ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第六章 知得の旅路
第四十五話 忌み子の価値 1
 リュウ達の目指す「ポケモン救助隊連盟」がある南東半島。巨大なジャングル地帯が半数を占め、加えていくつもの古代遺跡群が点在していることでも知られている。強力な念波を発しているからかエスパータイプのポケモンが多く住み着く「太陽の洞窟」、昼でも日の光が届かず絶えず闇の中のように暗い「暗夜遺跡」が、主な遺跡として挙げられる。災害が多発している中、現在でもこの遺跡群が風化することも破壊されることもなく原形をとどめていられるのは、遺跡に秘められた古代の力が関係していると勘ぐる学者もいるらしいが、真偽の程は定かではない。

「この柱の装飾……ポケモンの手でも作り出すことは不可能ではないが、この精密さはやはり手先が器用と言われていた人間の手によるものと考えるのが妥当だろう。だとすれば、少なくとも千年以上の歴史はあるのかもしれないな」

 その学者の端くれでもあるエルリオが、先程からこんな言葉をお経のように呟きながら巨大な柱を舐めるように眺めている。遺跡群と並んで南東半島の象徴ともいえる巨大ジャングル地帯を抜けたリュウ達は、小休止のために小さな遺跡を訪れていた。もともとポケモンの進化の鍵となる石や一瞬で技を覚えることができる機械[わざマシン]が多く出土される遺跡として学者の間では話題となっていたようだが、長引く災害はこの遺跡ですら「不思議のダンジョン」に仕立て上げてしまったらしく、ここ数年は近隣の住民ですら滅多に訪れなくなったという。
 ヒトがあまり立ち入らないからという理由でリュウ達はこの遺跡を休憩場所として選んだわけなのだが、この不思議極まりない佇まいによってエルリオの学者モードにスイッチが入ってしまい、ほぼ半日ほどここに居座る羽目になってしまった。呼びかけてもまるで聞こえていないようだし、小突いても石化したかのように動かない。無理矢理引っ張ろうとすれば、例の呪文も唱えていないのに風が巻き起こってこちらが吹き飛ばされてしまう始末。

「まぁ、ああなっちゃったらエルが飽きるまで付き合うしかないよねぇ。僕達の故郷には遺跡の『い』の字もなかったからぁ、エルも久しぶりにはりきっちゃってるみたいだしぃ」
「……なぁ、もうこの際オレとキトラは先行っちゃっていいか?どうせ飽きたら追いかけてくるんだろ?」
「ダメダメぇ、だって僕達リッくんとキィくんのボディーガードだもん。そばにいてくれないと守ろうとしても守れない時もあるからねぇ」
「なんで主人がボディーガードの我儘に付き合わないといけないんだよおかしいだろ」

 自由気ままなボディーガードにげんなりしていると、半日前に抜けたばかりのジャングルをキトラがじっと眺めていることに気がついた。こいつはジャングルにはまっちまったのか?と半ば冗談半分で思いながら呼びかけようとしたが、その呼びかけは口に出る寸前で喉元にて凍りついてしまった。しきりに長い耳を動かし、めったに見ることのない険しい顔で茂みの向こう側を睨んでいるキトラ。一見そこには何も見出せないが、彼の耳はそこから発せられている気配をすでにとらえているようだ。

「みんな、気を付けて!救助隊がいる!」

 警告を遮るかのように茂みから三体の影が躍り出た。種族は見たことがないポケモンばかりだが、キトラの言う通りその胸や腕には身分が救助隊であることを示す卵形のバッジがついている。ついこの前までは自分達も同じバッジをつけていた同業者であったはずなのに、今となっては最優先で倒すべき相手を表す象徴となってしまうなんて、なんとも皮肉である。
 とはいえ、こちらとてそう簡単に捕まるわけにはいかない。

