ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第五章 求むものは虚ろなる地に
第二十七話 毒を纏う洞窟
「ほい、[モモンのみ]二十個。一応確認はしましたが念のため数えておいてくださいね」

 品物をぎっしり詰め込んだ籠を客に手渡したのは、どくぶくろポケモンのマルノーム。「群青の洞窟」近くに広がる荒野にて小さな店を営んでいる商人だ。客が品物を数えている間、自分も今しがた受け取った代金を慣れた手つきで数えはじめる。
 彼の先祖は代々に渡ってダンジョンの中でバザーを営んできた、由緒正しき商人の家系だった。しかし、度重なる自然災害によって商売自体が困難となり、今はこの荒野でその日拾い集めた物を売って生計を立てている。
 とはいえヒトっ子一人通ることのないこの荒野ではもちろん商売にならず、集めた品物の大半は彼の大きな胃袋に収まっていく。これでは商人なんて名乗れたものではない。だからこそ、今日訪れた客は長年眠っていた彼の商人魂を呼び起こす稀有な存在だった。

「……あの、久しぶりの客ってことで喜ぶ気持ちは分からなくもないんですけど、やっぱり七割引っていうのは……」
「いいんですよ〜なんてったって本当の本当に久しぶりのお客様ですから。これくらいのサービスをしないと貴重なリピーターが一人減って……おっと、今のは聞かなかったことにしておいてくださいね」

 最後の方でちらりと本音を言ってしまったが、客は特段気にする様子もなく[モモンのみ]の個数を数えていた。高級そうな金属の足輪とぼろぼろの赤いマフラーをつけていることを除けばいたって普通のワカシャモだが、血よりもなお鮮やかな赤色の瞳に常人ではない気配を感じた。加えて彼がこの店に来た目的を聞いたらその風変わりさは一層増したものだ。

「しかしまぁ、貴方も物好きなヒトですねぇ。あの『群青の洞窟』に今から向かうなんて。やっぱり財宝か何かが目当てですかね?」
「いいえ、そんなものに興味はありません。でも、オレはあの洞窟を突破しなきゃいけないんです。……なんとしてでも」
「ふぅむ……」

 口では短く返しただけだが、実際マルノームは目の前の客に少しだけ圧倒されていた。語る彼の目つきは、まるでその中に炎を宿しているかのように燃え盛る決意の色に彩られていたからだ。聞こえのいい噂に踊らされ、欲に満ち溢れた賊が見せるものではない。
 実際これまでも何人か、「群青の洞窟」に足を踏み入れようとする者を見かけたことはある。近場で商いを営んでいる手前、一応思いとどまるよう警告はしているのだが、ありもしない財宝に目がくらんでいる彼等は聞く耳も持たず、何の用意もなしに飛び込んでは帰ってくることは二度となかった。
 リピーターになってほしいとは言ったが、そうでなくともこの少年には無事に洞窟を突破してほしいと願わずにはいられなかった。それほどあの「群青の洞窟」はこのアナザーの中でも指折りの難関ダンジョンなのだ。突破には一日以上かかってしまうほどの長さを誇り、そこに住むポケモン達もそんじょそこらの軟な救助隊ですら殲滅してしまうほど手ごわい。それに――

「おや、もう行ってしまわれましたか」

 あれこれ考え事をしている間に、名も知らぬ客は姿を消していた。今頃もう洞窟に突入していることだろう。マルノームは一先ず今日の客との出会いに感謝しながら、古ぼけた絨毯の上に並べてある品物を整理しようとした。
 すると、また足音が耳に入る。しかも今度は大人数。今日は吉日か何かか。

「今日はお客様が多いですね。ありがたいことです。ご用件は……」
「悪いが、俺たちゃ客じゃねぇ。救助隊だ」

 上機嫌なマルノームの目に飛び込んで来たのは、物言わずともベテランオーラを醸し出している救助隊のポケモン達だった。証である卵形のバッジをつけているあたり、間違いない。しかし、こうも大勢で来られるとさすがのマルノームも背筋に寒気が走った。もしや、ここで商いをしていることが法に触れるものだったのか?と。

「き、救助隊の皆様でしたか。失礼しました。私に何か?」
「そう怯えるな。俺達は今ヒトを探している。コイツに見覚えはねぇか?」

 目に見えてガタガタ震えているマルノームに、集団の先頭に立っているポケモンは一枚の紙を突きつけた。一面の半分以上に絵が描かれており、その下には細かな文字がびっしり連なっている。マルノームの記憶上これは手配書と呼ばれるものだ。そこには先程言葉を交わした赤い目のワカシャモのイラストが載っており、文字が記されている欄にはこう書かれてあった。

