ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第三章 前途の光か、後背の影か
第十六話 一歩、歩み出す ―動―
 キトラが初めて他人に涙を見せたことをきっかけに、暗みがかった彼等の世界に道ができ始めた。
 その先に何が待ち受けているかも分からないまま、彼等は歩み始める。一見正反対の方角に向かっているように見えるが、辿り着く結末はきっと同じだ。彼等が今も、固い絆で結ばれているのなら。




「フォルテ、また考え事か?」
「……む」

 思案でぼやけていた視界に、長い首をもたげて覗き込んできたレバントの顔がくっきりと映る。どうやらまた、目に見えるほどに考え事に夢中になっていたようだ。フォルテは顎に当てていた手を下ろし、頭を切り替えるために周りを見渡した。
 今日もいくつかの救助依頼をこなし、時刻はもう夕暮れ。薄く長い雲が漂う紫色の空の下、昼時よりずっと少なめだが、「サルベージタウン」の住民は夕餉のための買い物をしたり家路についたりと忙しなく動いていた。それでも一度「FLB」を見れば、こんばんはとかお疲れ様ですといった挨拶を投げかけてくれる。

「お前の考え事はいつものことだが、この街に来てからは特にボーっとしてるよな。なんかあったのか?」
「たいしたことではない」

 あまり深追いされると面倒なので、ふいと顔をそむけて先へ歩き出す。顔は見えずとも、背後でレバントが怪訝そうな表情をしていることは、何となく背後の視線で感じ取れた。

「そうかぁ?頭の切れるお前のことだ。なーんか重大なことでもあったんじゃねぇかなって……あ、わかったぞ。この街で可愛い娘っ子ちゃんでも見つけたか?」
「そりゃここに来てから所構わず女性に声をかけてるお前のことだろ。しかも今のところ四十八戦四十八敗らしいじゃないか」
「ぶっ……!このヒト通りのど真ん中で何暴露してんだよバチスタ!あとそんなに負けてねぇよ、三十戦三十敗だ!」
「いや十分惨敗真っ盛りだろ!」

 くだらない妄想が高じて妙な口論が始まったようだが、いちいち気にしていたらきりがない。フォルテは一つ溜息を吐くと、背後で騒ぐチームメイト二人を残して広場を離れた。もとよりヒトの多い場所はどちらかというと得意ではない。再び思案に暮れようと思っているのなら、なおさらだ。

 この街―――「サルベージタウン」に赴任してから、だいぶ日が経つ。町の住民達からはゴールドランクの救助隊という肩書故、当初は尊敬の眼差しを向けられる反面敬遠されがちであったが、今ではお互い気軽に声を掛け合うくらいは打ち解けるようになった。彼等と言葉を交わす中で、フォルテはこの街に根付いた光と影を垣間見ているような気がしていた。
 ここに来る前にもたらされた「サルベージタウン」についての情報は、規模としては小さいが火山や森、湖などといった様々な自然が集う場所であること、そしてこの「アナザー」において最も災害が集中しているということだった。地割れ、山火事、竜巻。慣れ親しんできた自然が巻き起こす脅威に、住民達は不安を手放すことのできない毎日を送っているのだろう、とここに来る前は信じて疑わなかった。
 だからこそ、この街で生きる住民達の光には尚更驚かされた。先程も見た夕暮れ時とは思えないあの広場の賑やかさ。かつて自分達が拠点を構えていた場所とは比べ物にならないほど眩しく輝いている。大げさな表現かもしれないが、災害が続くこのご時世、毎日をあんな風に笑って過ごせるなんて滅多にできることではないのだ。確かに不安に思うこともある。だがそれでも精一杯生きていたいと言葉にせずとも抱いている彼等の想いが、あの光を生み出しているのだろう。
 だが光が強ければ強いほど、背後に潜む影も色濃くなることもまた事実。あの笑顔の中には、災害によって刻まれた痛みを抱く者も少なくないはずだ。救助隊として依頼をこなす中で依頼主達の顔を見る度、助け出したり御礼を言ったりしているその表情が笑顔であっても、そうした側面がどうしても見えてしまう。現に――

「……うっ、うぅ……」

 町はずれならヒト気がないと思って来たのだが、どうやら先客がいたらしい。
 長年ヒトが踏みしめ続けて草木があまり生えなくなった道のど真ん中で、小さなキャタピーが顔を俯かせてすすり泣いている。普通に佇んでいたら素通りをしていたところだが、ああもあからさまに泣いていては放っておくわけにはいかないだろう。

