すきをつらぬいて
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本編
すきをつらぬいて
 天気のいい昼下がりのこと。土の地面が舗装された長方形のバトルフィールドには、あろうことか砂嵐が吹き荒れていた。フィールドもその周囲も土ではあるが、この場所が砂漠のど真ん中にあるというわけではない。無論、ポケモンの成せる業だ。

 その砂嵐の真ん中で、二匹のポケモンが戦っていた。

 一匹は、砂嵐を巻き起こした張本人。がっちりとした体に、険しい岩山のような棘。凶暴な気性むき出しの目に、腹部には甲羅のような青い模様。二メートルを超える薄緑色の巨体は、特撮映画の怪獣を連想させる。
 鎧ポケモン、バンギラス。その二つ名に違わない防御能力と、片腕を動かしただけで地震を起こすほどのパワーを兼ね備えた、悪タイプの中でも屈指の力を持つポケモンである。

 相対するのは、砂嵐の中で素早く動き回る小さな影。ただでさえ視界の悪い中で、その実態をさらすことを嫌うかのように猛スピードで動き回る。

「“ストーンエッジ”!」

 バンギラスの後ろから、低い男の声が指示を出す。指示に従って、バンギラスは地面を思い切り叩いた。地面から尖った岩の柱が何本も現れ、フィールドを埋め尽くす。当たってはいない。それは指示を出す男もバンギラスも分かっていた。
 
 ひゅんと空を裂く音がして、何かがバンギラスに迫る。カッと小さな音がして、バンギラスの胸元に小さな跡ができた。バンギラスは気にすることなく尾を思い切り振りかぶり、周辺一帯を薙ぎ払った。風圧が砂嵐を吹き飛ばす。同時に、何かが何かにぶつかったガツンという音が聞こえた。

 晴れた視界の向こう、岩の柱の根元に、何か小さなポケモンが倒れていた。黄色と黒のストライプ柄の体に、防塵ゴーグルの下から覗く真紅の瞳、両の手と尻にはそれぞれ一本ずつ、太い針が付いている。
 毒蜂ポケモン、スピアー。体の大きさが二倍以上もあるバンギラス相手に勇猛果敢に戦った勇士はキリキリと威嚇の声を上げ、その目にはまだ戦意の色が残っている。だが、岩の柱に叩き付けられた体も宙を舞うための透明で薄い羽も、既にボロボロだった。戦う力はおろか、立ち上がって飛ぶ力すらも、もはや残されていなかった。

「ランス!」

 岩の柱の背後から、悲痛な叫び声とともに一人の女性がスピアーに駆け寄る。緑色の長袖ジャケットに黒の長ズボンを身に着け、前だけに鍔のついた帽子を被り、楕円形の淵なし眼鏡をかけている。首のところにはマフラーのように布が巻かれており、彼女はこれを防塵マスクとして使っていた。ジャケットの胸元には、彼女の首から紐で掛けられた小さな指輪が光っている。

 彼女はスピアーを大事そうに抱えて、バンギラスに鋭い視線を向ける。いや、正確にはその向こう、バンギラスに指示を飛ばしていた人間に向かって。

「俺の勝ちだ、アリー」

 バンギラスに赤い光線が飛ぶ。光に吸い込まれるようにバンギラスが消え、代わりに砂煙の向こうから体格のいい男が現れた。白いシャツの上から水色の薄手の上着を羽織り、紺色のジーンズを穿いた、いたってカジュアルな服装の男だった。

「言われなくても分かっているわ、エール」

 アリーと呼ばれた女は、悔しげに男を睨む。男――エールはその視線を涼しい顔をして受け止める。

「いい加減、他のポケモンで挑んできたらどうなんだ」

「嫌よ」

 アリーはそっぽを向く。いつもそうなのだ。エールの使うバンギラスに、アリーのスピアー、ランスはいつもいつも負かされていた。バンギラスはボールから外に出るだけで、辺り一面に砂嵐を巻き起こす。砂嵐でチクチクと体力が削られる中で、ランスは自慢のスピードで翻弄しようとするのだが、防御力の高いバンギラスに中々決定打を撃ち込めないまま、重い一撃を受けて沈むということが毎度のことのように繰り返された。

