第83話 白と黒の王
「なぁ、レシラム」
「何だ、ゼクロム」
ヒトカゲ達が目的地を目指して歩いている頃、そこでは2匹のポケモンが彼らの到着を待っていた。その2匹こそ、この国――ポケモニアを統括する王なのである。
体全体が白く、腕と体が一体になった大きな翼を持つドラゴンタイプのポケモン。ジェットエンジンを彷彿させる尻尾と青い目が特徴の、「真実の王」がレシラムだ。
レシラムと対を成しているのが、体全体が黒く、巨大な翼を持つドラゴンタイプのポケモン。発電機を思わせる尻尾と赤い目が特徴の、「理想の王」がゼクロムである。
「これから来るであろう奴ら、お前ならどうする?」
真剣な眼差しでゼクロムがレシラムに問いかけたのは、ヒトカゲ達についてである。彼らに接触した際にどのような行動をとるのか、という意味だ。
「パルキアの命令ではあるが……私に従うに相応しくない者であれば、容赦はせん。善の心がない者はその場で焼き殺すまで」
真実を求め続ける者、それが自分に従える者の条件だとレシラムは決めている。彼が言ったように、善の心を持たない者は自身の手で滅ぼしてしまうのだ。
「お前とて同じだろう、ゼクロム。私と違い、真実ではなく理想ではあるが」
「そうだ。理想を持たない奴は、俺に相応しくない。もしそんな奴らなら、雷で心臓を貫こうじゃないか」
ゼクロムもレシラム同様、自分を従える条件というものを持っている。2人のこの信念は一見恐ろしいものに見えなくはないが、あくまで自分達が直接力を貸そうとする者のみに対してのことである。
もちろん、一般の国民に対してそのような条件を提示したりはしない。ただしこの国で犯罪があれば、それがどんな罪であれその犯人は“王に盾突いた”ということで死刑に処される。犯罪=理想も善の心も持たないと判断されるからである。
「しかし……パルキアの意図がわからん。何のために鍛えさせるというのだ?」
「定かじゃないが、たぶん……ん、来たようだ」
2人が会話している最中、ゼクロムが気配を感じた。彼の目線の先をレシラムも見つめると、こちらに向かって歩いてきている4人のポケモン達の姿が遠くにあった。
「ついたのかなー?」
見慣れない荒野を見回して、ヒトカゲは今いる目的地“ラゼングロード”のセントラルポイントと呼ばれる場所を探していた。そこにレシラムとゼクロムがいるのだという。
一応捜してはいるのだが、見知らぬ土地に来ればその光景の方に目がいってしまうのは必然なこと。4人の見える範囲にレシラムとゼクロムの姿はあるのだが、“アウト・オブ・眼中”状態だ。
「なんか、何もない場所ね」
「全然手が付けられないって感じだな。こんなとこにいるのか?」
ラティアスとルカリオは完全に背を向けてしまっている。これでは自分たちのことを気付くまでに相当な時間を費やすと思ったレシラム達は、2人同時に力いっぱい地面を踏んだ。
何かが爆発したような音と同時に“じしん”並みの揺れが起こり、その音のした方を振り返る。すると何か点のようなものが見え、何だろうと近づいてみる。
4人の目に入ってきたのは、白と黒の巨体。それが、自分たちが探していたレシラムとゼクロムに他ならないことはすぐにわかった。しかし今まで見てきた「神様」ではないためか、あまり緊張していないようだ。
「お前達が、パルキアにここへ行けと言われたのか?」
「あ、はい。行けと言われたので」
ヒトカゲの素直すぎる返答に思わず笑いそうになったゼクロムだが、頑張って表情を変えなかった。一方のレシラムは少々イラッときたようだが、彼も表情を保っていた。
「そうか。では自己紹介くらいはせねばな。私はこの国の『真実の王』、レシラムだ」
真実の王――レシラムは翼を1回はためかせ、威厳に満ちた目つきでヒトカゲ達を見下ろす。透き通った青色の瞳に映るのは、緊張した彼らの顔だ。
「そして、俺がこの国の『理想の王』、ゼクロムだ」
理想の王――ゼクロムは自身の体から電気をちらつかせる。ヒトカゲ達は1歩下がるように後退するが、ゼクロムが恐いからではなく、単に静電気で痛い思いをしたくないだけである。
「私達は、お前達を訓練するようパルキアに言われた。だがお前達が本当に私達の下で訓練するに値するかどうか、決めさせてもらう」
「……値するか?」
「そうだ。この国にいる以上、この国のやり方というものがある。お前達がそれに従わないつもりなら……」
ここで、ゼクロムは口を止めた。どうやらヒトカゲ達の反応をうかがっている様子。いきなりこんな事を言い出して困惑しない者はいないだろうという考えは当たっていた。
首をかしげながら、ヒトカゲ達の目はレシラムとゼクロムを行ったり来たり。戸惑い以外の何物でもなかった。それを見て笑みを浮かべるわけでもなく、無表情のままレシラムは彼らに告げた。
「その時は『王の意思に背いた』として、死刑に処する」
