ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







小説トップ
第三章 前途の光か、後背の影か
第十八話 一歩、歩み出す ―変―
 俯いて走っていても、だんだんと目の前が明るくなってくるのが分かる。頭痛もだいぶ軽くなってきた。電磁波が薄くなってきているのだろう。
 洞窟の出口だ。もうすぐここから出ることができるんだ。

 キトラを置いて。

 こうなることは分かっていたのに、選んだのは自分であるはずなのに。それを実感するのが嫌で、なるべく光を見ないように、リュウは俯きがちに歩みを進めていた。脳と心を満たすのは虚無感と罪悪感。それでも、耳は飛び込んできた声を容赦なく拾っていく。

「お主は――」
「リュウ!」
「リュウさん!」

 重く感じる頭を上げると、そこには三つのヒト影が立っていた。ルースと、彼女が背負っている籠に入ったトーチ。広場でよく顔を見るエウロパに、救助隊「FLB」リーダーのフォルテ。みんな同じように驚きに満ちた顔で、けれども先程のキトラと同じように、安堵の目でこちらを見ている。

「無事だったのか!柄の悪いエレキッドに連れ去られたから、一時はどうなるかと……」

 エウロパが飛びつくようにこちらへ駆けより、手を差し伸べてくる。フラフラながらもその手を取ろうとしたその時、心の奥で静かに揺れていた黒い灯が、ぶわりと膨らんだような心地がした。

「来るなッ!」

 反射的に叫び、差し出されたエウロパの手を思い切り蹴飛ばしてしまった。エウロパは心配してくれているのに、手を差し伸べてくれたのに、身体が反射的に拒んでしまう。悪いと思う余裕さえ、黒い灯が跡形もなく食い尽くしていく。
 だがやはり、こんな仕打ちをくらっては流石のエウロパも黙ってはいない。

「何すんだよ!ヒトが折角心配してるってのに!」
「よせ、エウロパ」

 憤るエウロパを、フォルテが前に出て左手で制した。その顔は、またも何を考えているか分からないほどの無表情に戻っている。会話をしやすくするためか、片膝をついて姿勢を低くし、リュウと近い目線になった。

「キトラはどうした?」
「先に逃げて……助けを呼んでくれって」
「そうか。ではまだ洞窟の中なのだな」

 フォルテは淡々と答えただけで、それ以上深入りしてこなかった。リュウが一人で洞窟から出てきたということは、キトラを見捨ててきたということなのに。なんでオレを責めないんだよ?

「ならば早急に洞窟内部へ向かわねば。助けを呼べということは、奥で何者かに襲われているということだろう。リュウ、お主もかなりの傷を負っているな。ここでエウロパ達と待って――」
「……なんでだよ?」

 俯きがちに出した消え入りそうな声でも、フォルテ達は気付いてこちらに顔を向けた。

「なんでみんな、オレのこと心配するんだよ?オレは……自分に力がないことも知らないで、勝手に『ライメイの山』へ救助に行くって言い出して、結果的にサジェッタを失って……。サジェッタは、オレが殺したも同然だ。オレが、アイツ――キトラから親友を奪ったんだ!そんな奴が救われる資格なんて……そんなの……!」

 言葉を紡ぐのに必死になっていたせいか、目から涙をぼろぼろ落としていることにさえ気づかなかった。「ライメイの山」のあの日以来ずっと心にしまっていたこの思い。言葉にすれば幾分かすっきりすると思っていたのに、どういうわけかかえって心を締め付けてくる。
 エウロパもルース母子も、リュウの叫びを聞いたきり言葉を失ってしまったようだ。何かを言いたそうで、でも何を言えばいいか分からなくて、見るからに狼狽している。
 だがフォルテだけは、狼狽えなければ驚きもせず、ただずっと深さと静けさを湛えた漆黒の目でリュウを見ていた。

「……そうだな、お主の言う通りやもしれぬ。あの時お主がガニメデの救助に行くと言いださなければ、サンダーと戦うこともなかった。サジェッタがお主を庇って命を落とすこともなかっただろうな」

 フォルテは事実を言っているだけだ。それは自分でもしっかり自覚しているはずなのに、またしても心が締め付けられるような心地がする。
 確認したいことがあるのだが、とフォルテは切り出した。

