ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第二章 未知の世界、未知の者達、未知の力
第五話 誘拐事件
 キトラとサジェッタからポケモン世界の文字をあらかた叩き込まれ、今日も寝るのが遅くなってしまった。できるだけ多く睡眠時間を稼ごうと、早めに藁葺き布団に寝っ転がった。だから現在、リュウは自分の家にいるはずなのだ。それなのに、
 今リュウは、だだっ広い草原の中を一人で歩いていた。地面に目を向ければ青々とした草や小さな白い花、上に視点を変えれば雲一つない青い空。遥か地平線の先には、幾つもの山々が連なっている。
 これは夢なのか?ぼんやりと歩きながら、リュウは頭の隅でこの疑問を持ち続けていた。眠ったと思ったら、いきなりこの地に立っていた。だから夢であるはずなのだ。だけど、地面の感触、吹く風の心地よさも、限りなく現実に近い。歩けば歩くほど、夢と現実の区別がだんだんとつかなくなってきているような気がした。

「………?」

 全身で穏やかな風を受けていると、その風の中に音楽が混じっていることに気が付いた。ピアノではない。同じ弦楽器―――そう、ハープだ。今吹いている風と同じくらい柔らかなハープの音が、どこからともなく聞こえてくる。
 ふと顔を上げてみる。すると今まで草原と山と青空しかなかった景色に、大きな一本の木が現れたのだ。そしてその根元に、誰かが座っている。日陰の中に隠れてよく見えなかったので、リュウはその正体を確かめようと走り出したのだが、

「?………うわ!」

 一歩足を踏み出した瞬間、地面が大きく揺れ始めた。しかも、信じられないほど大きい。だが、今のリュウの目の前には、それよりも信じられない光景が広がっていた。
 空、山、草原―――今まで見ていた美しい景色に突如、稲妻のような大きなヒビが入ったのだ。まるで最初から絵に書かれていたかの如く、ガラスが割れるような音を立てて、バラバラと崩れていく――――


 一際大きな音が、リュウを眠りの世界から現実に引き戻した。一気に開けた視界の隅で、数個のリンゴがコロコロと転がっていく。先程の大きな音は、リンゴが入ったお盆がひっくり返った音だったのだ。夢の中だけだと思っていた地震が、まさか現実でも起こっていたなんて、正夢もいいところである。

「リュウ、リュウー!」

 ドアを激しく叩く音と共に、キトラが呼ぶ声が聞こえてくる。余程慌てているのか、ドアが反り返るほど強く叩いていた。

「あ、リュウ!」
「あんまり強くドア叩くなよ」
「だってすごい地震だったんだもん。基地は………どうやら大丈夫みたいだね」
「殺風景な部屋が幸いしたってところかな」

 「エルドラク=ブレイブ」の基地はひっくり返ったリンゴとお盆を除けば、ほぼ全てがいつもの状態で残されていた。何よりこの基地は、所有している救助隊が貧乏であるが故にインテリアどころか生活に必要な家具すらほとんどないので、散らかる要素など何もないのである。

「よかった。サジェッタのところなんか凄かったんだから。震源地に近かっただけあって、被害も酷かったみたいだよ」
「そういえば今日もいないな。我等が救助隊『エルドラク=ブレイブ』のリーダーは」
「地震で家が壊れちゃって、その修理をするから遅れるってさ。いつも以上にすごくイライラしてたなぁ……」

 当然だ。ただでさえサジェッタは寝起き癖が悪い。その上自宅崩壊ときたら………彼でなくてもイライラするだろう。

「さて、リーダーがいなくても仕事くらいはやらなくちゃね。リュウ、ポストの中は見た?」
「起きたばかりなんだから見てるわけないだろ?」

 リュウは外に出ると、ポストまで走って行き嘴でその蓋を開けた。本来依頼状は「ペリッパー連絡所」で手に入れるのが普通だが、救助隊が有名になってくるとその基地のポストにも依頼が来るのだ。さて、そのポストの中は―――

「清々しいほど何もないな」
「うぅ、そっかぁ………」

 期待していたのか、キトラは本当に残念そうに項垂れた。だが、いくらがっかりしてもポストに依頼状が出てくるわけがない。あきらめて昨日のように「ペリッパー連絡所」へ行こうとすると、

「あれー、アナタ達は昨日の救助隊ではないですかー」

 つい最近聞いたような間の抜けた声。それは東西南北どこからでも聞こえてくるのではなく、頭上から聞こえてきたのであった。

「あ、昨日のペリッパー……」
「郵便屋のカテージと申しますー。なるほどここがアナタ達の救助基地だったのですねー」

 カテージという名のペリッパーはリュウ達の頭上で旋回すると、ポストの上に降り立った。降り立った瞬間、ミシッ、という変な音が聞こえてきたのは気のせいということにしておこう。

