フレンドリィショップ
「ハシモトセンパーイ!!」
通勤ラッシュが過ぎ、客足も減ってくる午前中ごろ。
ミアレシティの一角にあるポケモンセンターのフレンドリィショップのコーナーは、ついさっきの通勤、通学中の客が消えて、店内に流れている『恋のスカイアローブリッジ』に耳を傾けられる余裕があるくらい平和だった。
レジにボーっと突っ立っていたハシモト セイヤは、唐突に呼ばれてハッとして振り向いた。
「商品の在庫が無いんスけど」
青色のフレンドリィショップの制服には似合わない茶髪が、こっちを見上げている。
セイヤと同じ大学に通っている後輩だった。
「在庫が無い?倉庫とか、念入りに調べたのか?」
「当たり前じゃないッスか。隅から隅まで調べましたよ」
不服そうに茶髪が口を尖らせた。
「そうか...」
セイヤはしばらく考え込むような仕草をしていたが、やがて「お前、レジ頼むわ。ちょっと確認してくる」と言ってレジを離れた。
「え?今FFの作業中なんスけど」
「品出ししてる新人のやつにでも見張らせとけよ。俺は行くからな」
「ちょ、ちょっとセンパイ...」
無理やりその後輩にレジを任せ、セイヤは店の事務所のドアを開けた。
品物を置く棚の裏にある、従業員の私物やたたまれた段ボール箱が置かれている事務所に足を踏み入れる。
廃棄される商品が投げ込まれた箱の横には薄汚れた机が収まっていて、監視カメラ用の小さなモニターが店内の様子を映し出している。事務所というより物置だろう。
倒れた段ボールを元のように立てかけつつ、鍵を開けて倉庫の中に入った。
中には、いくつかの段ボールが積まれている。無論、こちらはたたまれてはいない。
周りには同じような段ボールが数個、薄暗い中に不気味に転がっていた。
「別に無くなってはいないがな...」
後輩は、おそらくいつも通りの量が『無い』と言いたかったのだろう。
ひとりごちつつセイヤはスイッチを弄り、押した。
数回の点滅の後、部屋全体が白く色付く。
眩しさに目を細めながら、ようやくセイヤはいつもとは違う違和感に気付いた。
きっちりと並んで積まれている段ボールの山の標高が、目で見て分かるくらい低いのだ。
「なるほど、少ないか...な」
しかし、別に異常に減っているというわけでもない。
少し在庫のチェック漏れがあり、届けられるはずのものが届いていない、ということはしょっちゅうあるし、それはアルバイトでしかないセイヤが気にすることでもない。
すべては店長の管理である。新商品を大量に仕入れるために、倉庫を開けているのかもしれない。あるいは、
本社の方からの命令なのかもしれない。
その命令が何なのかは、知る由もないが。
セイヤは一人納得して倉庫の鍵を閉め、鍵をさっきの事務所の灰色デスクの上に置き、レジの方へ向かった。
「無かったっスよね」
「ああ、いつもより少なかったな」
レジに戻るなり後輩が同意を求めるように聞いてきたのを流し、セイヤは清掃用具を取って店内の床を掃除し始めた。
「センパイいいんっスか?店長に報告しないと...」
後輩が慌てて呼びとめた。
セイヤは気にせずに清掃を続けた。
「店長だって流石に気付くだろ。てか、管理してんのは店長だから、別に知らせる必要もないじゃん。それより、今度サークルで飲みに行くけど一緒に行くか?」
「マジすか!?センパイ超気前いいっスね」
「出来るだけ人を連れてこいって言われてんだ。お前のロトムも連れてったらどうだ?」
「うぃっす!そうします!」
やれやれ、一昔前のヤンキーみたいな口調だな。
セイヤは後輩に対して、少し呆れを感じながら清掃を続けた。
そういえば、最近フレンドリィショップでの在庫不足が少し話題になっていると聞いたことがあるような気がする。
品物を運ぶ運送会社側でトラブってるとか、そんなニュースも流れていたのを聞いた気もするが...
どうでもいいか、と頭に横切った記憶を消して、セイヤは持っている物をモップから雑巾に変えた。