ポケモンを貰った少女
ヒオウギシティ。イッシュ地方南西にあるこの街にも初夏のさわやかな風が吹き始めた頃、一人の少女の新たな冒険が始まろうとしていた。
しかし、その少女、メイはまだそれを知る由もなかった。
「少し遅くなっちゃった…。」
窓を見る。どうやら母は帰っていなさそうだ。メイは鍵を開け、こっそりと家に入る。
ベッドに荷物を投げ出し、メイは床に腰を下ろした。
「それにしてもいいなぁ、ポケモン…あたしもポケモン欲しいなぁ」
先日もメイは幼馴染であるヒュウの家に遊びに行き、ヒュウのポケモンを見せてもらっていた。ヒュウはもうポケモンを持っていて、メイの前で技を披露させていた。一方メイはポケモンを持っていない。今日も高台から見える風景をみてそこを歩いてみたくなり街から出ようとしたら、ゲートの女性に呼び止められ、戻らざるを得なかった。
少し不満で頬を膨らませていたその時、玄関の方で物音がした。母が帰ってきたのだ。
「メイ!ただいま!」
「お母さん!」
メイは玄関へかけていく。
(そうだ、お母さんにもポケモン欲しいって言ってみよう!)
「あのね、お母さん…」
「ねえメイ、突然だけどあなたパートナーのポケモン欲しい?」
「え…?」
まるで自分の心を読んでいたかのような言葉にメイは言葉を失う。あっけに取られているメイに母はさらにどうなの?と尋ねた。
「欲しい…ちょうど欲しいって思ってた!」
「そう、第一ステップクリアね。じゃあ次の質問。ポケモン図鑑って知ってる?」
聞いた事はあった。ポケモン図鑑。ポケモンを捕まえるとそのデータが自動的に登録されるのだという。
「う、うん」
「さすが!出会ったポケモンを自動で登録してくれるすごい図鑑ね!」
母は嬉しげに微笑んだ。
「またまた質問です!あなた、ポケモン図鑑も欲しいよね?」
「え…?」
メイは戸惑う。ポケモン図鑑を自分が持てるなんて思えなかったからだ。
「え、だって、あれってすごく珍しいもので…」
「あなたがもらえるっていったら?」
「そ、それはもちろん欲しいけど…」
「よし、第二ステップクリア! メイ、あなたがやるべき事が決まったわ。あなたに会うためにベルっていう女の子がきます。アララギ博士の助手で、大きな帽子が目印よ。そう!貴方はベルという女の子を探すのよ!そしてパートナーとなるポケモンとポケモン図鑑を受け取るのです!」
話が急に進んでいき、メイは戸惑っていた。が、同時にとても楽しい事が始まる予感に心を躍らせていた。
「あっ、バッグの中、ライブキャスターは入ってるわよね?」
さっき遊びに行った時に持っていたのでそのまま入っているだろう。メイはうなづいた。
「ベルちゃん、初めての街で迷っているかもしれないしあなた、探してあげてね」
「うん!行ってきます!」
なんだかいろいろな物事が一気に進んでいき、メイは本当のことを言うとついて行けていなかった。しかしポケモンを受け取る事が出来る!それはメイが望んでいたことであり、とてもうれしいことだった。期待に胸を膨らませ、メイは玄関を開けて外に飛び出した。
「さてと…ベルって人を探さなきゃ!」
そんなメイの前の方からやってくる影があった。
「メイさーん!」
「よお、メイ!」
「ヒュウ兄ちゃん!」
「どうだ、ポケモンはもう手に入れたかよ?…ポケモントレーナーがこの近くにはいなくて、オレも退屈なんだ」
その言葉にメイはいつもはまだなんだー、と返すところだったが、その日は胸を張って
「ふふん、それがね…なんと、今日ポケモンを貰える事になったんだー!」
と答えた。
「ほんとかよ?」
「うん、今日ね、ベルって人が来てあたしにポケモンをくれるんだ!」
その話を聞いてヒュウの妹が二コリとほほ笑む。
「メイさん…ポケモンをもらったら、ぜったいにたいせつにしてあげてね」