 その事実を前にしても自分の信念を曲げようとしないアリーが、エールには理解できなかった。だからこそ尋ねる。

「何でだよ」

「好きだからよ。悪い?」

「好きだからって、お前……」

 エールは心底呆れたように言って、アリーを見る。

「いくら相性がいいだの、お前との関係がどうだの言ってもな。スピアーとバンギラスじゃあ、基本のスペックが違うんだよ」

 エールの言うことは、確かに正しかった。バンギラスとスピアーでは、体の大きさから能力に至るまでほとんどバンギラスの方が上だということは、それまでのバトルで痛いほどよく分かっていた。だが、アリーにも譲れない一線がある。

「確かに、パワーやガードの面では劣るかもしれない。でも、私のランスには、貴方のバンギラスにはないスピードがあるわ」

「数打ちゃ当たるじゃないんだよ。いくら毒針を打ったって、バンギラスの固い皮膚にあんな貧弱な攻撃が通るかよ」

 エールは相変わらず涼しい顔で返す。それでも、アリーはまだ食い下がる。

「通ると信じているから、何度も挑んでいるんじゃない」

「で、実際に今まで通ったことがあったか?」

「通るわよ。通してみせるわ」

 どこからその自信がやってくるのか、エールには分からない。だが、バンギラスとスピアーの優劣の関係がそう簡単に崩れるとは全く考えていないエールは、それ以上このことには言及しようとはしなかった。ただ、

「……好きにしろ。だが、今のままじゃ一生俺には勝てないぜ」

と吐き捨てて、アリーに背を向け去って行く。小さくなっていく背中に向かって、アリーはお腹の底から声を上げた。

「絶対に!ランスと一緒に、あなたのバンギラスに勝って見せるから!」

「できるもんならな」

小さく、そんな声が帰って来た気がした。アリーはランスをぎゅっと抱きしめた。

「どうしたら、強くなれるかな?」

 アリーは、腕の中のランスにそっと呟いた。その目から、一筋の滴が零れ落ちる。ランスはアリーを振り返り、恨めしそうにキリリと鳴いた。アリーははっとしたように涙を拭い、
「いけないいけない、いつまでもくよくよしていたら、いつまで経ってもあいつに勝てないからね」
と、明るい笑顔で言った。



    *



 アリーの家は木の実農家だった。木の実は他の花や木と同じで、水をやるだけでは実がならない。花が咲いた時に受粉の作業が必要になる。アリーの家では、受粉のためにスピアーをたくさん飼っていた。普通はバタフリーやビビヨンなど、人間に危害を加える心配のないポケモンがこの役目を任されることが多い。だが、木の実を狙ってやってくる野生のポケモンを追い払うという点で考えると、気性が荒く、集団でいるところに近寄りがたい印象を受けるスピアーの方が適しているのだ。

 また、スピアーは花の蜜を集めて巣で蜂蜜を作る。このはちみつはこの世界に存在するどんな調味料よりも甘いとされ、また栄養も豊富なので、甘味料としてだけでなく薬としても用いられている。バタフリーやビビヨンは花の蜜を食料とするため、スピアーのように蜜を作ることができないのだ。ミツハニーという選択肢もあったのであろうが、アリーの住んでいる地方には生息していなかったため、スピアーを飼うことになったという。アリーの家では、木の実だけでなくスピアーの作る蜂蜜を売っては、人々に喜ばれていた。

 小さい頃からスピアーに慣れ親しんできたアリーにとって、家にいるスピアーは家族同然だった。どうしたら怒るのか、どうしたら喜んでくれるのか。スピアーについて知らないことはないというくらい、アリーはスピアーが好きだった。

 今のパートナー、ランスと出会ったのも、アリーが小さい頃だった。
ビードルの世話を任されていたアリーが特に仲が良かったのが、今のランスだった。他のビードルと比べて、針というにはもったいないほど立派な角を持っていたのがきっかけで、ランスと名付けたのだ。