「そこのキャタピー、どうかしたのか?」
「……え、わっ!」

 キャタピーはこちらを見た途端、短く悲鳴を上げて転がるように後ずさった。突然声をかけられ、剰え目の前に図体のでかいポケモンが現れたのだから、この反応は無理もないだろう。これ以上相手を恐怖させないよう、フォルテは片膝をついて姿勢を低くした。

「あ!ご、ごめんなさい!えっと、確かあなたは、ゴールドランクの」
「『FLB』のフォルテだ。こちらこそ、驚かせてすまなかった」
「い、いいえ……」

 キャタピーは落ち着いたようだが、まだその大きな目には涙をたくさん浮かべていた。

「それより、何かあったのか?どこか怪我でも……」
「いえ、ぼくはその……リュウさんを励ましたくて、それで……」
「リュウ?」

 聞き覚えのある名だ――と思い、ふと視界に入った建造物を仰ぐ。赤レンガ造りの鎌倉のような形状をした建物。以前一度だけ足を踏み入れたことがある。結成して一年も経っていないとは思えないほどの実力と実績を兼ね備えた救助隊として、この街では有名となっている「エルドラク=ブレイブ」の救助基地だ。現在は、ここ数日全く救助活動を行っていない救助隊として別の意味で有名となっているが。
 誰もがその理由を知っているし、フォルテも自身の目で直にその原因を見たのだから察するのは容易かった。「ライメイの山」にて、「エルドラク=ブレイブ」のリーダーが隊員を庇って命を落としたあの出来事。それが残された隊員の心に深く大きな傷となって残り、未だに彼等の足に枷をはめている。特に庇われた対象であるアチャモのリュウは抱えきれないほどの自責の念に捕らわれ、他と関わることさえも絶ってしまったらしい。
 街の住民は皆、そんなリュウのことを気にかけていた。だが誰もが無闇に関わろうとしなかった。こうなってしまっては話しかけたところでリュウは撥ね退けるばかり。励まそうとしても進展しないのなら、むしろ「そっとしておいた方がいい」。その代わり自分達は「いつも通りの生活を続けよう」。この二つの暗黙の了解が、かえってこの街の光と影を浮き彫りにしているのかもしれない。
 そんな暗黙の了解があるにもかかわらず、このキャタピーはリュウを励まそうと連日救助基地を訪れているらしい。「エルドラク=ブレイブ」が活動を開始して間もない頃からの付き合いだというのだが、当然というべきかまるで効果がなかった。それどころか、今日は痺れを切らせたのか逆上したリュウが「放っておいてくれ」とキャタピーに怒鳴りつけ、基地を飛び出してどこかへ行ってしまったのだという。

「ぼくは、ぼくはどうしたらいいんでしょう……?」
「残念だが、リュウ達の傷は言の葉一つ二つで立ち直れるほど軽いものではない。下手に声をかければさらに心を抉ってしまうかもしれん。敢えておとなしく様子を見るのが賢明……」
「……で、でもっ!」

 言葉を切るか否かのところで、キャタピーが小さな身体から大きな声を張り上げた。

「放っておいたら、リュウさんは余計悲しんじゃうと思うんです。どんなに怒られても、誰かが元気づけてあげないと……きっとリュウさんはずっとあのままになっちゃうんです!だから、だからっ!」

 必死な思いをそのまま映したような言葉に、フォルテは目を見開いた。このキャタピーは、リュウに撥ねつけられることを承知の上で毎日ここを訪れているのだというのか。それも、関わらない方がいいという街の空気を振り切って。
 このキャタピーの言葉、「素晴らしい」ととらえるヒトもいれば、「大きなお世話だ」ととらえるヒトもいることだろう。傍にいて声をかけてあげること、刺激しないようにそっとしておくこと。この場合、きっとどちらも正解で、どちらも間違いなのだ。ヒトの心の問題における解決策なんて他人はもちろんのこと、自力でも見つけるのは容易ではない。最良の答えが出せるほど、ヒトの心は簡単にできてはいないのだから。

「……こんな時、あ奴ならどうするのだろうな」

 もう長いこと顔も見ていない旧友に問うのは、自身も本当は声をかけてやりたいと思っている表れか。
 再び泣き出したキャタピーを前に、フォルテは空を仰ぎながら独り言ちた。




