結末と誕生
その出口は初めに入った入り口の裏側の崖にあった。見上げるとゲンの小屋があり、鉱山を出たところから段差を降りれば、鋼鉄島に来た時に船を降りた場所だった。もうクタクタだった。それでも、卵をゲンのところに届けるまでが試験だ。
気を引き締めたまま段差を降りていこうとしたところで、鉱山の中から何かが近付いてくる音がした。それも、とてつもない勢いで。
出口から、巨大な鋼の塊が飛び出した。僕を追いかけてきたハガネールだ。狭い場所だと分かっていたようで、滑るように出てきたハガネールが崖から落ちることはなかった。
ハガネールは僕を見つけると、頭から僕の方へ突っ込んで――――
「ストップ」
僕は卵を掲げてハガネールを制した。本当なら愚かな行為だろう。そのままハガネールが突っ込んできたら、卵は壊され、僕は弾き飛ばされて海へまっさかさまだったはずだ。だが、そうはならなかった。急ブレーキをかけて鋼の巨体が止まる。守っていたものを盾に取られては、うかつに攻撃ができないのだろう。恨めしそうに僕を見るハガネールに、僕は問うた。
「これは君の卵?」
ハガネールは僕の言葉を理解しているのか、首を横に振った。
「じゃあ、何でこの卵を守っていたんだい?」
尋ねる僕に、何かを伝えようとハガネールは唸る。しかし、僕には何を言っているのかさっぱりだった。僕が困った顔をしていると、
「私が頼んだんだよ」
頭上から聞き覚えのある声がした。見上げると、ゲンとルカリオがこちらを見下ろしていた。一人と一匹はそこから飛び降りて、僕とハガネールの間に着地した。
「ゲンさんが?このポケモンは、鉱山の主なのではないですか?」
「当たりだよ。そして、私にとっては修業仲間といったところかな」
ゲンがハガネールに近付くと、ハガネールは大きな頭を下げ、ゲンにお辞儀をするような格好を取った。それまで保っていた緊張の糸が切れて、僕はその場にへたり込んだ。ルカリオが「大丈夫?」とでもいうように、僕に手を差し出した。「ありがとう」と言って、僕はその手を掴んで立ち上がった。
「君には最後に相手をしてもらいたくて、この日までは手を出さないように言っておいたんだ」
「だから今まで会うことがなかったんですね」
「以前修業した男の子が、いきなりこのハガネールに出会って、こっぴどくやられたからね」
ハガネールは申し訳なさそうに苦笑いをした。僕はハガネールの傍に寄って、
「とてもいい修業になったよ。ありがとう」
と言って、ハガネールの頭を撫でた。金属でできているはずの体は、血が通っているかのように暖かかった。ハガネールは照れ臭そうに笑顔を作った。
「というわけで、君は見事卵を守り抜いた。最終試験は合格だ」
卵を手渡した僕に、ゲンは笑ってそう言った。
「今の君なら、あるいは――――」
ゲンは遠い目ではるか海の向こうを眺めた。新月島のある方向だと一目で分かった。ゲンはゲンなりに、何か思うところがあったのだろう。途切れたその先が気になったけれど、あえて聞かなかった。
ゲンは僕が渡した卵をルカリオに手渡した。ルカリオは、微かに動き始めた卵を大事そうに抱えて見守っている。新しい命が、生まれようとしていた。
ゲンのクルーザーで、僕はミオシティに戻った。
「ゲンさん、ルカリオ、短い間でしたけど、ありがとうございました」
修業を始めた時と同じく、僕は深々と頭を下げた。僕の前にいたのは、相変わらず不思議な笑みを浮かべるゲン、喜びと寂しさが混ざったような顔のルカリオ。そしてもう一匹。卵からかえったばかりのリオル。その瞳は、知らない世界への好奇心に輝いていた。
「また何かあったら、連絡してくれ」
別れ際に、ゲンとポケギアの番号を交換した。ゲンはクルーザーで鋼鉄島へと戻っていった。船のデッキから、ルカリオに抱きかかえられたリオルが手を振っていた。僕も、船が見えなくなるまで手を振り続けた。
日が傾き暗くなり始めた空に、一つ、また一つと星が浮かび始める。その中で、見えるか見えないか分からないくらい細い月が、弱弱しくも優しい光を放っていた。