ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第六章 知得の旅路
第四十三話 綺麗な花ほど棘だらけ 2
「さぁ、レディーファーストということでこちらから参りますわ!“はっぱカッター”!」

 言うが早いか、ジェミニが開始宣言とともに頭をぶんぶんと振るい始めた。頭部についている大きな葉もそれに合わせて回転し、そこから無数の小さな葉っぱが飛び出してはこちらに向かって突撃してくる。
 こんな暴力沙汰にレディーもへったくれもないような気がするが、先手を取られてしまっては致し方ない。“はっぱカッター”の発動で“つるのムチ”が解除されたのをいいことに、後方に飛んで距離を取りながらリュウは炎を吐き出した。炎に煽られた葉は一瞬にして黒い塵芥となり、はらはらと力なく崩れながら消えていく。

「まだまだ行きますわよ!“ギガドレイン”!」

 やけにノリノリのジェミニが、今度は首周りに生えている巻葉の付け根から薄緑色の光球を繰り出してきた。先程の“はっぱカッター”と同じくこちらに向かってくるが、葉と違って炎で薙ぎ払ってもなかなか消滅してくれない。リュウは仕方なく飛び込むようにして残りの光球を避けたが、運悪く一発だけ被弾してしまった。

「ぐっ!」

 転がりながら起き上がろうとした瞬間、不意に全身から力が抜けた心地がし、リュウは俯せに倒れてしまった。その隙を突くかの如く眼前に“つるのムチ”が躍り出る。脱力感も一時的なものでなんとか手で払いのけることで回避できたが、あと一歩遅かったらまたしても鞭に拘束されていたことだろう。

「リュウ、気を付けて!“ギガドレイン”は相手から体力を奪う技なん……うわわ!」
「おぉっと!ギャラリーは黙って観戦していただかないとなぁ!」

 キトラがこの脱力について説明してくれたが、直後に背後にいたレックルに首根っこを捕まれて持ち上げられてしまった。ジェミニによって投げ飛ばされた仲間達は皆一様にこの戦いを観戦する形になっている。おそらく加勢したくてもできない状態なのだろう。そんな素振りを見せようものなら今のキトラのようにレックルに阻まれてしまう。
 結局、この戦いはリュウ一人で切り抜けなければならないようである。相手は草タイプだから相性上はこちらが有利だけれど、先程の“ギガドレイン”の威力から察するに相性の不利など十分にカバーできるほどの実力は持ち合わせているだろう。加えてジェミニは負けても獲物を逃した程度で済むのだからまだいい。リュウに至っては負けたら最後、連盟に連行されて最悪公開処刑という末路が待っているのだから、状況的には全然フェアではない。
 故にこの勝負、なんとしても勝たなくては。

「余所見をしている場合ではなくてよ!」
「!……ちっ!」

 空気を切り裂くようにしなる新緑色の鞭がリュウの足元で地面を叩く。よく見ると戦闘が始まってからジェミニは一歩も動いていない。“はっぱカッター”や“つるのムチ”で遠距離攻撃を仕掛けることで無駄な移動をせず、スタミナを維持しているようだ。かわせばかわすほど間合いがどんどん広がっていき、こちらが不利になってくるということか。
 仕方がない――リュウは大きく息を吸い込むと、ジェミニから二メートル手前の地面に着弾するように火炎弾を繰り出した。この炎天下の中、レックルがそうであったようにリュウの炎技も強い日差しによって威力が増している。一息で放った割にその火炎弾はアドバルーンほどのサイズにまで膨らみ、牽制用のつもりだったが着弾時の爆風によってジェミニに相当なダメージを与えられたようだ。爆風に紛れてジェミニの甲高い悲鳴が木霊する。

「今度はこっちから行くぞ!」

 爆煙と砂ぼこりで視界が不自由なことを利用して、一気に間合いを詰める。ジェミニが体勢を立て直す前に、今度は“ほのおのうず”を相手から少しそれた方角に発射する。うねる火柱はジェミニを横切った瞬間に軌道を変え、彼女を包み込むように蜷局を巻き始めた。あのまま渦を成せば逃げることは難しい。日差しとの相乗効果によって一気にケリをつけることができるだろう。