 罪状:この世界で起こっている自然災害の元凶




「……なんなんだよさっきの店員。でっかいスライムかと思ったら体の半分が口とか。話してる間食われるかと思ったぞ……」

 同じ頃、所変わって「群青の洞窟」内部。
 救助隊連盟が出したお触れによって自然災害の元凶と認定されてしまったワカシャモ――リュウは、本人がいないことをいいことに先程のマルノームの容姿に対する感想を言いたい放題愚痴っていた。これまでの救助活動で様々なポケモンを見てきたから大抵のことには驚かないつもりでいたが、少し足を伸ばしただけであんなインパクトのある化け……ポケモンに会おうとは。まさに井の中の蛙というべきか。
 数多のポケモンに追われ命も落としかねない状況の中で何をのんきなと思われがちだが、ここ数日リュウはこのような愚痴や考え事をしては不安を紛らわす毎日を送っていた。一緒に戦ってくれる仲間もいなければ、愚痴を聞いてくれる相手もいない。紛れもない孤独な逃避行だ。もちろんこのような現状を作ったのは他ならぬ自分自身だということも重々承知していたが、それでもやはり、心細さは薄れないでいる。
 呟いても薄れない不安は頭を振って無理矢理払い、リュウは二個目の[モモンのみ]を頬張ると、洞窟奥に向かって駆け出した。
 走るスピードに比例して流れていく青い壁。その壁はまだ人間とポケモンが共存していた遠い昔、主に宝石として採掘され重宝されていたらしい。しかし、リュウにとってはこの美しい鉱石も脅威の一つとなっていた。
 この鉱石はまるで呼吸するかのように気体を噴出しており、それには触れただけで皮膚がただれる、口に含めば命に関わるほどの有毒物質が含まれているのだという。この洞窟に住むポケモンが比較的毒に耐性のある毒タイプが多いのはそのせいだ。この石を宝石として扱うには慎重に掘り出し、有毒物質を取り除いてから市場に出さなければならない。もちろんこれはまだ人間がこの世界に存在していた頃の文化であり、ポケモンしかいない今は技術と共に宝石としての価値も失われてしまったらしいが。
 このような「群青の洞窟」についての知識も、先程の買い物中にマルノームから聞いたものだった。あの見た目に逃げ出さないでいたからこそこの情報が聞けたのだから、自分の勇気とあのヒトの親切に感謝しなければ。
 とはいえ、脅威はこれだけではない。幸いマルノームの様子を見た限りこの地域にはまだ伝わっていないようだが、リュウのことが全国指名手配扱いにされるのは時間の問題だろう。そうなってしまっては、出会うポケモンはすべて敵と言っても過言ではない。この洞窟では生命のある脅威と生命のない脅威が、板挟みとなってリュウに襲いかかってくるのだ。
 毒対策に解毒効果のある[モモンのみ]は大量に用意したが、この洞窟が果たしてどのくらいの規模なのか、内部はもちろん外観からでも皆目見当がつかない。今体内ではたらいているこの木の実の効果は、どのくらい待ってくれるだろうか?

「キシャアアアアアア!」

 早速、我を忘れた住人のお出ましときた。
 狂いに満ちた目で襲いかかってきたのは、棘の生えた背中と大きな耳が特徴的などくばりポケモン、二ドリーノとニドリーナの群れだ。この二体はもともと、ニドランというポケモンが性別によって異なる進化を遂げた者らしい。言われてみれば確かに見た目はそっくりだ。オスにあたるニドリーノは攻撃的な性格を象徴するかのように鋭い棘に覆われており、メスにあたる二ドリーナも温厚そうな顔立ちだがその身には小さいながらも毒を持つ棘を纏っている。
 ニドリーノの爪の斬撃をリュウはバックステップで避けると、十分に彼等から距離をとって炎を吐いた。リュウの口から放たれた炎は巨大な渦を巻き、先陣のニドリーノはもちろん後方の者達をも飲み込んでいく。この逃避行中に修得した“ほのおのうず”、やはりこのような狭い洞窟内でこそ威力を発揮するようだ。
 先へ進むのが目的なのだからいちいち彼等の相手はせず、“きりさく”や“にどげり”といった体術で牽制するという手もあるだろう。しかし、彼等は触れた者に[モモンのみ]数個でやっと治る毒を与える危険な特性「どくのトゲ」を持っている。目的を優先して飛び込み身を削るくらいなら多少手間をかけても安全を確保するべきだ。しかし、

「いたぞ、リュウだ!」

 追っ手の声が耳に入る。恐れていた挟み撃ちだ。リュウは粗方ニドリーノ達を焼き払った後、道具箱から[しゅんそくのタネ]を取り出して口に含み、さらに自身の姿を見えなくする不思議玉[とうめいのたま]を使って、目の前の敵が消えて呆気にとられている彼等から逃れることにした。
 そして、しばらく経つと……

