ぬいぐるみ - 本編
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ぬいぐるみ




 私はおもちゃ売り場を歩いていた。
 何故こんな場所を歩いているのか、私にもよく分からなかった。
 何かを買うあてはなかった。
 自分のために何かを買おうとは思わなかったし、何かを買ってあげる誰かもいなかった。
 それなのに、私は何故かここにいる。
 何かに引き寄せられるように、このおもちゃ売り場を歩いている。

 壁際の商品棚には、いくつものぬいぐるみが並べて置いてあった。
「ポケットモンスター」縮めて「ポケモン」。
 この世界のいたるところに生息する生き物を模したぬいぐるみだった。
 実際の大きさに合わせて作られたものから、小さめに作られたもの、大きめに作られたものまで、さまざまな種類のぬいぐるみがそこにはあった。
 同じ種類のものは当然のごとくひとまとめになっていて、狭苦しいスペースに無造作に並べてあった。

 私はこの光景を見るのがあまり好きではなかった。
 ぬいぐるみが嫌いなのかと言われれば、そんなことはないのだと答える。
 嫌いなのではない。
 ぬいぐるみを見ていると、何故だか泣きたいような気分になるのだ。
 おもちゃ売り場に並べられた、本当にこんなに売れるのかどうかも分からない大量のぬいぐるみを見ていると、無性に悲しい気持ちになるのだ。
 何故なのか、私にもよく分かっていない。



 ただ、心当たりがない訳でもない。



     **********



 あれは、私がまだ小さい頃の話だ。
 私には一つ下の妹がいた。
 ケンカはしょっちゅうしていたが、基本的には仲のいい兄妹だったように思う。
 
 その頃の私の家は、世間から見れば「恵まれていない」とか「貧乏」とか言われるような家で、おもちゃなんて買ってもらえるような余裕はなかった。

 そんな私たちの家にも、一つだけぬいぐるみがあった
 恐竜の足跡みたいな形の赤い目をした、灰色のぬいぐるみだった。
 口のところが、めっきの剥がれかけた金属のチャックになっていた。
 お尻の部分にはとげとげのついた黄色い尻尾がついていた。
 三本の小さな角のある頭の後ろは長い髪のように伸びていた。
 何でも、母の友人の子供が使わなくなったからといって、母に引き取ってくれと頼んだらしい。その頃の私たちにとって、それが唯一の「おもちゃ」だった。
 
 遊ぶ人間が二人いるのに、おもちゃが一つしかないなんて時、どうしても起こりうるのがおもちゃの取り合いである。
 当時の私は「我慢」なんてできる広い心(今も十分に小さいと思うが)など持ち合わせてはいなかった。そのぬいぐるみを巡って妹と何度もケンカをした。
 そのぬいぐるみにとっては、とてつもない迷惑だったのだろうと思う。
 腕を両側から掴まれて引っ張られたり、黄色いとげとげを模した尻尾や頭の後ろの長い部分をもって振り回されたり、ファスナーの口を開けて、おままごとで食べ物として使っていた紙を詰め込んだりしたわけだから、私がぬいぐるみだったら文句の一つも言ってやろうかと思うところだ。
 でも、ぬいぐるみは何も言わなかった。
 作られたものなのだから当然だと思うだろう。
 しかし、当時の私は、ぬいぐるみにも感情があるのではないかと言う幻想を抱いていた。
 いや、当時の私にとっては、幻想ではなく現実だったのかもしれない。
 
 遊び終わったぬいぐるみは、私たち家族が寝室として使っていた和室の隅にある棚の上に置くことになっていた。寂しがりやの妹が、夜寝るときにもぬいぐるみと一緒にいたいと言ったのだが、また私と取り合いになるのだろうと考えた両親が、届かないけれど見える位置にと考えた結果だった。
 当時の私たちには、椅子を使っても手が届かない場所だった。
 当然父親か母親がぬいぐるみをその場所に置くのだが、その時のぬいぐるみの顔が、どこか寂しげに見えたのだ。
 私だけではない。妹も同じように思っていたらしい。
 それがぬいぐるみ欲しさに言ったことなのか、本当にそう思ったのかは、今となっては分からない。だが、夜寝る時までぬいぐるみを欲しなかった私でさえ思ったのだから、本当にそうではないかと思う。
 もっとも、二十年ほど前の心の中まで覚えているわけではないので、心のどこかでぬいぐるみと一緒に眠りたかったと思っていたかもしれないという可能性は否めないのだが。

