サンギ牧場にて
牧場に入るとメイ達の方に歩いてくる影があった。
「あ、ヒュウ兄ちゃん!」
「メイ!おまえもこの牧場に鍛えに来たのかッ!感心だな!」
ヒュウはモンスターボールを取りだし構える。
「バトルしようぜ!おまえのポケモンがどれだけ強くなったかみてやるよ!」
「うん!そうだね、いいよ!」
「ハハハ、おまえもトレーナーらしくなってきたなッ!じゃあ行くぜ、ミジュマル!」
メイとヒュウは互いのポケモンを繰り出す。先に動いたのはミジュマルだった。ジンジャーは体当たりを受けたが地面に足を踏みしめ、体勢を崩さないまま反撃に出る。
「ジンジャー、しっぽをふる!」
「ミジュマル、油断するな!たいあたりで攻めきれ!」
「残念でした!防御力、下げちゃったもんね。体当たりよ!」
受けるダメージが増え、ミジュマルはジンジャーの体当たりの威力によろめく。
「それくらいのダメージ、お前なら大丈夫だろ、ミジュマル!負けるな!」
ヒュウの応援の声に、押されていたミジュマルは勢いを取り戻し、ジンジャーに飛びかかった。
「ジンジャー、後少しよ!頑張って!」
ジンジャーも負けじと鼻息を荒くし、力いっぱいの体当たりを繰り出す。譲らない両者。息は上がり、体力が削られている事が見て取れる。
「たいあたり合戦も飽きてきただろ…行くぜ、ミジュマル、水鉄砲だ!」
ミジュマルの口から水が吐き出され、ジンジャーにそれが直撃した。決して勢いがいいとは言えない水流。しかし水に当たったポカブは弱り、あっという間に倒れてしまった。
「そんな…ジンジャー!ねえジンジャー、大丈夫!?」
「そいつはポカブの弱点、水タイプの技だ」
「そんな…負けちゃった…」
「気を落とすなメイ!あの時よりだいぶ技の指示の出し方もうまくなったし、ポケモンとの息もすごくあってたぜ!おまえも成長してるッ!」
「ヒュウ兄ちゃん…」
明るさを少し取り戻すメイ。その時メイはヒュウを探していた本当の用事を思い出した。
「あ、そうだこれ!タウンマップ渡してくれって頼まれていたんだ!」
メイは預かっていたタウンマップを取りだし、ヒュウに手渡した。
「これ、オレの家にあった…って事はあいつか。全く、妹のくせに…ありがとうな、メイ!早速オレの役に立ったなッ!ところで、そいつは…」
ヒュウは二人のバトルの傍ら、すっかり空気になっていたキョウヘイに気付く。
「あ、僕は…」
「ヒュウ兄ちゃん、この人、キョウヘイって言うんだよ!記者さんなんだって。キョウヘイ、この人はヒュウって言うの。ポケモンの事いろいろ知ってるしバトルも強いからいろいろ教えてもらったら?」
「ふーん、キョウヘイっていうのか…」
少し警戒心を含んだ視線でヒュウがキョウヘイを見つめる。そんな視線に負けじとキョウヘイが挨拶をしようとしたその時
「おや、なんかにぎやかーと思ったらポケモンバトルしてたのか」
牧場の入口の方からひと組の男女とハーデリアがやってきた。
「…だれ?」
「あ、ぼくたち、この牧場のオーナーだよー。キミ達バトルしてたのか。じゃあ傷を治してあげないとね。はい、これ傷薬。キミにも、それからキミにも」
「ありがとうオーナーさん!」
「ありがとうございます」
「ところでどこに行ったんだろうね、僕たちのハーデリア。普段は二匹で遊んでいるのに片方いなくなっちゃってちょっと心配だよー。きっとどこかで遊んでると思うけど」
「…なんだそれ」
メイは思わずヒュウを見る。ヒュウの声には普段メイに見せる事のない怒気が含まれていた。
「なんでそんなにのんきなんだ?あんたら、本当に自分のポケモンが心配なのかよッ!…探しに行くぜ、メイ!…キョウヘイとか言ったな。お前も手伝え!」
一方的にいい残し、牧場の奥へと駆けて行った。茫然と見送るメイとキョウヘイ。
「あの子、なんであんなに怒ったのかなー? そうだ、二人ともポケモン、元気ないね。ちょっと手当てしてあげるよー。」
ポケモンの住む牧場のオーナーをしているだけあって夫婦のポケモンに対する知識はかなりのものだった。メイ達のポケモンはあっという間に元気になり、彼女たちはヒュウを追って牧場の奥へ向かった。
「メイ!それにキョウヘイも来たのか。お前たちはあっちを探してくれ!オレはこっちを探すぜ。」
「分かったわ!キョウヘイ、行くわよ!」
「うん、分かった。」
だんだんに密度を増してくる木々の間をすり抜け、牧場のさらに奥へと進む。ヒュウもメイ達に追いつき、三人は声を張り上げ、草むらを掻き分け、ハーデリアを探し続けた。その時、
きゃうん!!