「あぁもう!熱いのは勘弁いただきたいですわ!」

 もう少しで渦が完成するというところで、ジェミニが首から二本の鞭を伸ばし始めた。そのままやおら地面を強く叩き、その反動に合わせて大ジャンプ。ギリギリのところで“ほのおのうず”から逃げられてしまった。
 しかし、リュウにとってこれはまたとない絶好の機会であった。獲物を見失って諦めたかのように、“ほのおのうず”の勢いが徐々に薄れていく。リュウはその中にうまく身を隠し、相手に気づかれないようにさらに距離を詰めてから地面を蹴って大きく飛び上がった。ジェミニもようやくそれに気づいたようで鞭を伸ばして応戦しようとするも、時すでに遅し。滞空中の無防備な状態で効力を発揮する“スカイアッパー”がジェミニの下顎をとらえた。

「きゃあああああ!」

 苦鳴の尾を引きながらジェミニがさらに上空へと舞い上がる。追い打ちをかけるように火炎弾をお見舞いしてやろうとしたが、

「がはっ!」

 さすがに相手も被弾一辺倒というわけにはいかないようである。吹き飛ばされている不安定な体勢ながらジェミニが鞭を伸ばし、同じく空中で逃げ場のないリュウの腹をしたたか殴りつけた。受け身も取れないまま背中から墜落し、鈍痛と共に目から火花が出る。対するジェミニは鞭をうまく使って体勢を立て直し、地面に軟着陸していた。だがやはり先程の猛攻が効いていたのか、下顎には大きな痣ができているし頭の葉と首周りの巻葉は一部黒く焼け焦げている。

「あー!私の自慢の葉っぱが真っ黒焦げですわ!どうしてくれますの?」
「いや知らないよ!そっちが先に攻撃を仕掛けてきたんだろ!」

 痛みを堪えて起き上がりながらジェミニの抗議に言い返す。正直会話している余裕はないのだが。

「だからってレディーの顔に拳を入れるなんて、非常識にも程がありますわ!」

 この言動に、リュウの中で何かがぶつりと切れた。何がレディーだ。こっちは死ぬか生きるかの瀬戸際だってのに!

「うるさーい!そもそも葉っぱ生えた怪獣にレディーも何もあるかぁっ!」





 ……あ。












「(……リュウのバカ!)」

 未だレックルにつかまれて宙ぶらりんの状態のまま、キトラが片手で顔を覆った。他ギャラリーの者達も口を半開きにして唖然としている。なんだかやけに静かになったな、と言い出しっぺのリュウはそう思うだけであった。しかし、ジェミニが真顔で固まっているその様子を見、そういえば何か忘れてたっけ――と思い直した瞬間、どこからか低い笑い声が聞こえた。

「フフフ……数多の救助隊の中でも指折りの美しさを誇るこの私を『葉っぱ怪獣』と……
 貴方、覚悟はできているのでしょうね?」

 眉間に深く刻み込まれた皺とギラリと光る瞳。それを確認してようやくリュウはこの殺伐とした空気の原因を悟った。動物(?)呼び、またやっちまった。別に学習していないわけではなくてこれでも日頃気をつけてはいるのだが、今回は主にあっちがいろいろ挑発してきたからつい突発的に……

「いいですわ。ここまで私を『やる気』にさせたのですから……とっておきの技で苦しめて差し上げましょう!」

 グダグダと脳内で言い訳を述べていると、物騒なフレーズと共にシュルシュルと変な音が聞こえてきた。前方でジェミニがまたぞろ無数の鞭を伸ばしている。そのままこちらへ伸びてくるのかと思いきや、ジェミニはその鞭を大地に向けて思い切り突き刺したのだ。

「うおわわわ!」
「うひゃあ!地面が揺れてるぅ!」

 立っている地面が小刻みに震え、リュウだけでなくキトラ達もバランスを崩しそうになる。リュウは慌てて地面に両手をつき地響きをしのごうとすると、手を突こうとした個所に蜘蛛の巣のようなひび割れが生じ、その中央からジェミニの“つるのムチ”が飛び出してきた。

「な、なんだよこれっ?」

 首に巻きつこうとする鞭をなんとか爪で振り払う。が、今度は背後から別の鞭が飛び出しこちらに向けて襲いかかってきた。それも一本ではない。リュウを取り囲むように鞭が地面から次々と飛び出してきているのだ。まずい!