 虫ポケモンは他のポケモンと比べて育つのが格段に速い。ランスは見る見るうちに大きくなり、半年もすると蛹のコクーンに、冬を一つ越して次の春には立派なスピアーになっていた。ビードルの頃に負けず劣らず立派な針を持っており、このまま農場で一生を過ごさせるのはもったいないということで、アリーがバトルを教えるようになった。

 始めは仲良しのポケモンを戦わせることに抵抗を持っていたアリーも、ランス自身の闘志に押されて、共に戦うパートナーとなった。ビードルの世話をする中で身につけた、ちょっとした変化も見逃さない観察眼を持つアリーと、並外れたスピードとパワーを持つランス。一人と一匹のコンビは、瞬く間にこの地方の凄腕として名を上げた。それでもアリーは決して驕り高ぶることなく、ランスもアリーと共に強くなるための鍛錬を怠らなかった。

 
 そんな時だった。強いポケモンだけを探して捕まえ、育てて戦わせるエールに出会ったのは。


 アリーが最初にエールと出会った時、エールはケンタロスを連れていた。頭に鋭い二本の角を持つ牛のようなポケモン。物理型のポケモンの中でも、攻撃、防御のバランスに優れ、素早さも兼ね備えた強力な一匹だ。

「お前が、スピアー使いのアリーだろ?勝負しろよ」

 自信ありげにケンタロスを繰り出すエールにも、アリーは真剣に向かい合った。
 
 この時勝ったのはアリーだった。突進してくる直前に三本の尾をビシビシと打ち鳴らす癖と、一直線にしか突進できないというケンタロスの特徴を見抜いたアリーが的確な指示をランスに飛ばし、ランスもその声に応えるように最高の動きを見せた。見事な一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)戦法で毒針を撃ち込み、ケンタロスの動きが鈍くなったところを“とどめバリ”で戦闘不能にした。

 負けたエールはケンタロスに文句を言い続けていた。アリーが「やめなよ」といさめるのも聞かず、ケンタロスをボールに戻してアリーに背を向ける。

「次はもっと強いポケモンを連れて来るからな!」

 別れ際にエールが吐き捨てたこの言葉に、アリーは胸が締め付けられる思いがした。


 アリーが次に会った時、エールはニドキングを連れていた。紫色のごつごつした体を持つ、地面、毒タイプの凶暴なポケモンだ。だが、エールの持っていたポケモンはこのニドキング一匹だった。

「ケンタロスはどうしたの?」

「あいつは弱いから、逃がしたんだよ。強くなるためには、強いポケモンが必要だろ?」

 アリーの問いに、エールはさも当然のように答えた。

 この時も、勝ったのはアリーだった。ニドキングには毒の技が効きにくいためランスも苦戦を強いられたが、最後の最後まで全力で戦って辛くも勝利を収めた。

「くそっ、こいつも駄目なのかよ……」

 エールはいかにも悔しそうに吐き捨てる。

「なんでスピアー如きに、この俺が……」

 さすがのアリーも、この言葉にはカチンときた。

「スピアー如きですって?」

 ランスを抱きかかえたままエールに詰め寄り、真正面から睨みつける。エールは顔を背けて呟く。

「ああ、そうだよ。種族値で言えば、ケンタロスもニドキングも、スピアーより上なんだ。それなのに負けた。俺は弱いポケモンはいらない。俺は勝つためなら、どんな強いポケモンでも手に入れてやる」

 種族値――アリーにとっては耳慣れない言葉だ。だがそれ以前に、アリーにはエールの考えが理解できなかった。一緒に戦うポケモンはパートナーのはずなのに。そのパートナーを、弱いという理由だけで簡単に切り捨ててしまうことが、アリーには信じられなかった。

 だからこそ、負けてはいけないと思った。強いポケモンを捕まえたり、育てたりするだけが、強くなるということではない。好きなポケモンと一緒に頑張れば、強くなれる。それを証明するためにも、負けたポケモンを使い捨てるような奴には絶対に負けてやらないぞと心に誓った。