 さて、長い夜が過ぎ去り朝がやってくると、これまた不思議なことが起こっているのである。
 その頃私たち家族は、同じ部屋に川の字(一本多いが気にしないでいただきたい)に並んで眠っていた。父と母が部屋の両端、その真ん中に妹と私が横になっていた。
 私が目を覚ますと、妹と私の間に、棚の上に置いたはずのぬいぐるみが置いてあったのである。
 こればかりは私がどうにかしてできることではない。
 棚はよじ登ることはできないような造りになっていたし、四人分の布団を敷いてしまえば台を持って来る余裕もない。当時は私よりも妹の方が少しだけ背が高かったのだが、とても届く場所ではない。
 そうなると、疑わしいのは両親であるが、二人とも口をそろえてやっていないと言う。
 夜八時には寝かしつけられていた私たちよりも後にやってくると、既にぬいぐるみは私と妹の間に寝転がっているという。見つけ次第また父か母が棚の上に戻すのだが、朝になるとまた布団の上まで降りてきている。
 大人は嘘をつくのが上手なのだと知っていた。
 それでも、二人が嘘をついているようには思えなかった。
 二人とも本当に驚いているようだった。

 その不思議な現象は毎日のように起こった。
 そのたびに母は気味悪がって、ぬいぐるみを捨ててしまおうかと言い始めたほどだ。
 私も妹もそのぬいぐるみが気に入っていたから、了解するはずもない。
 母がどこぞの胡散臭い祓魔師を呼んできて、そのぬいぐるみにお祓いをしてもらったこともあった。
 父がどこからかガラス張りの戸棚を買ってきて、ぬいぐるみをその中に入れておいたこともあった。
 それでもそのぬいぐるみは、毎朝妹と私の間にいた。
 怨念がこもったぬいぐるみなのではないかと疑われたこともあった。
 でも、実際に私たちの身に何か不幸が起こったわけではなかった。
 そんなぬいぐるみが、妹も私も大好きだったことだけは、確かな事実である。
 
 そのぬいぐるみが、ポケモンかもしれないと言い出したのは父だった。
 父の友人にポケモン学者がいて、家にあるぬいぐるみのことを話したらしい。
 詳しく調べるからと言われて、父は妹と私の反対を聞き流して持って行った。
「少しだけ調べたら返ってくるから」
 そういわれて無理矢理納得させられた。
 渋々頷きながらも、心の中では納得なんてしていなかった。
 妹にとっても私にとっても、そのぬいぐるみは家族同然だったのだから。


 その日の夕方、そのぬいぐるみは父と共に帰って来た。
 ぬいぐるみは、まるで生きているかのように、父の肩に座っていた。
 父の友人曰く、そのぬいぐるみはポケモンだったらしい。
 元々捨てられたぬいぐるみだったものに怨念が宿って、ポケモンとなったという話だった。
 その話を聞いて、ぞっとしたのを覚えている。
 それまであれだけ乱暴に扱ってきたのだ。
 ぬいぐるみに宿った怨念が、いつ私や妹に降りかかるかと思うと、背筋を何か冷たいものが駆け上がっていくような感覚に襲われた。

「どうして動かないの?」
 妹が父に尋ねた。
 何でもない、素朴な疑問だった。
 ポケモンならば動いてもおかしくないはずだ。
 妹の質問に、父は答えなかった。
 答えられなかったと言った方が正しかったのか。
 それとも、答えるべきでないと判断したのか。
 それすらも明かさないまま、
「大事にしてあげなさい」
と言って、父はぬいぐるみを返してくれた。

「どうせなら、動いてほしかったな」
 子供心に言ったのだろう妹の言葉。その言葉に父の顔が青ざめていった。
「ぬいぐるみはぬいぐるみだろう。動こうが動くまいが関係ない」
 吐き捨てるように言って、父親は大股で部屋を後にした。

 父が出ていった後、妹の抱くぬいぐるみに、
「怒ってない?」
と私は呟いた。
 ぬいぐるみは何も言わなかった。
 たとえ何かを言ったとしても、ポケモンの言葉を理解できる自信は無かった。
 ぬいぐるみは何の反応も示さなかった。
 少なくとも、私たちが見ている間は。
 ただ、ぬいぐるみの浮かべていた表情が、ほんの少しだけ柔らかくなったような気がした。