刹那、全員の動きがピタリと止まった。聞き慣れないフレーズがまるで木霊(こだま)するかのように頭の中で響き渡る。その言葉の意味がようやくわかると、自然と体が小刻みに震えだす。
「し、し……死刑?」
「何を驚いている? ここは絶対王政の国だ。俺とこいつの決めたことが法として施行されるのだ。当然、この地に足を踏み入れたお前達も例外じゃない」
王に背くと、それは死を意味する――この国の事情を知らないでやってきたヒトカゲ達にとっては、寝耳に水の話。そしてこれを知った瞬間から、下手な発言をすれば命を無くすことになる。
自分たちにとっては不条理に思うことでも、地域が違えばそれが常識となってしまう。彼らは頭の中で知っていることだとしても、これはあまりに自分たちの常識とはかけ離れているものだった。
「じ、じゃあ、どうやって受け入れてくれるか決めるんだ? 教えてくれよ」
内心は怖がっているルカリオだが、話を進めないことには解決すらしないと思い、緊張の面持ちでレシラムに問いかける。彼から返ってきた答えは、簡単でもあり、難しくもある条件だった。
「【お前達の真実と理想】を答えてみろ。その答えで私達が判断する」
『真実と理想……?』
4人の頭の上には疑問符が浮かんでいた。今まで生きてきた中で考えたこともなかった問いだ。互いに目を見合わせるが、誰もが戸惑っている様子。
「どうした? まさか答えられないのか? もしそうならば、今のうちに覚悟を決めるんだな」
「ま、まとまってないだけだよ! だからもう少し待って!」
ゼクロムの催促が余計に彼らを焦らせる。落ち着かないことには始まらないので、ヒトカゲは深呼吸をし、冷静になれたところで話し合いを始めた。
数分後、話し合いのためにレシラムとゼクロムに背を向けていた4人が振り返った。どうやら意見がまとまったようである。それでも、彼らの顔色は決していいというものではなかった。
「答えはまとまったか?」
「うん、一応……」
もちろん、意見がまとまったからと言ってそれが彼らに認められるものとは限らないし、いっそのこと諦めて辞世の句を読むというわけにもいかない。
不安でいっぱい、というのがヒトカゲ達の想いだ。それ以外に何もない。全ては自分達の出した答え次第だと腹をくくり、その時をじっと待つしかなかった。
「では述べてみろ。【お前達の真実と理想】というものを」
再び、ヒトカゲは深呼吸をする。何回息を吸って吐いてを繰り返しても胸を締め付ける感覚は取れずにいた。もう待ち時間はない。ゆっくり、そしてはっきりと、ヒトカゲは質問に答え始めた。
僕らには理想がある。みんなが平和に暮らしていける世界になってほしいという理想が。
だけど、実際は違う。生まれたときから本能として、僕らは争いを起こすようになっている。今の真実がこれ。
じゃあこれに従って生きていくのかと言われたら、理想はただの妄想にしか過ぎない。理想を叶えるための努力をして、それを真実に変えること、それが、僕達が生きていく理由の1つになると考えてる。
最後まで言い終わってヒトカゲが恐る恐る目線を上げると、より表情がきつくなったレシラム、そしてゼクロムと目があった。2人の反感を買ってしまったのだろうかと焦りだす。
「それがお前達の真実だというのか?」
「今言ったのが理想だって言うんだな?」
先ほどの問いかけよりも威圧感が増していた。そのせいか、4人の表情もより険しいものへと変わっている。王の意向にそぐわないものだったのかと、自分達の出した答えに後悔し始めた。
しかし、引き下がれない。言ったものを訂正するということは自分達を否定するだけでなく、極端に言えば2人の王に嘘をついたことにもなる。信念を貫いて首を縦にするしかなかった。
レシラムとゼクロムは互いに顔を見合わせ、同時に頷く。2人とも心の中で答えが一致していたようだ。すぐにヒトカゲ達の方を向き、レシラムが静かに口を開いた。
「……決まりだな。お前達の意思、認めようではないか」
「み、認めてくれるのか?」
「平和という理想を持ち、平和を真実としたいという意思、俺らにしっかり伝わった。訓練してやろう」
ゼクロムの言葉を聞いた瞬間、ヒトカゲ達が安堵の表情を浮かべて地面に座り込んだ。ここ数日間の緊張が全部ほぐれたと言ってもいいくらいの、大きな息を吐いた。
4人全員が口を開こうともせず、ただただ疲れを地面へ染み込ませている。そんな彼らをよそに、レシラムが離れたところへゼクロムを呼び寄せる。
「何だ?」
「先程の続きを聞かせてほしい。彼らを鍛える目的についての考えを」
「あぁ、それか」
ゼクロムは天を見上げ、どことなく複雑な顔つきになる。向こう側にある黒く濁った積乱雲へと目線を移し、小声でレシラムに語りかけた。
「おそらく、パルキアは助けたいのだろう。昔に失くした『家族』をな……」