何やら吠え声のような音が聞こえてきた。
「メイ!今の聞いたか?!」
「聞いたわ、でもどこだろう。」
「きっとすぐ近くにいます!メイさん、ヒュウさん!この近くを探しましょう!」
「分かった。オレはオーナーに知らせてくる。オレはこの辺を探す!おまえたちはあっちを探してみてくれ!」
「うん!行こう、キョウヘイ!」
メイとキョウヘイは近くの木々の間へと走って行った。
「まったく、生意気なワン公だぜ…」
牧場の倉庫の裏。そこは木々が生い茂り、また建物の裏になっていることから、入口からは死角であった。一人の黒服を着た男がそこで中型の犬のようなポケモン、ハーデリアに吠えかけられていた。
「…きゃん!きゃうん!!」
「うるせえ!」
男の声にびくりと身を震わせるハーデリア。男が凄味を利かせて一歩踏み出すと、ハーデリアは精一杯唸り声を上げつつおびえるように後ずさった。
「さて、俺は泣く子も黙る新・プラズマ団だ。お前の事、どうしてやろうかな?」
「ううー…」
震え始めるハーデリア。しかしその時、何かを見つけたように元気を取り戻し、一声ワン!と吠えた。木と茂みの間から聞こえる少年の声。オーナーを呼んでくるらしい、早くしないと。男が少し焦ってモンスターボールに手を伸ばした時、何かが視界に映った。
「こらーーーーーっ!!!!!」
どなり声をあげてものすごい勢いで走ってくる少女。少女はその勢いをなくす事なく、男にとび蹴りをかました。
「うぐぇっ!!??」
「あんた、ポケモンをいじめるなんて何のつもり!?そんなことおてんと様が許しても、このメイ様が許さないんだから!!」
何やらヒーローのような事を言ってびしっと男を指さすメイの後ろから、キョウヘイもやってきた。
「貴方はここで何をしているんですか!」
彼も怒りを感じている様子で男に詰め寄る。
「ふ、ふん!おまえら、プラズマ団って知ってるか?」
「!!」
「ああ、プラズマ団?なんか二年くらい前にそんな奴らが事件起こしてたわね。ポケモンを開放させるとか言って人からポケモンを取ってた泥棒集団でしょ!」
「違う!ポケモンを開放させるという理想のもとに動いていた正義の集団だ! ちっ…何なんだよ全く!ポケモンに追いかけられるわこんなガキに蹴飛ばされるわ…畜生!」
男は石を拾ってメイに投げつけようとするが力が入りすぎていたらしく、明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「撤退だ!お前ら、覚えておけ!プラズマ団のメンバーにこんな扱いを受けさせたこと、いつか後悔させてやる!」
男は捨て台詞を残し、去って行った。助けられたハーデリアが感謝の意を示すように、鳴き声を上げながらメイとキョウヘイの前を走りまわった。
「よかったねー。ほら、ハーデリアもきっとありがとうっていってるのよ。それにしてもなんなのアイツ…変な服着てるし、ポケモンいじめてるし、プラズマ団だの言ってるし、ほんっと訳わかんない!」
「プラズマ団…やっぱりあの情報、本当だったんだ…」
「情報?」
「ううん、なんでもない。…それにしてもすごいね、メイさんは…」
「アハハ、メイでいいよ。なんだかさ、あのハーデリアが大変な目にあってるのみて、体が勝手に動いたっていうか」
「おーい!」
木の間から、オーナーの声が聞こえ、やがてヒュウを引き連れた彼が姿を現した。
「鳴き声を聞いたって言うんで来てみたらこんなとこにいたんだねー」
「…自分のポケモンがいなくなったって言うのに全くのんきだな。もしかしたらそいつ、本当にいなくなってたかも知れないんだぞ! …もういい。オレは行く。じゃあな、メイ!それから、キョウヘイとかいうやつ!」
ヒュウは去って行った。
「…なんだろうね。あの子、なんだかポケモンを失う事を怖がっている気がするよ。それはそうとありがとう。この牧場、野生のポケモン沢山いて、トレーニングと仲間作りもできるからゆっくりしていくといいよ。それから、いつでもやすみにきていからね。じゃあね」
オーナーも見つかったハーデリアを連れて戻って行った。
「じゃあ、僕はこれで…」
「え?サンギのポケモンセンター行くんじゃなかったの?」
「いえ、ポケモンは元気になりましたから…」
「そんなぁ…ねえ、キョウヘイも一緒にこの牧場でポケモンゲットしようよ!記者さんだって、一緒にいるポケモンは多い方がいいでしょ?それからバトルもしようよ。あたし、キョウヘイのポケモンと戦ってみたい!オーナーさんもポケモンが傷ついたら治してくれるし休んでいいって言ってたし、いいでしょ?」
目をキラキラさせ、手まで握ってくるメイの意見に、結局折れることになったキョウヘイであった。