第二十話 炎海を貫く疾風
「サルベージタウン」は救助隊にとって装備品にあたる「衣」、リンゴや種などにあたる「食」を取り扱っている他に、拠点を置くための「住」の役割も担っている。リュウ達がいつも利用する店や倉庫、銀行がある商業区の周りに、火山や森、湖などポケモンの個々のタイプに合った自然豊かな居住区がそれを取り囲むように存在しているのだ。一般ポケモンが住んでいる他、施設がすぐ利用できるように救助隊がここで基地を構えることもある。リュウ達「エルドラク=ブレイブ」の救助基地もその一つだ。
さて、「サルベージタウン」の西に広がる「キノコの森」もその居住区の一つで、その名の通り栄養豊富な腐葉土があるため様々なキノコが生えている。湿気を含んだ空気を好むポケモンが住処にすることで有名だが、現在はあの湿気はどこへ行ったのかと思うほど乾燥した風が吹きつけ、それに煽られた炎が躍るように森の中を練り歩いているという状況だった。あまりにも勢いが強いのか、火災現場である森から何十メートルも離れている入口に立っていてもじりじりと焼けるような熱さを感じる。
バイラの言っていた通り、森の入り口は大勢の野次馬で埋め尽くされていた。これ以上森へ立ち入らないように、何組かの救助隊らしきポケモン達が怒鳴るような大声で注意を促している。広場よりも格段に密度が高いヒト混みをかき分けながら、リュウはキトラを探すことに専念していた。
ヒト混みの最前列に辿り着いたところで、やっとこさキトラを発見した。背中の甲羅にバズーカ砲を二つ取り付けた巨大な亀のようなポケモンを相手に、唾を飛ばして抗議でもしているかのようである。彼の後ろには、頭がキノコの笠のような形をしたポケモン――同族は見たことある、確か種族は「キノガッサ」とか言っていた。そのキノガッサが、森に向かって泣きながら誰かの名のような言葉を叫んでいた。
「通してよ!ボクだって救助隊なんだから!」
「気持ちは分かるが落ち着いてくれ。今我々『ハイドロズ』が消火活動をしながら逃げ遅れたヒトびとを捜索している。確かにヒト手が足りないってのも事実っちゃ事実だが、アンタどう見てもガキンチョだろ……って、おい!」
亀ポケモンの言葉を完全に無視して、キトラはほぼ強引に炎の海と化した森の中へ入っていった。呼び止めようとするその隙をついて、リュウも森の中へと飛び込む。
「おい、ちょっと待て!ここはガキの遊び場じゃねぇんだぞ!」
こんな火の海で遊ぶなんてまっぴら御免ですよ、と心の中で呟いておいた。
森の中は完全に赤関連の色一色に染まり上がっていた。かろうじて木の面影を残すものは何本か見受けられたものの、それ以外は全て無尽蔵に湧きでる炎に飲み込まれてしまっている。立ち止まっているだけで身体の水分さえも奪われていくようだ。吹き出る汗をぬぐい、リュウは血眼になってキトラを探し続けた。時折木が完全に焼き尽くされ、バキバキと音を立てながらこちらへ倒れかかってくるのを、地面に飛び込むようにして避けたり炎で弾き返したりしながら、少しずつ森の奥へと足を速める。すると、
「リュウ!」
声のした方向へ顔を向けると、確かにキトラはそこにいた。傍らには、「妖しい森」でも見たことのあるキノココが、遠目からでも見えるくらいにガタガタと震えながら座り込んでいる。
「キトラ、そのキノココは?」
「さっき、ボクの近くにキノガッサがいたでしょ?この子はそのヒトの息子さんだよ。どうやら逃げ遅れちゃったみたいで……」
キノココの進化系だというキノガッサが叫んでいたのは、このキノココの名前だったのか。一応二人とも無事を確認したところで、
「キトラ、いくらなんでも危ないじゃないか。救助隊として助けたいって言う気持ちもわかるけど、何も強引にこの森の中に入るなんて」
「う、それは……ゴメン。でも……」
何を思ったかキトラは顔が見えなくなるほどに俯き、ボソボソと口を動かした。