 そして、その誓いは、エールとの三度目のバトルで破られることになる。



 三度目以降、エールが繰り出してきたのが今のバンギラスだった。
 バンギラスは岩、悪タイプ。毒は効きにくいものの、虫タイプの技は効果抜群だ。普段通り素早い動きで翻弄して、隙をついて攻撃していけば勝てるとアリーは思っていた。そして、そうではなかった。

 バンギラスの皮膚はその辺に転がっている岩よりも固い。その事実を身をもって味わった。ランスの渾身の一撃を受けても小さな傷がつくだけなのだ。あまりの硬さにおろおろしている所を、太い腕で叩き落とされてしまった。

「だから言ったんだ。弱いポケモンじゃ勝てない」

「あなたにとって、ポケモンは戦うための道具でしかないわけ?」

「道具とは人聞きの悪い。俺の相棒には、強い奴しかいらないと言っているんだ」

 悔しくて涙が止まらなかった。エールが背を向けて歩いて行ったことも気付かないほどに、アリーは茫然と、倒れて動かなくなったランスを眺めた。震える足で何とか立ち上がり、ランスの元へと歩く。

 ランスは死んではいなかったが、酷い怪我を負っていた。アリーが抱き上げると、辛うじて首を動かし、悔しそうにキリリと鳴く。

「ランス、強くなろう。強くなって、あいつ思い知らせてやろう」

 涙を流しながらも決意のこもったアリーの言葉に、ランスは右手の針を天に掲げて応えた。



    *



 あれから訓練を重ねて、何度も何度もエールとバンギラスに挑んだ。そのたびに返り討ちにされた。そして、今日もまた。傷だらけのランスを抱えて、アリーはポケモンセンターへ走った。

 看護師にランスを預け、アリーは二階の宿泊施設に向かった。部屋に入るや否や荷物を投げ出し、ベッドに倒れ込む。よほど疲れていたのか、そのままアリーは意識を睡魔に手渡した。

    *

 アリーはどこか分からない広い花畑にいた。目の前を、ランスがアリーに背を向けて飛んでいる。アリーはランスを追う。だが、ランスはアリーに気付いていないかのようにぐんぐんスピードを上げる。

「待って!」

 アリーは叫ぶ。だが、ランスは振り返らない。そのうち、ランスの姿は花畑の向こうに消えてしまう。

「何で?今まで一緒に居たじゃない!私と一緒に居るのが嫌になったの?今まで私がやってきたことは、全部独りよがりだったというの?」

 答えは返ってこない。ランスも返ってこない。それまでため込んでいた感情が、涙となって溢れ出す。

 どこからか、ブーンと虫の羽音が聞こえる。ランスは今何処かへ行ってしまったばかりだというのに。何処だろう。なんだか目の前から聞こえてくる気がする。目の前に広がっているのは、花畑だけのはずなのに。


    *


 アリーが目を開けると、見覚えのあるシルエットが視界に飛び込んできた。ブーンと心地よい羽音を立てながら、透き通った真っ赤な瞳が、心配そうにアリーを見つめている。

「ランス?ランスなの?」

 不安そうに尋ねるアリーに、スピアーのランスはこくりと頷いた。

「よかった……」

 アリーはランスを優しく抱き寄せた。涙はもう出ない。夢の中で十分に泣いたからだろう。ランスも針が当たらないように、主人の体温を確かめるようにアリー縋り付く。

 ふと視線を投げかければ、ランスの首元で、小さな丸い石が虹色の光を発している。その光に呼応するかのように、アリーの胸元の指輪が同じ色の光を放つ。二つの光は糸のように繋がり、やがて消えた。

「今の、何?」

 アリーには、何が起こったのかがいまいちよく分からなかった。



 ただ、心のどこかでランスと繋がったことを除いて。



「何処で見つけてきたの?この石」

 ランスが持っている見覚えのない石のことをアリーが尋ねた時。部屋の外でバタバタと騒がしい足音が聞こえたかと思うと、昨日アリーがランスを預けた看護師が、血相を変えて飛び込んできた。