 なんだか、抜け殻になって歩いている気分だった。
 脳が指令して、しっかり自分の足で歩いている。しっかり呼吸もしている。なのに、どういうわけが生きている実感もわかないまま、リュウはただ森の中をとぼとぼと歩いていた。歩くスピードに比例してすれ違うように流れていく木々達が、こちらを凝視しているように思えて仕方がない。その視線を感じるのが怖くて、こうして下を向いて歩くしかなかった。
 どうしてこうも苦しみながら生きているのだ?せっかく生きながらえた命だというのに。
 今こうして生きていられるのはサジェッタのおかげだ。サジェッタが身を挺して自分を守ってくれたから、またこうして毎日を過ごすことができる。これだけは紛れもない事実だ。だが今のリュウの心境では、そうした事実は酷く歪められて心の底に佇んでいた。
 自分はサジェッタが失った命で生きている、キトラの家族の命を奪って、のうのうと生きている。今でも、そんな思いが心を支配している。

 ――しつこいな、放っといてくれよ!

 救助基地を飛び出した時にキャタピー――トーチにぶつけた言葉が、今になって頭の中で幾重にも反響し始める。病院にいた頃も退院した後も、連日トーチはリュウの元を訪ねてきていた。彼が心配そうな表情でこちらを見上げているその姿、今でも目の奥に焼き付いている。
 だがあの言葉に関しては、申し訳ないという心情は微塵も起こらなかった。もちろん、彼の心遣いを無下にするつもりなんてない。ただ、その表情を向ける相手はリュウではないということを伝えたかった。今回の一件で、一番心を痛めている相手。オレなんかじゃなくて、キトラに向けるべきものだ。オレに気遣いをかける価値なんて……
 考え事に夢中だったせいか、ドン、と何かがぶつかったことにさえ気づくことができなかった。

「おうおう、どこ見て歩いてやがんだ?コラ!」

 半ば強くバンダナを引っ張られて、ようやく思考に飛んでいた意識が現実に返ってきた。
 声のした方向へ振り向くと、つり上がった双眸と目が合った。黄色を基調とした、丸みを帯びた一頭身。腹部に稲妻のような模様が刻まれていることから、このポケモンは恐らく電気タイプだろう。頭からは平べったい板のような角が生えている。丸い小さな穴が開いているあたり、それはコンセントのプラグを連想させた。そして、リュウのバンダナをつかんでいるその手は身体の割には結構大きい。
 と、ここまで特徴をつかめたのはいい。が、残念ながらポケモンに関する知識は壊滅的なリュウにとって、目の前にいるのは初めて見るポケモンだ。当然、名前の特定はできなかった。なにより、今はそれどころではない。

「……何だよ、アンタ?」
「あぁ?ヒトにぶつかっといて謝りもせずに『何だ』とはなんなんだゴルァ!」

 電気ポケモンは未だ尚大声で怒鳴り散らしながら、ぐいぐいバンダナを引っ張ってくる。そうでなくともうるさいくらいに聞こえるのに、わざと耳元で叫んでいるかのようだった。こんな沈んだ気分へ追い打ちをかけるように上から怒鳴られては、謝罪よりも先に怒りが沸々と込み上がってくる。素直に謝れば、穏便に済んだかもしれないのに。

「うるさいな、ぶつかったくらいでガタガタ騒ぐなよ!このコンセント頭!」

 この時は、取り返しのつかないことを言ってしまったという実感はわかなかった。
 どちらが先にぶつかったかに関わらず、こうも激しく怒鳴り返しては相手の感情の火に油を注ぐようなものだ。加えて、この世界に住む者達をネズミやコンセントなどといった人間が使う生物名や物質名で呼ぶことは侮辱に値する行為らしい。人間で言うならば面と向かって「サル」と罵るようなものだと思うが、次元が違い過ぎて同列に扱うのは難しい。ここ最近ポケモンにも慣れたおかげでそのことをすっかり失念していたし、そもそも元人間であるリュウにはその感覚が未だに理解できなかった。
 案の定、コンセント頭と呼ばれたポケモンはしばし呆気にとられたような顔をしていたが、再びその顔を怒りで満たすと、突然リュウの腹に蹴りを一発入れた。

