ポケモン救助隊 エルドラク=ブレイブ ―緋龍の勇者―







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第二章 未知の世界、未知の者達、未知の力
第十話 ハンデよりフェア
 “シャドーパンチ”の風を切る音が聞こえた瞬間、リュウは機転を利かせて思い切り息を吸い込んだ。すると、

「うあぁつつつ!」

 金切り声のような悲鳴を上げ、地面に埋めんかのごとく押しつけていたエーギルの足がいとも簡単にリュウの背中から離れる。その隙にリュウはほぼ転がる形で脱出し、彼に当てるはずだった“シャドーパンチ”は火傷を負ったエーギルの膝に当たってしまった。

「いだっ!何すんのよゴラド!」
「お、お前がいきなり足を上げるのが悪いんだろーが!」

 ゴラドと口論するエーギルの足は、プスプスと煙が立つほどに焦げていた。ゴラドの“シャドーパンチ”が決まるその瞬間、リュウは吸い込んだ息を使って体内で発火させ、自分の体温を急激にあげたのだった。そしてあまりの熱さにエーギルが足を上げるのを狙って脱出しようと目論んだのである。目論見は見事に成功し、さらにリュウは体内で作った炎を、キトラを拘束しているアセビの胴体目がけて発射した。

「ぐあっ!……て、テメェ……あ!」

 超高温の炎はアセビの胴体を焦がし、わずかながらキトラの束縛を緩ませた。キトラはすでにチャージしていた“でんきショック”でアセビを退けると、フラフラした足取りながらも必死にリュウのもとへ走る。

「リュウ、大丈夫?」
「…キミを見てると、その言葉そのまま返したくなるよ」

 “とびひざげり”で背中に大痣が出来たリュウに比べて、キトラは右頬にエーギルの蹴りで、腹部にはアセビの“あなをほる”で出来た痣。さらにアセビの“まきつく”がつくった圧迫痕など、相当な傷を負っていた。
 何とかピンチは退けたが、状況はこちらに有利とは全く思えない。ヘタに動いたら、先程のようにすぐにまた危機に陥るだろう。あまり認めたくはないけれど、やはり人数が主な原因となっているような気がした。こちらが二人に対し、相手は三人。普通にかかって行ったら必ず残る一人に邪魔をされるし、だからと言って二人同時に相手できるほどの力はリュウにもキトラにもない。

「ど、どうするの、リュウ?」
「どうするって、とにかく少しでもアイツ等にダメージを与えなきゃ………このままじゃ……」
「へえぇ、じゃあやってみろよ!」

 リュウ達が相談している隙を狙って、ゴラドが三発目の“シャドーパンチ”を放ってきた。避けきることのできないリュウ達は技を放って弾き飛ばそうとしたが、溜めていない上に疲れ果てていたせいでその威力は戦う前の半分にも満たなかった。黒い波動の塊はいとも簡単に炎と稲妻を掻き消し、リュウ達をはるか後方にある木に叩きつけた。

「そのザマになってもまだ俺等にダメージを与えるつもりかい?ケケケッ!」
「ぐ………くっ………!」

 すぐさま立とうとするが足に力が入らない。木に激突したショックで痛めてしまったのだろう。あの技をあと一発くらったら今度こそおしまいだ。動かない体の中で唯一起動させることのできる脳をフル回転させて、この状況の打開策をリュウは死に物狂いで考えていた。



「む……ぐ………うぅ……」

 一方、囚われの身になっているサジェッタも、同じように頭の中で思考回路を巡らせて脱出方法を考えていた。猛毒の胞子は時を刻むごとにその濃さを増し、薄れる気配を微塵も感じさせない。口を閉じているだけでその胞子を防ぐことはできず、すでに猛毒はサジェッタの身体を少しずつ蝕んでいった。肺は火傷したように疼くし、目がかすんで自分の身体の輪郭さえも見えない。ついには体の節々まで痛むようになってしまった。