「ボクも……同じだから」
「えっ?」
「ボクも、火事でお父さんとお母さんを亡くしてるから……だから、放っておけなくて」
続けようと思った言葉が、回れ右をして喉の奥に引っ込んだ。
キトラの過去に関しては、自然災害によって両親を失ったこと以外あまり聞かされていない。もともと気軽に話せる内容ではない故に、今彼が語った事実はリュウの心の中に重い塊となって深く沈んでいった。加えて、知らなかったとはいえ諌めてしまった後悔が鎖のようにリュウの行動の一切を端から封じていく。キトラも依然として顔を俯かせたまま、両者は一歩も動かずそのまま時が流れていった。聞こえるのは炎がすべてを焼き尽くす音だけ。
しかし、それとはまた違った音が耳に入ると、キトラは突然顔を上げた。
「リュウ、後ろ!」
促されて背後に目を向けた刹那、リュウの目の前に火花が散った。
「ぐあっ!」
飛び散る火花からワンテンポ遅れて、身体に鈍痛が走る。突如として背後から飛びかかってきた「それ」は、その勢いのままリュウを燃え盛る巨木に叩きつけた。芯まで焼かれてすでに脆くなっていた木は、バキバキと重く乾いた音を立てて崩れ落ちる。強打した頭の当たり所が悪かったのか、リュウの意識は呆気なく吹っ飛んでしまった。
「リュウ!……ッ!」
キノココを連れ、危ういところで激突を避けたキトラだが、気絶したリュウを気に掛ける暇もなく再び跳躍して地を迸る炎を避けた。キトラに向けて炎を吐いた張本人は、まるでこの森を支配する業火のような猛々しい咆哮をあげる。黄金に輝く鬣と尻尾、炎のような橙色の体には切り裂かれた後のような黒い模様が刻まれている。でんせつポケモンのウインディだ。
「ど、どうしてウインディがこんなところに……?」
地に降り立ったキトラが独り言のように疑問を呟く。ここは「不思議のダンジョン」ではないはずなのに、ウインディの目はダンジョンで遭遇する我を失ったポケモン達と同じく、理性の欠片が見えないほどに血走っていた。
ウインディは辺りで渦巻く炎をかき集めるようにして身にまとい、先程リュウへの奇襲にも使った“かえんぐるま”で突進してきた。世界中に生息するポケモンの中でも指折りの素早さを誇るウインディの足は、そう簡単に避ける暇すらも与えない。キトラは素早く、なるべく大量に電気をチャージすると、疾走中のウインディの足元目がけて威力の高い“10まんボルト”を撃ち出した。
“10まんボルト”は地面に命中し、そんなに大規模ではないものの破片が飛び散るほどの爆発が起こり、ウインディの足を止めることに成功した。その隙にキトラはキノココとともにさらにウインディから距離をとる。周りの木々や叢はもう炎の塊と化し、キノココを匿う安全な場所などどこにもないため、こうしてかばうように戦わなければならないのだ。苦手な炎しか目に映らないせいか、小さな目から大粒の涙をこぼしながら震えるキノココ。これ以上戦いを長引かせたら酷だ。できれば早急にケリをつけなければならないのだが、
「……さっきはよくもやってくれたじゃないか!」
地面からの爆発に怯んでいたウインディの背後から、意識を取り戻したリュウが小隕石のような火球を放つ。普段滅多に怒らない彼の怒りに火がついたのはいいが、周りの環境と正反対になるようにキトラの顔が青くなった。
「り、リュウ、ちょっと待って!ウインディに炎技は……!」
時すでに遅し。リュウの放った火球は確かにウインディに直撃したのだが、火球は突然四方八方に飛び散り、ウインディの身体に吸い込まれるようにして消えていったのだ。
ウインディは標的をリュウに切り替え、先にキトラに放ったものより何倍も威力が高い“かえんほうしゃ”を吐き出した。飛び込み前転のようにキトラ達のいる方向へかわすが、放たれた火柱の勢いで巻き起こった熱風が、追い風のようにこちらへ襲い掛かってくる。
「な、なんなんだアイツ?オレの炎技が全く効いてないみたいだけど」
