大地を焼く雷
イッシュ地方の西側、6番道路とフキヨセシティの間には、内部の鉱石全てが電気を帯びている不思議な洞窟がある。人々はこの場所を、「電気石の洞窟」と呼ぶ。
岩の体を持つガントルや、鉱石の磁力に誘われてやって来たと思われるテッシードにギアル、鉱石に溜まった電気を餌とするバチュルなどが多く住み着いており、地中からは時々モグリューが顔を出すこともある。
そして運が良ければ、珍しいポケモンに出会うことができる。
でんきうおポケモン、シビシラス。真っ白な体に黄色い電気線のような筋が入った、魚のようなポケモンだ。普段から体内の電気で磁力を生み出して地球の磁力と反発させることで、シビシラスは空中を泳いで移動する。そして魚のような見た目に似合わず、タイプは電気のみ。浮遊の特性により地面タイプの技はほとんど回避できるため、撃ち落とされたり重力で地面に押し付けられたりしない限りは弱点と言えるタイプの技がないのが強みである。
ただし覚えることができる技が限られており、単体の能力値もそれほど高くないことから、進化後のシビビールやシビルドンを求めるトレーナー以外からは相手にもされないことが多いという。
運が良ければと言ったのは、シビシラスは生存個体が非常に少ないためである。
先ほども述べた通り、シビシラスは基本的な能力値が低い。故に弱点を突かれなくとも、縄張りを争う時や捕食対象となったりした時には、他のポケモンに簡単にやられてしまうことがよく起こるのである。いくらシビシラスが大量の卵を産み、無事に孵化したとしても、生き残れる個体はごくわずか。自然界の厳しさをシビシラスたちは身をもって教えてくれているのだ。最も、彼ら彼女らにそんな意図はないであろうし、必死に生きようとした上の結果論と言ってしまえばそれまでであるが。
ともかく、電気タイプのポケモンを呼び寄せる“静電気”の特性を持つポケモンを連れていても、シビシラスに出会うことは難しいのである。この洞窟を通り抜けるまでに一度でもシビシラスの姿を拝めたら、その人には幸福が訪れるという胡散臭い噂が流れているくらいだった。
更にもう一匹、この洞窟のどこかに巨大な未確認生物が出現するという証言が、洞窟およびその周辺を行き交うトレーナーたちの間で幾度となく聞かれた。残念ながらその姿は確認できておらず、そのポケモンに出会ったというトレーナーたちも、詳しい姿は見ていないという。なんでも、姿がちらりと見えた瞬間に強力な電撃を放ってどこかへ逃げてしまったということだ。
分かっているのは電気技が使えるということだけ。私はその巨大生物の正体を確かめるべく、この電気石の洞窟を今回の研究場所とした。
そしてこの場所で、私は世にも奇妙な光景を目の当たりにすることになった。
私が洞窟に足を踏み入れてすぐのこと。
バチバチと耳障りな音を発する洞窟の中をゆっくりと歩いていると、むくむくと地面の土が盛り上がり、そこから野生のモグリューが飛び出してきた。背丈は私の足の脛くらいまででしかないが、硬く鋭い大きな爪を振り回す好戦的なもぐらポケモン。私は腰につけたモンスターボールを放って手持ちのシキジカを繰り出した。
地面タイプのモグリューに対して効果抜群の技、草タイプのエナジーボールをシキジカに指示しようとしたところで、私はモグリューの異変に気付いた。
シキジカが何か技を当てた訳でもないのに、モグリューの動きが明らかにぎこちないのである。持ち前の大きな爪を振りかぶってシキジカに飛びかかる姿勢を見せたかと思えば、何かに縛られているかのようにぴたりと動きを止め、地面に倒れ込んでしまった。
不審に思って近づいてみると、モグリューの全身はピクピクと小刻みに震えていた。何らかの方法で体が麻痺したときにおこる典型的な症状だった。体表にはところどころに焼け焦げたような跡があり、体力ももうそれほど残っていないようだった。
この日はこのモグリューを捕獲して研究所へ連れて帰った。なぜ地面タイプのモグリューが麻痺状態になっているのか調べるためである。巨大ポケモンに出会うことはなかったが、別の興味深い事例に遭遇することができた。
モグリューは鼻の粘膜を採取してから回復マシンに預けた。