「(くっ…………『マスター』……申し訳、ございません………)」

 もう会うこともできない主に、心の中で自分の無力さを詫びたまま、サジェッタは自分の意識が少しずつ薄れていくのを感じた。すると、

「邪毒の濃霧諸共切り刻め、“かまいたち”!」

 朗々と響く言葉に答えるかの如く、突如として暴風がこちらに襲いかかってきたのだ。色濃く渦巻いていた胞子は面白いように吹き払われ、あれほどいたキノココの大群はあっけなく宙に投げ飛ばされていく。夜の森に似つかわしくない暴風はさらにその勢いを増し、さながら鋭利な刃となってサジェッタを閉じ込めていたロープを切り刻んでしまった。

「うわっ……と」

 すでに意識を取り戻していたサジェッタは、すぐに羽ばたいて地面への激突を免れた。しっかりと両足で軟着陸をし、翼を畳んで顔を上げると、風に煽られて気絶しているキノココ達の中、ボロ布を纏ったポケモンらしきヒト影がそこに佇んでいた。

「助けてくれたの、アンタか?」
「……………」

 ヒト影は何も答えない。が、助けてくれたという確証がサジェッタにはあった。ヒト影の周りに渦巻いている旋風がその証拠だ。風の刃で相手を斬り裂く“かまいたち”で、キノココ諸共胞子を吹き飛ばしてくれたのだろう。―――あまりにも威力が強すぎて、とてもその技とは思えないのだけれど。
 言葉を発する代わりに、ヒト影はサジェッタに向けて何かを投げつけた。右足で器用にキャッチして見ると、それは解毒作用のある[モモンの実]だった。これで胞子の猛毒を治せ、ということだろう。

「恩に着る。じゃ、俺は仲間を助けに行く。この借りはいつか返すからな」

 [モモンの実]を口に含み、サジェッタは翼を一振りして漆黒の夜空に消えていった。その姿を見送ったヒト影は小さくため息をつき、吐き捨てるように呟いた。

「………暑い!」

 ローブの襟をつかんで少しでも熱気を逃がそうとパタパタ仰ぐ。夜とはいえ湿気に満ちた森でそんな恰好をしていたらそりゃ暑いだろう―――というツッコミは、肝心のツッコミ役が不在のため読者の皆様に任せるとしよう。



「よし、まぁこんくらいでいいだろ。ケケケッ!」

 満身創痍のリュウとキトラを嘲笑うかのように、わざと大きな声で独り言つゴラド。その目の前には、自身より一回りも二回りも大きい“シャドーボール”が浮かび上がっていた。あれを発射して、背後の森ごとリュウ達を跡形もなく吹き飛ばすつもりなのだろう。
 誰がどう見ても万事休す。避けなくてはいけないと頭の中でいくら叫んでも、身体は言うことを聞いてくれない。走る手段として使う足が全く使い物にならず、立つことすらままならないのだ。キトラの方も何とか四肢で立つことはできているものの、その腕や足はまるで老朽化した柱のように今にも崩れそうだった。
 もう、おしまいだ………必死で思い浮かぶのを止めていたこの言葉が、打開策を考えている脳内を支配しようとしていた。ついに無意識的な現実逃避まで始めたのか、目の前に羽根がちらちらと舞っているのが見える―――

「え、羽根?」

 痛みを我慢して何度頭を振っても、次々と数を増して舞い落ちる光り輝く羽根。幻覚ではないということは、同じく羽根を見て狼狽えている「イジワルズ」を見れば明らかだった。

「な、何なんだ?この羽根………」
「ちょっとゴラド!“シャドーボール”が!」

 エーギルに指摘されて見ると、なんとあれほど大きく膨らんでいた“シャドーボール”が、みるみるうちに小さくなってきているのだ。原因が何なのかも分からないまま、完全に消える前にゴラドが腕を前に突き出してそれを放つ。
 主の手から離れて空を切っている間も、“シャドーボール”の縮小が治まることはなかった。その大きさはリュウから見て野球のボール、さらにピンポン玉くらいの大きさになっていき、眼前五十センチに到達する頃には、リュウ達ではなく“シャドーボール”自身が跡形もなく消えてなくなるという結果に終わった。

