第十一話 黙する谷に潜む怪物
「『沈黙の谷』近辺、依然として無風の状態続く」
今朝届いた新聞――巷では[ポケモンニュース]と呼ばれている―――の一面は、この話題で占められていた。
「沈黙の谷」はその名の通り、「妖しい森」からさらに北東へ進んだ先にあるとても静かな谷だ。とはいっても、そこに住むポケモンがなかなかいないだけで、山から吹き下ろす風などといった自然が作り出す音は流石に聞こえる。しかしここ最近、その風もピタリと止んでしまい、文字通り「沈黙の谷」と化してしまったようなのである。
今はこれといった大きな被害はないようなのだが、自然災害の前触れではないかと勘繰る専門家もいるらしく、現在複数のチームを派遣して調査中、とこの記事には書かれている。
「風が吹かない谷、ねぇ………」
特に意味もなく早起きしてしまったリュウは、キトラ達が来るまでの間、こうして[ポケモンニュース]を読んで時間を潰していた。人間世界の新聞のように四コマ漫画や社説といったようなものはないものの、「老若男女誰でも読める新聞」をコンセプトにしているだけあって、今日の運勢等のミニコラムもそれなりに充実している。天気予報の適当ぶりには流石に舌を巻いたが。
「リュウ!起きてる?」
ドアを叩く音とともに、キトラの相変わらず元気な声が聞こえてきた。声を張り上げて起きてるよ、と返すと、程なくガラガラと戸を引く音が響いた。
「おはよう、リュウ……って、何読んでるの?」
トコトコ歩いて部屋を横切り、キトラはリュウが広げている[ポケモンニュース]を覗きこんだ。
「おっ、[ポケモンニュース]だね。どれどれ、今日の『サルベージタウン』の天気は……」
「その日の気分で変わる天気なんてアテになるかい?」
「冗談だよ。予報士のポワルンのことだからきっと今日も晴れだね。それより、その一面は……」
やはり、キトラもあの一面に気が付いたようだ。キトラに[ポケモンニュース]を渡すと、熱心に目で文章をなぞり始めた。例のごとく眠そうな顔のサジェッタも、キトラの肩越しに記事を眺める。
「やっぱり、まだ風が吹いてないんだね。『沈黙の谷』………」
「さすがに二カ月あの状態じゃ専門家も騒ぎだすわけだ」
二カ月前と言えば、「妖しい森」で救助をしたあの日に近い。確かに、それほど長い期間風が吹かないのであれば、専門家でなくとも何かがあったと思っても不思議ではない。
しかし、その解決策を打ち出す術など、当然のことながら今の「エルドラク=ブレイブ」にはない。彼等にできることは、いつも通り救助の依頼を受けて、災害の被害者を少しだけでも減らす、ただそれだけだ。
[ポケモンニュース]を棚にしまい、早速リュウ達は外へ飛び出した。最近ポストに来る依頼も徐々に増えて来たものの、今日は珍しくポストの中は[ポケモンニュース]しかなく、駆け出しだったあの頃の思いを噛みしめながら「ペリッパー連絡所」へ向かうことにした。すると、
「あ、あのぅ………」
ドアを開けて外に飛び出したリュウ達の耳に、消え入りそうな声が飛び込んでくる。
玄関に続く石畳の道の上に、誰かが立っていた。丸っこい青い身体。そして頭、さらには両腕に綿毛を生やしたその姿には見覚えがあった。
「えぇっと、救助隊『エルドラク=ブレイブ』の救助基地は、こちらでしょうか?」
「そうだよ。確かキミは………」
「ワタッコのフォンと申します。先日の折には、そこのアチャモさんに助けていただいて」
フォンの言葉の後半で、リュウ達はやっと思い出した。「サルベージタウン」の広場で、救助隊「テングズ」に救助依頼を申し込んでいた、あのワタッコだ。思い返せばあの時、リュウはワタッコをかばって上から目線でガニメデと口論したのだった。
「あの時は本当にありがとうございました」