ウインディの次の動きに注意するため、声だけでキトラに問いかけるリュウ。最初の奇襲で木に激突した時にできたのか、背中に大きな焦げ跡が見えた。
「ウインディの特性は『もらいび』だよ!『ライメイの山』で見たガーディの進化系なんだから!」
「そういうことは、もっと早く言ってくれないかなっ!」
リュウは苛立ち混じりで吐き捨てると、強靭な足で地面を蹴り、“かえんぐるま”で突進してくるウインディを飛び越えるようにしてかわした。
あまり落ち着いていられる状況ではないが、キトラはやれやれとため息をついた。ここで「見た目が似てるんだから進化系だって分かってよ」と言ってもリュウには通用しない。タイプ相性や道具の効果など最低限のことは覚えているだけで、リュウのポケモンに関する知識は人間に例えれば五歳児にも満たないのだから。こうして経験しながら地道に覚えていくしかないのだろうが、さすがにここまで来ると戦闘の支障にもなりかねない。
今後の教育をどうしようかというのは後回しにしておいて、戦いに集中しなければ。
「“10まんボルト”!」
勢い余って茂みに飛び込んでしまったウインディに追い打ちをかけるように、無数の閃光が襲いかかる。無防備になっていたところに電撃をくらいウインディは悲鳴を上げたが、その悲鳴は徐々に低い唸り声に変わっていく。やがてウインディは何度目か分からない咆哮を上げると共に、電撃を焼き消すほどの炎をその身から吹きあげた。
やっぱりダメか、とキトラは唇を噛んだ。我を忘れているのだから少し調子を狂わせることができれば勝機はあるかと踏んでいたのだが、ウインディの力は理性の喪失というハンデを大きく覆すほどすさまじいものだった。
その原因の三分の一はリュウのせいなのかもしれないが、それにしても、このウインディの炎の威力は異常すぎる。いくら図体がデカいとはいえ、あんなに力を使ったらすぐに尽きてしまう、そうでなくとも今頃威力は少なからず弱まっているはずなのだ。しかし見たところ、ウインディの周りを取り巻く炎に衰えている様子はない。
ウインディの大きく開けた口から、またしても炎が吐き出される。キトラはあらん限りの力を込めて電撃を放ち、相殺を試みた。
炎と稲妻は正面からまともにぶつかり、周りで燃え上がる炎をも吹き飛ばしてしまうのではないかと思うほどの大爆発を起こした。目論見は大成功。しかし、そのことに対する安堵が大きな隙となった。
「嘘っ……うわあっ!」
膨れ上がる煙の中から突然ウインディの顔が見えたと思った瞬間、キトラはキノココと共に宙に弾き飛ばされてしまっていた。“でんこうせっか”よりも速いスピードで敵に突進する“しんそく”。炎タイプではないので大ダメージには至らず、キトラは空中で体勢を立て直して着地したが、彼よりも体重の軽いキノココはその倍吹っ飛ばされていた。落下先は火の海。今から走っても間に合わない。
「よっと!」
後少しで炎に触れるというところで、リュウがキノココをジャンピングキャッチした。そして着地の反動を利用し、今度はバック転でウインディの“かえんぐるま”を回避する。
「ふぅ、ちょっとヒヤヒヤさせちゃったね。大丈夫かい?」
神経の五分の二をウインディに集中させたまま、リュウが問いかける。“しんそく”の威力は“でんこうせっか”の二倍であるため生半可な体力でくらったらただでは済まないが、キトラが上手くフォローしたため掠った程度のようだ。キノココはガタガタと震えながらも、無事を示そうと何度も何度も頷いていた。
「キトラ、キノココを頼む!」
「えっ?う、うん!」
キトラのもとにキノココを預け、リュウはひとっ飛びでウインディの前に躍り出た。
「さて、不意打ちの借りはたっぷり返してもらうぞ!えっと、名前なんだったかな……とりあえずでっかいワンちゃん!」