「キトラに逃げろと言われたということは、あ奴に一度会ったということだな」

 一つ頷く。また涙が零れ落ちる。

「その時のキトラは、どんな顔をしていた?お前が言うように、家族同然の親友を奪った者に対して、怒りや憎悪の目を向けていたか?」

 閉じかけた瞼が、不意に持ちあがる。
 少しだけ光が差した目に、あの時のキトラの顔が浮かび上がった。リュウを見つけるなり揺さぶって、何度も無事を確認してきた。大丈夫だと答えた時の、あの涙ながらの笑顔。ヒトを憎んでいては決して浮かべることのできないものだ。

「違う。泣きながら笑って、無事でよかったって、言ってくれた……」
「そうですか。あぁ、よかった……」

 そう言って胸をなでおろしたのは、ルースだった。

「キトラさん、ずっと貴方のことを気にかけていたんですよ。自分が笑顔で励ませば、きっとリュウさんも笑顔になってくれるって。境遇は違っても、サジェッタさんに負けないくらい、リュウさんもかけがえのない親友だからって」
「オレが、親友……?」

 幼馴染の命と引き換えにのうのうと生きているオレを、親友と言ってくれているのか?アイツは。
 入院していた時に何度も見ていたあの悪夢が蘇る。虚ろな目にたくさんの涙を浮かべてこちらを責めたキトラ、今その姿に大きく亀裂が入ったような気がした。

「我々とて『ライメイの山』でお主達に何があったのかを事細かには知らぬ。故にお主達が今どのような思いに囚われているのかを察することもできぬ」

 だが――と、間髪入れずにフォルテは続けた。

「それでもキトラや、お主が関わった全ての人々は、お前が立ち直ってほしいと願っている。再び前を向いて、己が道を歩むことを願っている」
「……どうして?」
「ガニメデが攫われたあの日にお主が言った言葉、よもや忘れたわけではあるまい?」

 ――オレ達も行きます、ガニメデを助けに。

 今となっては、サジェッタを失ったきっかけとして、最も強くリュウを苦しめていた言葉。今思えば、あの時がヒトを救いたいという意思を最も強く言葉にして放った時であるはずなのに。

「『アナザー』の自然災害は日に日に深刻化してきている。危機に陥ったヒトを救助に行こうとして、救助隊自身が命を落としてしまうことも珍しくない。そんな中で、真に助けたいという意思をその目に秘めてお主があの言葉を放った時、私は理解できた。新米救助隊であるお主等が何故、ここまで『サルベージタウン』のヒトびとの心に刻まれているのか」
「オレは、そんな大それた存在じゃ……」
「少なくとも、キトラは誇りに思っただろう。同じチームメンバーとして、親友として、確固たる意志を持って救助を買って出たお主を。そして恐らく……サジェッタも、な。でなければ、お前の提案を受け入れることはしなかっただろう」

 当然だ。リュウは「エルドラク=ブレイブ」のリーダーでもなければ、チームの中で一番キャリアが低い。ともすればチーム全滅もあり得るこの危険な救助依頼を受けようなんて言える立場ではないのだ。
 ならば何故、キトラとサジェッタは賛成してくれた?やはりフォルテが言うように、あの言葉を放ったリュウの影響か?
 今まで積み上げてきた思いや考えが一気に崩されて、空っぽになった心地がした。呆然とするリュウをその目に見据えながら、フォルテはゆっくりと立ち上がる。

「結果として救助は成功したが、それと引き換えにお主達は友を失った。それは紛れもない事実であり、その原因はお主が無力であったことなのかもしれぬ。その無力を、そしてキトラの思いを知った上で、お前はこれからどうする?これまでのように全てを拒み、己の殻の中で時を過ごすのか、それとも」

 その先は何も言うことなく、フォルテは懐から何かを取り出した。未だ俯いているリュウに見せるかのように、再び跪いてそれを差し出す。
 その手に握られていたのは、「エルドラク=ブレイブ」の救助バッジだった。災害からヒトびとを救いたいという意思を持った者達の象徴。そう言えばあの時、キトラが置いてきたと呟いていた気がする。彼が持っていれば、これで二人とも脱出するつもりだったのだろう。

「それ、ここに来るまでの道で拾ってきたんだ。キトラのやつ、相当慌ててたみたいだな」

 要するに、ここへ向かう最中に落としたのか。エウロパは口の端を小粋に吊り上げて笑っていた。からかっているようにも見えるが、その言葉は別の意味も含まれているような気がした。

「もとより私もお主達を助けるつもりでここへ来た。お主が願うならば私がキトラの救助に向かおう。奴の頼みでもあるからな。だが、もしそれに抗おうとする気持ちがあれば……」

 その言葉が終わる前に、リュウの心は決まっていた。
 リュウはフォルテの手からバッジをひったくると、踵を返して再び洞窟内部へと向かった。またぞろ電磁波による頭痛が襲いかかってくるが、歯を食いしばってそれに耐え、ただひたすら岩に囲まれた道を駆け抜けた。




