Reincarnation

 誰かの言葉通りに、私は地獄の池のように真っ赤な溶岩の中で生まれた。誰が教えてくれたことなのかは思い出せなかった。ただ、今のこの状況が私にとってとてつもなく良くない状況であることはすぐに把握した。
 溶岩は私の体温と同じか、それよりも温度が高いようだった。生まれて溶岩の中に体がさらされた時点で、流動性のある固体の体はすぐに液状になり、周りの溶岩の流れに従って流れていく。上も下も分からない中で辛うじて体の繋がりは保っていたが、少しでも気を抜けば全身がバラバラになってしまいそうだった。周りを見渡してみても、私と同じように流されている生き物は見当たらなかった。
 溶岩の道は実に意地が悪かった。流れる方向は決まっていて、後戻りなど許さない。分岐点では体が避けて別々の方向に行きそうになる。あちこちに振り回されて、気分はまるで固定具のないジェットコースターに振り回されている気分だった。

 流れに身を任せること数刻。大きな溶岩のたまり場のような場所にたどり着いたところで、幾分か流れが緩やかになった。私は相変わらず全身に神経を集中して、溶けた体がばらけないように保っていた。相変わらず周りの溶岩は熱くて、同じ溶岩の体を持っていても火傷を負ってしまいそうだった。どうにかしてこの場所から抜け出さなければならない。そう思ってみても、周りは溶岩。出口らしき場所はどこにもない。

 このままじわじわと精神を削られ続けるのかと考え始めた時、不意に浮遊感に襲われたかと思うと、周りの溶岩が一斉に動き始めた。それまでとは比べ物にならないくらい早い流れだった。周りの溶岩に押されて体が縮こまった。好都合だと思っていたのは間違いだったとすぐに気付くことになった。
 程なくして、周りの溶岩が散り散りに弾けた。ずっと真っ赤な光景の中にいた私が黄色い目に捕らえたのは、吹きあがる溶岩とそれを吹き出す穴の開いた山だった。噴火と呼ばれるその現象は、体を繋ぎとめようと必死だった私の努力をあざ笑うかのように、私の体を散り散りに引き裂き飛び散らせた。ある部分は溶岩と共に山を下り、ある部分は触れるものを焼きながら地面に沈み、ある部分は巨大な水たまりの中に落ちて、ジュッと音を立てながら一瞬でいびつな形に冷え固まった。
 あちこちに飛散した私の体は、それぞれが意思を持って一つに集まろうと試みた。だが、あまりにもバラバラになりすぎたため、そのほとんどが途中で冷え固まって動けなくなった。やっとのことで集めた部分で再構成した小さな体も、空気に熱を奪われて徐々に固まり、遂には周囲に転がる岩石と完全に同化してしまった。硬く脆い私の体が風化し、あるいは崩れ落ち、私が意識を手放すまでに、それほど時間はかからなかった。





    *





 古風で巨大な赤い水車の外側に、無数に取り付けられた椅子。その一つに、私は腰を落ち着けていた。体がマグマでできたナメクジのような姿をしていた。本来ならば触れたものを溶かしてしまうほど体温は高いのだが、私が乗っている椅子は熱をものともしなかった。
 私はここで、ずっと私の番が来るのを待っていた。何の順番かは分からなかった。ただ、順番が来るまで待っていなければならないという気がして、何をすることもなくこの場所に座っていた。
 輪は気が遠くなるほどゆっくりと回っていた。時々止まったかと思うと、またゆっくりと動き出す。その繰り返しだった。それでも、何故だか私が退屈を感じることは無かった。何かをしていたのかと問われれば、そんなことはない。ただぼんやりと、目に映るものを眺めていただけだった。
 輪が進む先には路面電車の駅のような場所があった。私が座っている椅子はそこで停まった。椅子から降りて這うように進む私を、奇妙な生き物が待っていた。
 大きな蓮の葉を背負った、平べったい青い体の生き物だった。私が目の前まで来た時、その生き物は、私を見るなりこんなことを言った。

「またあなたですか」

 また、ということは、私は以前ここに来たことがあるのだろう。が、残念なことに私はそのことを覚えていないらしい。困惑する私を見て、当然かとでも言いたげな顔をした蓮の葉の生き物は、咳ばらいを一つしてこう告げた。

「おめでとうございます。あなたの転生が決まりました」

 祝われているようにはとても聞こえない、抑揚のない声だった。嬉しいことなのか忌むべきことなのか、まるで判断がつかなかった。だいたい、いきなり転生が決まりましたなどと言われても実感がわかなかった。

「すみません、よく分からないのですが」
「後が閊えていますので、質問は受け付けません」

 質問をしようとしたところでばっさりと言葉を打ち止められた。大きな葉の下から覗く瞳が、私にそれ以上口出しはさせないとでもいうようにギラリと光った。私が完全に喋る気を失くしたのを確認して、私の質問など無かったかのように、蓮の葉の生き物は話を進めていった。

「簡単に説明させていただきますね。あなたは一度死にました。そして、ぐるりと一周回ってここに戻ってきました。上からの指示により、あなたはもう一度生命を全うしてもらいます。具体的に申し上げますと、これからあなたは新たな命を受け取って、ニンゲンの元で生まれます。種族名はポチエナ。灰色の毛の犬、といえば分かるでしょうか。私から申し上げることができるのはここまでです。あちらの扉をくぐってください」

 息を付く暇もなく私の転生先とやらについて喋った蓮の葉の生き物は、早く行けとでもいうように短い前足を振った。同時に先ほどまで座っていた赤い輪がゆっくりと回り始める。空っぽになった椅子は輪の向こう岸へと進み、反対側からは誰かが乗った椅子が近付いてくる。きっと今から何を尋ねたとしても、蓮の葉の生き物は答えてくれないのだろう。
 私は渋々椅子から立ち上がり、示された扉へと向かう。一歩足を進めるごとに、溶岩でできた私の体が小さく、そして毛深くなっていくのを感じた。何の違和感もないままに、私は灰色の毛の犬に姿を変えていた。何故か私は困惑しなかった。あれほど私が反抗心を燃やしていたにも関わらず、蓮の葉の生き物の発した言葉を、今はすんなりと受け入れていた。
 扉は自然に開いた。私は扉の向こうの闇の中へ、地面の感覚を一歩一歩確かめるように足を踏み入れていった。
 何も見えないのに、不思議と恐怖は無かった。これから生まれる世界に対する期待が、私の背中を押しているようだった。




円山翔 ( 2018/07/03(火) 07:31 )