ヒュウは妹の方を見て少し辛そうな顔をする。
「…そうだよな。」
しかし次の瞬間には笑顔に戻り
「よし、お前のポケモンを貰いに行くぞ!」
と言ってニッとわらってみせた。
「オレにはやる事がある。そのために相棒のポケモン以外にも頼れる人間が必要なんだよ。そう、おまえだよ、おまえ!おまえ、センスがありそうだからな。」
「やった、そんなこと言ってもらえるなんて嬉しい!」
ヒュウは優しそうな笑顔でほほ笑む。しゃがんで妹の頭を撫で
「先に帰ってな」
と妹に言った。妹は嬉しそうな顔で微笑み
「はーい、おにいちゃん!じゃーねー、メイさん」
と元気よく言って家へ走って行った。
「よーし、ベルって人を探せっ!レッツ、ゴー!」
「おー!!」
そして二人はベルという少女を探し始めた。
「でも、どこを探せばいいのかな?」
「うーん…どこだろうな…?」
「もー、分かんないの?」
「まあいいじゃねぇか。この街だってそんなに広くはないんだし、オレ達この街の事よく知ってるだろ?」
「そうだけど…うーん…あ!」
メイは何かを思いついたようにすたすたと駆けていく。
「あ、おい、待てよ!」
ヒュウは慌ててそのあとを追いかけた。
「ヒュウ兄ちゃん、早く早く!!」
「ここは…そうか、なるほどなッ!ヒオウギと言えば高台、ベルって人もきっと高台で景色を見ているはずッ」
「うん、それにここだったらヒオウギの街もよく見えるもんね! メ…あたしってば頭いい!」
「さあ、ポケモンを貰ってこいよ!」
「うんっ!」
メイは階段を上った。その足もポケモンを貰えるという期待に自然と早くなる。息を切らせ、目を輝かせながら階段を上りきると、その高台の広場の片隅に大きな帽子をかぶった少女がたたずんでいた。どうやら正解だったようだ。
「あの!もしかして、ベルさんですか!?」
メイが大きな声を出して呼び掛けつつ駆け寄ると、少女はくるりと振り向いた。
「そうです!あ、キミもこの景色を見に?絶景だよねぇ!ねぇ、キミもそう思うでしょ?」
そういいながらベルというその少女はニッコリとほほ笑んだ。
「あ、私、ベルって言います。アララギ博士の助手をしているんです。ところでキミ、メイって子、知ってる?」
「やった、ベルさんだ!あの、その子、今ベルさんの目の前にいるんです!」
「って、あなたがメイさん! うわぁ、聞いてた通りの子だ!」
そう言って目を細め、それからベルは姿勢をただした。
「はじめまして! 早速だけどメイさんに質問です。ポケモン図鑑の完成に協力してくれますか?」
「もちろんです!」
「ありがとう、これでアララギ博士の研究がはかどります。…それじゃあこれからポケモンと一緒に旅する事になるんだね。ポケモンと一緒に旅をするのってとっても楽しい事なんだよ! …それでは」
ベルは鞄から何か筒のようなものをとりだした。
「じゃじゃーん!」
横についたスイッチをベルが押すと筒が開き、モンスターボールが3個出てきた。
「この中にあなたのパートナーとなるポケモンが入っています!さ、選んで!」
モンスターボールを取ると下に説明が書いてあった。なんでも草タイプのツタージャ、炎タイプのポカブ、水タイプのミジュマルが入っているらしい。メイは一通り説明を読み、もう一度モンスターボールに手を伸ばそうとした。その時そのうち一つが開き、炎タイプのポケモン、ポカブが飛び出してきた。ポカブは地面に飛び降りるとまっすぐにメイに向かって突き進んできた。
「きゃっ…!?」
初めてであったポケモン、しかもモンスターボールに入っているポケモンに攻撃されるなんて!そう考えたメイであったがその考えはすぐに変わった。ポカブはメイの足元までやってきて何か言いたげにメイをじっと見つめている。