 明らかに自然のものとは思えないバチバチとした音が響いたのは、それから間もなくのことだった。
 脱出するときは長い距離に思えたのに、いざ奥へ進もうとすると拍子抜けするほど浅い洞窟だ。それはさておき、リュウはそのバチバチ音の音源に辿り着くと、一先ず岩陰に隠れて様子を伺った。電磁波による頭痛はすでに最高潮に達しているため、なるべく手早く状況を把握しなくてはならない。
 身体から絶え間なく火花を出しているシルエットが二つ。電撃が放つ光のおかげでその姿もはっきり見ることができた。小さな影と大きな影、キトラとエレブーだ。両者とも電撃を放って互いをけん制しながら睨み合っている。
 しかしその様子には明らかに差が出ていた。まだ四肢という戦闘態勢ながら、キトラは遠目からでも見えるくらい息を切らしている。一方のエレブーは本当に今まで戦っていたのかと思うくらい二の足でしっかりと立って、肩で息を吐いているようにも見えない。この世界に来て初めて戦った強敵ナッシーと同じく、電磁波で理性を失ったせいで疲れなどの感覚さえもマヒしてしまったのだろう。

「ウオオオオオオ!」

 その口から放たれる咆哮も、まるで暴走した獣のようだった。頭部の角から光線のような電撃が放たれる。キトラは小さく飛び退いてそれをかわすが、反撃の隙も与えずエレブーは第二波を放った。雨のように降り注ぐ稲妻を跳ねるようにして避けているキトラ。しかし、やはり彼も頭痛で意識が朦朧としているのだろう。地を蹴るその足は今にも転んでしまいそうなくらいふらついていた。

「うわ!」

 とうとう、足がもつれて倒れてしまったようだ。その拍子に、彼の肩にかかっている巾着袋から輪っかのような何かが飛び出し、コロコロと地面を転がっていく。キトラもそれに気付いたらしく急いで取りに行こうとするが、その無防備な状態を待ってましたと言わんばかりに、一段と強力な雷閃が標的を射抜こうと空を走る。
 しかし、その雷閃はキトラに命中するギリギリのところで弾けて消えてしまった。

「え、リュウ……?」

 呆気にとられたような顔でキトラがこちらを見ている。彼の盾になるかのようにリュウは立ち止まってエレブーを睨みつけた。その眼前では先程霧散した稲妻と、それを弾いたリュウの炎の残滓が、場違いな流れ星となって地面に降り注いでいた。

「どうして……どうして戻ってきたの?フォルテさんには会えなかったの?」
「会ったよ。でも、助けは呼ばなかった」
「!なんで……」
「元はと言えばオレが引き起こした事態なんだ。ヒトに任せて、オレだけが逃げるわけにはいかない」

 それに、とつなげると同時に、リュウは大きく息を吸った。

「もう誰も失わない。今度こそ助けるって決めたんだ。その相手が大切な親友なら、なおさらだ!」

 新たに固めた決意と意思を込めて、リュウは自身より何倍も大きな火球を放った。小隕石のように尾を引いて地面すれすれを駆ける火球はしかしながら、エレブーの電撃を纏った腕によって弾かれてしまった。
 エレブーはそのまま電気を帯びた拳を、飛び込みざまにこちらに向けて振り下ろしてきた。リュウが散々食らったエレキッドの拳よりも威力は高いが、その分モーションも大振りで隙も大きい。リュウとキトラは二手に分かれ、鉄槌の如く振り下ろされた拳を避けた。
 リュウは素早く体勢を整え、エレブーに向けて再び火球を放つ。エレブーと渡り合えるほど万全というわけではないが、キトラが体力を消耗している以上、なるべくエレブーの気を彼から逸らさなければならない。しかし、火球は確かにエレブーに命中したはずなのに、気を逸らすどころか当たったことにさえエレブーは気付いていないようだった。
 弱い、弱すぎる!リュウは内心で自分を叱咤した。弱さや自責に囚われるあまり自身で作り出してしまった闇を、フォルテ達が気付かせてくれた確固たる意志で完全に取り払ったはずだ。それなのに、その意思はまだまだ弱いと知らしめるように炎はなかなか威力を増してくれない。このままじゃ、また――

「リュウ、危ない!」

 キトラの注意で我に返ったリュウの目に、エレブーの巨体が飛び込んでくる。いつの間にか、先程までキトラを襲っていたエレブーが眼前にまで迫ってきていた。そのカラクリが光をも超える速さで敵に体当たりする“でんこうせっか”だと分かった時にはもう、リュウは呆気なく宙に投げ出されていた。