「申し訳ありません!治療が終わって眠っていたはずのあなたのスピアーが、朝になってどこにも見当たらなくて……えっ?」

 看護師の目が、アリーとランスを行き来する。それから、

「あなたのところに戻っていたのですね。よかった……」

と言って、ほっと息を付いた。

「ランス、もしかして、これを探しに行っていたの?」

 看護師が部屋を出ていった後、ランスの持つ石を指さしてアリーは尋ねる。ランスはキリキリと鳴いて、自慢げに胸を張った。



    *



「また懲りずに挑んでくるのか」

 目の前に立ちふさがった人間に向かって、エールはうんざりしたように呟く。右手には赤と白のボール。中では緑色の怪獣が、戦いの衝動に駆られて蠢いている。

「あなたのバンギラスにランスが勝つまではね」
 
 アリーは認めたくない宿敵を見据える。首から下げた指輪を左手でしっかりと握り、右手で相棒の入ったボールを構える。

「いいだろう。受けてやるよ。バンギラス!」

 エールは不敵な笑みを浮かべてモンスターボールを投げる。現れたのは当然のごとくバンギラス。その瞬間から、砂嵐が舞い始める。

「さぁ、そっちも出して来な」

 挑発的にエールが言う。砂嵐で遮られた視界の向こうでポンと音がして、何かが飛び出した。相手は分かっている。だが、エールにもバンギラスにも、アリーのボールから飛び出した相手が見えない。バンギラスは相手を探してきょろきょろと見回すが、一向に見つかる様子はない。いくら砂嵐によるダメージを受けないとはいえ、視界が悪くて困るのはバンギラスも同じだ。見かねたエールが、バンギラスの背後から指示を飛ばす。

「バンギラス、“瓦割り”だ!視界を開け!」

 声に反応したバンギラスが、目の前の空間を切り裂くように腕を振り下ろす。風圧だけで、ほんの一瞬だけではあるが砂嵐が晴れる。

 刹那、バンギラスの目に鮮烈な黄色と黒の横縞が映る。バンギラスが衝撃を感じた時には、バンギラスの胸元に何かに穿たれたような跡が付いていた。強靭な皮膚を持つバンギラスにとっては痛みさえ感じないほどに小さく軽い一撃であったが、その傷をつけた相手はと言えば、吹き荒れる砂嵐の中にまた姿を隠してしまう。

「“ストーンエッジ”!動ける範囲を制限するんだ!当たればなお良し!」
 
 エールの声が響く。バンギラスが地面を叩くと、平らだった地面からいくつもの鋭い岩が飛び出し、バンギラスの背丈ほどの高さまでそびえ立つ。小さな相手を刺し貫くことはなかったものの、これでバンギラスまでの道は制限された。

 バンギラスは姿を見せない相手が現れるまでじっと待った。先ほどのように強引に視界を開くことはしない。バンギラスの腕力では、せっかく相手の動きを制限するために張った岩の柱を壊してしまう。

 だが、待てど暮らせど相手は一向に現れない。痺れを切らしかけたバンギラスは、フィールドに渦巻く砂嵐の中に何か光るものを見た。トトトトッと、バンギラスの左腕に何かが刺さる。小さな針だ。それも、大量に飛んできたうちのいくつかだけらしい。バンギラスの足元には、既に何十という小さな針が転がっている。地に落ちた針は皆、バンギラスの皮膚が弾き返したものだった。いくら砂嵐の勢いに乗せて毒針を撃ち込んだところで、深く刺さらなければ対して効果はない。針が突き刺さった場所も、少ししびれが感じられるか感じられないか程度で、バンギラスの動きに大きな変化は見られない。

 バンギラスの右目の端で、またしても何かが光る。いくら効果が薄いとはいえ、何度も食らってやるほど馬鹿ではないといったように、バンギラスは右腕を思い切り払って、


 ガッ


 胸元にまた衝撃を感じた。先ほど穿たれた跡が、少し大きくなっている。すかさず左腕を振るえば、空振りの手ごたえと共に、ガラガラと音を立てて岩の柱が崩れ去る。風圧で晴れた視界の先に、砂嵐の中でさえよく隠せたなと思うほどに、鮮やかな黄色と黒のストライプが一瞬だけ見えた。