「キトラ!」
「うん、任せて!」

 リュウの合図に応える形でキトラが四肢体勢から駆け出した。目にも留まらぬ“でんこうせっか”を相手にぶつけるのではなく、行く手を阻むように彼らの周りを駆け回ることで徐々に連中を一か所にまとめるよう誘導していく。

「早速実験台になってもらうぜ!連結技――【リントドレイク】!」

 程よく集められたところでキトラが一旦敵から離れ、そこにリュウが“ほのおのうず”を放つ。炎がぐるりと一周して敵を取り囲んだところでリュウ自身が渦に飛び込み、その腕に炎の勢いを乗せて“スカイアッパー”を相手の急所に叩きこむ。勢いを徐々に増す“ほのおのうず”によって相手は上空に巻き上げられるため、宙に浮いている敵に有効な“スカイアッパー”は相性がいいのだ。
 みるみるうちに渦は竜巻のように膨れ上がったがそれも一瞬のことで、次の瞬間には千切れるように爆発して消え失せた。中から出てきたのはリュウと、炎に煽られて黒焦げになった追手の救助隊達。体力まで焼き尽くされた敵が頭や腰から次々と墜落していく中、リュウは片膝をついて軟着陸を決めていた。

「やった!大成功だね、リュウ!」
「うん。こう決まるとなかなか気分が……」

 ぐぅ〜……

 こんな時に限って腹の虫は空気を読んでくれないらしい。キトラが苦笑いしながらもバッグからリンゴを取り出し手渡してくれた。
 連結技【リントドレイク】を習得してからというもの、一日でも早くこの技を使いこなすために戦いの度に繰り出してはお腹を空かせる日々を送っていた。一度に二つの技を同時に放つという性質上、使った後は極度の虚脱感と空腹感に襲われることになる連結技。日々の努力の甲斐あって流石に初めて使った時のようにぶっ倒れることはなくなったが、それでも一度使うとその後戦いを継続することは困難であるため、敵にとどめを刺すことのできる「ここぞ」という場面で使う切り札として機能するようになったのだった。

「それじゃぁ、そこで伸びてる敵さんにはそろそろお帰り願おうねぇ。そーれっ、“ふきとばし”ぃ!」

 ハルジオンの四枚の羽から繰り出された突風が、煤塗れになったポケモン達をはるか彼方へと運んでいく。戦闘不能になっているところ誠に気の毒ではあるのだが、このまま彼等を放置しているとそのうち体力を取り戻し、またしても背後を突かれてしまう危険があるのだ。連盟本部が近くなってくるにつれて強力な救助隊に出くわす可能性もある以上、なるべく追手は遠くにまいて居場所を悟られないようにしたい。
 さて、倒したとはいえ見つかってしまった以上、この遺跡にも長居するわけにはいかない。日も傾いてきたし、早いところ本日の寝床を確保したいところなのだが、

「このポケモンが人間と共に描かれているということは、少なくとも人間が絶滅した頃より更に二億年前……いや、人間たちの間には化石からポケモンを復元させるという技術があったともいうし、これだけで年代の特定をするには無理があるな……」

 あれだけの騒ぎがあったにもかかわらず未だ自分の世界に入り浸っている御方が一名。

「ほらエルリオ、分析はここまでにしてさっさとここから離れるぞ!」
「まぁ待て。こんな貴重な遺跡をお目にかかれる機会なんて滅多にないのだ。少なくともあと半日……」
「連盟行ってオレの疑いが晴れたら存分に遺跡調査していいから!とにかく行くぞ!」

 ここまで言ってもなおブツブツ考察を続けるエルリオの首根っこをつかみ、リュウはそそくさと先に行ってしまったキトラとハルジオンの後を追う。引きずられている状態でも相変わらず呪文のように分析しているエルリオには心底恐怖を覚えた。