解析の結果、採取した粘膜から痺れ粉の成分は一切検出されなかった。
では、なぜ麻痺していたのか。
一つの可能性として、静電気の特性を持つポケモンに触れたという事例が浮かび上がる。
しかし、この洞窟には静電気持ちのポケモンは生息していない。おまけに、静電気持ちのポケモンは電気タイプであることを考えると、地面タイプのモグリュー相手に苦手な電気タイプのポケモンを繰り出すのは不自然に思えた。
洞窟内の鉱石が帯びている静電気によるものではないかとも思えるが、これについては既に関係ないのではないかというデータが出ている。
麻痺を治療する薬を持たせず、代わりに野生ポケモンを寄せ付けないスプレーを十分に配布したトレーナーに、ポケモンをボールから出して電気石の洞窟を研究者と共に通り抜けてもらうという実験が過去に行われている。その結果、トレーナーのポケモンたちの中で麻痺状態になった者はいなかった。ボールの外にいたという条件は同じであるため、洞窟内の静電気が麻痺状態と関係しているとは考えにくい。
もう一つ、地面にも電気を流すほどに強力な電撃を浴びたという可能性。これなら麻痺したのも火傷の跡があるのも説明がつく。
だが、こちらも考えにくい。この洞窟に生息するポケモンの中で電気技を使うことができるのはバチュル、シビシラス、ギアルくらいのもので、いずれもそれほど強力な電気技は覚えない。トレーナーが連れているポケモンについては前述の通りである。
最後の予測に可能性があるとすれば、やはり噂の巨大ポケモンの仕業ということになるのだろうか。
翌日、私は手持ちのシキジカと、前日捕まえたモグリューを連れて電気石の洞窟に向かった。引き続き謎の巨大ポケモンについての調査を行うと共に、モグリューを元いた場所に戻してやらねばならない。
捕獲したとはいっても一時的なものだ。検査と回復が終われば、元いた場所に戻してやる。自然を相手にする研究員ならば誰もがそうしてきた。研究は自然の生態系を壊さない範囲で行う。暗黙のルールだった。
洞窟に入ってすぐのところで、私はモグリューの入ったボールのスイッチを押した。ボールから解放されたモグリューはぽかんとした表情でしばらく辺りを見回していたが、そこが昨日まで自分がいた場所だと分かるが早いか、一目散に穴を掘って去って行った。いや、逃げていったと言った方が正しい。まるで何かに怯えているような慌てぶりだった。
背後でパチパチと電気が弾ける音が聞こえた気がしたが、この洞窟内で動き回れば同じような音が鳴ることを知っていた私は、大して気にも留めずに洞窟の奥へと足を進めた。
この日、私は洞窟の最下層で更に奇怪な光景を目の当たりにした。
この場所で、洞窟に生息するポケモンたちが十数匹、びくびくと体を震わせながらそこかしこに転がっていた。その体表と周りの地面には、やはり焦げたような黒い跡が残っていた。
体の一部が変形したり、熱暴走を起こしたかのように高速回転して暴れ回ったりするギアル。体の一部が欠けたダンゴロ。体を包む金属の甲殻が一部溶けて、あるいは破損して、中身の植物部分がむき出しになったテッシード。消し炭のような色になって倒れているバチュル。死んだ目をして動かないシビシラス。そこにいた誰もが、見るも無残な状態だった。
シキジカを繰り出してアロマセラピーを指示し、倒れているポケモンたちに治療薬を吹きかけながら、焼け焦げた地面を削って土を採取していく。この日はそれだけで手いっぱいだった。
研究所に帰って、採取した土を解析した。結果、ほとんど全ての焼け跡が同じ時間につけられたという推定が得られた。
昨日見た、モグリューと同じような症状。しかも、あれだけの数のポケモンが一度にやられたというのか。私は驚きを隠せなかった。
その後しばらく、私は毎日のように電気石の洞窟を訪れた。
だが、成果はいつも同じ。全身に大火傷を負ってなおかつ体に痺れの症状があるポケモンを見かける以外に、巨大ポケモンに関する有力な手掛かりは掴めなかった。
ただ一つ、気になることがあった。
洞窟内のポケモンたちが、時々妙に怯えたような態度をとることがあるのだ。
最初は慣れない人間の訪問に戸惑っているのか、あるいはこの場所を通る人間に散々痛めつけられたかと思っていた。
