ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第二章 未知の世界、未知の者達、未知の力
第七話 様々な救助隊
 また、あの夢だ。
 頬を撫でる風、雲一つない青空、果てしなく広がる草原……昨晩も見た、限りなく現実に近い夢の中に、リュウは一人、ポツンと突っ立っていた。目に映る風景はあの時とほとんど変わらないけれど、唯一違っていたのは、前回の最後に見た大きな木が、今回は始めから見えていること。そしてその根元に、誰かが座っているのもはっきりと見えた。相変わらずハープを美しく奏でている。
 もたもたしていたら、また夢が終わってしまうかもしれない。リュウは意を決して、巨木に向かって走り出した。先程まで頬を撫でていた風が、向かい風のように一層強く感じる。その風に乗って、ハープの音が、さらに歌が聞こえてきた。
 走っているせいなのか、それとも遠すぎるのか、歌詞がうまく聞こえない。それでも耳に拾ったわずかな言葉が「人間」、「役目」であることを認識した瞬間、あの時の夢と同じように、眼前に映っていた景色に蜘蛛の巣のようなヒビが入った。景色がバラバラと崩れる中で、誰かが呼ぶような声が聞こえる―――

「……ウ、リュウ!いつまで寝てんの!」
「うわぁっ!」

 反射的な叫びのおかげで、リュウの意識は現実に返ってきた。藁葺きベッドのそばには、キトラが眉間に皺を寄せて、サジェッタが相変わらず眠そうな顔で立っている。

「あ、あれ?キミ達、なんでここに?」
「もうとっくに朝だよ!ここにボク等がいて当たり前でしょ?」
「俺より長く寝てる奴なんてお前が初めてだぞ………」

 欠伸混じりのサジェッタの言葉で初めて、リュウは寝坊したことを認識した。夢の中では、そんなに時間が経ってないと思っていたのに。……夢だから当たり前か。

「サジェッタはともかく、リュウがこんなに長く寝てるなんて珍しいよね。お菓子食べ放題の夢でも見たの?」
「そんな夢見るキャラかい?オレは。まぁ確かに、変な夢は見たんだけどさ」
「へぇ。どんな夢?」

 考えてみれば、夢のことをキトラやサジェッタに話したことはない。何か分かるとは期待していないけれど、話してみても問題はないだろう。リュウは二夜連続で見たあの夢のことを話した。

「だだっ広い草原の中にいて、大きな木の下で誰かがハープを弾いている夢?そんな夢を見たんだ………」
「うん。今回の夢はその誰かが何か歌を歌ってたんだ。歌詞はよく聞こえなかったけど、『人間』と『役目』というのだけは聞こえたような気がする」
「『人間』、『役目』ねぇ。………」

 珍しくサジェッタが眠気を吹き飛ばしたような真剣な顔で、考えるように呟いた。正直、サジェッタが真剣に考えるようなネタだとは思っていなかった。

「サジェッタ、何か心当たりとかあるの?」
「いいや、全然」

 期待半分で恐る恐る聞いた質問にあまりにもバッサリと返答され、リュウもキトラもどこぞの新喜劇ばりにズッコけた。

「ま、まぁこの前の緋色の炎?のこともあるし、その夢もひょっとしたらリュウの過去に関係あるのかもしれないね。少なくとも、単なる夢だって片付けない方がいいと思うよ」
「うーん……」

 キトラにまでいろいろとはぐらかされたような気がして腑に落ちない、といった顔を作るリュウ。
 緋色の炎の件だって、「ハガネ山」での救助の後サジェッタから聞かされただけで、放ったリュウ本人でさえも身に覚えがない。あの後も救助でダンジョンに赴くたび何度も炎は吐いているけれど、出てくる炎は至って普通の自然な色のものだ。まぁ、かといって頭からサジェッタの言葉を疑いでもしたら、もれなく地中に頭からダイビングという未来が待ち構えているのだが。
 炎と夢、どちらともリュウに関わる重要なキーワードであることは間違いなさそうだけれど、考えれば考えるほど雲の中を進んでいるような心地がして先に進まない。