「たいしたことはしてないよ。それで、今日はどうしたんだい?確かガメちゃんに救助をしてもらったんじゃなかったっけ」
「はい。そのガメちゃ……あ、ガニメデさんのことなんですが、救助に行ったきり戻ってこなくて……」
目を丸くして、リュウ達は互いの顔を見た。なんでも、フォルテに促された効果もあってか、ガニメデはちゃんと救助に出かけたらしい。が、あれから数週間経っても、何の音沙汰もないのだという。
「……そもそも、お前はガニメデに何を頼んだんだ?」
「私達ワタッコは、風に乗って世界各地を旅しているのです。ですが、『沈黙の谷』付近を飛んでいた時、急に風が止んでしまって……妹が、谷底に落ちてしまって………」
「ち、ちょっと待って!『沈黙の谷』って……!」
今さっきまでリュウ達が議論していたキーワードではないか。
「はい。私は何とか谷を渡り切って、その時に『沈黙の谷』の異常気象について聞いたのです。私一人じゃ、どうにもできなくて……」
いろいろと情報を集めていくうちに、救助隊「テングズ」のリーダー、ガニメデなら両手の団扇で強風を巻き起こすことができるという話を聞き、その力で妹を助けてもらおうと、高額の報酬でないと引き受けてくれないことを承知の上で、あの日広場で頼み込んでいたのだという。
そんな事情があるにもかかわらず平然と断り続けていたガニメデには全く腹が立つが、今はそう思っている場合ではない。リュウとキトラはほぼ同時にサジェッタの顔を仰いだ。
「エルドラク=ブレイブ」のリーダーは、一瞬困ったような顔をした後、ため息混じりに言った。
「二人してそんな顔で見るな。行くに決まってるだろ?」
断られるとは微塵も思っていなかったが、反射的にリュウもキトラもガッツポーズをしてしまった。そうと決まれば善は急げ。銀行からある程度の金を引き出し、その金で食糧などを買い込み、ついでに倉庫からもいくつか道具を引き出して、手早く救助の準備を済ませた。
「沈黙の谷」付近は切りたった岩山がいくつも連なってできた険しい地形で、普通に徒歩で行くとなると早朝から行っても着いた頃には日が暮れているという事態にもなりかねないので、フォンの案内の下、サジェッタに乗って空から行くことにした。「二人も乗せたら疲れる」とサジェッタはゴネていたが、救助のためには致し方ない。
フォンの妹―――名はパラムというらしい―――が落ちた地点は、不幸中の幸いというべきか、幾つもの谷がある中でも比較的浅い方だった(それでも底は真っ暗で見えなかったが)。しかし、彼女がこの谷に落ちてから約一か月。無事でいる確率は必ずしも高いとは言えない。しかも、ミイラとなってしまったミイラ取りも探すとなると、やはり今回も容易に達成できる依頼ではないようだ。
「ひゃあぁ、地面に立って見てもすごい谷だね。下が真っ暗だよ」
崖から落ちないよう細心の注意を払って、キトラは谷底を覗いている。リュウも倣って覗き込もうとしたが、やめた。顔を下に向けただけでも目眩がする。サジェッタは興味がないのか、しきりに翼で肩をポンポンと叩いている。リュウとキトラ、どちらもそんなに重くはないはずなのだが……
「さて、この下にいるんだな。アンタの妹さん……えっと、パラムだっけ?」
「はい、よろしくお願いします……」
何故か先程から、フォンは小刻みに震えている。高いところが苦手なのだろうか?いや、風に乗って空を飛ぶワタッコが、高所恐怖症では近所も飛び回ることができない。
「なぁ、なんでそんなに震えてるんだい?」
いい加減気になったのか、リュウが聞いてみた。
「え、あぁ……これはあくまで風聞なのですが……なんでも昔からこの『沈黙の谷』の奥底には、ものすごく恐ろしい怪物が潜んでいるという噂があって」
「か、か、か、怪物ううぅぅっ?」
怪物云々より、キトラの驚きぶりがリュウとサジェッタの胆を潰した。当の本人は、黄色に混じることなく真っ青な顔になっている。