「くそっ、捕まってたまるか!」

 リュウは片足を軸に回転し、周りで踊り狂っている鞭を薙ぎ払うように“ほのおのうず”を叩きつけた。鞭達は驚いたように身を震わせながら、逃げるようにいったん地面へと再び潜り込む。しかし安堵する暇も与えず、そこからまた新たに鞭が顔を出しリュウに向けて飛びかかってきた。これではキリがない。
 と思ったが矢先、一本の鞭に不意に足を叩かれ、リュウはバランスを崩し盛大にすっ転んだ。しめたと言わんばかりに我先にとほかの鞭達も覆いかぶさるように雪崩れ込み、あっという間にリュウは縛り上げられてしまった。両腕諸共縛られているせいで振り払うこともできないし、身体ごと持ち上げられているせいで頼みの足もバタバタと空を泳ぐだけである。

「ウフフ……ようやく捕まえましたわよ」
「くっ、こうなったら……むぐっ!」

 火を吹こうと開いた口も、まるで予知していたかのように別の鞭で塞がれてしまう。
 攻撃手段がすべて封じられ、完全に身動きが取れない状態になってしまった。仮に動いたところで鞭によってさらに縛り上げられ、余計に体力を消耗する。とはいえこの状態でさらに首でも絞められたら、それこそ一巻の終わりだ。なんとかしてなるべく動かずに、この鞭から脱出しなければならない。
 十分に息を吸えていないため自信はないが、先程放ちかけた“ほのおのうず”を、今度は体内で発動させようとした。「妖しい森」でゴラド達と戦った時にも使ったこの戦法。こうすれば一気に体温が上昇し、熱さにめっぽう弱いジェミニであれば拘束を解くに違いない。

「言っておきますが、無駄な抵抗はしない方が身のためですわよ?」

 その「抵抗」をしようとしたところで、ジェミニが釘を刺してきた。こっちは抵抗しなきゃお陀仏なんだよ、と言い飛ばすこともできないまま、一先ず睨み返す。そんなリュウの様子を見て愉しんでいるのか、ジェミニは過去最高に不気味な笑みを浮かべていた。

「でないと、これからお見せする私の大技を堪能する時間が短くなってしまいますもの」

 どちらにせよ身のためにはならないではないか。リュウは顔をしかめた。
 しかし、大技といってもこの状態で何をするつもりなのだろう。現在ジェミニは“つるのムチ”を発動させている最中であり、普通であれば一つの技を使用しながら新たに技を発動させることはできないはず。かといってこのまま鞭を振り回してリュウを地面に叩きつけようものなら、その反動で拘束がわずかに解け、リュウに逃げる隙を与えてしまうだけだ。どちらかというと後者の方がこちらとしてはありがたいのだが。

「貴方にだけ特別、とっておきの秘技をお見せしましょう。もちろんタダというわけにはいきませんわ。代償は……貴方の活力、その全て!」

 リュウを縛っている鞭が、仄かに淡い緑色の光を放ち始める。

「さぁ、存分に味わいなさい!連結技――【ミストルティン】!」

 聞き慣れない技の名が朗々と響いた瞬間、リュウの身体に電撃を受けたような痺れを伴う激痛が駆け巡った。
 先程まで微かだった緑色の光が、目も眩むほどに眩さを増している。激痛の元凶はおそらくこの光なのだろう。一先ず鞭から逃れようと必死で身体をよじるが、激痛と重なるように急激な脱力感が襲いかかり、全身に込める力がどんどん弱まっていく。緑色の光に脱力感、この戦いの序盤で受けた“ギガドレイン”と酷似している。よく見るとさっきまでジェミニの身体に見受けられた黒焦げや火傷は見る影もなくなっていた。つまり、今ジェミニは“つるのムチ”と“ギガドレイン”、この二つの技を同時に発動しているのだ。





「えぇ!何あれ何あれぇっ!」
「ほーぅ、お嬢のあの技を食らえるなんて、あのワカシャモも随分運のいいこった」

 一方この戦いを観戦している者達も、レックルを除いてジェミニの技に驚きを隠せないでいた。技の後に続けて別の技を出すならともかく、ポケモンが一度に二つの技を繰り出すなんて、見たこともなければ聞いたこともない。

「なるほど、連結技か……」

 いや、エルリオもある意味例外だった。【ミストルティン】と呼ばれた技が発動した瞬間は目を見開いていたが、すぐに元の冷静な顔色に戻り、リュウが危機的状況に陥っているにもかかわらず興味深そうに技を眺めている。

「エルリオ、何なの?その『連結技』って」
「通常、我々ポケモンは一つの時に一つの技のみ繰り出すことができる。しかし、ある特殊な道具を使うことによって一度に二つの技を同時に繰り出すことが可能となるのだ。それを『連結技』と呼ぶ」