我を失っていてもこの適当な呼び名は癪に障ったのか、心なしかさらに数倍大きく響く慟哭を上げてウインディが襲いかかってくる。視界の端でキトラがこちらを睨んでいるような気がするが、気にせずリュウは真上に飛び上がってウインディの突進を間一髪で避けた。
今まで散々がむしゃらに突進しては木や茂みに激突というサイクルを繰り返してきたせいか、ウインディの身体には小さな傷や焼き尽くされて真っ黒になった木の葉の欠片があちらこちらにこびりついていた。やはり繰り出す技が強力なだけで本人は至って利口ではなさそうだ。リュウは炎を纏って突進してくるウインディを避けながら、ただひたすら「時」を待っていた。そろそろこちらも息があがってきた。早く来て欲しいものだが……
すると、ウインディは身に纏わせていた炎を消し、そのままリュウ目掛けて大地を蹴った。“しんそく”だ。この「時」を待っていたと言わんばかりにリュウは不敵な笑みを浮かべ、真正面から突っ込んでくるウインディに向けて左腕を振り下ろした。
「ぐ……!」
小さな呻き声こそ上げたが、余裕綽々という表情を浮かべるリュウ。二メートルもあるウインディの巨体を、リュウはなんと左腕一本で受け止めていたのだ。さらに一歩、一歩、徐々にウインディの身体を押し返す。痛みなんて嘘のように感じない。身体の底から漲る力が強固な盾となっている。
心を落ち着かせて精神統一をすることで自身の能力をあげる技“ビルドアップ”。キトラがウインディと交戦している間、リュウはずっとこの技で能力を上げながら機会を待っていたのだ。防御力が極限に上がった今なら、物理技である“しんそく”に十分耐えられる。そのため、今まで出した中で唯一の物理技である“しんそく”を繰り出すその時まで、リュウはウインディの炎技を避け続けていたのだ。
さらに、“ビルドアップ”で上がるのは防御力だけではない。
「さて、そろそろ頃合いかな……っと!」
だんだんウインディの突進が弱まってきたところを見計らって、リュウは左腕に力を込めて相手の顔を押し返した。弾き飛ばさなくても、のけぞらせる程度まで行ったらそれで上々だ。無防備になったその顎に、リュウは渾身の蹴りをお見舞いした。ギャンという悲鳴を上げて、少しだけウインディの足が持ち上がる。
「さらに、もう一発!」
素早く開いた懐に潜り込み、リュウは二発目の蹴りを命中させる。二回連続攻撃の格闘技“にどげり”だ。“ビルドアップ”で防御と共に攻撃力も上がった状態のこの技を受け、ウインディは頭から炎の海に叩き落された。
森を食い尽くしきった炎は突然の来訪者にも容赦なく飛びかかり、ウインディを瞬く間に包み込んでいく。おかげでウインディがどうなったのか調べることはできなくなったが、“にどげり”は二発とも急所に当てたので、簡単には起きてこないだろう。そう考えて、リュウは踵を返した。
「リュウ!」
キトラとキノココがこちらにやってくる。二人とも一先ず無事のようだ。だがキノココの様子がおかしい。先程よりもずっと顔色が悪いし、ぜえぜえと小さいながらも荒い呼吸をしている。ずっとこの暑いところにいたので、脱水症状にかかっているのかもしれない。
「大変だよ!早くここから脱出しなくちゃ!」
「でもどうするんだ?ここはダンジョンじゃないから、[救助隊バッジ]でワープができないんだろ?」
「あ。そ、そうだったね……」
そう。確かに[救助隊バッジ]は指定した場所まで瞬時にワープできる便利な道具だが、「不思議のダンジョン」の中でないとその効果を発揮できないというデメリットがある。今リュウ達がいるこの「キノコの森」はダンジョンではないため、バッジを使って脱出することができないのだ。
どうしようか――あまり時間もない中で何とか善策を考えていると、背後から獰猛な唸り声が聞こえてきた。
「……危ない!」
直感が発する危険信号に身を任せるように、リュウはキトラとキノココを担ぎ上げて右へ転がった。間もなく彼等がいた場所を、炎の塊と化したウインディが駆けて行く。