「も、もちろん、あくまで噂ですよ?でも、ガメちゃ…ガニメデさんも戻ってこないし、この異常気象だし、ひょっとしたらその怪物が関係してるんじゃないかと」
フォンが慌てて取り繕うが、今のキトラには効果がないみたいだ。ポケモンを見る度に衝撃を受けていたあの頃のリュウのように固まってしまっている。サジェッタはやれやれと首を振り、硬直しているキトラの尻尾を足でつかむと、一羽ばたきで空へ舞い上がった。
「まぁ、その怪物とやらが出てこないことを祈りつつ行ってくるよ。じゃあな」
「え、お、おい!ちょっと待ってくれよ!」
足にキトラをぶら下げたままゆっくりと下降していくサジェッタに、リュウは慌てて飛び乗った。
「……ねぇ。ここだけの話、今日は帰らない?」
「バカ言うなよ。っていうか、何で怪物って言葉だけでそんなにビクビクしてるんだい?」
「昔からキトラはお化けとか怪物とか嫌いだからな……おっと」
サジェッタが右へ旋回し、対岸にいる蜂型のポケモン、スピアーの放った“ミサイルばり”を軽々かわす。怯えているキトラに代わり、リュウが火球を放ってスピアーを撃墜した。
「だって怖いじゃん!怪物ってボクくらいの大きさの目で睨んでくるんでしょ?睨んで石にして、頭からバリバリ食べるんでしょ?ボクなんか食物連鎖ピラミッドの底辺だから真っ先に食べられちゃうよおぉ!」
素で怖がっているキトラに対し、リュウは本気でツッコミに困った。睨んで石にして頭からバリバリって、なんとまあ豊かな想像力だ。それこそ映画やアニメの観すぎだろうと思うくらいに。……もちろん、この世界には映画やアニメは存在しない。となると、
「サジェッタ、昔キトラに怪談とか吹き込んだりした?」
「……。さぁな」
答える前に少し黙ったことと微かに笑っているところを見ると、多分当たりだろう。幼馴染の苦手なものを克服どころか助長させているとは、なんとも腹黒いというか、お茶目な奴だ。
「今怖がっているようじゃ後先大変だぞ?ほら、キトラの後ろ……」
「え……ちょ、うわあああぁぁ!来ないでえええぇぇ!」
目いっぱいに涙を浮かべて叫んでいながら、サジェッタやリュウを感電させないように尻尾から電撃を放つキトラ。彼が電撃を放った先には、怪物―――ではなく、背後から超スピードで迫ってきたうすばねポケモンのヤンヤンマがいた。あと少しでリュウ達に奇襲をかけられるというところで電撃に貫かれ、サジェッタより先に谷底へ落ちていく。
「ふぅ……もう!おどかさないでよ!」
「こうでもしないと動かないだろ?これを機に少しでも怪物恐怖症を治したらどうだ?」
その恐怖症の確信犯はアンタだろ―――とリュウが呟こうとしたが、心でも読んだのかサジェッタの鋭い目がリュウの口に見えないガムテープを貼りつけた。
その後も、相変わらずキトラは怯えているし、途中、“あわ”で遠距離攻撃を仕掛けてくるおたまポケモンのニョロモや、ポケモンが種族によって個々に備えている能力である特性、「もらいび」でリュウの炎技を吸収してしまうダークポケモンのデルビルなどには手を焼いたが、「エルドラク=ブレイブ」は順調に谷底へ下降していった。
風が吹かないという異常気象のせいか今日は曇り空で、そこへ降りれば降りるほど少ない光源が遠のき真っ暗になっていく。こんな状態でポケモンに襲われたら太刀打ちできないが、ようやくキトラが大分落ち着いてきたので、彼には気配を探る役一本に徹してもらった。常人を遥かに超える聴力と気配を察知する彼の力には本当に目を見張るものがある。流石食物連鎖ピラミッドの底辺。
「リュウ、なんか言った?」
「へ?い、いやいや何も」