 私も実際目の当たりにするのは初めてだがな。と、ついでのように付け加えるエルリオ。

「もちろん二つの技を同時に放つのだから、その分体力の消耗も激しくなる。だがあのベイリーフは、“ギガドレイン”で相手から体力を奪うことでその欠点を補っているようだな」
「へぇ、そこのアブソルもなかなか分かってるじゃねぇか」

 レックルが白い歯を見せてニヤニヤしながら会話に入ってきた。彼としては褒めているのだろうが、流石のエルリオも敵味方の区別はちゃんとわかっているのだろう。照れも喜びもしないまま、ただずっとリュウ達の戦いを眺めている。レックルはそれを見て少しつまらなさそうな顔をしつつ、話の矛先を未だ捕らえているキトラに切り替えた。

「いくら相性が有利でも、あの【ミストルティン】を使われたら並みのポケモンじゃまず助からねぇぜ?縛り上げた鞭から直に体力を吸い取る技だ。抵抗もできないまま骨の髄まで活力を吸い上げられて、あとに残るのは抜け殻だけさ」
「そんな……そんな!リュウ……!」

 なんとか助けなきゃと暴れるも、レックルに掴み上げられている今の状態では、何をしても徒労に終わるだけであった。





「まぁ、もうお仕舞いですの?もっと楽しみたかったのですけれど」

 すっかり回復したジェミニもまた、不満げに鞭を揺らしている。
 その鞭の先では、リュウが未だ縛られた状態のまま、力なく頭を垂れてぐったりとしていた。俯いているせいでどんな表情かは窺うことができないものの、無機質にぶらつく足と筋肉の張りも感じさせないぶよぶよとした感触を残す身体が、その者の意識も体力も欠片すら残っていないことを示している。「死に体」という言葉が最も似合うほどの無様な姿だ。

「このまま止めを刺してもよろしいのですけれど、『公開処刑のためになるべく生かした状態のまま送検』という連盟様の命令がありますからねぇ……残念ですが、このまま本部まで連行するとしましょうか。レックル、さっさとこの者を――」

 レックルに運ばせるためリュウを放り投げようとした、その時。

「なるべく生かした状態……か」

 聞こえるはずがないと思っていた方角から声が聞こえ、同時に焼けるような音が上がった。

「きゃあああああ!熱いですわあああ!」

 甲高い悲鳴を上げて反射的にあらぬ方向へリュウを放り投げた。まるで人形のように手足を投げ出しながら放物線を描くように宙を舞うリュウ。そのまま地面に墜落すると思った瞬間、すんでのところで手足を使って受け身を取りつつ軟着陸をしたのだ。

「だとしたら、不本意だけど連盟には感謝しないといけないな。こうして大逆転のチャンスを作ってくれたんだからさ!」

 そう言いながら立ち上がるリュウの姿は、先程まで死に体同然だったとは到底思えないほど生気に満ち溢れていた。三又に分かれた鶏冠が爛々と緋色に輝き、その身体全体も仄かに赤い光を纏っている。まるでその身に炎を纏っているかのようだ。事実ジェミニが拒絶するほどに体温が急上昇しており、彼のみならずこのバトルフィールド全体の気温が急激に上昇しているのをこの場にいる誰もが感じていた。

「さぁ、遠慮なく反撃させてもらうぞ!」

 宣言するや否や、リュウはその口から火柱のような炎を吐き出した。これまで使用していた“ほのおのうず”とは比べ物にならないほどの威力を秘めた炎はジェミニを飲み込むだけに止まらず、地面諸共舐めるように焼き尽くしていく。砂漠なんて生温いと思うほどの高温が辺りを包み込むが、かまわずリュウはひたすらに地面に向けて炎を放ち続けていた。

「ふむ。特性の『もうか』が発動したか……」

 汗まみれになりながらも、エルリオが冷静な面持ちで状況を分析している。
 ポケモンが種族ごとに持つ「特性」。アチャモやワカシャモが持つ「もうか」は、体力が残り少なくなると炎の技の威力が飛躍的に上昇するというものだ。連結技【ミストルティン】で体力を極限まで奪ったものの、連盟の命令とやらでジェミニが止めを刺さなかったことで「もうか」の発動条件が満たされ、さらにずっと続いていた日照りのおかげでリュウの炎技の威力は伝説のポケモンに匹敵するほどにまで達していた。
 さらに、威力が上がったからといって、リュウはやみくもに炎を放っているわけではない。地面を焦がすことで地熱を上げ、ジェミニが先程使った地面から蔦を伸ばす戦法を封じたのだ。さすがに“つるのムチ”自体を封じることはできないが、こうすれば不意に伸びてきた鞭に拘束されることはないだろう。