「ま、まだ倒れてなかったのか!」
驚愕する三人の前に、赤々と燃える業火に包まれた獣が立ちはだかる。
考えてみれば、特性「もらいび」を持っている以上、いくら炎の海に叩き落しても全く意味がない。炎技の威力と共にウインディの怒りのボルテージがどんどん上がっていくだけだ。
案の定ウインディの身体は、“かえんぐるま”も使っていないのに炎に包まれている。あの状態でこちらから攻撃しようものなら逆にダメージを受けてしまうだろう。炎の勢いが強すぎてキトラの電気技も弾かれるかもしれない。万事休すだ。
しかし、
「リュウ、あれ見て!」
キトラに促されて前方に目を向けた。目に映ったのは、顔をしかめながらその場で足踏みしているウインディの姿。相変わらず炎に包まれているが、どう見ても苦しんでいるように見える。そして、
苦痛の雄叫びを上げながら、ゆっくりと横に倒れていった。
「ど、どうなってるの?」
リュウの腕から離れ、キトラが慎重にウインディの容体を調べる。息はしているようだが、その呼吸はか細かった。あの時の“にどげり”が今頃効いてきたのか?――そう断定するにはあまりにも無理があるだろう。
「おそらく、毒にやられたのだろうな」
聞き覚えのある声が耳に入った。続けて一人分の足音が、こちらに近づいてくる。リュウは最初こそ身構えたが、その正体を確認するや両の腕を下ろした。
「フ、フォルテさん!」
「やれやれ、やはりお主等だったか」
それだけため息交じりにつぶやくと、フォルテは倒れているウインディのところまで近づき、調べるように眺め始めた。「ライメイの山」以来何故か会う機会は増えたような気がするが、それでもその風格は近寄りがたい雰囲気を醸し出している。お取込み中だということは承知の上で、恐る恐るリュウが質問を投げかけた。
「あの、『やはり』ってどういうことですか?」
「『ハイドロズ』のリーダーから、救助隊を名乗るピカチュウと野次馬のワカシャモが警告を無視して森に入ったという報告があってな。まさかと思って向かって行ったらこの通りということだ」
そういえば、無理やり侵入した身であることをすっかり忘れていた。
キトラはともかく何故にリュウが野次馬のカテゴリに入っているのかが気になるが、考えてみればリュウは断りどころかほぼ無言でこの森で侵入したのだから、ある意味野次馬の乱入と見られるのも当然か。あのバズーカ亀、今も怒っていなければいいのだけれど。
「う……すみません」
「謝罪ならそこのキノココにしろ。依頼人を傷つけるのは救助隊としてあってはならんことだ」
静かに怒っていることがよくわかるほど低い声だった。先程の野次馬云々の思考が跡形もなくどこかへ吹き飛ばされる。
彼の言っていることは尤もだ。守らねばならない依頼人に傷を負わせるなど救助隊の世界では言語道断レベルなのだから。それを自覚しているからこそ、リュウは素直に言われた通りにした。当のキノココ本人も、こちらの謝罪に比例するかのように気にしないでくださいと何度も言うばかりであったのだけれど。
「でも、なんでキノココが攻撃されたって分かったんですか?フォルテさん、今ここに来たばかりなんでしょ?」
「掠った程度とはいえ、少し傷がついていればおおよそ検討はつく。それに、このウインディの様子を見れば明らかだ。先程言った通り、この者は毒に侵されている。おそらく“しんそく”か何かを繰り出した時、キノココの特性『ほうし』が発動したのだろう。それが致命傷になったようだ」
触れた相手を毒や麻痺などの状態異常にする特性「ほうし」。“しんそく”が掠った時に発動したのだろう。確かに依頼人を傷つけてはいけないが、結果的にこれがきっかけで危機を脱することができたというのもまた事実。なんだか複雑なものである。
「さて、長居は禁物だ。私が森の入り口まで送り届けよう。そこのウインディもな」