「ぐぅ……っ!」

 壁にしたたか頭をぶつけたせいで、地面に墜落するまで気絶していたらしい。俯せ状態ながら力を込めて、なんとか顔だけは上げることができた。二重の頭痛で視界はぼやけたり少しはっきりしたりを繰り返している。そんな中で見えたのは、エレブーがキトラをじりじりと追いつめている光景だった。エレブーは再び拳に電気を纏わせている。あれが直撃したら今度こそ間違いなくただでは済まないだろう。少しでも遠ざけようとキトラは何発か電撃を放っているが、タイプ上まるで効果がない。

「そんな……嫌だ、嫌だ!キトラ……!」

 こんな思いを口にしたって、何かが変わるわけがない――そのはずだった。
 視界の端で、真っ赤な光が明滅している。首だけを動かしてそちらに顔を向けると、腕輪ほどの大きさのリングがそこに落ちていた。中央には丸く磨かれた赤い宝玉が埋め込まれており、そこからあの赤い光が放たれているのであった。

「この光、まさか……緋色の炎と同じ……!」

 リュウがその光の正体を認識した瞬間、緋色の光はさらにその大きさを増し、リュウをすっぽりと包みこんでしまった。
 闇を焼き尽くさんとするほどの強い光なのに、包み込むような不思議な温かみを感じた。これまで追った傷も癒え、焦りと恐れで張りつめていた心が解けていく。リュウに枷をはめていた何もかもが、嘘のように消え失せていく。




「ガアアアア!」

 狂いが高じて裏返った雄叫びが響き渡り、エレブーの“かみなりパンチ”が眼前に迫ってきた。なんとか回避しようとふらふら後退るキトラを、無情にも背後の壁が捕らえる。出せうる限りの電気はもうほとんど使い果たしてしまった。どんなに両頬の電気袋に力を込めても火花すら出ない。
 やっと、リュウとまた救助隊として過ごせるのに。こんなところで倒れるわけにはいかないのに!
 心の底からの叫びも空しく、キトラはその場に座り込むしかなかった。

「……え?」

 何かがぶつかった音は聞こえた。自分はエレブーの“かみなりパンチ”を食らって、ともすればここで倒れているはずだ。しかし、痛みも感じなければ、吹っ飛ばされることもなく未だその場に座り込んでいる。
 “かみなりパンチ”が引き起こす火花の音で、弾かれたようにキトラは顔を上げた。
 本来自分が食らうはずだった雷の剛腕を、見慣れないポケモンが二の腕を交差させて受け止めていた。首までずり落ちてマフラーという形になっているが、使い込まれたようにボロボロになった緋色のバンダナ。足にはサジェッタの形見である腕輪がアンクレットとしてはめ込まれている。そして見切れるギリギリのところで見える、燃えるような緋色の瞳。
 これらを上げれば、エレブーの拳からキトラを守ってくれたのは間違いなく親友であるリュウだ。しかし、その姿は見慣れたものとは大きくかけ離れている。
 細長いシルエットはキトラの二倍の高さ。三股に分かれた鶏冠はそのままだが、その鶏冠と胴体の色はアチャモの時のそれと逆転している。エレブーのパンチを受け止めている腕からは鋭い三本の長い爪が生えており、押し負けないように踏ん張るその両足は太く強靭なものとなっていた。
 目の前にいるのはリュウであり、アチャモが進化を遂げた姿であるわかどりポケモンのワカシャモだ。ということは、

「リュウが……進化、した?」

 眼前の存在が雄弁にその事実を物語っているが、それでも今見えている光景が信じられなかった。昨今から続く災害で自然のバランスが崩れた影響で、現在この世界に住む者達は進化をすることができないはずなのに。

「うおおおおお!」

 あまりの驚きに混乱した頭でも、この声はまさしくリュウのものであると認識できた。リュウは腕に力を込めてエレブーの拳を弾き返すと、がら空きになった懐目がけて目にも留まらぬ速さの斬撃と蹴撃を叩きこんだ。旋風のようなその攻撃の勢いに負けて、面白いようにエレブーが洞窟のさらに奥へと押し流されていく。
 とうとう二人の姿が見えなくなった頃、暗闇の向こうで大きな爆発音が起こった。遅れて土埃が空気の流れに乗ってこちらに押し寄せてくる。そしてゆっくりと膨れ上がる土煙の中から、一つの影――リュウが飛び出してきた。宙でくるりと一回転し、両足でしっかりと軟着陸する。
 その向こうを目を凝らしてよく見ると、全身痣だらけのエレブーが壁にめり込まれた状態でぐったりとしていた。起きる気配は微塵も感じない。進化して新たに習得した格闘技で、リュウはいとも簡単にエレブーを撃退してしまったのだ。