 予想通り夢の正体に何一つ気付けないまま、とりあえずリュウ達はいつも通り依頼をこなすことにした。連続して依頼を二つも成功させてちょっとは有名になったかなと思いきや、相変わらずポストの中身はすっからかん。今日は掲示板の依頼をこなすこととなった。有名になる速度と依頼の増加速度は必ずしも比例しているわけではないのである。………反比例になるよりはずっとマシだが。

「それにしてもさ、リュウ」

 「サルベージタウン」までの道中、左右を草のカーペットに挟まれた道を横に並んで歩いていると、まるでずっと考えていたような口ぶりでキトラが問いかけてきた。

「ん、何だい?」
「いや。前から思ってたんだけど、リュウは人間に戻りたいの?そりゃ過去のことを知ろうとしてるから人間だった自分に興味がないわけじゃなさそうだけど、だいぶリュウもポケモンの世界に馴染んできてるじゃない?だから、本当のところどうなのかなって」
「…あー、えっと……」

 返答を考えるのに意識を集中しているせいか、歩みのスピードが少し落ちる。「アナザー」に来たばかりの頃なら、「もちろん人間に戻りたい」と即答していたことだろう。しかし、この世界に来て数十日過ごして改めて考えてみると、人間に戻りたいという思いはだいぶ薄れているようだった。それが悪いと思わないのも、姿だけでなく、感覚までもがポケモンに近くなっていっているからなのだろうか。

「どうだろう、今はよくわからないや」

 今考えていることを表すのにふさわしい言葉を吐き出すと、これ以上このことについて考える気分にもなれなかったので、足早にリュウは町に向けて駆け出した。奇しくも何かを言おうとしていたキトラが、待ってよと叫んで慌ててリュウに続く。

「随分と楽観的なことだな。なんであのお方はアイツを……まぁ、いいか」

 二人の一連のやり取りを遠目で傍観していたサジェッタはため息混じりに呟くと、地面を蹴って低空飛行で彼等の後を追いかけた。



 救助の準備も兼ねて今日も変わらず賑やかな「サルベージタウン」の大通りを歩いていると、何やら中央広場にヒトだかりができていた。もともとこの中央広場は通りに比べて開放的であるため、ポケモン達の憩いとコミュニケーションの場となっているのだが、どうもこの状況は平和的なものとは言い難い。野次馬のざわめきに混じって、誰かが怒鳴っているような声も聞こえる。
 見世物ではなさそうだがただ事でもなさそうだと感付いたリュウとキトラは、興味がないと言うサジェッタを置いてヒト混みの中に飛び込んでいった。混み具合が比較的薄いところに割り込み、小さな身体を活かしてすいすい進んでいくと、ようやく声も姿もはっきりしてきた。

「ダメだ!その程度で引き受けられるか!」
「でも………でも、どうしても助けてほしいのです!お願いします!」

 長く白い毛と長い鼻、芭蕉の葉のような両手が特徴的な天狗のような風貌をしたポケモンと、青く丸っこい小さな身体に頭と両手からタンポポの綿毛のようなものを生やしているポケモンが中心となってこの騒ぎとヒトだかりを作っているようだった。
 だがこの会話だけでは、何が起きているのか皆目見当もつかない。キトラはひとまず例の如く顔を真っ青にしているリュウに、断っているポケモンがよこしまポケモンのダーテング、懇願しているポケモンがわたくさポケモンのワタッコであることを説明した後、近くに立っていた大きな蓮を頭に乗せている河童のようなポケモンに目を留めた。

「バイラ、何があったの?」
「ん?あぁ、キトラか。俺も今さっきこの騒ぎを聞いたばっかなんだがよ、どうやら救助の依頼みたいだぜ」

 バイラと呼ばれたようきポケモンのハスブレロは、どうやらキトラの知り合いらしい。「今さっき聞いたばかり」とは言いながら、状況把握が上手いらしく、丁寧に教えてくれた。