「なっ、なんでこんなにポケモンがいるんだ……?」

 追っ手である何組かの救助隊の目に飛び込んできたのは、リュウが置き去りにした大量のニドリーノ達。災害の影響で我を忘れている彼等にとって、敵は必ずしもリュウだけではないのだ。目の前に異端者がいれば容赦なく潰す。その点に関しては、彼らが唯一のリュウの味方なのである。

「ちっ、アイツを逃がしたら元も子もねぇ!俺等はこいつ等を蹴散らすから、お前等はリュウを負うんだ!」
「おうよ!」

 何人かにリュウを追わせ、残った者達で敵を迎え撃つ作戦に出た追っ手達。だが彼等はまだ気が付いていないのだ。こうしている間にも、すでにこの洞窟が吐き出す毒が、彼等の身体を蝕んでいることに。

「う、うわああああぁぁぁ!」

 いつの間にか消耗していた体力に疑問を持つこともないまま、この場に残っていた者達は、二ドリーノとニドリーナの毒針の餌食となってしまった。




 走り続けていると、何となく坂を上っているような感覚がしてきた。もうすぐ出口だろう。早いところこんな毒洞窟とはオサラバしたいものだ。
 とはいえ、戦闘直後に全力で走れば疲れという名の反動も来る。弾む呼吸が整うまで、残り一つとなってしまった[モモンのみ]を齧りながら早歩きで足を進めた。
 ふと、キトラのことが頭をよぎる。今頃彼はどうしているのだろうか?手紙に書いた通り、おとなしく待ってくれていればいいのだが。勝手に基地を飛び出した自分に失望しているかもしれない。ないしは、意地でもついていこうと、自分を追いかけているのかもしれない。少なくとも後者でないことを祈る。
 今こうして過ごしていても、あの時の決断は正しかったのかどうか、まだ答えは分からない。普段のダンジョン探訪とは比にならないほどこの先何が待ち受けているのかも分からないし、例えキトラがピンチになっても助けてやれないかもしれない。だから、彼を基地に置いていったのだ。
 リュウには緋の炎もあるし、少なくとも自分の身一つは守れるほど鍛錬は積んできたつもりだ。この力、孤独の身である今こそ発揮すべきではないか。「空虚の地」の先に待っているであろう真実にたどり着くために。そして願わくば、残してきた親友に再び笑顔を見せられるように。
 自分になすりつけられた罪の種となった、「キュウコン伝説」。それに出てきた人間のことも思い出した。自己愛に溺れ、自分を守ってくれた相棒を見捨てて逃げた人間。もし彼がリュウと同じ状況に陥った時、どのような行動をとるのだろう?やはりリュウと同じように、相棒を置いて一人でこの危険な旅に出るのか。
 何を考えてるんだ。と、リュウは思わず嘲笑した。相棒を見捨てるくらい非情なアイツのことだ。わざわざ危険な道を選ばずとも、相棒とかに罪をなすりつけるなりするかもしれない。

 ――ソノ人間ガ、モシ自分ダトシタラ?

「くそっ……!」

 考え事が過ぎていらぬ疑問にたどり着いたところで、リュウは再び走り出すことにした。走っていれば、頭が空っぽになる。何も考えずに済む。
 そう、今この洞窟で地揺れが起こっていることにさえも、気付けない。

「うわ!」

 一際大きな地響きによってようやく察知したリュウは、転びそうになりながら慌てて壁際にしがみついた。ただの揺れではない。縦に横に、まるで巨人か何かがこの洞窟をつかんで揺さぶっているかのようだ。

 ……ピシッ。

 絶え間なく続く振動の中でも、この亀裂音だけは耳に入った。瞬く間に一つ、二つ、三つ、天井に稲妻のような割れ目が走り、その隙間から砂埃や小さな破片が零れ落ちる。
 やっとのことで立ち上がり、出口に向けて走り出したリュウの頭上に、無数の大岩が降り注いできた。


■筆者メッセージ
※「群青の洞窟」の設定は紀オリジナルです

実は今日でこの作品はめでたく一周年を迎えました。ぱちぱち。
何度言ったか分からないくらい皆様のご愛読&応援には感謝しております。
しかし紀も友人に言われるまで全然気づきませんでした。
てっきりまだ半年かと。早いものです。
一年かけてやっと折り返しだからこれ終わるのは恐らく来年?
そうなるならないにしても、少しでも長く連載を続けられるようにこれからも頑張っていきます。
橘 紀 ( 2015/07/18(土) 21:06 )