「この羽根、まさか……!」

 この場にいる全員が狼狽している中、いち早く核心に辿り着いたキトラが天を仰いだ。それと同時に、今まで見えていた羽根が一瞬にして細かな光の粒子となって消え失せる。

「やれやれ、何とか間に合ったか」

 両翼でバランスをとりながら、サジェッタが空から舞い降りてきた。絶体絶命の状況下での救援にリュウもキトラも安堵の表情を浮かべようとしたが、着地早々くずおれそうになるサジェッタの姿がその行動を遮った。

「さ、サジェッタ、大丈夫?」
「くっ、解毒してもさすがにダメージは残ってるというわけか………」
「……何の話?」
「話は後だ!とにかく目の前の連中を叩きのめすぞ!」

 サジェッタが珍しく目の色を変え、乱暴な口調になった。その様子には驚かなかったと言ってしまえば嘘になるが、あえて気に留めず、リュウもキトラも再度身構える。人数が不釣り合いになる二対三(ハンデ)ではなく、正真正銘の三対三(フェア)という状況が、満身創痍の身体を叱咤してくれていた。

「ケ、ケケケッ、じゃあやってみろよ!」

 先程と似たようなセリフを吐くゴラドだが、実際に攻撃に出たのはエーギルだった。驚異的な脚力で跳ね上がると、空中で“とびひざげり”の構えをとり、重力に自分の体重をかけて落下してきた。毒のダメージが残っているにもかかわらず、サジェッタが前に出て翼を交差させ、それをいとも簡単に受け止める。

「な、何なんだい?力が入らない………」

 リュウを地面に埋めるほどの威力を持っているはずなのに、サジェッタをよろめかせないばかりか命中した時の音がなんとも貧弱だ。自身の技の攻撃力が格段に落ちてしまい戸惑うエーギルを、サジェッタが溜息代わりにジト目で睨む。

「さっきの羽根、覚えてないか?“フェザーダンス”。相手の攻撃力を地の底まで叩き落とす技だ………こんな風にな」

 サジェッタがエーギルの膝から翼を離した刹那、何かでずんぐりとしたものを斬り裂いたような鈍い音が響き、今度はエーギルが地面に叩きつけられた。目にも留まらぬ速さの“つばめがえし”で止めを刺したのだ。

「呆然と見てる暇はないと思うけど!」

 キトラの声が響くと同時に、銃声のような音を纏った閃光がアセビの身体を貫いた。“でんきショック”よりも威力の高い“10まんボルト”を真面にくらってよろめくアセビに、キトラ渾身の“でんこうせっか”が追い打ちをかけるように直撃する。

「く、くそっ……!」

 一瞬にして味方二人が戦闘不能になったところを見たのもつかの間、ゴラドも危ういところでリュウの炎を避け続けていた。反撃しようにも、サジェッタの“フェザーダンス”で物理攻撃力を下げられ、ゴラドの持つ全てのゴーストタイプの技が使い物にならなくなってしまったのだ。足元に襲い来る炎をジャンプで避けると、目の前に何かがとびかかってきた。

「ぐあ!な、何だぁ?」

 リュウが繰り出した“すなかけ”がもろに目に入り、ゴラドがたたらを踏みつつ両手で目を覆う。その大きすぎる隙を、リュウが逃すはずはなかった。

「これで分かっただろ?三対三(フェア)で挑めば、アンタ等よりオレ達の方がずっと強いってことがさ!」

 短い間に散々かっくらった鬱憤を混ぜて放った炎は、「ハガネ山」でも見た鮮やかな緋の色をしていた。リュウの感情に比例したかのように大きくなった緋の炎は、激流のようにゴラドを飲み込み、森全体を吹っ飛ばしてしまいそうな大爆発を起こして消えた。



 もう真夜中であるはずなのに騒がしかった森が、ようやく静けさを取り戻す。「エルドラク=ブレイブ」の三人も、時間が止まったように動かなくなってしまった。激戦の疲れによるものでもあるが、もう一つ要因がある。

「サジェッタ、今の……」
「あぁ、あれが以前お前達に話した緋色の炎だ」

 まさかこんな土壇場で来るとはな―――と少し笑みを含んだ顔でサジェッタが呟く。
 発動したのは二回目だが、その時は爆発的な力による反動(サジェッタ談)によって記憶が残っていなかったため、しっかり認識したのはこれが初めてとなる。それでも、アチャモのような小さな身体でこんなに高威力の火球が放てるなんて、見たものが現実と分かっていても正直未だに信じられなかった。

