ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第三章 前途の光か、後背の影か
第十二話 雷神鳥の居城
 力が………戻ってくる。

 今のうちに、急がなくては………

 ………今度こそ、あの者を消すために………!

「……っ!」

 頭の中で幾重にも反響する怨念の言葉に身震いし、彼は目を覚ます。夏真っ只中のこの時期、夜でさえ寝苦しいと思えるくらいの暑さであるはずだった。それなのに、今までずっと寒いところで寝ていたかと思うくらいに体中が冷たく感じる。気を落ち着かせるために吐いた溜息は、自分でも分かる程に震えていた。

「やはり恐れているのか……」

 嘲笑うようにぽつりと呟いた。顔の前に広げた両の手は本人の意思に関係なく震えていた。止めようと何度強く思っても、本人の意思を笑うかのように震えは増すばかり。
 しかし、次いで脳裏に様々な記憶が蘇りそうになるのは、再度息を吐くことで何とか遮った。やがてその長い溜息は、目を覚ましてからずっと心を支配していた恐れも洗い流してくれたようだ。
 ようやく登り始めた朝日が黒く染められていた空を、森を、そして彼の顔を優しく、力強く照らし出す。物言わぬ光の励ましを受けた彼の顔は、決意と覚悟をその内に秘めた表情を作り出していた。

「もう二度と同じ過ちは犯さない。今度こそ守ってみせます。必ず……!」


 「沈黙の谷」の一件から一日経った朝。リュウ達は「サルベージタウン」の南方にある訓練所にいた。今回の救助で最大の壁であるサンダーとの戦いに備えて少しでも力をつけようと、比較的他の救助隊で混雑しない早朝から訓練に明け暮れていた。この訓練所はそれぞれポケモンのタイプごとに部屋が分けられており、その部屋は各々のタイプのポケモンのみが住み着いているダンジョンになっている。使い方は救助隊で様々。相性の良いタイプの部屋に籠ってレベル上げに専念したり、敢えて苦手なタイプの部屋で己の弱点を克服したりするのもありだ。
 リュウ達も自分にとって有利なタイプの部屋で訓練する傍ら、今回の相手が電気タイプということで、できるだけ電気技に慣れておこうと時折電気タイプの部屋も訪れた。とりわけ飛行タイプのサジェッタにとっては、電気タイプは脅威と言っても過言ではない。いくら腕に自信があっても油断は禁物だ。

「いやぁ、こんな朝っぱらからよく頑張ったな!こんな根性ある救助隊見るのは久しぶりだぞ!」

 別に本人は特訓してもいないのに爽やかな汗をかいてにこやかに笑っているのは、この訓練所の経営者であるこんじょうポケモンのマクノシタ、ゴダル。「久しぶり」と言っていたが、実はこの訓練所、つい最近まで改装工事で休業していたため、救助隊が現れるのが久しぶりなのは当然と言えば当然なのである。

「朝から貸し切りにしてもらってすみません。あの、お金は………」
「いやいや!久しぶりにガッツあふれる救助隊に会えたんだ!初回特典ということでロハということにしといてやろう!これからも救助、頑張るんだぞ!」

 ずいぶんと気前のいいオーナーだ。どうでもいいが、「ロハ」という言葉を使っているあたり、なんだか時代を感じる。

「まだ完全に日が昇って間もないくらいだね。早く救助に行った方がいいかな?」
「当然だ。本当なら起きてすぐ行ってもいいくらいだったんだぞ?なのに何をいまさら訓練なんか……」
「別にいいだろ?サジェッタは実力あるからいいけど、オレ達にとっちゃある意味死活問題なんだぞ」
「(なんか、勝手にリュウと同レベルにされた……)」

 リュウに気付かれない程度に、キトラは横目で睨んだ。
 訓練も大事だが、時間がないというのもまた事実。昨晩フォルテに超能力で調べてもらったところ、ガニメデの生命反応はまだあるらしい。覚醒してから本来の力を取り戻すのに時間がかかるのだろう、とフォルテは考察した。

「しかし、いつ彼奴が力を取り戻すのかは分からぬ。積乱雲が発達しやすいこの時期だから、そう長くはかからないだろう。明日の早朝に行くのが最善といえる」

 くれぐれも気をつけろ、と念を押された。相手は伝説のポケモン。例え訓練して強くなっても、簡単に倒せる相手ではない。
 比較的道具がたくさんあるので、今回は倉庫から引き出すだけで冒険の準備を済ませた。いつもの救助と違うのは、状態異常を治す効果のある木の実やタネが多いことだ。一度電気技でマヒしてしまえば、無抵抗とそんなに変わらない。経験せずとも、日頃キトラの電気技の餌食となったポケモンを数多く見てきたため、リュウもそのことは十二分に承知していた。