「がッ!な、何をす……」

 不意打ちによろめきながらもリュウは体勢を立て直そうとする。しかし、その意識は後頭部に走った鈍痛によってかき消えてしまった。




「なんか、いろいろとすみません。ルースさん」
「いいですよ、このくらい。それより、探し物は見つかりましたか?」
「いえ、まだ……」

 一方のキトラは、床にとっ散らかった本をまとめて本棚に押し込んでいた。
 ひとしきり泣いてだいぶ心が軽くなったキトラは、現在ルースと共に自室の片付けに明け暮れていた。もちろん、掃除によくありがちな気晴らしなんて悠長なことは考えていない。リュウともう一度話す際、「あるもの」を持って行こうとしているのだった。そして、その「あるもの」が自室の中で行方不明になっているため、こうして片づけをしながら捜索しているという次第である。
 八年前の「東の森の大火」で全焼した実家跡地に、決して多いとは言えないが大枚叩いてやっと建てた一件の小屋。これがキトラの自宅である。しかし、現在その内部は足の踏み場もないほど大量の本や日用品で埋め尽くされていた。ここ最近朝起きるとすぐサジェッタを起こしに行ってから救助基地に行き、仕事が終われば帰って夕食をとって寝るという単純な生活サイクルを営んでいたためにこのような有様になったわけであり、決して「片づけられない男」ではないということだけはキトラの名誉のためにもここに記しておこう。

「キトラさん、ありましたよ!」

 そうこうしているうちに、ルースの方が先に目的のものを見つけたようである。自分で散らかした雑貨に足をとられながら彼女のもとへ走る。
 ルースの手に握られていたのは小さな巾着袋だった。中身を確認する以前に、その巾着袋自体にもキトラには見覚えがあった。ルースから袋を受け取ると、念のため中身を取り出して確認をした。袋から掌に転がり落ちてきた「それ」を見て確信に至ると同時に、数日前の記憶が脳裏にフラッシュバックする。


 ガニメデ救助を決めたあの日、家が近いのでサジェッタと一緒に家路を歩いていると、突然彼は「飛翔の森」にキトラを誘った。自宅に着くや否やサジェッタは木の幹で何やらごそごそと物探しをし、何かを口にくわえキトラの前に舞い降りて渡した。それが、この巾着袋。

「サジェッタ、これは?」
「いつかはお前が決めていい。それをリュウに渡してくれないか?」

 一種の好奇心故中身が気になったので、許可をもらった上でキトラは袋を開け、中を見る。
 入っていたのは、直径六センチほどの腕輪のようなものだった。「ようなもの」というのは、サジェッタ達鳥ポケモンには腕がないので、多分彼にとっての用途は足につけるアンクレットとなる場合もあるからだ。中央に何か紋章が刻まれた赤い宝玉が埋め込まれている。
 どこかで見たことがあると思ったら、サジェッタが家族の形見として幼い頃から持ち歩いていたものだった。長い時を経て、流石にいつまでも持ち歩くのが面倒臭くなったのか、こうして自分の家にしまっていたのだろう。キトラも災害で亡くした両親が作ってくれた形見として、今も右手首にオレンジ色のミサンガをつけている。腕輪とミサンガ、この二つは彼等にとって、遠く離れた家族と自分をつなげる絆を表す唯一の宝物だった。
 そんな大切な物を、なぜリュウに渡そうとするのだろう?彼とサジェッタが今でも微妙に犬猿の仲であると知っている以上、なおさら気になった。しかし、彼が気まぐれで物を頼むことも長い付き合いの中で嫌というほど味わったわけだし、詮索する気は不思議と起きなかった。

「うーん、いいけど……直接手渡せばいいのに」
「プレゼントは性に合わない。それに、俺が差し出したものをリュウが軽く受け取ると思うか?」

 ないね、そりゃ。キトラは短く笑い、サジェッタもこの時は表情を緩めていた。思えばあんな表情を見せたのは、あれが最初で最後だったのかもしれない。


「ありがとうございますルースさん!早速行ってきます!」

 いてもたってもいられず、キトラは袋に腕輪を入れ直すと、片づけ途中の自宅を飛び出した。
 この腕輪が雪解けのきっかけになるかどうかは分からない。しかし、腕輪一つに頼ろうとは思っていない。キトラはただ二つのことを思っていた。一つはこの腕輪はリュウに渡すという、サジェッタの最後の願いを叶えてあげること。そしてもう一つは、涙を流してようやく手に入れた笑顔で、今度こそ本当の意味でリュウを救い出してあげること。それ以外には考えられなかった。

