を飼わせてください」
ぼくが抱えたポチエナを見た途端、母の表情が強張った。
「どこで拾ってきたの」
「帰り道で拾ってきた」
「捨ててきなさい」
「この子を飼わせてください」
「母さんも父さんもポケモン嫌いだって知ってて言ってるの?」
「ぼくがちゃんと世話をします。毎日散歩も連れて行くし、しつけもしっかりやります。この子を飼わせてください」
「エサ代と、トイレと、予防接種と、いくらかかると思っているの?」
「その分ぼくのお小遣いを減らしていいから。この子を飼わせてください」
ぼくが何かを言うたびに、母は理由をつけて否定しようとした。そしてそのたびに、ぼくは食い下がった。ここで引いたら、ポチエナは助からない。もう二度とあんな思いをするのはごめんだ。ただその一心で、母の否定を否定し続けた。
いい加減うんざりし始めたぼくは、抱えていたポチエナを母に向けて突き出した。
それがまずかった。反射的に母は平手を繰り出し、叩かれた衝撃でポチエナは床に強く叩きつけられた。
「ギャン!」
甲高い声に、心臓が跳ね上がった。
「何すんの!」
平手がぼくの頬を襲い、母の怒声が部屋に響いた。しかし、ぼくはそれどころではなかった。ポチエナが動かなくなったのだ。
抱え上げたポチエナは、もう息をしていなかった。無理もない。いくらポケモンといえども、生まれたばかりの無防備な状態で、しかも衰弱していたにもかかわらず、そんな衝撃を受けてしまったら。
ぼくは黙ってリビングを出た。扉を閉めることもなく玄関に向かい、傘もささずに外に出た。
雨が降る中、ぼくは庭に穴を掘ってポチエナを埋めた。せめてもの手向けとして、残しておいた給食のパンを一緒に入れて、土をかぶせた。雨に濡れることなど気にならなかった。むしろ風邪をひいてしまえとさえ思った。ぼくがあんなことをしたから、ポチエナは死んでしまった。ぼくが殺したようなものだ。
ぼくが悪戯心を抑え込んでいたら。最後まで落ち着いて母を説得していたら。
ぼくが最初にたどり着いたハッピーエンドに、満足していたら。
それから何度強く念じても、ぼくは選択する前には戻れなかった。