「ひゃあ、あっついけどすごいねぇ!」
「お、おい、お嬢!とりあえずリュウから離れねぇとやべぇぞ!」

「お黙りッ!言われなくても分かっておりますわ!」

 周りで燃え盛る炎を鞭を使って払いながら、ジェミニが火の海から逃れようとする。しかし、下がれば下がるほどリュウも間合いを詰め、地面ごとジェミニを焼き尽くそうと火炎弾を放ってくるのだ。どこまで逃げても灼熱地獄。くらくらするほどの暑さに翻弄されながらも、ジェミニは別の方面で驚いていた。このワカシャモは、どうしてここまで戦える?あれだけ体力を奪ったはずなのに、あの力はいったいどこから湧き上がってくるのだろう?

「しつこいですわよ!“ギガドレイン”!」

 とにかくリュウとの距離を取ろうと、ジェミニが無数のエネルギー体を飛ばす。しかしリュウは避けることなく、相殺を計ったのか“ギガドレイン”に向けて“ほのおのうず”を放った。エネルギー体と炎、二つが真正面からぶつかり合い、ジェミニの目の前で大爆発を起こした。

「きゃあああああ!」

 爆風を受け、身体が宙へと持っていかれる。なんとか体勢を立て直そうと、上も下もわからないままジェミニは鞭を伸ばした。後少しで突き出た岩に鞭が届く――と思ったところで、目に映る光景がスローモーションで再生される。
 身を寄せ合うように立ち込める黒煙を突き破って、リュウがこちらに接近してくる。懐に力を込めた拳を隠している、“スカイアッパー”の構えだ。その拳を突き上げて止めを刺そうとするリュウと、まともに目が合う。炎よりもずっと赤く輝く緋色の瞳。その瞳に込められた意思と覚悟。

「なるほど。フォルテ殿が貴方を認めた理由……分かったような気がしますわ」
















「……ねぇ」

 しばらく立ち込めていた静寂を破ったのは、キトラだった。
 これまでの戦況はずっと見てきたはずだ。ジェミニの連結技で一時は絶体絶命の危機に陥ったものの、「もうか」によって一気に形勢逆転し、あっという間にリュウはジェミニを追い詰めた。最後の最後で起きた爆発で吹っ飛んだジェミニに、“スカイアッパー”の止めが刺さるところだった。それなのに、

「なんで、リュウが倒れてるの?」

 地面にできた巨大なクレーターを眺めながら、誰に向けてでもなくキトラが疑問を投げかける。
 クレーターの中央では、すさまじい勢いで相手を追い詰めていたはずのリュウが両腕両足を大の字に投げ出して倒れていたのだった。砂埃に塗れて傷の程度は定かではないが、完全に気を失っている。ジェミニの反撃に遭ったと考えるのが自然だが、あの状況でこんなクレーターができるほどの高威力の技を果たして彼女は使えたのだろうか。

「あと一歩、詰めが甘かったということですわね」

 片やジェミニは[オレンのみ]を食べて体力を回復させながら、倒れているリュウを冷ややかな目で眺めていた。

「ヒューッ、これは誰がどう見てもお嬢の勝ちだな。んじゃ約束通り、こいつの身柄は預からせてもらうぜ」

 レックルがひとっとびでクレーターに飛び込み、どたどたと足音を立ててリュウのところへと向かっていく。しばらく呆気にとられていたキトラだったが、すぐさま糸が切れたように走り出しレックルの眼前に立ちはだかった。

「おいおい、もう勝負はついただろ?そこをどきな、ピカチュウの坊っちゃん」
「ど、どくわけないじゃないか!だって……」
「お黙りッ!男のくせにピーピー騒ぐんじゃありませんわ!」

 ジェミニが鞭を伸ばしてキトラとレックルを黙らせる。キトラにはその足元の地面に鞭を叩いて威嚇したのに対し、さほど騒いでいないはずのレックルには何故か腹をぶっ叩くことで文字通り物理的に沈めた。酷い。

「さ、もう行きますわよ。レックル」
「ほげぇぇ……って、え?行くってどこへ?」
「私達の基地に決まってますわ!貴方とこのワカシャモの炎のせいで汗びっしょりですもの。今すぐにでも水浴びしたい気分ですわ!」
「あの、リュウはどうするんで?」
「ほかの救助隊にお任せするとしますわ」
「そっすか……って、えええええええええええ!」

