2. 「がまん」する
ボクはご主人が嫌いだ。なぜかって?
正確には、ご主人自身は嫌いじゃない。ご主人の「せいへき」(いつだったか誰かに教えてもらった言葉だ)ってやつが嫌いなんだ。
普段のご主人は、ボクにすごくよくしてくれる。決まった時間にご飯をくれるからボクは飢えることがないし、部屋の中でも日当たりのいい場所に置いてくれる。いつもお仕事で忙しそうだけれど、たまの休みには、足が吸盤になっていて動けないボクを散歩に連れて行ってくれる。日光浴ならうちでもできるけど、ぽかぽかのお日様に照らされながら、外の風にあたるのがボクは大好きなんだ。
そんな、ボクのことをよく考えてくれるご主人が、どうして嫌いかというと。
ご主人はね、ボクのことをよく撫でまわすんだ。ボクを撫でてくれる時のご主人の優しい笑顔が、ボクは大好きなんだ。……それだけならいいんだけれどね。
ホラ、龍の「げきりん」ってあるでしょう?触られたら怒っちゃうような、触ってほしくない部分。もちろん、それがボクにもあるんだけれど。ご主人は機嫌の悪い時なんかに、そういう触ってほしくない場所ばかりを狙って触ってくるんだ。そんなとき、ボクは当然のように嫌な顔をしたり、喚いたり、もがいたりするわけなんだけれど。でも、全然やめてくれない。それどころかもっとエスカレートする。酷い時には、ボクがなにも悪いことをしていないのに、ボクのことをぶつんだ。いくら柔らかい草のように見えるからといって、、元は化石だったから、ボクをぶつご主人の手も痛そうだけれど。
こういうときのご主人、どんな顔してると思う?
笑ってるんだよ。それも、楽しい時や嬉しい時の顔とはちょっと――いや、だいぶ違って。何というか、ニヤニヤ、ニタニタ、そんな表現が似合うような、嫌〜な笑みなんだ。
本当に、普段はすっごくいい人なのに、どうしてボクにこんなことするんだろう?
「それはね、君が『しょくぶつ』だからさ」
えっ?
「『しょくぶつ』。『しょく』は『触』、つまり触る。『ぶつ』は文字通り『打つ』って意味さ」
そうなの?ボクみたいな植物はみんなそうなの?何で?
「とまぁ、冗談は置いておこう。君が『しょくぶつ』であることに間違いはないけれどね。その主人はおそらく、君の嫌がる姿を見るのが楽しいのさ。君が何かを我慢して、我慢して、もう我慢できないって時に見せる顔が、たまらなく好きなんだろうさ。それで、君が嫌がること――触ってほしくないところを触りまくったり、ぶったりするのさ。尤も、君をぶったところで痛いのはご主人も同じだろうけど。心の痛み?違うね。君も知っているだろうが、君は柔らかいように見えて、内に硬さを秘めている。だから、普通にぶつと手が痛くなってしまうのさ。人間は脆いものだからね。訳もなく自分の嫌なことをするなんて、君はしないだろう?それと同じさ。君のご主人は、自分の身が傷つこうと関係なく、好きでそういうことをやっているのさ。それが君が言う『せいへき』っていうやつなのさ。心が痛むのなら、君をぶつときに笑ったりなんかしないだろうからね」
冗談じゃない!
よくしてもらってるからガマンしてきたけど、もしそれが本当なら許せないな。ん?普段ボクに優しくしてくれるのは、そうすることでボクが嫌がることをするのを許してくれって言っているのかな?ボクがご主人に逆らいにくくなるようにしてるだけなのかな?そうと知ってしまった以上、ご主人にはやめてもらわないといけない。優しいご主人にはいて欲しいけど、ボクを虐めるご主人なんていらないんだ!
「そうかい。それなら、いい方法がある」
……どうするの?
「君のご主人を、『しょくぶつ』にしてやればいいのさ」
……どうやって?
「ほら、君なら簡単さ。ちょいと耳を貸してごらん……」
……それだけ?本当にそれだけでいいの?
「ああ。たったそれだけで、君のご主人は『しょくぶつ』になれる。ただし。もしも一度でもそうなってしまったら、死ぬまでずっとそのままになるかもしれない。今までのように触られたくない所を触ったり君をぶったりできなくなる代わりに、君にご飯をくれることも、お散歩に連れて行ってくれることもできなくなる。場合によっては、君は今のご主人よりもっと怖い人の所へ行かなきゃいけないかもしれない。それで、君はもっと酷い事――『せいたいじっけん』に使われたり、今よりももっと酷いぶたれ方をしたり。最悪の場合には殺されてしまうかもしれない。それでもいいかい?」
はい
→いいえ
ボクはあの時の選択に疑問を抱いている。
ボクはご主人をいじくるのはやめにして、今まで通り生活している。決まった時間にご飯を貰って、日当たりのいい部屋で日向ぼっこをして。たまの休みのは散歩に連れて行ってもらう。
……もちろん、変なところを触られたり、訳も分からずぶたれたりするのも変わらない。今もまさに、触られたくない所をまさぐられている最中なんだ。慣れてきてはいるけれど、そこを触られると、何だか変な感じがするんだ。体が熱くなって、息が荒くなって、ボクがボクでなくなるような、変な感じがするんだ。だから、お願い、やめて。お願いだから。やめてよ、ご主人、ねぇ、ねえってば……
違う。
こんな結末は求めていない。
あの時に戻って、もう一度選択をやりなおせたなら。
……?選択肢は、もうない……?
そんなはずはない。
ボクが見落としているだけで、何かあるはずだ。
ボクもご主人ももっと幸せに生きられるような、そんな道があるはずだ。
もう一度――いや、一度なんて言わない。
何度でも戻ってやり直すんだ。
そして最良の道を見つけるんだ。
……待てよ。
あいつだ。
あんな選択肢を寄越したのは、あいつだ。
あいつさえいなければ、もうちょっと違う道も選べたかもしれないんだ。
そうだ。あいつさえ――
あいつさえ、いなければ。
リセット しますか?
→はい
いいえ
リセットしても 選択肢は 二つに一つ。
ご主人をいじくって『しょくぶつ』にするか。
今まで通りの生活を我慢して生きるか。
そうさ。他の選択肢なんて与えられてはいないのだから。
なんだって?自分で作る?
そんなの、お断り――ブツッ
*データを ロードしています。
*ロードが かんりょう しました。