ついに辺りが完全に真っ暗になった頃、下から突き出されるような感覚がした。サジェッタの足が地面に着いたのだ。まずキトラが降り、手探りで道具箱から松明を取り出し、それをリュウが火を噴いて灯す。光の範囲は半径五メートルほどしかないが、それでも辺りを探るには十分すぎた。谷底の空間を数歩歩いては見回し、ヒトの気配を探る。すると、
「……誰だ?」
静かに、それでいて針を飛ばすようにサジェッタが言い放つ。リュウもキトラもサジェッタの視線を負い、身構えた。キトラの持つ松明の火に照らされたシルエットが、徐々に色を帯びていく。
ようやく形を成した影の正体は、ボロボロになったワタッコだった。
「あ、ちょっとリュウ!」
まだパラムであるという確証はなかったが、覚束ない足取りでこちらへ向かってくるワタッコのもとへと駆けて行くリュウ。妙なところで警戒心のない奴だ―――と言わんばかりに、呆れ顔のキトラとサジェッタが同時に頭に手を当て首を振る。
「あ、あなたは?」
「救助隊だよ。キミがパラムだね?」
「は、はい。そうですが……なぜ、私のことを………?」
怯えているのか、意識を失いかけているのか、パラムの目は焦点があっていないように見えた。
「キミのお姉さんから依頼されたんだ。酷い怪我してるようだけど、大丈夫かい?」
「私は大丈夫です。でも、あのダーテングさんが……」
「リュウ、危ない!」
パラムの声をかき消すように、キトラの叫び声が響く。と、次の瞬間、リュウはパラム諸共突風に吹き飛ばされてしまった。後ろから吹いてきたあたり、サジェッタが巻き起こした風だろう。何すんだよと起き上がるなり言おうとしたのだが、突然さっきまでリュウがいた場所に、巨大な稲光が落ちてきたのだ。
「うわあああぁぁぁ!」
その衝撃波に近場にいたリュウはもちろん、比較的遠くにいたキトラやサジェッタまで吹っ飛ばされた。傍らにパラムがいる状態で頭から地面に激突したリュウ。頭を振って顔に付いた砂埃を払っていると、妙に頭上が明るいことに気が付いた。
「あれは……!」
果たしてそこにいたのは、激しい電撃を放つ巨大な鳥ポケモンだった。黒く縁取りされた鋭い目、長く鋭い嘴、黄金に輝く前羽と黒光りする後羽を重ね合わせた羽で羽ばたき、そこから絶え間なく放たれる稲光が、この空間を昼のように照らしていた。
姿だけでも圧倒されるが、リュウ達を驚かせたのはそれだけではなかった。ゆっくりと羽ばたく強大な鳥。その足元に、行方不明となっていたダーテング―――ガニメデがいたのだ。
ガニメデは鳥ポケモンの足に拘束され、ぐったりとしていた。顔と背を覆う白く長い体毛は、ところどころ赤く染まっている。単に襲われたのか、それともパラムをかばったのか、今では知る術すらない。
鳥ポケモンは見下ろすようにリュウを見、さらに大きく羽ばたき出した。これ以上稲妻と爆風に巻き込まれないよう、リュウはパラムを連れて大きく後方へジャンプし、鳥ポケモンから距離をとる。「エルドラク=ブレイブ」に興味がないのか、鳥ポケモンはガニメデを捕らえたまま天空へと舞いあがり、そのまま漆黒の彼方へ姿を消した。
「リュウ、大丈夫?」
再び真っ暗になってしまった空間で、キトラの声が響く。どうやら先程の稲妻で、松明も吹き飛ばされてしまったようだ。
「オレは大丈夫だよ。パラムは?」
「私も……大丈夫です」
「お前達も無事か。全く、とんでもないことになってしまったな……」
独り言のように呟くサジェッタ。リュウも、キトラも同じ思いを抱いていた。単なる救助のつもりが、まさかこんなことになってしまうなんて……
[救助隊バッジ]を使って地上に戻ると、「サルベージタウン」は祭りのような騒ぎになっていた。頭上を飛び交うペリッパー達が落としていく紙を、みんな手に持って大騒ぎしている。
リュウは地面に落ちた紙のうち一枚を頂戴して、ひとまず救助基地に戻ろうかとキトラ達に提案した。こんな騒がしい中では、状況把握すらままならない。