「バンギラス!もう一度“ストーンエッジ”!」

 油断ないエールの声が、砂嵐の中でもかき消されることなく響く。バンギラスはもう一度岩の柱を出現させた。今度は先ほどよりも太く、鋭く、数も多い。相手の動ける範囲は最初と比べてもかなり制限されたはずだ。それなのに。


 シュカカカカッ


 何かがまた突き刺さる。今度は、バンギラスの手の届かない背中、棘と棘の谷間に正確に毒針が撃ち込まれている。

 いつの間に、とバンギラスが振り向くや否や、また胸元に衝撃。これで三度目。正確無比な一撃が、全く同じ場所を穿っている。

 元々あまり素早くはないバンギラスの動きが、更に鈍くなる。背中に刺さった毒針のせいか?いや、それだけではない。それまで何ともないと思っていた胸元の傷が、今になってじくじくと痛み始めたのだ。

「どうした、バンギラス?」

 エールはここにきて、初めて焦りを見せた。アリーのスピアー相手に、バンギラスがここまで追い詰められるとは夢にも思っていなかったのだ。

「岩タイプに毒の攻撃は効きにくい。確かにそうね」

 砂嵐の向こうから、アリーの声が届いた。少しくぐもって聞こえるのは、彼女が防塵用の布を口元に巻いているからだ。

「でも、バンギラスにだって血は通っている。そこまで毒針を通せれば、毒状態になることだってあるの」

 アリーの言葉通り、バンギラスの顔色が、徐々に悪くなっていく。

「くっ……だが、体力が尽きる前に倒せば問題は無い!」

 エールは左腕の袖をまくる。袖の下から、虹色に輝く丸い石がはめ込まれたブレスレットがのぞく。エールは躊躇なく右手の指で石を抑え、左腕を空に突き上げた。
 バンギラスが眩い光に包まれたかと思うと、その姿が変化していく。頭の角は一段と長く伸び、背の棘は両腕の方に広がって、腕と共にその太さを増す。そして、ランスが穿った胸板は、一段と分厚いものに塗り替えられる。
メガバンギラス。バンギラスが更なる力を得た姿。光を破ってその全身が現れた時、砂嵐が一段と強くなった。

「これで、あんたのスピアーがやってきたことは無駄になった。元の姿よりも、こいつは固いぜ」
 エールは不敵な笑みをアリーに向けた。アリーはというと、緊張感を保ったまま、余裕のある表情を崩そうとしない。

「無駄になった?そんなことはないわ。ランス!」

 アリーの掛け声で、砂嵐の中から虹色の光と共にランスが飛び出す。両手と尻の針は、その名前にふさわしい槍のように。それまではなかった両足にも槍のような針が。ゴーグルの下で輝く大きい真っ赤な目はその鋭さを増し、羽は砂嵐に打たれてもびくともしない。その姿がそれまでとは違うことに、エールは驚きを隠そうともしなかった。

「お前、メガ進化ができるようになったのか!」

「お互い様でしょ。先に使ったのはそっちなんだから」

 アリーとランスを繋ぐ、強い絆。それが形となって、ランスに更なる力を与える。

「“高速移動”!“影分身”!」

 アリーの声が響く。ランスの姿が、エールとバンギラスの目の前から消える。かと思えば、あちらこちらに鮮烈な黄色が見え隠れする。残像を残すほどに高速で動き回るランスの本体を、バンギラスは捉えることができない。

シュドドドッ

 バンギラスの背中に、またしても衝撃が走る。先ほどまでとは比べ物にならないくらい、太く鋭い毒針が、無防備な背中に何本も突き刺さっていた。
バンギラスは、今度は振り返ろうとしない。振り返ってしまえば、また本命の一撃が来ると判断した結果だ。だが、一向に黄色がはっきりと視界に映らない。