 やがて、私が小学校に入学すると、私がぬいぐるみで遊ぶ時間はめっきり減った。
 それでもまだ、妹が一緒に遊んでいたからよかったのかもしれない。
 妹まで小学校に行くようになると、日中そのぬいぐるみはひとりぼっちで私たちの家で待っていた。
 一度妹が学校に連れていったことがあったのだが、先生に見つかって取り上げられてしまった。
妹と私で泣く泣く頼みに行って、その日のうちに返してもらったのだが、二度と学校に持ってこないようにときつく釘を刺された。

 それ以来、妹も私もそのぬいぐるみで遊ぶ機会がほとんどなくなった。
 学校に行き始めてすぐの頃は、休日に持ち出して遊ぶこともあった。
 だが、悲しいかな。人間は成長と共に扱うものが変わっていくのが性らしい。
 私のクラスメイト達の中に、ぬいぐるみで遊んでいる人なんて誰もいなかった。
 みんな、スクリーンが二つある携帯ゲーム機やリモコンを使って遊ぶテレビゲーム、ボタンのない携帯電話なんかで遊んでいるらしく、そんなものを持っていない私はみんなの話について行くことができなかった。
 周りのみんなが持っていて自分だけが持っていないという状況に置かれた時、自分も周りと同じものが欲しいと思う。
 くだらない“無いものねだり”の精神が、知らぬ間に私をぬいぐるみから遠ざけていた。

 いつしか、私はぬいぐるみに興味を示さなくなっていた。
 今思えば、周りにばかり目移りして、色々な波にすぐに流されていたように思う。(今ですらそうでないとは言えない)
 それでも妹だけは変わらず、ぬいぐるみを勉強机の上に置いて、毎日のように話しかけていた。勉強のこと、運動のこと、友達のこと、ちょっとした愚痴……
 妹の話を聞くぬいぐるみはどこか嬉しそうに見えた。

 そんな気がしただけだ。
 本当にそうだったのかは、私には分からない。

 妹にとって大切なものを、ぬいぐるみの口の中に入れて置いたりもした。
 妹が口のチャックを開くとき、ぬいぐるみは少しだけ嫌そうな顔をしていたように見えた。

 そんなふうに感じただけだ。
 本当にそうだったのかは、私には分からない。

 人の心すらも分からない私に、ぬいぐるみの心情など分かるはずもなかった。
 もしかしたら、自分と一緒にいてくれる人が妹一人になってしまったこと憂いていたのかもしれない。
 今となっては、そんなことを想像してみることしかできなかった。
 後悔したところで、あの頃には戻ることはできない……

「楽しいか?」
 妹がいないときに、私はぬいぐるみに尋ねてみたことがあった。
 ポケモンならば応えてくれ。
そう思ったけれど、ぬいぐるみは例のごとく何も言わないし動かない。
「毎日毎日、×××××(妹の名前だ)の話聞いているだけで、楽しいか?」
 ぬいぐるみは何も言わない。構ってやることがなくなった私を、非難の目で眺めるばかりだ。
「口の中にいろいろ入れられて、嬉しいか?」
 ぬいぐるみは何も言わない。ただただ尋ねるばかりの私を、恨めしそうな表情で眺めるばかりだ。
「そんな表情で見ないでくれよ」
「変わらないものなんて、この世には存在しないのだから」
「遊んでやらなくなったこと、怒っているのか?」
「なあ、答えてくれよ。ポケモンなんだろう?」
 ぬいぐるみは答えない。
 その紅い眼差しの中で、部屋を照らす電球の光が炎のようにゆらゆら揺れる。
 私は馬鹿らしくなって、ぬいぐるみに問い詰めるのをやめた。
 口の中に妹が何を入れているのか気になって、徐にチャックを開けた。
 中には、小さなビー玉みたいな石が入っていた。
 紅いはっぱのような何かが入った、不思議な光を発する石だった。
 石に見とれていると、玄関が開く音がして妹が帰って来た。
 慌てて石を中に戻してチャックを閉じ、ぬいぐるみを元あった場所に置いた。
 私を見つめるぬいぐるみの視線が、じっとりと体にまとわりつくような感覚を覚えた。

 小学校を卒業して、地元の中学校に入学して、卒業して、地元の高校に入学して、卒業して、地元の大学に入学して、卒業して、地元の企業に入社して、淡々と仕事に打ち込む毎日。
 同じ通学履歴を持つ妹も似たようなことをしているのかもしれないが、今は県外に出て働いている。
 そして、当然のようにあのぬいぐるみを下宿に持って行っている。
 私が家にいない間に、勝手に決まってしまったことらしい。
 私は何とも言わなかった。
 今更ぬいぐるみを持っておこうなんて思わなかったし、妹が持っていたいならそれでいいと思っていた。

