主と卵
少し大きめの空洞の奥の壁際に、ゲンの言う卵は置いてあった。乾草のようなものが下に敷かれていた。そして、その卵を守るように、一匹の巨大なポケモンがとぐろを巻いて眠っていた。
ハガネール。イワークの進化形で、岩の体が硬化して鋼のようになった鉄蛇ポケモンだ。おそらく、ゲンの言っていた鉱山の主だろう。今までここで出会ってきたどのポケモンとも違う風格が感じられた。
まともにやりあったら勝ち目がないのは分かりきっている。どうにか気付かれずに卵を取って、急いで逃げるしかない。僕は空洞の入り口で手ごろな大きさの石を一つ拾った。それから、足音を立てないように気を付けながら、息を潜めてゆっくりとハガネールに近付いていく。
途中でハガネールが大口を開けてものすごい音を立てたため、僕は飛び上がりそうになった。まだ目を閉じているから、欠伸か何かだろう。そう高を括って再び足を進めようとした時、ハガネールの目が開いた。
(まずいっ)
僕は反射的に、持っていた石をハガネールから遠い位置の壁に向かって投げる。石が壁に当たって、カツンと音が鳴った。ハガネールの意識が、音のした方に向く。
僕は走った。一瞬でとまではいかないものの、ものの数秒で間合いを詰める。すぐにハガネールが僕に気づいて、巨大な尾を振るった。その巨体からは想像もできないほどのスピードで迫る暴力的な金属の塊を、前回り受け身の要領で跳んで躱す。ハガネールは間髪入れずに、その巨体でのしかかってこようとする。卵の僕の間に立ち塞がるように落下してくる体を、今度は後ろに飛んで躱す。少しだけハガネールの体が地面にめり込んだ。体勢を立て直そうともがくハガネールを跳び箱のように飛び越え、僕は卵を右手に掴んだ。
背後から風を切る音が聞こえて、咄嗟に振り向こうした背中に、ハガネールの尾がぶち当たる。肺の中の空気が一気に押し出される。背中のバッグがクッションになったものの、僕の体は軽々と吹き飛ばされた。みるみるうちに部屋の壁が迫る。咄嗟に壁に背を向けて、バッグのクッションで壁にぶつかる衝撃を和らげ足から着地する。が、目の前には既に、追撃のアイアンテールが迫っている。
到底避けられるスピードではなかった。だから、避けなかった。
タイミングを合わせて、卵がぶつからないようにハガネールの尾を体全体で掴もうとする。腹に鈍痛が走り、中のものを吐き出しそうになるが、意識と尾は手放してやらない。卵を庇いながらも必死でしがみつく。尾が薙ぎ払われた瞬間に手を放し、横向きのターザンロープの要領で投げ飛ばされる。丁度入り口付近に着地して、そのまま部屋の外へと走る。
入り口から出たところで、僕の真上の壁に何かがぶつかった。衝撃で壁が崩れ、僕をめがけて落ちてくる。声をあげる暇もなく、落ちてきた岩を躱して前を向いた僕は、試験合格の望みが打ち砕かれたような気分になった。元来た道を、ハガネールが塞いでいたのだ。ハガネールは僕を睨みながら、威嚇の咆哮を上げる。
前にはハガネール、後ろには崩れた岩の壁。逃げ場がないと諦めかけた時だった。僕の耳に、鉱山の中では聞こえないはずの音が微かに聞こえた。波の音だ。丁度右の方向に出口がある。それも、すぐ近くだ。
僕は卵を抱えたまま、ハガネールを手招きした。挑発に乗ったハガネールが、とぐろを巻いてバネのように縮まる。ロケット頭突き。方向を定めて力をため込んだ後、勢いよく飛びかかる大技だ。だが、一度定めた照準は変えることができない。僕はハガネールの動きを見ながら、発射のタイミングを計る。
ハガネールが地を蹴り飛び出した瞬間、僕は迷わず右に走り始めた。背後で、先ほどとは比べ物にならない大きな音が響いた。その衝撃で小規模の地震が起こる。倒れないようにバランスをとりながら、僕は出口を目指して走る。外の明かりが見えた。もう少し、あと少しで――――