 今回リュウ達が向かったのは、普段サンダーが居城にしているといわれている「ライメイの山」だった。サジェッタの翼でも五日ほどかかるこの山は、乾燥した空気が流れているためか、積乱雲が最もよく発達する場所としても知られている。なるほど、サンダーがこの場を居城にするというのも頷ける話だ。
 荒野に聳える山なので草木はほとんどなく、たまに木を見かけたとしてもその九割九分が焼け焦げてしまっている。高い場所に落ちるという雷の性質上、木が高ければ高いほど雷が命中して焼けてしまうのだ。最近は特に雷が多いせいか、付近の森上空にも積乱雲が発生し、山火事が頻繁に起こっているのだという。
 「ライメイの山」は依然探訪した「ハガネ山」と同じく中から登る構造となっているので、雷を気にする必要は特になかった。が、やはり土地柄もあってか、山に住み着いているポケモンは電気タイプが多く、リュウ達はしばしば苦戦を強いられた。中でも厄介なのが、電気技を吸収する特性「ひらいしん」を持ついなずまポケモン、ラクライ。このポケモンがその場にいるだけで、キトラの電気技がすべて無効になってしまうのだ。他にも、「沈黙の谷」にいたデルビルと同じ特性「もらいび」を持つガーディ、“すなかけ”で妨害したり“どくばり”で毒状態にしてきたりするとびさそりポケモン、グライガーなどが、リュウ達の胃をキリキリさせた。もし今朝特訓していなかったら、危うくサンダーと出会う前に行き倒れとなっていたところだったろう。
 逆に言えば、ここで苦戦していると、いざサンダーと出会った時に太刀打ちできるのか少し不安になってくる。

「結構、厳しいね……」

 「ライメイの山」の中腹、敵が少ない場所で腰を下ろし、キトラが半ば汗だくで呟いた。グライガーから不意打ちでくらった“どくばり”で受けた毒を治すため、[モモンのみ]を齧っている。

「でも、大分登ったよな。今のうちに少しでも体力を回復させて、サンダー戦に備えないと………サジェッタ?」

 ふとサジェッタの様子に気づき、声をかけてみる。しかし、サジェッタからは何の返事も返ってこなかった。本人はただずっと、口を真一文字に結んだまま、険しい顔で虚空を睨んでいる。

「サジェッタ、聞いてんの?」
「………えっ、な、何だ?」

 我に返って間もなく、訝しげなリュウの顔が目に入り、サジェッタは不自然に慌てふためいた。昨日も同じ反応を見せていたような気がする。流石幼馴染ともいうべきか、キトラはいち早くサジェッタの異変に気が付いた。

「サジェッタ、もしかして具合悪いの?無理しないで『サルベージタウン』に戻った方が……」
「……な、何言ってんだ!こんな時におめおめと逃げるバカがいるか!」

 妙にキツく言い返され、キトラは目に見えるほど縮み上がった。サジェッタもそれに気付いたのか、すぐに「すまない」と詫びた。リュウから見ても、いつものサジェッタらしくない。
 何かはっきりとしないしこりを残しながらも、リュウ達は頂上に向けて再び歩き始めた。相変わらず強敵のオンパレードだが、麓で苦戦したおかげもあってか、この敵にはどのような戦法で戦えばよいかということが、すでにリュウ達の頭の中にインプットされていたので、以前よりずっと手早く倒せるようになっていた。戦えば強くなるということは、訓練所も洞窟も変わらないのである。


 急な上り坂を登りきると、不自然に静かな空間に出た。目の前は崖、黒に近い灰色に染まった山々と空が見える。ここが頂上なのだろうか?
 時々落ちてくる雷に用心しながら、恐る恐る前へ進み出ると、右斜め前方にある突き出た岩に、何かが引っ掛かっているのが見えた。白く長い毛、とがった二本の耳、芭蕉の形をした団扇のような両腕―――

「ガニメデ!」

 リュウがその正体の名を呼び、駆け寄ろうとしたのだが、サジェッタの翼に阻まれてしまった。目でリュウを窘め、嘴で上空の一点を指す。
 サジェッタが指示した場所では、黒く染まった雷雲が稲妻を纏いながら渦巻いていた。それは徐々にその規模、速さを増し、それに乗じて落ちてくる雷もその数を増やしている。
 隣から何かが弾ける音がすると思ったら、キトラが四肢になり、頬から火花を出して上空を睨んでいた。リュウも斜に構え、サジェッタも小さく飛び上がって宙でホバリングし始める。
 一瞬辺りが青白く光ったかと思うと、地を揺るがす轟音と共に、甲高い雄叫びがリュウ達の耳を劈いた。鼓膜が破れそうな両者の音に耐えながら改めて空を仰ぐと、先程まで渦巻いていた雲の中央から、巨大な影がこちらに向かって飛び出してきた。

「……ついに来たな、サンダー………!」

 サジェッタの言葉は、サンダーが発する咆哮と火花の音でほとんど聞こえなかった。


橘 紀 ( 2014/09/27(土) 22:08 )