「あのダーテングは救助隊『テングズ』のリーダーで、ガニメデっつー奴だ。名はそこそこ知れてるんだがよ、報酬が高くないと依頼を受けねぇらしいんだ。んで、今ワタッコが救助を頼んでんだけど、報酬が安いって理由で断ってるわけ」
「そんな、いくらなんでも酷いじゃないか!ねぇリュウ……って、あれ?」

 同意を求めようとキトラは振り向くが、そこにリュウの姿はなかった。その時、ワタッコに向けられていたそれよりもはるかに大きいガニメデの怒声が響き渡る。

「何だとテメェ!もう一度言ってみろ!」
「見た目いい年なんだから一回で理解してよガメちゃん。その……えっと、ワタッコ?がこんなに必死に頼んでるんだから、引き受けてやればいいじゃないか」

 いつの間にかガニメデの口論の相手がリュウに代わっていた。ガニメデの容姿と図体に対する恐怖よりもその性格が癇に障ったようである。その上から目線ぶりに大勢の野次馬が舌を巻く中、キトラが慌てて仲裁に入ろうとするが、ガニメデの怒鳴り声のせいでなかなかタイミングがつかめない。

「俺に上から目線で物言うとはいい度胸だな。俺は救助隊『テングズ』のリーダーだぞ!あと名前はガニメデだ!ガメちゃん言うな!」
「似たようなものじゃないか。がめついからガメちゃんで決定。あと、こう見えてオレも救助隊なんだけど」

 すると、リュウは目を逸らして独り言のように言った。

「……あ、オレ『も』っていうのは変かな。こんな大人げない救助隊くずれみたいなヒトと一緒にされても困るからなぁ」
「なっ……何だとこのガキんちょがぁ!」

 怒り心頭に発したのか、ガニメデが団扇のような形をした右手を振り上げる。導火線に火をつけたリュウも少しだけ間合いを取って物理的に火を噴く姿勢をとる。と、その時、その右手がいとも簡単に止まってしまった。

「そこまでだ」

 長い髭を蓄えた狐のような顔立ちをしたポケモンが、ガニメデの陰から垣間見える。
 彼の腕をつかんでいたのは、ねんりきポケモンのフーディン。その後ろには、巨大な二対の翼と燃え盛る炎を先端に灯した尻尾を持つかえんポケモンのリザードン、全身を岩のような鎧に覆われたよろいポケモンのバンギラスが並んで立っていた。その貫禄にガニメデはもちろん、別の原因だがリュウもその場で硬直してしまった。

「自分より小さき者に拳を振り上げるなどヒトとしても言語道断。況してや貴様は救助隊であろう?報酬が安い云々で依頼を断るとは……恥とも思わぬのか?」

 話している言葉のトーンは普通だが、ガニメデの腕を握っている手には相当な力が込められているようだった。締め上げているような音がその証拠だ。止めに鋭い目でギロリと睨まれ、流石のガニメデも怖気づいたのだろう。

「ちっ……分かったよ、やりゃいいんだろ?行くぞ!」

 フーディンの手を振り払い、部下であろう二人のコノハナを引き連れて、ガニメデは風のように早く走り去ってしまった。ワタッコがおずおずとフーディンに駆け寄る。

「あ、あの……ありがとうございます」
「礼はいい。また彼奴のことで何かあったら私に言え」

 先程とは打って変わって、驚くほどの優しい口調に安心したのか、ワタッコの顔にも笑顔が戻った。静まり返っていた野次馬が、徐々にざわめき始める。

「すげぇ、あのガニメデが一瞬で言うこと聞いたぜ」
「流石ゴールドランクの救助隊だよ。憧れちゃうなぁ……」

 ヒソヒソ声ながら、フーディン達に対する賞賛が渦巻く中、キトラとサジェッタは硬直しているリュウを起こしに行った。

「顔、きれいに紫色だな」
「リュウ、大丈夫?」
「あ?あぁうん。大丈夫大丈夫。オレなら大丈夫………」

 呪文のように呟いていると、突然頭上が暗くなった。見上げると、フーディンともろに目が合ってしまった。叫びそうになる口を慌てて閉じる。

「そこの少年、怪我は?」
「や、や、大丈夫、大丈夫です……」

 そうか、と言って、フーディンは少し笑った。リュウの顔がなぜ引きつっているのかには興味がないようである。

「自分より図体が大きな相手にも怯まない、その勇気たるやよし。だが言葉には気をつけろ。あの時もし我々がいなかったら、どうなっていたことか……」
「す、すみません………」