「リュウ!」

 鉛のように重くなった足を引きずりながら、キトラは一歩、一歩とリュウの元へ駆け寄った。リュウもそれに気付いたのか、キトラとは逆に今まで受けたダメージなどどこ吹く風というふうに軽い足取りでこちらへ向かってくる。

「キトラ、無事か?」

 その声を聴いて、あぁやっぱりリュウだと確信できた。こみ上げてくるものを抑えるのも兼ねて、何度も何度もキトラは頷く。
 しかし、その安堵も瞬く間に消え失せることとなった。

「そっか、よかっ――」

 突然その足がふわりと地を離れ、リュウは仰向けに倒れてしまったのだ。キトラが慌てて駆け寄り呼びかけるが、どうやら気を失っただけらしい。電磁波の頭痛が限界を超えてしまったのか、あるいは進化したばかりの慣れない体で無理な戦いをしたからか。いずれにせよ、早くこの洞窟から脱出しなければ。

「!これは……」

 倒れこんだ拍子に、リュウの懐から何かが転がり落ちたようだ。両端に白い羽根の形状をした板が取り付けてある、卵形のバッジ。[救助隊バッジ]だ。ここに来る途中で落としたかと思ったが、リュウが持ってきてくれたのか。

「……そうだね、ボク達はチームなんだ。依頼が達成したら、全員一緒に帰らなきゃ」

 キトラは確かめるようにバッジを握りしめると、高々とそれを頭上に掲げた。バッジから白い光が放たれ、ゆっくりとリュウとキトラを包み込んでいく。
 こうして、「エルドラク=ブレイブ」は「電磁波の洞窟」から離脱したのだった。




 洞窟入口に着陸すると、やはりというべきか案の定というべきか、そこで待っていたエウロパやルースから矢継ぎ早の質問をぶつけられた。その内容のほとんどは、もちろん傍らで倒れているワカシャモ――リュウのことについてである。

「ほ、本当にこのヒトが、リュウさんなんですか?」
「はい」
「信じられない、このご時世に進化なんて……」

 二人とも現在の進化のことをある程度知っているからか、早々にリュウの進化には信じることができないでいるようだ。が、やはりフォルテだけは、すべてを見通したような眼差しをキトラ達に向けていた。

「二人とも、そこまでにしておけ。とにかくリュウを病院に搬送せねばならんな。全員、私の近くに集まってくれないか」

 キトラ達が言われた通りにすると、フォルテは両手に持ったスプーンを交差させ、静かに目を閉じた。
 すると、二つのスプーンがまるで意思を持ったかのように主の手から離れ、宙を舞いながらキトラ達の周りを旋回し始めた。虹色の光を纏ったスプーンが空を横切る度、その軌跡に不思議な文様や文字が刻まれていく。“テレポート”をサイコパワーで増幅させた、空間転移の術だ。本当にあったんだ――と思ったその時にはもう、キトラの意識は空間移動によってかき消えてしまった。





「主の意思によって強化された緋の力が、新たな変化を呼び起こした……か」

 キトラ達が消えた後の空間を木陰で眺めながら、そのポケモンは独り言ちた。秋が近いとはいえまだ残暑が居座っているという天気にもかかわらず、今日も分厚い布でできたローブをまとっている。今となってはもうその者しか知り得ぬことだが、「妖しい森」で囚われの身になっていたサジェッタを助け出したポケモンだった。

 ――恩に着る。じゃ、俺は仲間を助けに行く。この借りはいつか返すからな。

 脳裏にあの時のサジェッタの言葉が再生される。「借りを返す」という約束は果たせなくなってしまったけれど、今回の一件であのアチャモ――リュウの持つ緋の炎について、新たな側面を知ることができた。それだけでも十分な報酬だ。

「さて、まだまだ緋の力については未知の部分が多い。……今後が楽しみだ」

 パタパタと仰ぐ襟とフードの間で、ポケモンは微かにほくそ笑んだ。


■筆者メッセージ
これにて第三章終了です。お疲れ様でした。
色々ぶっ飛んだ展開になってしまいましたね。反省はしてます。
二度とやらないわけではありませんが(
橘 紀 ( 2014/12/03(水) 22:31 )