「落ち着け、バンギラス。一撃でも当てればお前の勝ちだ」

 エールは力の限り叫んだ。その声に呼応するように、バンギラスは高らかに吠える。空気がびりびりと震え、砂嵐が更に強くなる。一瞬だけ、黄色い残像がぶれる。

「そこだ!真正面のブレのない奴!」

 エールの指示を受けたバンギラスの拳が、黄色い影の一つに迫る。拳圧がスクリューのように渦を巻いて、風に舞う砂を巻き込んでいく。同時に、空中に存在したすべての残像が、一斉にバンギラスに迫る。

 ドガッ

 鈍い音がして、大地が揺れた。砂を巻き上げていた風が止み、砂嵐の代わりに砂煙が視界を覆った。

 濛々と立ち上る砂煙の向こうに、二つの影が見えた。一つは、柱のようにそびえ立つ六つの棘。もう一つは、砂煙を払いながら羽ばたく蜂のシルエット。

「なっ、まさか……」

 砂煙が完全に晴れた時、エールのバンギラスは地面にうつ伏せに倒れていた。その向こう側で、アリーのスピアー、ランスは、右手の槍を誇らしげに天高く掲げていた。


 バトルの後とは思えない穏やかな表情で、アリーはエールに歩み寄った。鞄から元気の欠片と毒消しを取り出し、バンギラスに使っていく。

「何してんだよ、人のポケモンに」

 むすっとした顔のエールの問いに、アリーは真剣な顔で答えた。

「アフィナラキシーショックでも起こしていたら大変だからさ」

「アフィナ……何だって?」

「アフィナラキシーショック。初めに打ち込んだ毒に対する免疫が作られている所に、もう一度同じ毒を撃ち込んだら、免疫が急激に反応して……」

「あー、難しい説明はいいわ。どうせ俺には分かんねぇし」

 エールは頭をボリボリと掻く。負けたのが悔しいのか、倒れた相手のポケモンを心配するアリーの優しさがくすぐったいのか、エール自身もよく分からなかった。

「宣言通り、貫いたよ。私」

バンギラスの治療を終えて立ち上がり、今回のバトルの立役者、ランスを腕に抱きかかえて、アリーは胸を張って誇らしげに言った。

「私の‟好き”を貫いて、あなたに勝ったわ」

「俺の‟隙”の間違いじゃないのか?」

「どっちもだよ。これで証明できたよね。好きなポケモンと一緒に頑張れば、強くなれるって」

「けっ、俺には分かんねぇや」

 そっぽを向くエールの正面に回り込んで、アリーは諭すように言った。

「エールにもあるんじゃない?好きなポケモンと一緒に頂点を目指した時が」

 エールの脳裏に、かつての相棒の姿が過ぎる。すました顔をした、背の低い緑色のトカゲのようなポケモン。旅を始める時にエールが貰った、初めての相棒。単純に強さばかりを追い求めて、弱点が多いからという理由でいつしか手持ちから外れてしまい、今どうしているのかも分からない。

「……あいつと、もう一度やり直せるかな……」

 エールは空を見上げてそっと呟いた。アリーには聞こえないように、こっそりと。





    ***





 よくよく考えれば、この世の中は理不尽にできている。強い者が勝ち、弱い者は負ける。当たり前のようなことでありながら、その事実は、バトルから人間の大切な感情を奪い去っているように思える。





 ――本当に好きなものを貫く心を

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■筆者メッセージ
 移り気な筆者です。
 バトルガチ勢の皆さんを完全に否定することはできません。強いポケモンを狙って出して、全力でバトルに勝ちに行くのも一つの楽しみ方です。でも、好きなポケモンたちを手持ちにバトルに挑むのも一つの楽しみ方ではないかと僕は考えています。
いろいろな楽しみ方があっていいと思います。ゲームではできないことを小説でやる。これが、私なりの楽しみ方だったりします。
 ちなみに、私自身は好きなものを貫いているかと言えばそうでもありません。某カードゲームではいろいろなデッキに手を出し、好きなものやことやキャラクターなんかもコロコロ変わっています。私自身が移り気なせいです。私も人のことを言えたものではないですね。
 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
円山翔 ( 2018/04/08(日) 10:32 )