「実は昨日、トーチちゃんからアナタ達のことを聞きましてねー、なんでもアナタ達、デキのいい救助隊なんだとかー」
「で、デキのいいって……(子供が言う感想じゃないよな、それ)」
「それで街ではちょっとした噂になりましてねー、今日はアナタ達宛の依頼状を持ってきたわけですー」
「!」

 カテージのセリフ「持ってきた」の「た」が言い終わった瞬間、キトラは“でんこうせっか”以上のスピードでカテージの手から依頼をぶんどっていた。

「よっぽど依頼に飢えていたんでしょうかねー」
「いや、間違っちゃいないと思いますけど………」

 リュウとカテージが呆然とした顔で見ている中、キトラは無言で依頼状の封を切っていた。そして中身を取り出し、頼んでもいないのに内容を読み始めた。

「えっと、救助隊『エルドラク=ブレイブ』の皆さんへ。あなた方のことはトーチ君から聞きました。あなた達のお力を見込んでお願いがあります。今朝方の地震の後、突然私達の住処にエアームドが押し入り、私の息子、イオを『ハガネ山』まで連れ去っていってしまったのです。『ハガネ山』は住処にしているポケモンも狂暴なので、私達では太刀打ちできません。何卒よろしくお願いします……」
「要するに、誘拐事件ってわけですねー」

 殴り書きにしてはやけに整然としている内容はともかくとして、リュウは妙なことに気が付いた。

「あのさキトラ、その依頼、依頼主は誰なの?」
「えーっとね………あれ?書かれてないや」

 文面にはおろか、封筒にすら宛名が書かれていない。リュウとキトラが顔を見合わせた、その時。

「あのー、もし?」

 どこからか声が聞こえてきた。今回は東西南北でも、頭上でもない場所から。

「キトラ、なんか言った?」
「言ってないよ。カテージさんじゃない?」
「ワタシも何も言ってませんよー」

 リュウは辺りを見回した。ここにいる三人以外、庭にも路上にも誰もいない。空を飛ぶ鳥ポケモンすらいなかった。すると、

「あ、もしかして姿が見えない?これはどうも失礼しました!」

 そういって声の主が姿を現したのは、なんと地面からだった。近くにいたリュウは声にならない悲鳴を上げ、自分から三メートルくらい飛び退く。

「あ、あ、あの、あなたは………?」

 腰を抜かす程度に驚いたキトラが恐る恐る尋ねる。声の主―――モグラに似た容姿のダグトリオは、三つの顔だけを回してキトラの方を向いた。

「どうも、町はずれに住むアイオンと申します。今朝の誘拐があって慌てて依頼状を書いたものですから、宛名を書くのを忘れてまして………とにかくっ!内容の方はそちらの依頼状にしっかりと書いておきました!どうかイオを助けてください!ではっ!」

 早口で一方的に喋った挙句、アイオンは再び地面に潜った。結局彼の長い話で重要だったのは、依頼主の名が「アイオン」ということだけ。とりあえず、キトラは気を取り直して依頼状を道具箱に入れると、二重の原因で気絶しているリュウを叩き起こした。

「いてっ!ちょ、ちょっと!起こし方にも程が………!」
「カテージさん、今朝早くからありがとうございました」
「なんの、お安いご用ですよー」

 カテージに軽く会釈して、キトラは準備のために「サルベージタウン」へ向かった。無視されたリュウは怪訝そうにしながらも、キトラの後をついていく。カテージは一先ず職場に戻ろうとしたのだが、思いついたように顎を一撫ですると、北東にある森へと飛んで行った。


 荒れ地にそびえる「ハガネ山」は、そこに辿り着くだけでも相当な労力を要した。車はもちろん自転車すらないので、移動手段は自分の足で歩くしかない。休み休み行きながら入り口に着く頃には、太陽がもう真上に到達していた。
 「ハガネ山」は昔―――人間とポケモンが共存していた頃、いい鉱石が採れることで有名な鉱山だったのだという。人間がいなくなった現在、鉄の需要が次第に無くなっていったので鉱山としての機能は失われたが、鉱石を主食としているポケモンにとっては定住するのに絶好の場所となった。
 災害が多発しているこのご時世、ここではそんなに目立った災害は起きていないものの、不安が募りに募ったポケモン達が訪れるヒトに危害を加えることは「小さな森」と変わらない。しかも誘拐犯がこの山頂にいるとなると、今回の救助が一筋縄ではいかないということは、リュウもキトラも十分承知していた。