 日がすっかり地平線の彼方へ沈み、やがて森を覆うように闇が訪れる。
 なんとか日が暮れる前に寝床を確保できたリュウ一行は簡単な夕食を済ませ、あとは明日のために少しでも体力を回復させるべく寝るのみとなった。真夜中である上に鬱蒼と茂った森であっても、いつどこから救助隊や野党が出てくるか分からない。数時間ごとに当番を決めて見張りをすることでここ数日の夜を過ごしていた。
 そして、月が中天に達した現在はリュウが見張り当番となっている。日中の戦闘で連結技も使用したため本来なら疲れてすぐにでも寝たくなるはずなのだが、どうも目が冴えているというか、心がざわついているというか、どうにも落ち着かなかったため眠気が来るまで自ら見張りをかって出たのだ。しかし、

「……なぁ、明日も早いんだしもう寝たら?」
「生憎まだ今回の考察をまとめられていないのでな。別に見張り役は多いに越したことはないだろう」
「メモ書き殴ってる時点でどうせ見張りする気なんて全然ないんだろ」
「ほう、よく分かっているな」
「あのさぁ……」

 先程から横で白黒犬が昼間の遺跡見学のレポートを書いている。夕食もほとんど食べずに書き始めてから優に三時間くらいは経っているはずなのだが、器用に羽ペンを持って文字を書いていくそのスピードに全く衰えが見えないから恐ろしい。しかも、普通にメモするだけなら気にせず見張りを続けられるのだが、時折念仏のような独り言がBGMとして流れ出すものだから気になってしょうがなかった。

「今回の遺跡は我々北風の民とも深いかかわりがある可能性が浮上したからな。研究も捗るというものだ」
「『北風の民』?」

 ――さっさと寝てほしいのになんで聞き返したんだ。オレの馬鹿。

「この『アナザー大陸』から遥か北西の海を越えた島にある、『北風の大地』に住む者達のことだ」

 案の定エルリオの説明タイムが始まってしまったため、観念して聞くことにした。
 「アナザー大陸」から北西の海を越えた先に存在する「三つの大地」と呼ばれる島。その一部である「北風の大地」と呼ばれる地域で生まれ育ったポケモン達は北風の民と呼ばれている。北風の民はこの世に生を受けた際、守護神である北風の化身と呼ばれるポケモンから風の加護を授かるという儀式を受けるという。

「その加護って、エルリオがいつも使ってる風を操る力?」
「あぁ。この世に流れる空気を言の葉によって風に変える。北風の民は古来よりこの力を使って繁栄し続けてきた。もっとも北風の民は争いを好まぬ故、物を運ぶ等の日常生活に最低限使える程度の力しか基本的に引き出すことはできない。複雑に操るほど、詠唱も長くて面倒だからな」

 長い以前に中身(台詞)の部分ですでに問題があるような気もするのだが。

「でも、エルリオはよく戦いで力を使ってるじゃないか。やっぱり訓練して攻撃にも使えるようになったのか?」
「あぁ。……そうでもしないと生きることなどできなかったからな」
「え?」

 言葉の最後の方だけ呟きに等しいほどの声量だったため、何となくリュウは訊き返した。
 しかし次の瞬間、エルリオの近くに根を張っていた大木がぐらりと揺れ、そこから一つの影が飛び出してきた。

「なっ、モルフォン……!」

 傍で燃えていた焚火に照らされ、影の正体が露になる。蛾のような容姿を持つモルフォンは、一メートル程の図体からは想像もできないほどの素早さでリュウ達の頭上を横切り、身構えきれていないエルリオの死角に入り込むと口から柴紺色の液体を飛ばしてきた。

「ぐああぁっ!」
「エルリオ!」

 何かが溶けるような音を立てて、エルリオが横倒しに頽れる。リュウは狼狽しながらも、一先ず技を出した直後の隙をついてモルフォンへ火炎弾を一発放った。
 火炎弾が標的を捕らえ、丸呑みするかのように膨張してモルフォンを包み込む。炎に包まれたモルフォンは金切り声を上げながら抵抗していたがその甲斐なく、火の糸を引きながら墜落していった。

