記者の少年
時間は少し溯る。
小さな出版社。編集長、という札の乗った机には20代後半の男性がついてパソコンで何やら作業をしていた。彼は若くして出版社を立ち上げ、その出版社はまだ小さいながらも、愛読者を徐々に、しかし着実に増やしている雑誌を出版している。
「編集長!」
そんな彼に声をかける少年がいた。キョウヘイ。一年半ほど前にこの出版社に入り、やっと一人前の記者として仕事を任せてもらえるまでになった少年だ。
「ああ、キョウヘイ。そろそろ出発の時間だったね。」
「はい、僕、そろそろ行きます。」
キョウヘイは静かに、しかし情熱たっぷりにうなずいてみせた。
「そうか。…もう君も一人前の記者になったのか。向こうではプラズマ団が再び動き出しているらしい。初めての仕事にしては大変だろうが…お前の仕事だ、思いっきりやってくるといい」
「はい!行ってきます!」
とびきりの笑顔でほほ笑むとキョウヘイは走り出したいのを堪えているかのように早足でそこを後にしようとした。
「ああ、そうだ…」
呼び止めるように編集長の声がかかる。その手にはモンスターボールがあった。
「これを君のお父さんから預かっていた。君への誕生日のプレゼントらしい」
彼はやや不満げに足を止めたキョウヘイに近づき、そのモンスターボールを手渡した。キョウヘイがモンスターボールを開けてみると、中からは緑色の体で、小さな手足の生えた蛇のようなポケモン、ツタージャが飛び出してきた。
「ツタージャ…ずいぶんと珍しいポケモンだな」
「ツタージャかぁ…よろしく!」
キョウヘイは手を出したがツタージャはそっぽを向いた。諦めずに再び手を出すが、またそっぽを向かれる。三度目にはその手は尻尾の葉ではたかれてしまった。
「ははは、ずいぶんと気難しいみたいだな。これから仲良くなっていけばいいさ。さて、外に私のムクホークが待っている。そいつに乗ってイッシュ地方の、まずはヒオウギシティへ行くんだ。」
少し落ち込むキョウヘイだったが、仕事の話に再び引き締まった表情になる。
「ヒオウギへ、ですか?」
「ああ。そこにチェレンと言う少年がいる。若くしてジムリーダーになった子だが、二年前のあの事件に彼も少なからず関わっていたそうだ。彼の方へは私から連絡を取っておいたから、スムーズに話を聞けるだろう。彼ならいろいろな事を知っているだろう。初めにあっておいて損はないだろうな」
「あ、ありがとうございます!」
キョウヘイは深々とお辞儀をする。
「じゃあ、今度は本当に行ってきます!」
と言い残し、出版社を後にした。
「…まいったなぁ」
ヒオウギに到着したはいいものの当のチェレンは今はジムにいないと言う。
(仕方ない、何もせずにいるのも時間の無駄だし、聞き込みでもしようかな)
キョウヘイは編集長に貰ったマップを取りだす。
(ここから歩いていける範囲は…タチワキシティまでか。そこまで聞き込みをしながら行って時間をつぶすのもいいかもしれない。…よし)
キョウヘイはタウンマップをたたみ、歩き出した。
時を同じくして、サンギタウン。そこではメイが一人の男と向き合っていた。赤々と燃える炎のような髪の毛。メイがサンギに差し掛かった時、いきなり崖の上から飛び降りてきて、鍛えてやろうと持ちかけてきた。
(とりあえず…なんなのよこの人…変な髪型だし、変わってるし…。アデク、っていったっけ…でも、なんか強そうかも。メイもまだ旅に出たばかりだし、鍛えてもらって損はないわよね)
わしの家に来い、と言って歩いて行った男、アデクの後を追いかけ、メイは歩き出した。
しばらく歩いていくと、アデクに追いついた。
「よくきたな。ところで、何故タウンマップを二つ持っておる?」