「こうしてみると、ホントに大きな山だよね」
「身体が小さいと尚更そう見えるよ」

 昼食がてらに持参したリンゴを齧りながら、リュウ達はしばし「ハガネ山」の荘厳な佇まいに見入っていた。道具箱の半分は食料の[リンゴ]で占められている。この「ハガネ山」は荒れ地に立っているため、ロクな食料が手に入らないのだ。キトラが長らく「サルベージタウン」にいたのは食料を買い込むためと、町の人から「ハガネ山」に関する情報を得るためだったのである。

「ところで、キトラ」
「なぁに?」
「その、依頼主の息子さんを攫ったっていう……エアームドって、どんなポケモンなんだ?」

 本当にキョトンとした顔で聞いてくるのが尚更悲しい。ポケモンはキトラほどの年になれば、大多数のポケモンを目で見るか誰かに教えてもらうかで覚えているものだ。同い年らしきポケモンにこれから常識をいろいろ教えなくてはならないと思うと、さすがに気疲れしてくる。
 ………って、そう思っていることを顔に出したらもっとマズい。

「あー、んっとね、簡単に言っちゃえば、鋼鉄でできた鳥ポケモン。サジェッタより一回り大きいポケモンなんだ」

 サジェッタだけであんなにビビったってのに、まだデカい奴がいるのかよ………リュウにとっては、できればそんな奴とは関わり合いになりたくないところだが、今回は最低限出会って、最悪戦わなくてはならないのだ。職業柄このようなことが何度も起きる以上、早いところポケモンというものにいろいろな面で慣れないと、「救助隊をやめる」ということしかこの気持ちから解放される選択肢がないのである。
 気を取り直して、いよいよ「ハガネ山」に突入するリュウ達。山と言っても山肌を登るのではなく、中から登るのだ。薄暗い洞窟の中、明かりはリュウがはく火で点けた松明があるので事欠かないが、目立ってしまうため我を忘れたポケモン達から常々襲われることになってしまう。先程述べた鉄を主食とするココドラ、丸くなると石ころと見分けがつかなくなるイシツブテ、おおよそ山と何ら関連がないはずのくわがたポケモン、カイロスなどが所構わず襲ってくるのを、リュウは火を、キトラは電気を操ることで撃退していった。
 少し急な上り坂を上りきると、比較的明るい広間に出た。天井の斜め上に大きな亀裂が入っていて、そこから日の光が入ってくるのだ。松明の火を消し、周りに誰もいないことを確かめてから、慎重に広間を横切ろうとすると、

「あーもう!また侵入者ザマスか?今朝の地震と言い今日はもう厄日ザマス!」

 “きんぞくおん”のような甲高い声が、リュウとキトラの耳を劈く。いち早く声の位置に気付いたキトラが上を睨む。間もなく天井の大きな隙間から、巨大な影が風を切って入ってきた。日光を反射して白く輝く銀の翼。アイオンの言っていた誘拐犯、エアームドである。

「アンタ達、何しに来たザマスか?ここはあたしの縄張りザマス!」
「(語尾に『ザマス』ってつけるヒト初めて見たぞ……)あ、あんたが攫ったイオってやつを助けに来たんだよ!」

 見た目と口調のギャップに少々引きながらも、リュウは唾を飛ばして怒鳴り返した。一方のキトラは四肢になり、頬から電気を発してすでに戦闘態勢に入っている。興奮のあまり顔を真っ赤にしていたエアームドはふと表情を戻し、リュウとキトラを交互に見、ニヤリと笑った。

「アンタ達、そのなりだと救助隊ザマスね。勘違いしないでほしいザマス。あたしはただ昨今の災害を根本から撲滅するっていう慈善事業をやっているだけザマス」
「じ、慈善事業?」

 キトラが素っ頓狂な声で返す。慈善事業って、どう考えても誘拐とは縁遠い言葉である。

「ここ最近起こっている地震のことザマス!朝から晩までグラグラ揺れて夜も眠れないザマス!そんな折、地中に住むディグダやダグトリオが大暴れして地震を起こしているって聞いて、見せしめに一人掻っ攫って懲らしめてやろうとしているわけザマス!」

 意外な誘拐理由に、リュウもキトラも声を上げるほど驚いた。

「そ、そんな!いくらなんでもそれは酷すぎるよ!それにディグダ達が暴れたくらいで地震なんて………」
「うるさいザマス!あのガキを助けに来たっていうんなら、それ相応の実力は見せるザマス!」

 キトラが必死に弁解しても、頭に血が上ったエアームドは聞く耳を持たない。エアームドは翼を一振りしてリュウ達との距離を置くと、再び翼を日光に反射させた。




■筆者メッセージ
原作では二番目のダンジョンだった「電磁波の洞窟」はまた別の機会に登場させる予定です。
忘れてたとかそういうのではありませんよ?えぇ。
橘 紀 ( 2014/08/07(木) 21:41 )