「うわわわぁ!何何何なんかあったのぉ?」

 一瞬の攻防でも大きな騒ぎとなったせいか、ハルジオンが羽をばたつかせながら跳ね起きた。同じく眠っていたキトラも起きて早々こちらへ駆け寄ってくる。

「リュウ、どうしたの?」
「オレのことより、エルリオが……!」

 リュウは片膝をついてエルリオの容態を見る。息はあるようだがその量はか細く、苦痛を堪えているのか顔を歪ませている。胴体にはモルフォンが繰り出したあの紫色の液体がまだ残っていた。とりあえず拭き取ろうとリュウはバッグから布を取り出した。しかし、

「触っちゃダメ!“どくどく”は触っただけでも猛毒状態になるんだ!」

 すぐに液体の正体を見抜いたキトラの警告で、慌てて伸ばしかけた手を引っ込めた。改めてバッグの中を漁ってみるが、こんな時に限って解毒作用のある[モモンのみ]がない。「群青の洞窟」で手に入れた[モモンスカーフ]が入っていたが、毒を予防する作用があるだけで毒を消す効果もなければ緩和させる効果もないのだ。
 それでもなんとか毒を和らげようと、リュウはまず自分の腕に[モモンスカーフ]を巻き、毒に耐性をつけてから布で液体をふき取った。液体が付着していた箇所が青黒く染まっており、なんとも痛々しい。

「モルフォンは夜行性で、光に集まってくる習性があるんだ。まさかこんなところに住んでいるとは思わなかったから、焚火も消さなかったんだけど……」

 黒焦げになって力尽きたモルフォンを横目で見ながら、キトラが唇をかんでいる。
 できる限り患部を清潔にし、さらに[オレンのみ]を絞った汁を飲ませたことでなんとかエルリオの体力を回復させることはできたが、毒は自然治癒で治ることはない。さらに猛毒状態は体力を蝕む速度が通常の毒状態の倍にも及ぶのだ。なんとかして解毒方法を見つけなければならない。

「とにかくいったん森から出ようよぉ!またモルフォンが襲ってきたら僕達まで毒にやられちゃうからねぇ!」

 羽で器用にエルリオを背に乗せて、ハルジオンが足踏みしながら急かしていた。
 一同は素早く木々の間を抜けながら、合間に[モモンのみ]のなる木を必死に探し続けた。だが南東半島は比較的気温が高いせいか、熱帯に所縁のありそうな木の実しかなくなかなか見つからない。

「ちょっとちょっとどいてよぉ!」

 ハルジオンが左の翼で飛びかかってきたカマキリのようなポケモン、ストライクを叩き落した。視界を良くするために発動しているキトラの“フラッシュ”に加え、剰え茂みをかき分ける度に音が出るせいで先程よりも余計に目立ってしまっている。救助隊とまではいかないが縄張りを荒らされたと思ったポケモン達が絶えず襲いかかってくるが、エルリオの危機に焦るハルジオンが片っ端から撃退していった。邪魔者はハルジオンに任せ、リュウ達は[モモンのみ]探しに専念しながら走り続けた。
 一段と強い向かい風が吹きつけてきたと思うと、急に視界が明瞭になった。
 やはり[モモンのみ]を見つけるより、森を抜けるのが先になってしまったようだ。緑に恵まれた森とは違い、目の前に広がるのは砂煙舞う荒野。全速力で走って火照った身体に、冷え切った荒野の夜風が突き刺さる。

「ぐぁ……っうぅ……」

 しばし途方に暮れていたが、エルリオの呻き声で我に返るリュウ達。すぐさまリュウはバッグを開けて[オレンのみ]を取り出し、力いっぱい握りしめて半開きになったエルリオの口に果汁を流し込む。しかしこれでは焼け石に水だ。

「どうしよどうしよどうしよぉ!やっぱりまた森戻って[モモンのみ]探すぅ?」
「真っ先に森出ようって言ったのアンタだろ!今から戻ったってポケモン達がうろうろしてるし……」