「あ、あの…………」

 呆然としている一同が作り出す静寂の中で声を出したのは、フォトンだった。激戦が余程恐ろしかったのだろう。目に見えるほど小刻みに震えていた。
 三人ともその声で我に返り、リュウ以外はフォトンの方へ駆け寄った。なるべくフォトンを心配させないように、痛む体に鞭打ちながらわりと普通の足取りで。

「キミがフォトン君だね。怪我とかはしてない?」
「ボ、ボクは大丈夫ですけど……その、あなた達の方が…」
「これくらい平気さ。ね、サジェッタ?」
「俺に同意を求めるな。今でも肩とか足とか痛くてしょうがないったらありゃしない」

 ぶっきらぼうに言うサジェッタ。別に笑えるような要素はどこにもないはずだが、キトラとフォトンの顔からは自然と笑みが出てきた。

「さて。トーチ君も心配してるだろうし、そろそろお暇しなくちゃね。リュウ、どうしたの?」

 さっきから妙にリュウの声が聞こえないと思ったら、同じ場所で未だに固まっていたのだった。キトラに呼び掛けられ、ようやく出した言葉は、

「……サ、サナギが跳ねてる………動いてる……」

 ―――まだ治ってなかったのか。
 キトラの額に、漫画で見るような青筋が入った。



 [救助隊バッジ]で救助基地前に帰ってきたリュウ達を驚かせたのは、そこに立っていたトーチだった。余程フォトンが心配なのか、門限を守らずにずっとここで待っていたのだろう。さらに輪をかけて、ボロボロになったリュウ達の姿が、トーチの心配を更にふくらませる結果となってしまった。

「ち、ちょっとリュウさん、どうしたんですか?そんなボロボロになって」
「まぁね。色々あってさ………」

 適当にはぐらかそうとしたが、トーチがそれで納得するわけがない。簡潔だが、これまでの経緯を代わる代わるに話した。無論、サジェッタの件はリュウとキトラをも驚かせたということは言うまでもない。

「え?じゃあサジェッタ、キミの家に置いてあった書置きって……」
「書置きなんて書いた覚えはない。多分奴らの仕業だろうな。最初から俺達を潰すつもりであんな計画を立てたんだ」
「で、でも……ボク達、アイツらと会ったのは今日が初めてでしょ?ガンつけられるようなことなんてしたこともないし…………」

 確かに、その通りだ。しかし戦う前にゴラドは、「俺達の野望の障害となる」と言っていた。もちろん世界征服なんて賛同する気なんかさらさらないが、なにもわざわざリュウ達だけを狙うというのはなんとも不可解な話である。しかもこんな手の込んだ策を講じるあたり、一昨日昨日で思いついたものではなさそうだ。恐らく以前から「エルドラク=ブレイブ」のことをつけ狙っていたのだろう。

「ま、あんな奴らのこと考えたってしょうがないよ。それよりほら、トーチ君達を送ってあげよう。もうこんな時間だし」

 リュウが提案した。言われてみれば今は、子供はすでに寝ている時間。トーチの母であるルースの説得も兼ねて、リュウ達はトーチ達を家まで送り届けてやった。案の定、これでもかというほどの謝罪の言葉をルースから浴びせられ、折檻くらっているトーチの姿を見届ける羽目になってしまったわけだが。



■筆者メッセージ
勘のいい方は中盤に出てきたボロ布さんの正体に気付いているのではないでしょうか。
何はともあれ、第十話というキリのいいところで第二章終了となります。
さーて第三章の題名と説明を考えねば……(


※今回の戦闘描写について
本小説は原作に則りタイプごとに「物理」「特殊」に分けて取り扱っております。
故に“シャドーパンチ”も“シャドーボール”もすべて物理技。
…“フェザーダンス”を最大限に活かしたかったんです許してください。

それにしてもゴーストタイプが物理で悪タイプが特殊なのは未だに謎。
橘 紀 ( 2014/09/13(土) 23:44 )