第82話 ポケモニア
「うわー、こんな景色はじめてだ!」
青色の大海原を渡りきると、そこには彼らが今までに目にしたことのない、美しい光景が広がっていた。白く染まった砂浜、近くに生える小さな広葉樹、どれもこれもがポケラスにはないものばかりだ。
その新鮮な景観に圧倒されつつも、心が躍っているのが動作にも現れている。体が勝手に動き出し、無意識のうちに走り出したり飛び跳ねたりして楽しんでいる。
「あっ、あれなんだろ?」
ヒトカゲが見つけたのは、砂浜近くに密集している木になっている木の実だ。見た目はフィラのみに似ているが、こちらの方が色鮮やかでしかも大きい。見るからに甘そうである。
その木の実を1口ほおばってみる。彼の予想通り、口いっぱいに甘さが広がっていくのを感じていた。あまりの美味しさに自然と笑みがこぼれる。お気に入り確定の木の実だ。
「はじめてだこんな木の実! さすが外国だ!」
1つの木に生っている木の実に対してここまで驚いたことは今の今までなかった。感動を覚えたのか、軽く放心状態になっている。よほどこの木の実が気に入ったようだ。
そして砂浜を駆け巡る。まさに楽園という名にふさわしい場所ではないかと、ヒトカゲは声を上げたくなるほどだ。以前仲間達と言ったリーフアイルというリゾート地が比べ物にならないくらい素晴らしいらしい。
「んー! ポケモニア最高!」
砂浜に仰向けに寝そべり、太陽に向かって叫ぶヒトカゲ。鍛えてもらうことなどすっかり忘れて、極楽気分をじっくりと味わっているのであった。
「いい加減目ぇ覚ませよ」
頭の中に響いた声に驚き飛び起きると、今まで見ていたリゾート地が一瞬にして消えていた。ヒトカゲの目に映っているのは、ごつごつとした岩場と深い青色の海だ。
「あれ……ここどこ?」
「寝ぼけてんのか? どっからどー見てもオースだろここは」
昨日までホウオウがいた洞窟で、4人は寝泊りしたのだ。もちろんそこから1歩も移動していない。ルカリオの言葉がようやく頭に入ったのは、それから数秒後のことであった。
とても気に入った木の実を始め、感動を覚えた景色などが夢であったとわかるとヒトカゲは大きく肩を落とした。夢が現実だと思い込んでいたらしい。
「はぁ、あの木の実おいしかったのになぁ」
「所詮、夢の中の話だ。もう行くぞ」
足で背中を軽く突いて、ジュプトルがヒトカゲを急かす。ゆっくりと立ち上がり、うなだれながらとぼとぼと歩く姿を見ると、「子供だな」とルカリオとジュプトルが呟いた。
2時間くらい崖に沿って歩き続けると、先頭を行っていたラティアスが2匹のポリゴンZを発見する。ラティアスはポリゴンZに対して大きく手を振るが、見えていないのか、彼らは無反応だ。
このポリゴンZは、この世界における、いわばどこでもドアのような存在。彼ら――Z便と呼ばれる存在は外国間を行き来するのになくてはならない存在なのだ。
「ついたよー♪」
ポケモニアに行けることがよほど嬉しいのか、ラティアスの顔は満面の笑みだ。他の3人はというと、ルカリオは疲れ、ジュプトルは無視、ヒトカゲは先程のショックを引きずっていた。
「こんにちはー。ポケモニアまで4人お願いしまーす♪」
軽いノリで、2匹のポリゴンZに対してラティアスは言う。しかしどういうわけか、ラティアス達の姿を見ただけでポリゴンZ達が怯えだす。体を小刻みに震わせていた。
自分達にポリゴンZ達を怖がらせる要素がどこにあるのだろうかと疑問に思いつつ、どうしたのと訊ねてみる。すると、怯えている原因がすぐにわかった。
『あ、貴方達が、パルキア様の言ってた……!』
(あ、そういうことですか)
どうりで、といった様子の4人。納得というよりは呆れに近いような感情を抱いたようだ。パルキアが普通に頼みごとをしたのか、半ば脅したのかは定かではない。
『じゃ、じゃあ早く行きましょう! ここへ集まってください!』
何も話す隙を与えず、というよりは話せる余裕がないのだろう、ポリゴンZ達は早く仕事を片付けてしまおうと急かしている。その様子を見て哀れに思ったのか、特に何も言わずにヒトカゲ達は所定の位置へと移動する。
地面に丸印があり、そこへ4人は立ち並ぶ。それを囲うようにしてポリゴンZが移動した。2人は目を閉じて気を集中させ、“テレポート”の準備をしている。
『すぐ着きますからね。大人しくしててください。はい、オッケーです』
「はい、オッケーです」という言葉がどうも引っかかると感じる前に、ヒトカゲ達の目には見慣れない光景が入ってきた。一瞬にして穏やかな海岸が周りに広がっていたのだ。