 背後の森では今も尚、寝床を荒らされて気が立っているポケモン達が徘徊している。ここで引き返したら最後あのポケモン達に叩きのめされてしまうことは必至だ。すると、

「二人とも、静かにして!声が聞こえる……」

 しきりに耳を動かしながらキトラが諌めた。どんなに聴覚に意識を集中させても風の音しか聞こえないのに、彼が言うにはヒトが会話している声が聞こえるのだという。最悪の場合救助隊の可能性もあることを頭の隅に置きつつ、声の在処をたどるキトラにリュウ達も後をついて行った。



「あ!ねぇねぇあれ村じゃない?」

 一頻り歩いたところで、宵闇の向こう側の一点をハルジオンが翼で指示した。
 そこには幽かだが、いくつか灯が見受けられる。さらに近づいてみると、灯に照らされて小さな家々や大きな門の輪郭が浮かび上がっていた。決して大きいとは言えないが、どうやら集落で間違いないようだ。事情を話せば、木の実や薬草を譲ってもらえるかもしれない。

「よぉし、僕がエルをあそこへ連れて行くからぁ、リッくん達は先に行っててよぉ」
「え?そんな、ボク達も行くよ。エルリオのこと、心配だし」
「だめだめだぁめ。気持ちは嬉しいけどねぇ、キィくんはともかくリッくんは世間じゃまだお尋ね者でしょぉ?一緒に行ったら門前払い食らっちゃうかもしれないしぃ」

 ハルジオンにしては珍しく冷静に考えている。
 未だ真実を知らない者達にお尋ね者と認識されているリュウにとって、敵は救助隊だけではない。連盟からのお触れが行き渡った町や村も、リュウを一度見つければ通報ないし捕縛しようと常に警戒しているのだ。しかもこの近辺は連盟が近いだけあって、腕の立つ救助隊も駐屯している可能性がある。そんなところに一行が足を踏み入れたらエルリオを助けるどころの騒ぎではなくなってしまう。

「大丈夫大丈夫!パパッと行って治療してもらったらすぐに君達を追いかけるからぁ!むしろ君達を追い越しちゃうかもしれないねぇ!」

 言うなり、翼を一振りしてハルジオンはそそくさと村へ飛んで行った。遥か彼方の灯以外光源がないせいで、すぐにその姿は闇の中へと吸い込まれる。
 仕方がない。残されたリュウ達は村から少し離れた岩陰で残る夜を明かすことにした。ハルジオンの言う通りもっと先に進んでもいいのだけれど、どういうわけかそんな気が起きない。
 元はといえば向こうから勝手にボディーガードとしてついてきた、そんな関係に過ぎないのに。どうしてこうも後ろ髪を引かれる心地がするのだろう。





「ごめんくださぁい!誰かいませんかぁ?」

 ひとっ飛びで名も知らぬ村に辿り着いて早々、夜分遅くでもお構いなしに大声を上げるハルジオン。灯がまばらにあるとはいえ今はもう就寝時。呼びかけても返事がなければ拒むように明かりを消す家もあった。
 それにもかかわらず能天気に声を張り上げていると、村の奥にある比較的大きな家にたどり着いた。

「誰です?こんな遅くに……」

 いかにも「迷惑です」というニュアンスを含んだ声とともに、家のドアが開く。
 現れたのは胴体から切り離された大きな両手と赤々と輝く一つ目を持つゴーストタイプのポケモン、サマヨールだった。ゴーストタイプは比較的夜行性が多いはずなのだが、先程まで眠っていたのか目がとろんとしている。もちろん、ハルジオンのふわふわな頭はそんなことなど気にも留めなかった。

「あ、ねぇねぇそこのヒトぉ!この村の村長さんに会わせてくれなぁい?」
「……私が村長ですが」
「わぁお!そうなんだラッキーィ!あのね、僕の仲間が毒にやられちゃって困ってたんだぁ。[モモンのみ]か薬草を分けてもらいたいんだけどぉ、いいよねぇ?」
「ほう、それは大変だ。すぐに手当てを……」