ペリッパー達が落とした紙は、[ポケモンニュース]の号外だった。紙を広げた瞬間、一面を飾っていた見出しに一同目を奪われた。
「『沈黙の谷』にて、伝説のポケモン、サンダーの存在を確認」―――
リュウ達が見た出来事全てが新聞一面に掲載されていた。「沈黙の谷」を調査していたチームの一人が目撃したらしい。さらに、サンダーの放電で、一人重傷を負ったということも書かれていた。
隅に書いてあるミニコラムで、サンダーとはどのようなポケモンなのかが詳しく書かれてあったので、例のごとくリュウが誰かに聞く必要はなかった。それにしても、やはりフォンの言っていた怪物とは、サンダーのことだったのだろうか。
「パラム!」
ちょうどいいタイミングで、フォンが救助基地に飛び込んできた。パラムも、一度姉の姿を目撃するなり、姉さんと叫んでフォンにひとっ飛びで飛びつく。
「パラム、酷い怪我……!」
「このくらいなら大丈夫よ。でも、ダーテングさんが……」
一瞬にして沈んでしまったパラムの顔を見、フォンはキョトンとした顔でリュウ達の方を見る。リュウが代表して、「沈黙の谷」で起こったすべての出来事をフォンに話して聞かせた。
「ガニメデさんが……サンダーに、連れ去られた………?」
「あのヒト………ガニメデさん、私をかばってくれたの。必死に戦っていたんだけど、サンダーの雷で………」
パラムが怯え顔ながら、まだ続けようとしたのだが、突然ドアを叩く音が聞こえてきた。開けるのも面倒くさいのか、入っていいぞとサジェッタが答える。引き戸を半ば強く開けて入ってきたのは、
「え、『FLB』!」
余程驚いたのか、キトラの声は酷く裏返っていた。当然だろう。巷でも指折りの敏腕救助隊である「チーム・FLB」が目の前にいるのだから。
「ど、どうしてここに?」
「先程現れたサンダーの件についてお前達が話しているのを小耳に挟んだものでな。………今の話、本当なのか?」
要するに今の会話を盗み聞きしていたと言っているようなものだが、今はそのことについて言及している場合ではない。リュウが一つ頷くと、「FLB」リーダーのフォルテは一瞬目を大きく見開き、何かを考えるように顎に手を当てた。
「伝説のポケモン、サンダー……『沈黙の谷』で、長らく眠りについていたと聞いていたが………」
「ガニメデが起こした、ってことですか?」
リュウの問いに、フォルテはゆっくりと首を振った。
「おそらく、そうではないだろう。お前達も存じているように、この一か月の間、『沈黙の谷』は長らく風が吹いていない状態であった。そもそもそれ自体が異常なのだ。崩れだした自然界のバランスが、彼奴の眠りを少しずつ妨害していったのだろうな」
さすが知能指数五千を超えるだけあって、ずいぶんときめ細かな分析をしている。
「眠りを妨げられ、サンダーは怒りで我を忘れている。しかも今回に至っては、あのダーテング………ガニメデといったか。あれを連れ去ったということは、恐らく眠りを妨げた張本人と誤解したのだろうな。生きて帰しはしないだろう………」
思わず、と言ったところか、パラムは両腕の綿毛に顔をうずめて俯いてしまった。性格はどうあれ、ガニメデが彼女を守ったことは紛れもない事実なのだ。命の恩人の身を案じるのは当然だといえる。
「やるのか?フォルテ」
傍らに立っていたリザードン―――レバントが問うた。文として成り立ってない質問だが、やはり同じチームメイトだからか、フォルテは意味を理解しているようであり、一つ頷く。
「危機に瀕しているヒトを救う。これこそが救助隊の使命だ。相手が伝説のポケモンであろうと屈するわけにはいかぬ。ガニメデを助けなければ」
まるでその返事を最初から分かっていたかのように、レバント、ついでバンギラスのバチスタも間を置かず頷き返した。すると、
「……オレ達も、行きます」