「あ、実は…ヒュウ兄、じゃなくて友達に届けなくちゃいけないんです。」
「うむ、ならば先に届けに行くのがよかろう。…その友達、ミジュマルを連れておっただろう。先ほどサンギ牧場の方に歩いて行くのが見えた。サンギ牧場は20番道路を進んでいくとある。20番道路は道なりに進んでいけばすぐだ! それを届けてくるまで、ここで待っているぞ!」
「はい!わかりました!」
メイはヒュウを追ってサンギ牧場に向かった。
視線が合えば勝負を挑むのはポケモントレーナーとしての性であり、半ばマナーでもある。キョウヘイは今、その事を身をもって思い知らされていた。自分がポケモンを持っていると知れば勝負を挑んでくるトレーナーたち。なまじポケモンを持っているだけに断る事が出来ない。
(全く、大変だよ…もえぎだけじゃなくてもみじにもお世話になるなんて…)
もえぎとはあの時貰ったツタージャである。そして…
「もみじ、ひのこ!」
もみじ、ガーディの口から小さな炎が放たれ、相手のクルミルは一撃で戦闘不能になった。
戦いの中で傷ついたポケモンたちを回復するため、キョウヘイはサンギタウンに向かおうとした。しかしマップを見て自分の位置を改めて思い出してみれば、サンギタウンからはかなり離れたところにいる。少し憂鬱な気分になりながら道を戻りだしたところでキョウヘイは誰かにぶつかってしまった。勢いよく相手がぶつかってきたため思わず尻もちをつくキョウヘイ。まずい、また勝負を挑まれる。まったく取材に来たと言うのに…そう内心でため息をつきながらも顔を上げたキョウヘイの目に映ったのは、上気した少女の顔だった。
「ごめん!!大丈夫…?」
「あ、ああ、僕は平気…ごめんなさい。ええと、君はトレーナー?」
「うん! …って言っても、まだなったばかりだけどね。」
「じゃあ、ポケモンバトルをするの?」
「あ、キミもポケモンを持ってるんだね!キミもトレーナーなんだ!じゃあ、あたしとバトルする?」
「あ、いえ、僕、トレーナーじゃないので…」
沈黙。数秒後
「え!?どうして?ポケモン持ってるのに?」
「いや、護身のために…」
「じゃあどうしてバトルするか聞いてきたの?ねぇ、あたしとバトルしようよ!」
「それはちょっと…僕のポケモンは傷ついていて回復しなきゃいけないんです」
「えー?残念…」
少女はしょげた顔をする。少し罪悪感を感じるキョウヘイだったが次の瞬間にはその気持ちは吹き飛んだ。少女は顔を輝かせ
「じゃあさ、一緒に行かない?勝負吹っかけてくるトレーナーがいたらあたしがなんとかしてあげるからさ。これからサンギ牧場でちょっと用事があるんだけど…それがすんだらサンギタウンのポケモンセンターにつれてってあげる!」
と言い放ったのだ。
「は、はぁ…」
唖然とするキョウヘイ。しかし勝負を挑んでくるトレーナーをなんとかしてくれるのはありがたい上、サンギ牧場にも行って話を聞いてみた方がいいかもと思いなおし、彼女の申し出を受けることにした。
「あ、紹介まだだったわね。あたしはメイ!ポケモンを貰って、トレーナーになったばかりなの!」
「う、うん…僕はキョウヘイ。記者をしています。」
「記者?そうなんだ、カッコイイ!」
目を輝かせるメイ。そんな反応にキョウヘイは少し嬉しいような照れくさいような気持ちになる。
「い、いやぁ、まだなったばかりだし、それほどでも…」
「よーし、それじゃあサンギ牧場へ行くよ!キョウヘイ君!」
メイはそんなキョウヘイの手をつかんで走り出した。
(ああ…サンギタウンのポケモンセンターに行くまで、振り回されそうだな…)
半ば引きずられるようにして走りながら、キョウヘイは小さくため息をついた。