カフェ:アジュール・ソレイユ
カロス各地に広がる謎の病気については、まだ治療法が発見されていない。昨日の記者会見でポケモンセンターカロス支部医師団の代表によれば、『最善の努力をしているが、まったく解決の糸口が未だにつかめそうにない。今後も研究を重ね、この病気についての何らかの情報が見つかり次第、随時報告していくつもりだ』と述べており、今後のポケモンセンターの対応が注目されることとなった。しかし、セキタイタウンやメイスイタウンなどのポケモンセンターはすでにベッドの空きが無いという情報もあり、これの影響で多くのポケモンがポケモンセンターに行っても受け入れられないという................................
『マスター!マスター!!』
美しく、ほのかに甘いような声で、ふと我に返った。
『お客さん来たよ!
ちゃんと仕事してよ!!』
その声を求めて視線を動かす。
自分の座っている椅子のすぐ下、店の長めのカウンターに、一匹の小柄なエーフィが自分を青色と金色の目で見つめている。
看板エーフィのソレイユだ。
「ああ、お客さんですか。つい読みふけってしまいました」
茶色い髪の毛は耳までとどくくらい長く、大きな目が特徴的。はっきり言えば童顔で、高校生っぽい。男っぽさはあまりなく、髪の毛の影響で女に間違えるかもしれない。
そんなマスターを見上げるソレイユは、そのエーフィにしては一回り小さい体でカウンターの上にひょいと登り、念力で白いカップを棚から取り出した。
『もう、集中力があるのは良いけど、ありすぎるのも困りものね』
ため息をついて、ソレイユが尻尾をくねらせた。
マスターは苦笑しながら新聞をたたみ、自分のポジションであるカウンターの内側に立った。
決して広いとは言えないが、それなりの範囲がある店内。
真っ白い壁に、木製の棚や、ちょっとした黒い椅子とテーブル、大きなガラス窓から見えるのは、レストラン:ニ・ニューやカフェ:かわいがりなどが並ぶオトンヌアベニューの光景だ。
平日の午前中はあまり来客は無いが、午後は下校中の学生や、旅のトレーナー達でにぎわいを見せる。
マスターは静かな午前中の店内を見回し、カウンターの席の一番端に一人の若い女性がいるのを見つけた。
ピンク色に染められている髪は長く伸ばされ、服装はカジュアルな感じ。しかし、顔色はあまり良くなく、ひどく疲れているというのがよくわかる。
「おはようございます」
マスターは丁寧にあいさつをし、笑顔を向けた。
「あ...おはようございます...」
女性が疲弊した声で返した。
「ポケセンの夜勤明けは辛そうですね」
「...やっぱり私がジョーイってわかる?なんか変な病気が流行ってるでしょ?ぜんぜん寝てないの...」
「伝染病ですよね。原因不明の...あ、ご注文は何にします?」
「えーと、コーヒー...」
「夜勤明けにコーヒーはあまりお勧めしませんね。コーヒーに含まれるカフェインは興奮作用がありますから。代わりにハーブティーはどうでしょう?タイムは大昔から飲まれていて、安眠にも良いと言われてますよ」
「物知りね...知らなかったわ。じゃあ、ハーブティーにしようかな」
「かしこまりました」
頭を軽く下げて、マスターは早速準備に取り掛かった。
乾燥したタイムを小さく、透明なティーポットに少量入れ、その中に熱湯を注ぐ。
そして、素早く蓋を閉める。
タイムの成分が溶け出すのを待つ間に、ソレイユが店の奥から皿とティーカップを持ってきた。さっきとりだしていたカップを洗っていたのだろう。
マスターはそれを受け取り、微かに黄色く色づいたティーポットを持ち上げ、ティーカップにタイムティーを注いだ。
「お待たせしました」
濃いブラウンのカウンターの上に、中が綺麗な薄黄色に染まったティーカップが置かれた。
「いただきます」
そう言って女性はティーカップを持ち上げ、口に付けて傾けた。
しばらく沈黙が店内を包んでいたが、やがてティーカップを皿に乗せる音が響き、女性が軽くため息をついた。
「...落ち着いた香りと味ね。ちょっと気が楽になったかな...」
「そうですか...よかった」
マスターがにっこりとほほ笑んだ。
何の混じりもない、素直な笑顔。
「あの...お代はいくらですか?」
「いいですよ、このくらい。喜んでいただけるのが、一番の報酬ですから。それに、早く休まれた方が良いですよ。不眠は健康を害しますからね」
「え...あ、ありがとう。じゃ、じゃあ、帰って休むことにするわ」
その笑顔に戸惑うように、彼女は店を出て行き、ミアレの喧騒へと消えていった。
ソレイユはその光景を見ながらカウンターを伝っていき、マスターの横にちょこんと座って不機嫌そうに言った。
『また無料でお客さん帰しちゃって... 決して収入は多いわけじゃないんだから、ちゃんとお代は貰ってよね』
ソレイユの青い瞳がマスターを見つめている。
「いいんですよ。ここの家賃とソレイユの世話代くらいは払えますから」
『はぁ...親切は良いけど親切のしすぎは身を滅ぼすわよ?』
「分かってますって」
本当に分かってるのかしら...
不安げな表情を浮かべつつ、ソレイユが空になったティーカップを片づけるために念力で浮かせる。
「ああ、やりますよ」
『いいよ、これくらい。私にも仕事をやらせて』
浮いたティーカップをマスターが取ろうとしたが、ソレイユはひょいとそれをさらに高く持ち上げて、店の奥へと歩んでいった。
「ふふ、今日も平和ですね」
しばらくマスターはその後ろ姿を見ていたが、そう呟いてすぐに布巾を棚から取り出し、さっきまでティーカップが置かれていたところを拭き始めた。
今日も、カフェ:アジュール・ソレイユは開店中