どうやってですか?とリュウが聞く前に、フォルテは素早く行動に移っていた。応急処置としてウインディの口の中に[モモンの実]を突っ込んだ後、両手に握ったスプーンを目の前で交差させ、ぶつぶつと何かを唱え始める。
すると突然、地面がほのかに青く輝き出した。足元を見ると、リュウ達を囲うように結界のような文様が地表に浮かび上がっている。程なくそこから一つ、また一つと小さな光の粒が立ち上り始めた途端、見えない何かに下から突き飛ばされて宙に投げ出される感覚をその身に感じたのを最後に、リュウの意識はそこで途切れてしまった。
数秒経ったのち、やっと意識がリュウのもとに舞い戻ってきた。最初に目に映ったのは先程まで一緒にいたキトラ達。その向こう側には「キノコの森」の入り口であることを示す大きな門。初めて来た時と比べると野次馬はだいぶ少なくなっているようだ。そして、振り向けば炎に包まれた広大な森。未だ尚執念深く燃え続けている炎に向けて、あるポケモンは地上から、またあるポケモンは飛行ポケモンに乗って空から水を噴射して鎮火作業に当たっている。
本当に森の入り口に戻ってきたようだ。フォルテ曰く、今使った技は“テレポート”の強化技らしい。通常使用者だけを瞬間移動させるこの技を、サイコパワーで増幅させて複数人を移動できる仕様にしたのだという。初めて見たリュウはもちろんのこと、形状は違えどこれが二度目であるキトラも、ゴールドランクに恥じない実力の片鱗を見せつけられただ感服するばかりだった。
「あ、ママだ!ママ〜っ!」
いち早く足音に気付いたキノココが、母親のもとに駆けていく。母親のキノガッサは目を潤ませて安堵の言葉を叫びながら子をしっかりと抱きしめていた。しばらくその光景を、リュウもキトラも頬を緩ませて眺めていると、
「フォルテ殿、ご協力感謝する。あと、そっちの坊主達もお手柄だったな。さっきはガキンチョだと言ってすまなかった」
入り口でキトラやリュウを止めていた亀――種族はカメックスというらしい――がこちらにやってきた。こちらが救助隊だと分かってくれたらしく、怒っている様子でもないことにひとまず安堵した。だがそのカメックスも、フォルテがリュウ達と共に連れてきたウインディを見るなり、その顔は険しくなる。
「コイツが、この火事の犯人ってか?」
「断定はできぬ。お主も知っている通り、本来ウインディはここより南にある火山地帯を住処にしている。それが何故、わざわざ『キノコの森』に姿を現したのか……どうも私には、こやつが火事の直接的な原因とは思えないのだ」
確かに、このウインディが火事の犯人だとすれば何もかも辻褄が合う。しかしフォルテの言った通り、わざわざ住処から北上してまで湿地帯である「キノコの森」に何故足を踏み入れたのかがどうしても説明がつかないのだ。さらに、「キノコの森」の湿度は蝋燭の灯程度の火が長く燃え続けていられないほど高く、ちょっと木や草花に引火した程度ではあのような大火事には到底ならない。しかし、現に今の「キノコの森」は、数分経っているだけで喉の渇きを感じるほど乾燥してしまっている。
このことを考慮に入れると、原因究明はそう簡単にはいかないようである。やはりこれも自然災害が何か関係しているのだろうか?
「ガティノ。ウインディの件も含めて、この火事のさらなる調査を頼んでもいいか?」
「ハハッ、天下の『FLB』リーダー直々の頼みごとときたら……断るわけにはいかねぇな」
ガティノと呼ばれたカメックスは粋な笑みを見せると、倒れているウインディをひょいと背負い、キノガッサ親子と共にその場を離れた。火災が収まる瞬間を目に焼き付けたいのか、しぶとい野次馬がまだ何人か残っている。フォルテはそんな彼等を傍観半分で眺めていたが、一つ溜息を吐くと、踵を返してガティノ達とは反対の方向へ歩み始めた。数歩歩いたのち、徐に振り向き口を開く。
「お主等に聞きたいことがある。ついて来い」