 物分かりがいいのかそれとも単にさっさと要件を済ませて出て行ってほしいのか、ハルジオンの物怖じしない態度にも動じることなくサマヨールは快諾してくれた。家まで運んであげましょうとも請け負ってくれたが、背に乗せているエルリオの姿を認めた瞬間、その動きがはたと止まった。

「あれぇ?どうしたのぉ?」
「……いえ、何でもありません。さぁ、私の家で介抱しましょう。どうぞこちらへ」

 一瞬目元が歪んだ気がしたが、サマヨールはそそくさと自宅へ引っ込んでしまった。さっき運んであげるとか言ってなかったっけ?若干腑に落ちないところがあったものの、ハルジオンもお言葉に甘えて村長の家へと向かった。


 村長の家に置いてあった[モモンのみ]をすり潰した飲み物を飲んだことで、どうにかエルリオの毒も抜け呼吸も落ち着いてきた。ハルジオンも飲み物をご馳走してもらい、今日はもう遅いから寝床も提供しましょうと、またしてもサマヨールはそそくさと自宅を出て行ってしまった。気前はいいがなんとも忙しない村長である。

「……っ、う……は、ハル。ここは……」
「おぉー!エル、気がついたんだね!よかったぁ!」

 目を覚ましたエルリオに、ハルジオンがこれまでの出来事を簡潔に説明した。なんとか一命をとりとめたにも関わらず、どうもエルリオの顔は晴れやかでない。

「ハル、この前話しただろう。私は、もう……」
「そゆこと言わない言わない!それに、あの時はリッくんとキィくんがいたからねぇ。彼等にはできれば知らないままでいてほしいんでしょぉ?」
「……そうだな」

 未だ顔は沈んでいるが、エルリオはゆっくりと一つ頷いた。片やハルジオンは心底満足げな表情で、翼で湯呑を巻き取りお茶をぐいと一気に飲み干す。

「さぁて、エルも元気になったしそろそろおいとましよっかぁ!寝るところも貸してくれるって言ってたけどぉ、早く戻らないとリッくん達も心配する……し……」

 元気良く立ち上がった途端、突然ハルジオンがふらつき始めた。必死に地に足をつけようとしているようだが、生まれたての赤子のようにプルプル震えていておぼつかない。

「ハル!どうした?」
「な、なんかぁ……身体が、し、痺れ……」

 搾るように声を発するハルジオンだが、とうとう重々しい音を立てて横に倒れてしまった。何が起こったか確認しようにも、エルリオ自身も毒によって体力を消耗しており足一つ動かすのもままならない。
 どうしようもなくまごまごしていると、背後で扉の開く音が聞こえた。

「ようやく寝ましたか」

 振り向くと、ハルジオンの言っていた村長のサマヨールが扉の前に立っていた。続いて後からぞろぞろと数名のポケモンが割り込んでくる。宝石のような眼を持つくらやみポケモン、ヤミラミだ。総勢六体、小さいながらも鋭い爪をカチカチ鳴らして戦闘態勢をとっている。

「貴様、一体何を……!」
「何をとは意外ですね。貴方なら察しが付くかと思っていたのですが」

 サマヨールが大きな右手を一振り。するとたちまちヤミラミ達がばらけ、エルリオを取り囲むような陣形を取った。

「『アナザー大陸』ではこの風習が途絶えたと思いましたか?『エヤミ』よ」

 その言葉を聞いた瞬間、エルリオの赤い目が瞬く間に凍り付いた。
 逃げるどころか行動を起こす暇も与えず、ヤミラミたちの妖しく光る眼がエルリオを捕らえる。絶望に染まった表情のまま、エルリオもその場にどさりと倒れこんでしまった。


橘 紀 ( 2017/07/17(月) 19:57 )