 両親に加え私と妹が働きに出たことで、家の家計が少しは楽になった。
 両親が定年退職した今でも、私たちが子供の頃よりもはるかに豊かな生活ができていると言っていいだろう。
 
 だが何故だろう。無性に悲しさがこみ上げてくる。
 大した感情も抱かなくなっていたはずのぬいぐるみに、何故だか愛着が湧いてくる。
 そのせいだったのだろうか。
 おもちゃ売り場のぬいぐるみの山を見た時に、泣きたいような気分になったのは。

 ある時、図書館で何気なく読んでいたポケモン関連の本に、こんなことが書いてあった。

 ジュペッタ
 捨てられたぬいぐるみに怨念が宿り、ポケモンになった。
 自分を捨てた子供を探している。

 ここまでは、父の友人の話で聞いた話だ。
だが、ここから先の文章を読んで、私は幼かった頃の自分を呪うことになった。

 口を開けると呪いのエネルギーが逃げていく。

 全身の力が抜けていくようだった。
 ポケモンだったと言われたあのぬいぐるみが私たちの前で動かなかったのは、口のチャックを開けたせいだったのだ。
 これを妹が読んだら、どう思うのだろうと思った。
 妹も私も、ぬいぐるみの口のチャックを開けたのは一度や二度ではない。
 仮に手荒な扱いに対する怨念がたまっていたとしても、口のチャック開いた瞬間に、それまでたまった怨念が逃げてしまったのだろう。
 私たちが眠っている間に、私たちの隣に降りてきたのは単に寂しかったとかそういう理由からかもしれない。
 だが、私たちの見ている所で動かなかった理由が、いつでも動き回れるほど怨念のエネルギーがたまっていなかったからだとしたら。
 そして、そのエネルギーを、動いてほしいと願う私たちが定期的に逃がしていたとしたら。

 その記事には続きがあった。
 
 ジュペッタを連れていたトレーナーが、誤って口のチャックを開けてしまい、ジュペッタが動けなくなってしまったことがあった。
 ジュペッタはポケモン図鑑にも書いてある通り、怨念がぬいぐるみに宿って動き始めたポケモンである。つまり、再びジュペッタに動いてもらおうと思うなら、その身に強い怨念を込めてやらなければならない。
 様々な方法を試した結果、針でジュペッタの体を刺した時に、最も強い怨念のエネルギーが発生した。
 長きにわたる実験の末に溜まった怨念のエネルギーにより、ジュペッタは蘇生。元のトレーナーと共に旅を再開したという。
 なお、ジュペッタもメガ進化をするという報告が上がっている。
 発動条件は――――

 読んでいた本を閉じて、私は長い溜息をついた。
 大好きなポケモンをよみがえらせるために、そのポケモンが嫌がることをしろという。
何という皮肉だろうかと思った。
 父が妹の「なんで動かないの」という問いに答えなかったのは、単にぬいぐるみの怨念が家族に降りかかることを恐れただけなのか、それとも、自分の子供にそんな残酷なことをさせたくなかったからなのか。多分、今聞いても答えてはくれないのだろう。
 仮に、あのぬいぐるみに動いてもらいたいと願ったとして、妹が大切にしているぬいぐるみにそんな仕打ちをすることを許すのだろうか。
 何か別の方法は無いのか……
 ぬいぐるみを傷つけることなく、ぬいぐるみを動かせるだけの強大なエネルギーを得る方法は……

 暗闇に、一瞬だけ閃光が走った。

 図書館を出てすぐに、携帯電話で妹の携帯電話の番号を探して通話ボタンを押した。
 妹はすぐに電話に出てきた。
「あの口の中に入っていた石、まだ入っているか」
 私が尋ねると、妹は
「見たの?」
と恨みがましい声で言って、それからすぐに、
「まだ入ってるよ」
と言った。
 暗い雲に覆われた空が、晴れ渡っていくような気がした。

 妹と、次の休みに会う約束をした。
 詳しいことは伏せておいた。
 ぬいぐるみを連れて来るように言った。
 ぬいぐるみが動くようになるかもしれないとも言っておいた。
 それから、今後口のチャックは開けないように言っておいた。