だが、そうではないようだった。
ポケモンたちが怯えて逃げ出す時には、決まって背後でバチバチと音がする。
そこに何かがいて、その何かに恐れをなしてポケモンたちは逃げ出すのだろうと私は予測を立てた。そして、出会ったポケモンたちはシキジカに任せ、相手が怯える仕草を見た瞬間に後ろを振り向くようにした。
それでも、その何かはよほど素早いのだろうか。手掛かりは掴めなかった。
そして数日後。
瀕死のポケモンを大量に発見した最下層。
その最深部と思しき場所に足を踏み入れた瞬間、私は確かに見た。
それまでイッシュ地方では見たこともない巨大な影を。
そして、その巨体が雷を放った瞬間を。
目が焼けるかと思えるほどに眩しい稲光が視界を真っ白に染め、耳を塞いでもなお頭に響くほどの轟音を立てて、雷は電気を纏った鉱石の壁に、矢のようにぶち当たった。
音が消えてしばらくして、恐る恐る目を開けた私の視界に、地に落ちて動かない小さな白い魚が映った。
恐怖が去った後も、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
今までどうして気付かなかったのだろうか。
トレーナーたちの間で噂になっていた巨大ポケモンの正体は、彼ら彼女らが敵に襲われないようにするための策。即ち――――
大量のシビシラスが一塊になって動いていただけということ。
地面タイプには電気技が効かないことになっている。だが、それは単に電気抵抗(電気の通しにくさ)が極端に大きいため、電気が他の流れやすい場所に逃げてしまうというだけである。だが、十分に大きな電圧をかけてやれば、電気を通しにくい物質にも電流が流れる。
更に、電気を発する時には当然の如く大きな熱が発生する。シビシラス一匹が放つ電撃ならばたかが知れているが、大群の放つ強力な電撃は大地をも焼く熱を持つ。
シビシラス一匹が生み出す電力はそれほど大きくはない。これは単に発電能力が小さいということもあるが、何より貯めておける電気の容量が小さいということに起因する。
シビシラスが持つ電気タイプの攻撃技は、全身に電気を巡らせて突進するスパーク、ため込んだ電気を一斉に放出するチャージビームの二つ。どちらも一時的に電気を貯めてから行う技である。が、これらは前述の理由から、大した威力のない攻撃となってしまう。
しかし、シビシラスが集まって身を寄せ合えばどうなるか。
個々のシビシラスが作り出した電気は、シビシラスの塊全体に帯電する。帯電する母体が大きくなればそれだけ貯めることのできる電気の量も増えるわけだが、それぞれの個体の発する電気が傍にいる別の個体の発電器官を活性化させることによって発電量自体も大幅に増加する。
では、そんな大量の電気を貯め込んだ状態から電撃を放てばどうなるか。
その答えが、
「麻痺したモグリュー」であり。
「熱暴走を起こしたギアル」であり。
「体の一部が欠けたダンゴロ」であり。
「装甲を破壊されたテッシード」であり。
「消し炭のようになったバチュル」であり。
即ち、あの「大怪我を負ったポケモンたち」であったのだ。
それだけではない。あまりにも強力なその電撃は、シビシラス自身の身をも蝕んでいた。
一匹当たりのシビシラスが蓄える電気エネルギーは、単体の時とは比べ物にならないほどに大きく、中には蓄えきれずに脱落する個体も出てくる。それがまさに、洞窟探査二日目、そしてこの日見た、「地に落ちたシビシラス」であった。
シビシラスの大群に出会った瞬間にモンスターボールを投げなくてよかったと、その時私は切実に思ったものだった。草には電気が通りにくいなどと言ってはいられない。地面にすら焦げ跡を残す雷を受けた場合、小さな相棒がどうなるか想像は難くない。その真価が芽吹く前に黒焦げになってもがく相棒の姿を見たいとは、とても思えなかった。
シビシラスが教えてくれたのは、なにも自然の厳しさだけではなかった。
一つ一つは小さな力でも、結束すれば大きな力になるということ。
そして、大きすぎる力は必ず、何らかの禍根を残していくということ。
小さな彼ら彼女らの反逆が、周囲の生態系を、そして自らの種族を破壊へと導かないことをここに願う。