「連れていけってわけ…?」
その言葉にポカブはこくこくとうなずいた。
「ふふっ、そんなふうに思ってくれるなんて…それにこの子、結構かわいいじゃない。決めた、あたし、この子にする!」
「うん!きみはその子にするんだね!…どうする?名前もつけてみたら?」
「そうですね!ふふふ、どうしよっかなー…」
メイはポカブを見つめしばらく考える。
「あ、そうだ!ジンジャーなんてどう?」
ポカブはそれが気に入ったらしく今度は鳴き声を上げながら飛び跳ねて見せた。メイは満足げに笑う。
「キャハハハ!元気な子ね!あたし、ますますあんたの事が気に入ったよ」
ポカブ、ジンジャーはますます嬉しそうにメイの足へすり寄った。
二人のやりとりを自分が旅に出たときをおもいだしてほほえましく見つめていたベルだったが、何かを思い出したように帽子をかぶりなおすとさらに鞄に手を入れ、機械を取りだした。
「よかった、とっても仲良しになったみたいだね!貰ったポケモン、大事にしてあげてね。それからこれ。これがポケモン図鑑!であったポケモンを自動的に記録してくれるハイテクな機会なんだよぉ!」
差し出されたそれを受け取り、メイは貰ったばかりのポカブに向けてみる。画面にはポカブのデータが映し出され、メイは歓声をあげた。
「すごいでしょ!メイさんにはこれからイッシュ地方に住むポケモンのデータをそれを使って集めてもらいます!」
「はい!あたし、やります!」
「おーい!」
声のした方を見ると階段をヒュウが上がってくるところだった。
「遅いぞ、何してるんだ…ってお前、ポケモンを貰ったのかッ!」
「そうなんだー!ほら、見て見て!ジンジャーって言うの!」
「そっか、お前もポケモンを…」
「それから、ポケモン図鑑も貰ったのよ。ベルさんにね」
ポケモン図鑑を見せびらかすメイ。しばらく考え込んでいたヒュウはベルに向き直り、かしこまった態度で口を開いた。
「ベルさん…そのポケモン図鑑、オレにも下さい。オレには、探さなきゃいけない物がある。…その図鑑を使えばポケモンの事がいろいろ分かるのですよね? …オレは、大切な物を取り戻すために強くならなきゃいけない。だからオレもそのポケモン図鑑が欲しいです」
どこか物憂げな顔でベルに頼み込むヒュウ。ベルはそんなヒュウの顔を優しい笑顔を浮かべて見つめていた。
「…分かりました。予備のポケモン図鑑も持ってきておいてよかった。ポケモンの分布も二年前に比べるとだいぶ変わったし、協力して図鑑を完成させてね」
「あ、ありがとうございますッ!」
ヒュウは頭を下げる。そしていつもの元気な顔に戻るといたずらっぽく微笑みモンスターボールを取りだした。
「さてと…おまえもポケモンを貰った事だし…ちょっとオレと戦ってみないか?」
「え?いきなり?」
「そうだよぉ、メイさん、せっかくだからポケモンバトル、してみない?」
「こういうのははじめが肝心なんだって!行くぞ、オレがタマゴから育てたこのポケモンで!」
ヒュウのモンスターボールが開き、ポケモンが飛び出してくる。ミジュマル…先ほどのモンスターボールの中にも入っていたポケモンだ。
「キャハハハ、そうだね、面白そう!行くよ、ジンジャー!」
ポカブもメイの前にぴょこぴょこと飛び出してくる。鼻息は荒く、やる気十分のようだ。
「メイ、バトルのやり方は知ってるよな?」
「うん、確かポケモンに技を使うように命令して…」
「よし、じゃあそいつの使える技、図鑑で調べてみろ。」
「えーっと…あ、たいあたりとしっぽをふるを使えるんだって!」
「じゃあ後は簡単だな。よし、行けミジュマル、体当たりだ!」
ミジュマルは勢いよく駆けてポカブに体当たりした。ポカブは地面に突き転がされる。
「やったわね!ジンジャー、こっちも体当たりよ!」