「ちょ、ちょっとキトラさん!お部屋の片づけはどうするんですか?」
「え?あー、えっと、また後でやります!」

 ……「片づけられない男」とは、この言葉からできていくものなのだろう。





 所は変わり、「エルドラク=ブレイブ」救助基地前。

「た、大変だぁ!誰か、誰かいないかぁ?」

 基地前の道路に佇むトーチとフォルテの前に、悲鳴に近い叫び声が飛び込んできた。
 遅れて、広場の方からヒト影がこちらへ駆けてくる。ピンク色の体色で、ひらひらとした水色の襟が付いた服のような体毛を身に纏っている。先端が黒く染まった扇形の耳に垂れ下がった頬、そして小さいながらも鋭く光る牙とつり上がった目。見るからにいかつい顔つきだが、分類はようせいポケモンのブルーと呼ばれるポケモンだ。息を切らせながら転がるようにこちらへ走ってきたが、フォルテの姿を確認するなり慌てて両足の踵を使い急ブレーキをかけた。

「おわわっ、フォルテの旦那!なんでこんなところに?」
「通りかかっただけだ。そちらこそ、何があった?」
「あ、はい!旦那になら頼めそうだな。実は……」

「あ、ママ!キトラさん!」

 ブルーの説明が入る前に、トーチが別の来訪者達に気付き声を上げた。居住区への入り口方面から、ルースと巾着袋を肩から掛けたキトラがこちらへと向かってくる。

「まぁ、トーチ!ちゃんとお家でお留守番してなさいって言ったでしょ?」
「あ!その……ごめんなさい」

 どうやらこのトーチ、またもや母親の言いつけを破って外出していたらしい。

「トーチ君、フォルテさん!それにエウロパ、みんな集まって何してるの?」
「って、キトラ?えーと……」

 エウロパと呼ばれたブルーはキトラを見つけるなり、目に見えて狼狽えていた。恐らく、キトラの現状を察しての気遣いを考えているのだろう。キトラはそれに気が付くと、いつも見せていたごく普通の笑顔をエウロパに向けた。

「エウロパ、ボクはもう大丈夫だよ。それより、何があったのか教えて?」
「そ、そうか……そりゃよかった」

 笑顔と言葉に安心したのか、エウロパはほっと胸をなでおろす。コホンと咳払いすると、この場にいる全員に向き直った。

「大変なんだ!今さっき北の森を散歩してたら、リュウがエレキッドに殴られて連れ去られるのを見ちまったんだ!」

 えっ、という言葉を出しても出さずとも、エウロパ以外の一同が驚きの表情を浮かべる。一瞬にしてこの場の空気が緊迫という二文字の色に染まった。

「な、なんでリュウが北の森に?退院してから一度も外に出てないって聞いてたんだけど」
「う……キトラさん。実は……」

 トーチが申し訳なさそうな顔でおずおずと前に出、今までに見聞きした一部始終を話した。リュウの放った言葉の件は思い出す度に心が痛むのか、三度その目には涙が溢れだす。

「ごめんなさい!ぼくが、ぼくが、リュウさんに話しかけなかったら、こんなことには……」
「……トーチ君、泣かないで。キミはリュウを励まそうとしてくれたんでしょ?だったらトーチ君は悪くないよ、ね?」

 小さな手でトーチの頭を優しく撫でるキトラ。程なく彼に向けていた笑顔を険しい表情に変え、エウロパに向ける。

「それで、リュウはどこに連れ去られたの?……というか、なんでリュウが連れ去られたの?」
「いやその、僕も遠目で見てたから事の一部始終は分かんないし、とにかく誰かに知らせなきゃと思って慌ててこっちに戻ってきたもんだから、どこに連れ去られたかも見てないんだよ。……そういえば、『このコンセント頭!』って言葉だけは耳に入ってきたけど」

 あぁ、またか。とキトラは頭を両手で押さえた。状況は未だにはっきりとしないが、連れ去られた原因は十中八九その言葉だろう。人間に近しいモノの名前で呼ぶのはポケモン達にとっては侮辱行為だと、あれほど口を酸っぱくして教えたのに!

「エレキッドの住処、か。もしかすると……」

 先程からずっと黙っていたフォルテが口にした言葉に、キトラ達全員が注目した。フォルテはこちらに目もくれず、ただずっと顎に手を当てて虚空を見つめている。

「おそらく『電磁波の洞窟』だろうな。あの近辺では、そこを住処とするポケモンによる暴行事件が頻発していると聞いている。しかし……」
「『電磁波の洞窟』ですね、分かりました!エウロパ、案内して!」
「ふげっ!ちょ、これどう見ても案内になってな……!」

 キトラはいきなりむんずとエウロパの首根っこを引っ掴むと、北の森へ向けて全速力で走り出した。


橘 紀 ( 2014/11/04(火) 22:36 )