 約束の日はすぐにやって来た。
 妹は約束通り、ぬいぐるみを連れてきた。
 ぬいぐるみは妹の手提げカバンから顔を出していた。
 動く気配はまるでなかった。
 妹にぬいぐるみが動くことがあったかどうか尋ねたけれど、妹が見る限り一度もなかったという。
 小さい頃のように、眠っている間に場所が変わったりすることすらもなかったらしい。
 妹がぬいぐるみを大事にしていることがよく分かった。
 微笑ましく思いながらも、愛情では動き出さなかったことに少しだけがっかりした。

 私は妹に、小さな石を見せた。
 カロス地方を旅している友人に探してもらった、ビー玉のような石だった。
 顔なじみの装飾品屋に頼んでしつらえてもらった特別製の腕輪にその石をはめ込んで、妹に渡した。
「どうするの、これ」
「腕輪をはめて、心でそのぬいぐるみと繋がっているイメージをしながら、腕輪を掲げて。上手くいけば、また動けるようになると思う」
 ホントに?と言いたげに、妹は私を見た。
 私は真剣な顔で、無言で応えた。
 相変わらず胡散臭そうな顔をしながらも、妹は私の言う通りに、腕輪をつけた腕を空に突き上げた。

 それはほんの一瞬の出来事だった。
 妹の手提げカバンの中にいたぬいぐるみがひとりでに浮き上がり、腕輪にはめられた石に似た殻に包まれたかと思うと、小規模の爆発を起こして殻が割れた。

 殻から出てきたぬいぐるみの姿は、それまでと比べてずいぶんと変わっていた。
 体のいたるところにつぎはぎのようなチャックができて、両腕と又の部分のそれが開いて、ぬいぐるみの目と同じ禍々しい赤色をした手足がむき出しになっている。
 開いたチャックの中から何か瘴気のようなものが漏れ出ているのが、素人目にも分かった。
 少しの間浮き上がっていたぬいぐるみは地面に降り立って、妹の方を見た。
 完全に、自らの意思で動いているように見えた。
 私が話した時には半信半疑だった妹は、驚きと喜びが混じり合った、何とも言い表しがたい顔をしていた。
 ぬいぐるみは妹の胸に飛び込んで、妹はそれを両腕で抱きとめた。
 妹もぬいぐるみも、今まで見た中で一番嬉しそうに見えた。
「よかったな」
 妹の腕の中で何か言いたげな目をして私を見るぬいぐるみの頭を、私はすっかり大きくなった手の平でがしがしと撫でてやった。
 ぬいぐるみはにやにやとした笑みを浮かべたまま、真っ赤な手で私の手を握った。
 ぬいぐるみポケモンだからだろうか、握られた手は暖かかった。
 ゴーストタイプのポケモンだからだろうか、握られた手は暖かかったのに、背筋が冷たくなったような気がした。

 なにはともあれ、妹もぬいぐるみも嬉しそうだったから良しとしよう。
 そう思って、私は妹とぬいぐるみに別れを告げて、その場を後にした。



    **********



 そんなことがあったから、こんな感情に襲われるのだろうか。
 ぬいぐるみを生き物として見る癖がついてしまったから、ペットショップで売れ残ったポケモンを見て哀れに思うように、売れ残ったぬいぐるみを見て悲しい気持ちになるのだろうか。

 商品棚の真ん中、小さい頃の私でも背が届きそうな場所には、子供たちに人気のルカリオやらバシャーモやらのぬいぐるみが置いてある。
 商品棚の隅の方、今の私でも背が届きそうにない場所には、子供たちからはあまり人気のないポケモンのぬいぐるみが置いてある。
 その中に、妹のところにいるぬいぐるみと同じ形のものが並べてあった。「いし」の力で姿を変えた後のものだった。

 悲しげな目でぬいぐるみの山を眺める私を、そのぬいぐるみたちがじっとりとした目で見ている――――そんな気がした。





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■筆者メッセージ
 まずはごめんなさい。ジュペッタが人気がないかどうかは完全に偏見で書いたので、ジュペッタが好きな方にとっては不快な表現だったかもしれません。
 長いこと放っておかれた人形に怨念がたまって動き出す……日本の昔話にもよくある話ですよね。
 人間の心は移ろいやすいというのは仕方がないことであるとはいえ、小さい頃には遊んでいたけれど大きくなって遊ばなくなってしまったおもちゃを見ると、寂しいような、泣きたいような気分になったりする……という実体験から、この物語は生まれました。
 しばらく遊んでいないおもちゃやぬいぐるみなんかがあったら、時々取り出して遊んであげるのもいいかもしれませんね……

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
円山翔 ( 2018/04/14(土) 07:28 )