ポカブは突き転がされたのが悔しかったらしく、さらに鼻息を荒くするとミジュマルに向かって体当たりをかました。
「ミジュマルっ!今の相棒の痛み、忘れないぜッ!」
にらみ合う二匹のポケモン。しかし突然、ポカブが何を思ったかミジュマルのほうにむけて、尻尾を振りだした。
「ちょっとジンジャー、何やってるの!?」
「しっぽをふるか…マズいな、一気に決着をつけるぞ、ミジュマル!」
「え、ちょ、ちょっと…こっちもたいあたりよ!」
あっけに取られていたミジュマルはヒュウの指示の声にハッと我に返り、ポカブに向かい駆けだした。ポカブも一瞬にやりと笑い、ミジュマルに向かって駆けていく。ぶつかり合う両者。先に倒れたのはミジュマルだった。
「勝った…?勝った、勝ったよ!やった、すごいじゃない!ねぇ、どう?どう?メイ…じゃなくてあたしとあたしのジンジャー!」
「負けちまった…すごいなおまえら!特にそのポカブ!…さてと、ポケモン図鑑完成させるなら旅に出た方がいいよな。じゃあな、メイ!オレは先に行ってるからお前も早く来いよ!」
ヒュウは行ってしまった。勝負を見ていたベルが歩み寄ってくる。
「どっちのポケモンも、すごく頑張ったよね!…さてと、メイさん。まずは傷ついたあなたのポケモンを回復しにポケモンセンターへいきましょう!」
メイはベルと一緒にポケモンセンターへと足を向けた。
ポケモンを回復している時間、メイはベルに施設の案内をしてもらった。
メイはポケモンセンターには入った事がなかった。かつて母がポケモンセンターで働いていた事は聞いていたが、メイ自身がそこに入るのは初めてである。メイにとってはそれもちょっとした冒険であった。
さらにベルはいろいろな事を話してくれた。二年前に自分も友と一緒に故郷から旅立った事。その中でいろいろなポケモンと出会った事。泣いた事。笑った事。友の事。自分より少し年上の少女がこんなにも沢山の事を経験したのかとメイは驚くばかりだった。
回復したポケモンを受け取りポケモンセンターの外に出ると、母とヒュウの妹が待ち構えていた。
「あ、メイ! …そう、ポケモンを貰ったのね!じゃあこれから旅に出るんだ!そんなメイにプレゼントがあるわ。」
母が差し出してきた箱を開けると、そこには新品の靴があった。
「うわぁ、お母さん、これ!」
「メイ、前からその靴欲しがってたでしょ?」
「うん、ありがとう!じゃあ早速…」
メイは靴を履き替える。動きやすくて、メイの足にぴったりだった。
「メイさん、わたしからはこれ…」
ヒュウの妹は手のひらサイズに折りたたまれた何かを差し出してきた。
「タウンマップだね。でも、どうして二つ?」
ベルがそれがタウンマップだいう事を明らかにした。そして疑問を述べる。
「うん、ひとつはメイさんに、もうひとつはおにいちゃんに…でもおにいちゃん、いっちゃったみたい。…メイさん、わたしてきてくれるかな…?」
「OK、わかったわ!」
「あ、そうだ!メイさん、私についてきて!あなたにポケモンの捕まえ方を教えます!」
「あ、待って下さいよ、ベルさーん!」
走り出したベルに続いて走り出そうとしたメイに母が声をかける。
「メイ。これからたくさんのポケモンとの出会いが待っているわ。いってらっしゃい!」
「うん!行ってきます!」
メイは元気よく走って行った。これから始まる冒険に胸をときめかせながら。
ちょうどそのころ、ヒオウギシティの付近に一人の少年が降り立った。
「ありがとう、ムクホーク。編集長によろしくね。…さてと、この街にいるチェレンって人に話を聞けばいいかな。…それにしてもチェレンってどっかで聞いたことがある気がする…。まあいいか。行こう」
飛び去っていくムクホークの羽音を背に、少年は町へ向かって歩き出した。