状況を把握するまでに少し時間がかかり、ようやく理解できたのはその数秒後。そう、すでにヒトカゲ達は“テレポート”によってポケモニアに着いていたのである。
「も、もう着いたの!?」
『はい、速さが売りですからね。では失礼します!』
口をあんぐりさせて驚いているヒトカゲをよそに、そそくさと帰還したポリゴンZ達。パルキアによる脅しがよほど恐怖に感じたのだろう、終始顔が引きつっていた。
「とりあえず……ここがポケモニア、か」
「南国ビーチって感じではないですね」
ポケラスと同じ色の海、同じような植物、同じような砂利道……外国であるにも関わらず目にするもののほとんどがポケラスのそれと大きな変化がない。
ポケラス大陸のリゾート地・リーフアイル同様のパラダイスを想像していたヒトカゲとラティアスにとってはギャップがありすぎて、衝撃を受け落ち込んでいる。
「はぁー……あんまり嬉しくない」
「何がっかりしてんだよ。ほら、行くぞ」
『どこへ?』
1人先に進もうとしたルカリオに、残りの3人が突っ込む。言われて初めて気づいたようだが、ここは外国。誰もこの国の道などがわかるはずがない。それはルカリオも例外でもなかった。
「どこへ……って言われたらなぁ、確かに困るな。うーん……」
地図を持っていないどころか、周りに行き先を示すような看板もない。とりあえずその辺をうろついてみようと思った時、“天からの声”がヒトカゲ達に降ってきた。
【俺が教えてやるよ】
声が聞こえた瞬間だけ驚いたが、すぐに感情は一変、緊張へと変わる。声の主は言わずもがな、我が強い神様・パルキアである。姿がどこにもないことから、テレパシーで語りかけているようだ。
「随分と一般のポケモンに構うのが好きなみたいだな、神様は」
【てめーらに親切にしてやってるだけだぜ。大事な存在なんだからよぉ】
呆れ口調のジュプトルに対しても、普段と変わらずパルキアは楽しそうな話し方で接する。全員、まだパルキアのことを好きになれないでいる。むしろ、疑いの念の方が強い。
【とりあえず、今から俺の言うとおりに進んで行け。そこからそんなに遠くねーからよ】
ここで反抗しても仕方がないので、パルキアの指示通りに歩き始める4人。神様の言うことに逆らうつもりは全くないが、彼が相手の場合はどうしても気が進まないのだ。
【次の突き当たり、左だ】
約30分、パルキアがひたすら道案内をし、それに従ってヒトカゲ達は道を進んでいた。その間、余計な会話は一切ない。だが彼らには訊きたいことが残っている。
≪次にてめーらと会うときに、全部話してやるよ≫
そう、おおよそ半日前にパルキアが言ったことである。パルキアの考えを伺う絶好の機会ではあるが、誰1人としてその事を訊こうとしない。訊いてはいけないという空気が流れているようだ。
今知ってしまうのはいけないと思っている者もいれば、単純に声をかけるのが恐いと思う者もいる。いずれにせよ、何かしらの恐怖が迫ってくる気がしたと後に4人は述べた。
【よし。あとはひたすら真っ直ぐ行けば着くぜ。もうてめーらだけで行けるな?】
「あ、うん。ありがとね、パルキア」
【あとは、向こうで待ってるあいつらの指示を仰げ。じゃあな】
そういい残し、パルキアとのテレパシーは途切れた。結局パルキアに関しては何も進展がなかったものの、無事に目的地につけただけ安心したとヒトカゲは思っていた。
「ここを行けばレシラムさんとゼクロムさんに会えるんですねー。楽しみです♪」
「お前なぁ……いっ!?」
呑気なことよく言ってられるなぁ、と半ば呆れているルカリオの足を、ジュプトルが踏んでしまった。もちろん余所見して歩いていたジュプトルが悪いのだが、ルカリオに対して謝るような輩ではない。
「邪魔だ。そんなところ歩くな」
「て、てめぇが余所見してただけだろうが! 何で俺が悪いみたいに言う!?」
これが、ヒトカゲ達の日常となっているのはもう言うまでもない。でも、ディアルガが見つかればこの光景も見られなくなると思うと、少々悲しさが込み上げてくるものがある。
ヒトカゲはこの時、ふと思った。仮にディアルガに出会うことができてリザードンに戻れたとして、この先何をすればいいのだろうかと。しばし考えてみるが、答えは出てこない。
「ん、ヒトカゲ、なした?」
「下向いていると、つまずいちゃいますよ」
「踏まれたくなかったら前向け」
思いふけっているヒトカゲを後押しするように、他のメンバーが声をかける。その言葉が温かく感じたようだ。自然と顔に笑顔が戻ってくる。
「あ、うん。行こっか」
しばらくの間、今の事を考えないようにした。その代わり、今過ごしているこの時間を大切にしていこう、そうヒトカゲは改めて心に決めた。