 せっかく手柄になると思ったのによぉ……とうなだれるレックルを急かすようにジェミニがまた鞭をぶつける。バトルに勝ったというのにリュウを捕らえないという予想外の行動にキトラ達はただ呆然とするしかなかった。
 あぁ、そういえば。と、すでに背を向けているジェミニが思い出したように顔を上げる。

「彼の目が覚めたらお伝えくださいな。『ポケモン救助隊連盟』には私よりも遥かに高い実力を誇る救助隊が数多く在籍しております。私に手古摺るような体たらくでは、下手をすれば連盟にたどり着く前に叩きのめされるのがオチですわ。せいぜい自分の身を守れる程度には鍛えることをお勧めしますわよ」

 茶目っ気アピールするかのようにウインクをしながら、ジェミニはレックルを伴って去っていった。
 言葉もなくその後ろ姿を眺めていると、すぐ近くで息を吐いたような音が聞こえてきた。盛大な溜息をついたエルリオだった。呆れ顔で踵を返したと思うと、クレーターの中央で未だ倒れているリュウの元へと歩いていく。

「先程の話、聞いていただろう。リュウ?」

 エルリオの問いに答える代わりに、リュウがむくりと起き上がった。いつの間に目を覚ましていたのだろう。慌ててキトラとハルジオンもリュウの元へと駆け寄る。

「あっれぇ、リッくん起きてたのぉ?」
「大丈夫?酷い怪我……」
「……あんまり大丈夫じゃないかも」

 俯きがちに発せられた声にも元気がない。どこか大怪我をしているのかとキトラは心配になったが、すぐに理解した。リュウの言う「大丈夫じゃない」が、何を意味しているのか。

「でもさでもさぁ、リッくんあのベイリーフを結構寸前まで追い詰めてたじゃない?だのにどうして……」
「オレにも分からないよ。最後の“スカイアッパー”がヒットしたと思ったら、いきなり強い衝撃波みたいなものをぶつけられて」

 そのまま吹き飛ばされ、意識を失ってしまったのだという。

「“カウンター”だ」
「“カウンター”?」
「受けた物理技の威力を倍にして返す技だ。自身がダメージを受けること前提で発動する技だから、止めを刺すことができれば問題ない。だが今回は彼女の言うとおり、あと一歩及ばなかったようだがな」

 本来格闘タイプが多く習得する“カウンター”だが、ごく稀に他のタイプを持つポケモンも覚えているという。あれほどの炎攻撃を受けた上で、まだ“スカイアッパー”に耐えられるほどの体力をジェミニは持ち合わせていたというのだろうか。或いはただ単純に、今のリュウの実力では止めを刺すことすらままならなかったのだろうか。

「“カウンター”が予想外だったにしろ、あの時はそのまま炎技を放っていれば安全に勝つことができていた。実力もそうだが、貴様はバトルにおける知識、そして判断力が総じて足りぬ」

 満身創痍のリュウに対し身も蓋もない物言いをするエルリオ。そんな言い方をしなくても、とキトラは諌めようとしたが、当のリュウが無言で腕を伸ばしそれを止めた。彼自身が一番よく分かっているのだろう。今回の戦いの敗因が他ならぬ己自身だと。たとえ誰にもない特別な力を持っていても、それに甘んじてはいけないということも。

「ねぇねぇねぇ、じゃあさ、じゃあさぁ」

 こんな沈みかけた空気でも、ハルジオンは相変わらずハイテンションだった。

「実力が足りないなら特訓すればいいでしょぉ?僕、いい場所知ってるからさぁ、連盟行くついでにちょっと寄り道してこうよぉ!」


■筆者メッセージ
スマブラでも強い“カウンター”。
紀は守るという戦法を知らないためいつも返り討ちに遭ってました。


四十三話目にしてようやくオリ技タグを発動(?)させることができました。
二つ以上の技を1ターンで同時に繰り出す「連結技」。
原作をプレイしたことのある方なら頻繁に使っていた方も多いのではないでしょうか。
威力も取得経験値もお腹の減りもすさまじい代物です。

紀のポケダン小説では基本的にこの連結技をオリジナル技として扱わせていただきます。
原作準拠ですと「つるのムチ+ギガドレイン」というような表記になりますが、
字数は稼げるゲフンゲフンさすがに見た目がアレなので新たに名前を付けることにしました。
今後新しく出てくる度にこの場をお借りしてちょっとした解説を書こうかと思います。
文字数の関係上今回出てきた【ミストルティン】はまた次話にて。
橘 紀 ( 2016/11/12(土) 00:07 )