 フーディン達が行ってしまった後も、野次馬のざわめきは収まる素振りも見せなかった。「あとで友達に自慢しよう」とか「サインもらえばよかった」とか、半ばどうでもいいような言葉も聞こえるし、

「お前達すげぇな!あの『FLB』と話すなんてよぉ!」

 バイラからはお褒めの言葉をもらう始末。サジェッタは無表情、キトラは苦笑しているし、リュウは何がすごいのかさえ分からない様子である。



 大衆が大分バラバラになった後、リュウもようやく落ち着き、先程のフーディン達についてサジェッタに教えてもらった。

「彼らは救助隊『FLB』。巷では有名な救助隊だ。司令塔であるフーディンのフォルテを筆頭に、リザードンのレバント、バンギラスのバチスタで構成されている。本来彼らの本拠地はここよりずっと遠いんだが、救助隊連盟の招集命令で、しばらくここに拠点を構えるらしいな」
「ふぅん、道理で威厳があるわけだよ」

 取って食われるかと思ったけど……と、またぞろ顔を青くしながら呟くリュウ。

「ボクも名前は知ってたけど、実際に見たのは初めてだよ。それにしてもカッコよかったなぁ………」

 キトラが子供のように(実際子供なのだが)目をキラキラさせながら、思い返すように空を仰いだ。一般のヒトびとだけでなく、救助隊にとっても彼等は憧憬の的と呼ぶべき存在なのだろう。

「ボク等も負けてられないね!依頼をたくさんこなして、一流の救助隊になるんだ!」
「そのためにも、まずはポストに依頼が来る程度まで頑張らなきゃね」
「……まったくだな」

 まるで炎を纏っているかのように熱く燃え上がるキトラに、リュウとサジェッタが冷静な言葉という名の水をぶっかけて消火する。一気に温度の下がったキトラががっくりとうなだれてしまったが、最終的には三人そろって笑いながら、「エルドラク=ブレイブ」は依頼調達のため、「ペリッパー連絡所」に足を運んだ。

「随分と眩しいこった。だがそうはさせるかよ、ケケッ!」

 そんな彼等を木の陰から見ながら、何か企んでいるように笑っている存在にも気付かずに。



 その夜。
 「サルベージタウン」の南にあるサファリ地帯のはずれに、救助隊「FLB」の基地がある。昨今の招集命令で「サルベージタウン」に派遣されることが決まった時、ポケモン救助隊連盟からこの基地を貸してもらったのだ。彼らの実力だからこその優遇である。
 フォルテは物思いに耽っているような様子で、基地の真上にある切りたった崖から満天の星空を眺めていた。物言わずとも何かを主張するように、あるいは伝えようとするかのように瞬く星々と、テレパシーで会話しているかのように。

「フォルテ、こんなところで何やってんだ?」

 背後から声がしたので振り向くと、そこにバチスタが立っていた。遅れてレバントも欠伸しながらのそのそと歩いてくる。

「……フッ、たまには星を見るのもいいと思ってな」
「おっ?知能指数五千のインテリさんがロマンチストな気分になっちゃって。明日絶対ぇ何か起こりそうだぜ。くわばら、くわばら」

 眠そうな顔から一転、ケタケタと陽気に笑うレバント。失礼だろとバチスタが肘で小突くが、言われたフォルテは怒ることもなく、小さく笑って再び空に目を移す。

「(あぁ。確かに『何か起こりそう』だな)」

 生まれてから世の中で起こった出来事を全て記憶できる頭脳でも、これから起こることは予知できない。ただ、色も形も分からない漠然とした不安が、今のフォルテの心で静かに渦巻いていた。



■筆者メッセージ
なんか一気に三話分キャラクターを出した気分です(
今までが極端に少なかっただけか…?
橘 紀 ( 2014/08/23(土) 23:55 )