リュウの低い声が、瞬時にこの空間を静めた。「チーム・FLB」はもちろん、同じチームメイトであるキトラやサジェッタでさえも、驚きの顔でリュウを見る。
「オレ達も救助に行きます、ガニメデを助けに」
先程より強めの声で、リュウは改めて言い放った。フォルテはわずかながら瞳孔を小さくしたが、やがて一つ、息を小さく吐く。
「確かに、お主等も救助隊だ。今私が言った言葉を、そのまま遂行する権利はある」
しかしな、と、フォルテは間髪入れずに続けた。
「先程も言ったとおり、サンダーは伝説と称されるポケモンだ。お主等の実力を見下しているというわけではないが、並大抵のポケモンで勝てる相手ではない」
声の調子はそのままだったが、何か覇気のようなものが、リュウを圧倒しようとしているようだった。傍で見ているキトラもそれを感じたのか、生唾を一つ飲み込んだ。
リュウはすぐには何も言い返さず、しばらく静寂がその場に居座っていた。睨んでいるようなリュウの目を、フォルテは確かめるように見続けている。
やっと、リュウが口を開いた。
「だけど、それでも助けに行きたいんです。『沈黙の谷』でアイツが攫われるところを、オレ達はこの目で見ました。だからこそ、命の危機に瀕しているアイツを見過ごすわけにはいかないんです!」
キトラはこの時一瞬、目の前に移っているリュウは別人ではないかと疑ってしまった。今まで救助をしようにも、気怠そうな顔を見せずとも、自分から進んで行くことなんて滅多になかったのに。
リュウが力強く言っても、フォルテは瞬きさえしなかった。が、しばらくすると組んでいた腕をほどき、目を閉じて頷いた。
「わかった。そこまで覚悟があるならば私は止めぬ。そこの二人も同じ思いか?」
フォルテの視線がリュウからキトラとサジェッタに移る。キトラは慌てて頷きながら二つ返事したが、サジェッタは答えなかった。いや、何の反応も示さなかったのだ。ただずっと、口を半開きにして、驚きの目でリュウを見ている。
「サジェッタ、どうしたの?」
「……えっ、あ、ああ………」
我に返った反動で、サジェッタは曖昧な声を漏らした。フォルテはそんなサジェッタを横目で見ていたのだが、やはり詮索は好まないのだろう。すぐにまたリュウと向き合った。
「決まりだな。しかし、今回の救助はチーム毎に行こう。合同だと効率が悪いし、サンダーの強さは計り知れんからな。しっかりと支度をしてから行った方がよい」
「分かりました」
互いにしっかりと頷き、救助隊「FLB」は「エルドラク=ブレイブ」基地をあとにした。フォンとパラムもまだガニメデの身を案じつつも、しっかりとリュウ達に声援を送り、「サルベージタウン」へと飛んでいく。残った「エルドラク=ブレイブ」はしばらくの間。誰も口を開こうとしなかった。話の口切りの言葉が見つからなかったからである。
「……なんか、オレが勝手に決めちゃった内容みたいになっちゃったけど……」
ようやく口を開いたリュウの言葉は、明らかに気まずそうだった。彼がこの救助隊のリーダーだったらまだ許されるだろうが、所詮は平社員。人間社会なら折檻ものである。
「ううん!ボクだってきっと同じこと言ったよ。ね、サジェッタ」
「なぜ俺に振るんだ?というか、さっきまで怪物だとか言ってビクビクしてた奴が何言ってんだか……」
「で、でもでもっ、結局ポケモンだったんでしょ?そうとわかれば怖くなんかないもん!」
地上に戻ってこの方漂っていた張りつめた空気が嘘だったかのように、救助基地内で賑やかな笑いが起こった。これからの救助とは一切無関係のような、和やかな雰囲気が漂う。
危機に瀕しているヒトを救う。フォルテも言ったように、これは救助隊の義務、果たさなければならない使命なのだ。リュウ達「エルドラク=ブレイブ」もまた、その使命にしたがったまで。
だが、この救助隊として当然の決断が、彼等の運命を大きく狂わせることとなる―――